〜ラクスとカガリ 前編〜 ―――また逃がした。 ザフト全体に広がった敗北感。 その憤りをオーブにぶつけるつもりなのか、進み続けようとする僚艦を見てタリアは嘆息した。 《踊らされている。》 自分達が何を相手にしているのか忘れている彼らを諌め止められるのは旗艦セントヘレズの司令官だが、セントヘレズは潜航し海中から攻撃してきたアークエンジェルにより既に撃沈されている。 ならば旗艦代行に適任なのは『議長から信任を得ているフェイスが3人も乗艦し、艦長自身がフェイスである』ミネルバだろう。 そう判断しタリアは通信を開く。 「旗艦撃沈に伴い、これより本艦が指揮を執る。 信号弾撃て。一時撤退する!」 「うぇええっ!?」 タリアの命令に声を上げたのは副長のアーサーだった。 ブリッジにいるほぼ全員がタリアの言葉に問うように振り返っている。 唯一、アビーだけが驚いた様子もなく信号弾打ち上げ指示を出していた。 《アビーだけなのね。》 恐らく彼女はタリアと同じ認識でいるのだろう。フレイがこの場にいたら彼女と同じように淡々と仕事をこなしていただろう。 いや、アーサーに呆れながらタリアの言葉の意味を解説してくれたかもしれない。 だがアビーとフレイは違う。彼女は感情を押さえ込み語らないだろう。 今、彼女が抱える疑問を口にすればロゴス狩りの二の舞になりかねない。 ならば答えられるのはタリアだけなのだ。 疲れた様にまた一息吐くとタリアは全員に答えた。 「議長が命じたのはジブリールの身柄確保。オーブを討てということではないわ。」 「でも・・・ここで背を向ければオーブが追撃してくるかもしれませんよ!」 「それはないわ。先ほどルナマリアと共にシャトルを討つムラサメがいた。 ならば彼らの目的も私達と同じ、ジブリールを捕らえることだったはず。 黒海でのアスハ代表とセイラン氏の相反する態度を見れば大方の予想はつくわ。 セイランがジブリールを庇い、戦闘中にオーブに戻ったアスハ代表が命令を撤回した。 戦場に着いた時にあの金色のMSが現れるとほぼ同時にオーブの陣形が立て直されたとの報告があったでしょう。」 「あ・・・はぁ・・・・・・では艦長はそのMSにアスハ代表が乗っていたと?」 「推測に過ぎないけどね。どちらにしろ、プラントはオーブとの開戦を宣言したわけじゃない。 ジブリールと思しき逃亡機が逃げ出したのならばジブリールはオーブにはいない可能性が高い。 これ以上の戦闘は無意味よ。後は外交ルートから再度接触した方が効率は良いわ。」 アーサーは感心したように頷いているが、実のところタリアの説明は正論でありながら彼女の意地のようなものだった。 ギルバートの要望に応えるのであればアーサーの様に攻撃を続けることこそ正しいのだろう。 だが何かと自分達に隠し事をしているギルバートの事を思うと素直に従ってやる気にはなれない。 また一つ、彼への背任行為を重ねたことにどこか小気味良さを感じているタリアにアビーが報告する。 「艦長、デスティニー・レジェンド・インパルス、全て帰艦しました。」 「わかったわ。マリク、沖へ下がって。」 「了解。」 ミネルバが退却を始めると同時に他の艦もミネルバに従い沖へと移動を始める。 タリアの読み通り追撃はなかった。先ほどまで響いていた爆撃の音は止み、波の音ばかりが耳を打つ。 《けど、例え目的が同じだったとしてもオーブの立場は辛いものになっている。》 再び苦境に立たされた少女を思いタリアは軍帽を深く被り直した。 * * * 攻撃が止み撤退していくザフト艦隊の姿を見送りカガリは手を握り締めた。 既に全軍に追撃するなと命令を徹底させている。 まずは都市の被害状況と国民の安否、そして行政府の状況把握を最優先にし、直ぐに世界に向けて発表しなくてはならない。 ラクスが地球に降りたとの連絡も来た。彼女と共にメッセージを配信すべきか、それとも自分一人だけで・・・。 オーブの代表首長として考えるならばまずはオーブを預かる者として釈明すべきだ。 どうしてオーブがジブリールを匿ったのか。そしてオーブ内部で何があったのか。 ラスティの言う通りならばウナトがジブリールを匿ったのは脅迫を受けていたからでありオーブの防衛の為だったからだが、それを証明する物的証拠がない。 大量殺戮兵器の情報とて正規のルートで手に入れたものではない。 ロゴスの一人と通じていたからこそ手に入れられたもの。そのことがまたオーブを追い詰める。 人の悪意は恐ろしいもの。清廉な想いも踏み躙られ汚される。 どれほどウナトがオーブを思ってしたことであってもロゴスと通じていたのならばウナトは彼らから賄賂を受け取っていたのではと考えるものはいる。 悪意は伝染していき真実が埋もれていく。情報社会ゆえの弊害。 不確かな情報だけを元に想像を働かせ真実とは掛け離れた噂が一人歩きを始める。 良い噂ならばまだいい。ラクスとカガリの様に英雄だと讃えられるだけならば・・・だが、悪意の噂は人を滅ぼす。 時には国を追い詰める。今のオーブを世界がどう受け止めるのか。 「カガリ様。」 声をかけられカガリは思考の海から浮き上がる。 気づけば報告書を纏めた女性兵が控えていた。 そう、悩んでいる暇すらない。まずはオーブの被害状況の把握をと書類を受け取るカガリから女性兵は何か迷っているように傍から離れない。 「どうした? まだ何か報告があるのか??」 「あ・・・はい。その・・・・・・。」 「時間が惜しい。判断は私がするから言ってくれ。」 「・・・現在都市機能が麻痺しているのですが一部のネットワークは生きておりまして・・・どうやら戦闘中にセイラン宰相に関する情報を流したものがいたようです。」 「ウナトの? まぁこの状況だしな。私や宰相に対する批判はいくらでも湧いて出る。」 「問題はその内容です。批判ではなく・・・純粋な情報でして。 断片的ではありますが、セイラン宰相の汚職に関するもの、宰相とロゴスとの密約、また詳細不明の兵器によるオーブ攻撃を匂わせるものや、代表との方針の違いから宰相が代表を密かに国外追放したという書き込みがなされております。」 「正式情報を行政府が発表するまではただの噂に過ぎない。」 「しかし! 汚職の証拠と思われる文書のコピーまで流れているという報告があります。 こちらはそれをプリントアウトしたものです。ご覧下さい。」 先ほどの書類とは別にしてあったA4の紙を数枚渡されカガリは渋々ながら目を通す。 始めはどうせ大したことはないと思っていたカガリだがその内容に目を見張った。 「こ・・・れは・・・・・・。」 見覚えのある名前。見覚えのある数字。その内容にカガリは覚えがあった。 《送られてきた・・・例のデータの一部!?》 そんな馬鹿な、とカガリは可能性を否定した。 問題のデータは既にディスクに移しアークエンジェルからは削除している。万が一にもネットを介して流れては拙いからだ。 ターミナルにもこの情報は流さなかった。だからこの情報がカガリのルートからは流れないはずである。 しかし手にした書類は同じもの。 《何故だ!?》 「と・・・とにかく、情報元の確認をする必要がある。 情報を流した人物を特定して確保しろ。それからセイラン関係者全てを行政府に身柄を移せ。 放っておけば暴動が起きるかもしれない。情報の確認と銘打って彼らを保護するんだ。」 「もう完了してる。戦闘終了と同時にセイラン夫人とセイラン家関係の者はシェルターから出してこちらに向かわせてるよ。」 「ラスティ!?」 怪我の治療を終え左腕を吊った状態のラスティが部屋に入ってくる。 この状況に慌てた様子はなく。冷静な口調で移送先を女性兵に告げ、対応を命じると彼女に部屋から出した。 部屋には二人だけ。 書類を握り締め考えを巡らすカガリにラスティは口元だけで笑う。 その仕草だけでカガリは理解してしまった。 「その対応の早さ・・・それにお前はウナト直属の部下だった。つまり、このデータを流したのはお前か!」 「隠すつもりはないから直ぐにバレるだろうとは思ってたけど、察しが良いな。」 「何故だ!? お前はウナトのことを慕っていただろう!!」 「わかってる? 俺は元々ザフトだ。しかもクルーゼ隊の隊員。 ヘリオポリスのモルゲンレーテ強襲作戦でストライクを奪取するはずだった人間だ。 そんな俺がどうしてオーブにいると思う。」 「お前・・・!?」 「撃たれて気絶した俺を助けたのはオヤジの部下。気づいたらオーブにいた。 ザフトはとっくにMIA認定していた。けど敵対していたわけじゃないオーブでなら捕虜扱いにならないしプラントに戻ることは可能だった。だけど俺の生存はザフトに伝えられなかった。何故だと思う?」 「まさか、ウナトは・・・。」 「手駒が欲しかったのさ。 そして決定的な出来事が俺にオーブに残る選択肢を示した。」 ニコル・アマルフィ 「アンタは知らないだろうけどストライクに撃破されたブリッツのパイロットだ。 当時15歳。ピアニストとして将来を嘱望されていた戦争とは縁遠い奴が祖国を、大切な人達を守りたいとザフトに入隊した。 俺達の部隊では最年少だったアイツの遺体を見つけたのは俺だったんだ。」 「キラに、復讐するつもりで・・・。」 「酷い世界だよな。支配も搾取もされない。ただ穏やかに平和に暮らしたいという願いも踏み躙られる。 戦争という名の人の欲望で全てが吹き飛ぶ。 本当の意味で戦争を終わらせる為にとオヤジが示したレールに俺は乗った振りをした。」 酷薄な笑みを浮かべるラスティに肌が粟立つのを感じる。 カガリが言葉を失っている間にラスティは更に続けた。 「そうして俺をオーブに縛り付けたウナト・エマ・セイランに復讐する機会を窺っていた。 全て建前で自分の欲の為に精神的に未熟なザフトの少年兵を縛り付けたんだ。 戦後も戻らなかった俺は裏切り者扱いで祖国には帰れない可能性が高い。 復讐するなら奴の全てを奪ってやりたい。 だが復讐する前にウナト・エマ・セイランは死んだ。せめて奴が残した家族を傷つけてやりたい。 そう思っても不思議はないだろう。」 《何だ?》 言葉は恨みを語っているのに何処か上滑りしているように思えてならない。 淡々とした口調の中にカガリは確かに心に引っかかるものを感じた。そして思い当たった。 本当にウナトを恨んでいるのであれば、あの言葉は出てこない。 それに今回のラスティの対応はあまりにも・・・。 「なら、何でセイラン夫人を移送させた。」 カガリの指摘にラスティは息を呑む。 それだけでカガリはそれまでの会話に嘘が混じっていると知った。 「放っておけばオーブ国民が夫人を傷つけるだろう。 彼女の弁明も聞かず、彼女の涙に目もくれず、私達が探し出す間に彼女は精神的にも肉体的にもボロボロになったはずだ。」 「・・・・・・・・。」 「お前は要領が良過ぎる。 スムーズに事が進み過ぎていればその裏に何かあると直ぐにわかってしまうってこと、わかっていない。 ユウナに怒鳴りつけたあの言葉も自分が復讐できなかったからじゃない。本当にウナトの死を悼んでいたからだろう? 確かに『個人的な恨みで情報を流した奴がいる』という事にしておけば行政府の陰謀という指摘は完全ではないにしろ回避出来るだろう。 犯人がはっきりとわかっている上にお前がウナトの直属の部下だという事を知る者は多いからな。 あのデータを流したのはウナトの指示か?」 立場は逆転していた。 座っているというのに見上げてくるカガリの視線はラスティを見下ろしているように感じられた。 敵わないと深く息を吐きラスティは頷いた。 「アンタは絶対にあのデータを使わないだろうってオヤジは予想してたからな。 データを転送したのは自分を信用してもらう為、アンタの性格を知っていたから出来た無茶だ。 ロゴス狩りが始まった時点でもう覚悟は出来てたんだよ。 どんな理由であれ今の世界はロゴスと関わっていた奴を許さないからな。」 「私も同じ結論に至っている。だがあのデータは諸刃の剣だぞ。」 「だがオーブだけでも大方の意見を纏めることが出来る。 宰相により隠された代表の不在。オーブらしくない援軍派遣。しかも派遣軍が全滅して軍事力の低下を招きジブリールを匿い逃がした。 それ全部アンタの責任にしたらその後、誰がオーブを纏めていけるんだ? 今オーブは弱体化している。そこにつけ込んでデュランダル議長が今度こそオーブを滅ぼすかも知れない。 アンタを失えばオーブ連合首長国は事実上崩壊してしまう。 首長の殆どが生死不明、アンタがいなくなれば二年前の二の舞だ。 諸外国の思惑に乗せられた奴らが行政府のTOPに収まればどうなると思ってる!」 「しかしウナトは!」 「甘い考えは捨てろ! 何の為にオヤジが体張ってたと思ってんだ!!? 全部この国の為だろう。アンタなら自分の想いを引き継いでくれると思ったからだろう。 押し付けられたなんて言ったら張り倒すからな。 オヤジが同じ志を持っていると思ったからアンタはオーブを離れることに承知したんだろう!? あの時、離れている間、オーブの全てをオヤジに押し付けたアンタが今逃げるなんて絶対に許さない!!!」 息を切らしながら叫び合う二人の許に外部からの通信が入った。 セイラン夫人到着の連絡にカガリは涙を零す。 「逃げるわけには・・・いかない。わかっている。わかって・・・いるさ。 だが彼女になんて言えば良いんだ?」 「とっくに承知してる。夫人には情報を流す前に伝えておいた。 俺の話に怒り狂うかと思ったんだが・・・妙に悟った様子で了承したと返してきたよ。」 「な・・・んで・・・・・・。」 「知らない。俺はあの人との付き合いは殆どなかったから。 だけど、あの人はあの人なりの考えがあって承知したんだろう。 答えは聞くなよ。今は、時間がないんだから・・・。」 そう、世界へのメッセージの為に今、オーブは時間に追われている。 カガリ自身草稿を纏め直ぐにでも挑まなくてはいけない。 ラクスにはまず自分がオーブの代表首長として世界に伝えるまでは出ないで欲しいと伝えてある。 《怖い。》 散々代表として活動してきたが世界中の敵意を一心に浴びる中での発表は初めてだ。 自然と手が震え始める。 一度書類を置こうとする左手に大きな手が重なった。 銃やナイフを扱いなれた鍛えられた手。節々がゴツゴツとした感触がする手はカガリの手を覆う。 「敵ばかりじゃない。」 ラスティの言葉にカガリはやっぱり泣きたくなった。 * * * それが見えたのはデスティニーとレジェンドの戦いの最中だった。 シャトルが空の中に吸い込まれるように消え、腕を失ったデスティニーは怒りをぶつけて来る様にビームブーメランを構えた。 対するジャスティスはパイロットであるアスランの疲弊で動きは鈍い。フリーダムが守る為にジャスティスの前に躍り出るとレジェンドはデスティニーの腕を押さえて止めた。 ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載したフリーダムと違いデスティニーはエネルギー残量に気をつけなくてはいけない。 かなりの時間戦い続けていたデスティニーは既にタイムアウトなのだろう。更に片腕を失っている事もあり戦い続けるのは危険だった。 互いに戦えない仲間を抱え、一触即発の緊張状態に支配される。 動けない四機に退く切欠を与えたのはミネルバの信号弾だった。 撤退命令の信号にレジェンドとデスティニーは警戒しながらも去っていった。 緊張が解け、ジャスティスを支えたフリーダムは急いで母艦アークエンジェルへと急いだ。 《アスラン!》 キラの心配通りアスランは急を要する状態だった。 着いて直ぐにフリーダムから飛び出すと整備班がジャスティスの中からアスランを引きずり出したところだった。 真っ赤に染まったパイロットスーツにキラは担架で運び出されるアスランに付き添い走った。 着いたメディカルルームは戦場だった。 アスランが付けていた赤く染まった包帯は放り出され山となり、輸血パックが取り出され看護師が慌しく準備を始める。 意識はあった。医師も開いた傷口に顔を顰めながらも大丈夫だと言ってくれた。 それでもキラは怯えずにはいられない。 「ママ?」 声をかけられキラが顔を上げると目の前にマユがいた。その後ろにはメイリンが付き添うように立っている。 マユの為に、アスランの為に、そして自分の為に。 バラバラだった三人は今、巡り会った。 ぎこちなさを感じさせる血の繋がった親子。 小さな手に掴まれて身体が硬直する。自分がマユに怯えているのだとわかりキラはショックを受けた。 それはマユも同じで母親の異変に気づき戸惑いを隠さない。 《ああ、僕はなんて臆病なんだ。》 アスランを失うのが怖い。自分のエゴの象徴であるマユも怖い。 そうやって自分の事ばかりを考えて周囲を思いやれていない。 自分が嫌な人間になった気がしてマユの手を振り払ってしまう。 拒絶とは少し違う。マユを自分の中にあるどす黒い感情で汚してしまう気がしたから。 しかしマユは母親の拒絶と受け取ったのか泣きそうな顔になった。 《ち・・・がう。泣かせたいんじゃない! ただ、僕はっ!》 「キラ。」 別の方向からかけられた声に振り向くとそこにはラクスが立っていた。 微笑むプラント一の歌姫の姿にメイリンが軽く礼をする間にもラクスは更に歩み寄り手を振り上げた。 パン! 小気味良いくらいに綺麗に響く音にその場にいた全員がキラ達に注目した。 キラは頬に走った衝撃に驚きながらも自分を引っ叩いたラクスを凝視する。 「・・・ラクス?」 「キラ、落ち着きなさいな。 アスランは頑丈です。簡単にはくたばりません。逆に始末したくてもゴキブリ以上の生命力でひょっこり帰ってくるくらいしつこい方ですもの。心配するだけ損ですわ。」 《《《何気に酷くないですか!?》》》 元婚約者故の気安さか。それとも元々良い感情を持っていなかったのか。 ラクスの言葉に誰もが突っ込みを入れたくなるが誰も口を挟めない。 「その上マユちゃんが怖いですか? 心優しいキラの事ですもの。 マユちゃんを利用してアスランを戦いに引き込んだとか、マユちゃんを自分のエゴの為に産んだのだとか、自分勝手な自分が嫌でマユちゃんの純粋さが眩しいとか・・・・・・・そんなこと考えてぐるぐるしているといったところでしょうか。」 「心読んだみたいに言わないで。」 「あらジャストミートでしたのv 私の読心術も大したものですわvvv」 《《《マジで心読んでましたか!?》》》 「というのは冗談でして・・・先ほどミリアリアさんに聞きましたの。キラがマユちゃんを手放した理由を。 後はアスランの性格とキラの性格を考慮して出した私の当てずっぽうです。 けれど見事に的を射ていたようですね。カガリさんがいらっしゃらないので代わりに叩かせて頂きましたのは大正解だったようです。」 「でも僕は!」 「キラが戦うと決めたのは状況のせいだけでしたか? 違うでしょう。キラが望んで選んだ道です。 アスランも同じです。マユちゃんの事もあったでしょうが、戦うことを選んだのは彼が望んだからです。 守りたいと思ったから戦う道を選んだ。」 「僕はアスランの優しさを利用したんだよ。マユを・・・巻き込んで。」 「それは違います!」 キラの言葉に反論したのはメイリンだった。 泣きそうになっているマユの手を握りながらメイリンは叫んだ。 「確かにアスランさんは・・・マユちゃんを大切に思っています。 けど戦う理由はマユちゃんだけじゃないです! 大切な人の為に、自分自身の為に選んだんです。勝手にアスランさんを利用したみたいなこと言わないで下さい!」 「君は・・・。」 「私達、皆自分勝手です。 ただ幸せになりたくて必死に足掻いてて、それが周りを巻き込む事だってわかって自己嫌悪に陥って・・・。 だけどそれは皆同じなんです。誰かの為だと言いながら自分の為なんです。 自分一人が卑怯者に見えるけどそうじゃない。 ザフトを脱走する時、マユちゃんの為だと思ってました。 マユちゃんが笑ってくれれば嬉しいから。マユちゃんから本当のお父さんを奪いたくなくて、アスランさんを助けたくて手を貸しました。 そんなの私の思い込みでしかないのに。マユちゃんが笑える場所は私が決めるものじゃない。 今もマユちゃんはシンに会いたがってる。お母さんに会えて嬉しいと思っているけど、その一方でお兄ちゃんと別れてしまった事を悲しんでいるんです。 だから・・・・・・。」 言っているうちに自分が何を言いたいのかわからなくなってしまう。 こんな話をして自分はキラに何を伝えたいのか。言葉が見つからず声を詰まらせてしまうメイリンにラクスが優しく言葉を促す。 「だから・・・貴女はキラに何を望んでいますか?」 《私が・・・望む、事?》 目の前には微笑むラクスに戸惑うキラ。 右手には小さな温もり。 カーテンの向こうで治療の因る痛みなのかアスランの呻き声が聞こえる。 「・・・自分を、責めないで下さい。悲しまないで下さい。 貴女が自分を責めればマユちゃんは不安になる。悲しめばマユちゃんも悲しむ。 抱き締めて、マユちゃんの為に、笑って・・・くだ・・・・・・。」 涙が零れてきた。無性に姉に会いたいと思った。 姉が笑ってくれれば自分は笑えるのに、望む笑顔が今はない。 自分が笑えない分、マユ達には笑っていて欲しかった。 そうすれば自分もいつかまた姉に会えると未来に希望が持てるから。 「マユちゃんとアスランさんと、一緒にシンに会いに行って・・・・・・。」 そうしなければキラは前に進めない。 自分を責めても何も解決しないとわかっていてもいざとなると尻込みしてしまう。 そんな自分の弱さを再認識しキラは苦笑した。 「なら、君も笑って。」 「え?」 「今、君が泣いているのは僕のせいとしか思えないもの。 何か自分がますます情けなく思えちゃうし・・・・それに。」 「・・・それに?」 「君の笑った顔、見たいしね。」 微笑むキラにメイリンはきょとんとした顔で見つめ返した。 しばし見詰め合う二人に真っ先に耐え切れなくなったのはラクスだった。 堪えきれない笑いを漏らすラクスにキラがちょっと機嫌を損ねた様子でそっぽを向いてしまう。 そんなキラの仕草が子供っぽく見えて今度はメイリンが吹き出した。 手から伝わる笑いのリズムにマユも自然と笑みを浮かべる。 「ママ。」 再び呼びかけられキラはマユを見つめ返した。 差し伸べられた小さな手を今度は拒まない。 マユを強く抱き締めキラは呟いた。 「ゴメンね・・・大好きだよ。」 キラの言葉に応えるようにマユの腕がキラの首に回される。 今度こそ大丈夫だと確信したのか、ラクスがメイリンに微笑むとメイリンも微笑み返す。 「あのー、そろそろ良いですか?」 「「はい?」」 カーテンの向こうからかけられた声に二人が振り返ると白衣姿のドクターが申し訳なさそうな顔で覗いている。 「怪我人の処置終わってるし本人も目を覚ましているんですけど。」 「「「あ、忘れてた。」」」 何気に酷い三人の言葉にアスランが涙した事を知るのは傍にいた看護師だけだった。 * * * オーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハの声明が放映される。 この情報にプラントを始め各国の注目がオーブに集まった。 一体どんな声明を発表するのか。既にセイラン宰相を初めとした首長の多くが死亡したとの報告はされている。非公式ながらジブリールの脅迫により死亡したセイラン宰相の独断でオーブに匿われていたという情報も流れていた。 だがそれらはこれからオーブの方針とはまた別問題となる。 理由は何であれオーブは世界の共通の敵ロゴスを匿い逃がした。それが世界が知る真実なのだから。 「どんな発表するんだろう。」 ルナマリアが不安そうな表情でモニターを見つめる。 彼女の心中は複雑だった。死んだと思われていたアスラン・ザラの生存確認をしたのはパイロット三名だからだ。 あの状況で生還したという事は未だ信じられないがそれぞれのMSに通信記録が残っており、デスティニーのデータから声紋照合をした結果、アスラン本人と断定された。 《ならメイリンは?》 アスランが生きていたなら妹が、そしてマユも生きているかもしれない。 オーブにアスランがいたのなら、二人が生きてオーブに身を寄せている可能性はある。 今回の声明発表でそれを知ることは出来ないとはわかっている。それでも僅かな期待を抱くルナマリアの呟きにシンも複雑そうな面持ちでモニターに注目する。 再びフリーダムを倒す事は叶わず、死んだはずのアスランに出くわし動揺していたとは言え、デスティニーに乗りながらアスランに負けた事がシンの自尊心を傷つけていた。 それだけなら己の慢心を戒めシミュレーションで再戦に備えるだけだが、シンもルナマリアと同じ可能性に気づいていた。 《マユが生きているならアスランと同じくオーブにいる可能性が高い。》 今マユはどうしているのか。 心細くは無いのか、寂しくないのか、そして・・・怯えていないか。 確かめたいけれど確かめる術は無い。 もしも方法があったとしてもシンは確認を躊躇うだろう。 《マユは助けを求めていたのに、俺は・・・。》 アスランのグフを撃破したあの瞬間に聞いたマユの叫びが蘇る。 『おにーちゃん助けて!』 確かに聞いたのにシンは状況から空耳と思い込んでしまった。 直ぐに残骸を探し引き上げればマユは助かったかもしれないのに、自分はそのまま立ち去ってしまった。 その事が深い後悔となり今もシンを縛りつける。 「始まるぞ。」 レイの声で我に返る。 《そうだ・・・今はオーブの、アスハの回答を聞かなくちゃ。》 この場にいる全員がモニターに映ったカガリを睨みつけていた。 あと少しで全ての戦いが終わるはずだったのに彼女が自分達を阻みジブリールを逃がしたのだと殆どのクルーが憤っていたのだから当たり前だ。 だがその中でヴィーノが複雑そうな面持ちでカガリを見ていた。 シンは気づかなかったがルナマリアは以前の会話を思い出し、彼からそっと目を逸らす。 【オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハです。】 響く声に誰もが一斉にカガリの声に耳を澄ませた。 一体何を言おうというのか。悪意に満ちた視線の中、カガリは淡々とした表情で真っ直ぐにこちらを見据えている。 彼女の前にあるのはカメラだけだが、そこから全世界に通じている事はわかっているらしく声が硬い。 【今日、私は全世界のメディアを通じ、先日ロード・ジブリールの身柄引き渡し要求と共に我が国に侵攻したプラント最高評議長、ギルバート・デュランダル氏にメッセージを送りたいと思います。 過日、様々な情報と共に我々に送られたロゴスに関するデュランダル議長のメッセージは確かに衝撃的なものでした。 ロゴスを討つ。そして戦争の世界にという議長の言葉は、今混迷するこの世界で、政治に携わる者として、そして生きる一個人としても魅力を感じざるを得ません。ですが―――】 突如入ったノイズにその場にいた全員がざわめく。 しかしノイズは長くは続かず直ぐ様別の少女がモニター画面に現れた。 【私は、ラクス・クラインです。】 ラクス様だと嬉しそうに呟く声が部屋を支配する。 放送に割り込む、その行為が電波ジャックであり違法に当たる事を誰も指摘しない。ましてやジャックしたのは国家元首の国際社会に向けた正式声明の放送なのだ。国際問題に当たる行為だと気づいていない者が殆どだった。 気づいた僅かなクルーの一人であるアビーが憂いの表情を浮かべる少女をきっと睨む。 《貴女が何者でも私には関係ない。 それが貴女自身の言葉であるならば聞きましょう。けれど―――》 【過日、行われたオーブでの戦闘をもう皆さんもご存じの事でしょう。プラントとも親しい関係にあったかの国が、何故『ジブリール氏を匿う』などと言う選択をしたのか、今以て理解する事は出来ません。】 《つまり、非公式ながらわかっているオーブがジブリールを匿わなければならなかった理由を無かった事にしようと言うのね。》 今の『ラクス・クライン』の言葉で世界はオーブの抱えていた理由を考慮する事は無くなる。 こういったものは先に言った方が勝ちなのだ。先に言った方が強くイメージづけ出来る為に後からの正当な理由も只の言い訳と受け止められやすくなる。特にマイナスイメージを植え付けたいのであれば平和の歌姫による批難ほど効果的なものは無い。 自然と腕を掴む手に力が入る。感情を抑えようとアビーは制服に皺が入ることにも構わず必死に己を律した。 許せなかった。 アビーは既にモニターに映る『ラクス・クライン』が二年前のラクスとは別人だと気づいていた。 イザーク達は語らなかったが短い付き合いではない。イザークの態度とフレイの様子から二人が偽者と判断している事はわかっていたのだ。 けれど二人は語らなかった。アビーを巻き込むまいとしたのだろうが、もう一つ、議長の思惑を測りかねたという事もあったのだろう。決定打としてフレイがシャトルジャックした『偽ラクス』に拉致されたという連絡だったのだから既に話を聞ける状態ではなかっただけだ。 元婚約者のアスランが何も言わなかった事もアビーが言及しなかった理由の一つ。 今になって考えるとそれは正解だったかもしれない。 現在、プラントだけでなく世界に大きな発言権を持つギルバートが偽ラクスを擁しているなどと言えばザフトから追い出されていただろう。下手に騒げば人知れず抹殺された可能性もある。一番の問題として証拠がなかった。 《本物のラクス・クラインがいれば・・・・・・。》 アビーが悔しがる間にもモニターの中の『ラクス』は演説を続けている。 如何にオーブが愚かであるかを語りロゴスに与する悪の国家へと仕立て上げていく。 《平和の歌姫が聞いて呆れる。》 正義と悪とを並べ立てれば戦いが始まる。 本当に平和を謳うのであればそのような事をしてはならない。 常に正義を立証する為に悪役を探し続ける世界になり戦いは終わらないのだ。 世界は常に矛盾を抱えている。絶対的な正義が存在しない事をアビーはフレイを通して知っていた。 《歯痒い。友達の祖国が、こんな形で蹂躙されようとしているのに、私は何も出来ない。》 ザフトが正義の味方ではないとわかっている。 けれどこれでは影で世界を操る犯罪者と同じだ。 悔しさに目を閉じたアビーの耳に飛び込んで来たのは再び走ったノイズ音。周囲がざわめき、また映像が切り替わったのがわかったがアビーは顔を背けたままだった。 【その方の姿に、惑わされないで下さい。】 声は先程の演説と同じもの。けれど涼やかに響く声はまるで印象が違う。 何が起こったのかと顔を上げると其処には予想もしない映像が映っていた。 「ラクス・クラインが・・・二人?」 「でも、シーゲル元評議長のご息女は一人だけだったよな。」 「双子だったりしたらとっくの昔に報道されてるよ。アスラン・ザラとの婚約報道の時、そんな話かけらも無かっただろ!?」 動揺する声が部屋を支配する。 けれど彼らの動揺とは裏腹にアビーは喝采をあげたかった。 後編へ |
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