〜ラクスとカガリ 後編〜 【私は、ラクス・クラインです。】 モニターに映る少女は桃色の豊かな髪をポニーテールにしてカガリの傍らに立っていた。 ジャックされた電波を逆にジャックし返す。それだけでなく世界に見せつける様にジャックしてきた偽ラクスと比べられるように片隅に彼女の姿を映し出すとはやってくれる。 「嬉しそうだな。イザーク。」 「そういうお前はどうなんだ。」 気易く肩に寄り掛かって来る副官に一度は緩めた口元を引き締めイザークは問い返した。 こちらもまた肩を竦めて語らない。他の隊員達は事情がわからずモニターに映る映像に呆然とするばかり。 一部の者はイザーク達の態度からなんとなく事情を察したのか一息吐くと放送に見入った。 顔も声も姿も同じ。だが語る時の表情が違う。纏う雰囲気が違う。 自分が語るよりも明確に示されるのは芯を持った声だ。 【私と同じ顔、同じ声、同じ名の方が、デュランダル議長と共にいらっしゃる事は知っています・・・。】 表だって偽者と糾弾するのではなく、ただ事実として述べる。 ラクス・クラインらしい示し方だとイザークは思った。 ここであちらが偽者だと糾弾されるよりも確実なのは事実。 彼女がプラントにいるのは偽者だと叫べば水掛け論になるだけだ。元々ラクスはカガリと懇意にしていた。確かにオーブに身を寄せていてもおかしくはないが、彼女の祖国はプラントなのだから議長の傍にいてもおかしくはない。 訴えかけるべきはミーアを本物のラクスと信じていた者達ではなく、疑問を抱えていた者達。確証を得られないまでも違和感を抱きながらそれを周囲に話せなかった者は皆、これで確証を得ることになる。 この事でギルバートから離れようとする者は少ないだろう。 だがこれをきっかけに議長に疑問を抱く者がいたと、今まで議長を信じていた者達は知ることになるのだ。 【ですが、私・・・シーゲル・クラインの娘であり先の大戦ではアークエンジェルと共に戦った私は、今もあの時と同じにかの艦とオーブのアスハ代表の許におります。】 【あ・・・えっと・・・。】 まるで湖に垂らした一滴の油。 あっという間に人々の心に膜を張っていくラクスの凛とした態度とは対照的にうろたえるミーアは手元の原稿を見て必死にこの状況を切り抜ける言葉を探す。 当然本物が出てきた時の為の言葉など用意してはいない。自分で考えるしか無いのだとミーアは必死に言葉を探すが頭の中が真っ白になってしまい声にならなかった。 【彼女と私は違う者であり、その想いも違うと言う事を・・・まずは申し上げたいと思います。】 【わ、わたくしはっ・・・!】 手元の原稿がカメラに映る。 イザークはもう見るのを止めた。 完全に馬脚を現したギルバートの『ラクス・クライン』はもうメディアの前には出て来れない。 ならばこの問題はほぼ解決したと考えていい。それよりも今は目の前の任務だ。 防衛警戒エリア外である十二宙域で妙な動きが報告されている。 原因はわからないが旧型コロニーがプラントに向かって動いているという。 既に廃棄されたコロニーで使えないがこの時期に動いていると言う事が気にかかり既にジュール隊とチュニス隊が警戒に当たる事になったのだ。 ギルバートの目的が何であれ、イザークの目標は変わらない。 プラントを守る 戦争に勝ちたいのではなく、敵を倒す事に喜びを覚えるのでもなく、ただ手の内にある幸せを守る力を大切にする。 先の大戦でイザークが学んだのは己が原点を振り返る事だった。 憎しみに駆られやすい戦いの中で絶対に忘れてはいけない想い。イザークが過ちを犯したあの時、自分がザフトに志願した理由を思い出せていれば、ストライク・・・キラが守ろうとしていた避難民のシャトルを撃ち落とす事はなかっただろう。 だからイザークは忘れない。今、プラントは自分の祖国であるだけでなく、戦いで傷ついた少女が守りたいと願う場所でもあるからだ。 自分が為すべき事を為す為に彼はモニターに背を向けて部屋を出て行った。 そんなイザークの背を見送りディアッカは戸惑う隊員と同じモニターを見る。 【私はデュランダル議長の言葉と行動を、支持しておりません。】 【ええ!?】 これだけ違えば誰もがわかる。 確かに平和の歌姫ラクス・クラインは偶像だ。周りが勝手に彼女を奉りたて、ラクスがまだ16歳の少女だと言う事を忘れ信奉した。 だが、英雄の名は伊達ではない。父シーゲルの後を継ぎクライン派をまとめ指導してきたのは確かにラクスだったのだ。 彼女の持つカリスマに皆が集まり、支えた。 「惨めだな。」 イザークが出て行った後も残っていたディアッカは少しだけミーアに同情する。 大戦の時も彼女はニュースでしか戦いの悲惨さを知らなかったのだろう。 だからラクスに憧れた。アイドルだったラクス・クラインが人々に平和を訴えかけ、自らも戦う姿に夢を見た。 そのラクスを演じる事が出来ると言われ、その誘惑に打ち勝てなかったのだ。 他にも彼女なりの理由があるかもしれないが、ディアッカは知らないし知るつもりもない。 自分もイザークと同じ。大切な人達を守りたいからザフトにいる。 なら、やるべき事は一つ。 ディアッカはイザークの補佐の為、部屋を出た。 ミーアの映像が消えたのはその直後の事だった。 * * * 【戦う者は悪くない。戦わない者も悪くない。 悪いのは全て、戦わせようとする者・・・死の商人ロゴス。議長のおっしゃるそれは本当でしょうか? それが、世界の真実なのでしょうか?】 ギルバートを支持していた『ラクス』が画面から消えた後もカガリの傍らに立つラクスは淡々と話を続ける。 シンは信じられない思いで画面の中のラクス・クラインを見つめていた。 【私にはそうは思えません。】 《な・・・んで・・・・・・この人は否定するんだ。 ステラは、ロゴスに人生を狂わされたんだ。あいつらがいなければステラはあんな悲しい人生を送らなくて済んだ。 戦争を引き起こす奴らがいなければ俺もマユも家族を失わなかった。 だから悪いのはロゴスで・・・。》 【ナチュラルでもコーディネイターでもない。悪いのは彼ら、世界・・・あなたではないのだと語られる言葉の罠にどうか陥らないで下さい。】 《言葉の、罠?》 【無論、私はジブリール氏を庇う者ではありません。 ですが・・・デュランダル議長を信じる者でもありません。】 改めて念押しされたラクスの言葉にミネルバクルーの殆どが衝撃を受けた。 中にはラクスが支持するならとギルバートの言葉に耳を傾けていた者もいた。それ故に自分が信じる理由であるラクスの言葉は今まで自分が信じてきた事を否定されるのと同じなのだろう。 シンはラクスに興味は無かった。純粋にギルバートの言葉を信じていた。 けれど此処にきてアスランが叫んでいた言葉が頭を擡げる。 意味はわからないまでもアスランはギルバートとレイの言葉と行動を否定していた事はわかる。 アスランのように支離滅裂ではないが、モニターに映る少女もまたギルバートの言葉と行動に疑問を呈した。 《わからない。》 彼らの言葉の意味を理解できず、一度思考を振り棄てる様に頭を振るシンの耳に予想外の声が届いた。 【これ、おにーちゃん見てるってホント!?】 【マユ!? 駄目だよ。戻りなさい!!!】 《・・・・・・マユ!?》 再び見上げたモニターの中に失った筈の少女が、自分が討ったはずのフリーダムのパイロットに抱えられていた。 ジタバタと暴れるマユにラクスがコロコロと笑いながら語りかける。 【あらあら、マユちゃん駄目ですわ。 今は大切なお話をしている最中ですのに。】 【こっちには来ないって言うから部屋に入れたのに約束は守れ! マユ!!】 カガリの言葉に必死にお辞儀をしながら退出しようとするキラだが、ラクスがその肩に手を置き引き止めた。 【ですが丁度よろしいかもしれません。私が議長を信じる事が出来ないもう一つの理由を、マユちゃんはご存じですし。 ・・・・・・世界へのメッセージを送る中・・・私的な事ではありますがこのマユ・アスカちゃんの安否を心配されているザフト軍艦ミネルバの皆様に、私は問いかけたいと思います。】 どきりと、心臓が一際大きく動くのを感じた。 マユの無事な姿は嬉しい。シンが安堵する中、他のクルーは戸惑う様に互いに顔を見合せている。 その中でレイが険しい表情でマユと向かい合いながら話し始めるラクスを睨みつけていた。 【マユちゃん、既に私は教えてもらいましたが他の皆さんにもマユちゃんのお話を教えて下さい。 マユちゃんはベルリンで大きなMSと戦う様子を見ていましたね?】 【うん! おにーちゃんもインパルスに乗ってがんばったの!!】 【では・・・マユちゃんはその時、何処にいましたか?】 【ミネルバにいたよ! 皆でおにーちゃんががんばってるの見てたの。】 【頑張ってくれたのはインパルスだけでしたか?】 【ちがうよ。先に白いフネが・・・ママがたたかってた。フリーダムって言うの。 黒くておっきいのはママがやっつけたの。でも、おにーちゃんもすごーくがんばってたよ。】 必死に兄をフォローするマユについ苦笑してしまう。 【そうですか・・・ではベルリンでの戦いが終わってしばらくした後に、TVで放送された内容がおかしいと思ったと言いましたね。 そのおかしいと思ったのは何だったんですか?】 その瞬間、ミネルバクルーの殆どは心臓が跳ね上がるのを感じた。 気づきながら見ないふりをした者達は冷や汗を流す。 【・・・ママが、フリーダムがうつってなかった。 おにーちゃんが大きな黒いのやっつけたことになってた。】 何でなの? 首を傾げるマユにラクスはわかりませんと首を振り、今度は真正面からカメラに向き合い話し始めた。 【これが、私達がデュランダル議長に疑問を感じる理由の一つです。 多くの方が彼女の証言の正否に疑問を抱かれると思います。 ですが、ベルリンで戦ったミネルバの皆さんを始めとした、あの戦いを見ていた方は知っているはずです。 彼女の証言が正しいのか、正しくないのか。 では、議長が嘘をついていたとしてそれは何の為なのか・・・。 我々はもっとよく知らねばなりません。デュランダル議長の『真の目的』を。】 挑む様な瞳で語り終えるのを待っていたのか、マユの小さな手がくいくいっとラクスの服の裾を引っ張る。 【ねぇ、おにーちゃんホントにこれ見てる!?】 【マユ、いい加減にしなさい!】 キラが問答無用でラクスから引き剥がそうとするがラクスは微笑み、キラの手を抑えてマユに答えた。 【多分、見ているはずですよ。 では少しだけ、皆さんにお断りしてからお話して下さいね。 あちらのカメラのある方に向かって、まずはごめんなさい、少しお時間を下さいと。】 【アレの事? ごめんなさい! マユにじかんちょーだい!!】 カメラに向かって頬に手を添え拡声器代わりにして叫ぶと、真正面から向き合い仁王立ちになった。 少し肩が震えている。大きな瞳は涙で潤んでおり、泣きだしそうになるのを必死に堪えている様に見えた。 【おにーちゃん! だいきらいなんてウソだから!! マユは、おにーちゃんだいすきだからっ!!!】 一瞬、シンにも何を言われたのかわからなかった。他のミネルバクルーもマユの言葉に呆然として声を無くす。 マユの後ろで真っ先に理解したカガリが苦りきった顔を覆い何やら指示している姿が見え、直後にオーブの放送は打ち切られた。 と同時に各メディアが今の放送を振り返る報道を始める。 今のマユの証言を含め信じるか信じないか。一人のコメンテーターが子供の証言を信じるなどとラクス達を嘲笑う。 しかしミネルバクルーにはそのコメンテーターの言葉は意味を成さない。 マユの証言の正しさは自分達がよく知っている。 その上、ラクス・クラインが二人いたという事実に戸惑わずにはいられない。 だがシンはそれ以上に嬉しさに涙が出た。 マユが生きていたという事実と――― 「レイ、今の放送・・・そう思う?」 「どう・・・とは?」 「その、どっちのラクス様が本物かってこと。皆それが気になってしょうがないわ。 当り前よ。私だって混乱してる。今まで信じてたラクス様が偽者だったら私達がしてきた事はなんなの?」 「俺には本物も偽者の関係ない。 俺達ザフトが仰ぐべき指導者は議長であってラクス・クラインではないからな。」 「え・・・?」 「勘違いしていないか、ルナマリア。 ラクス・クラインは俺達の上司じゃない。少なくとも俺はギルを信じて戦ってきた。 そしてこれからもソレは変わらない。」 ざわつく周囲の声も、ルナマリアとレイの会話も耳に入らない。 シンの心にあるのは、先ほどの放送でマユが必死にシンに向けて叫んだメッセージだけ。 《俺も大好きだよ。マユ。》 胸が温かくなる。いつだってマユは自分を助けてくれる。 溢れそうになる涙を飲み込みシンは自室へ向かった。 今はラクス・クラインの真偽を知るよりもマユの描いた絵が無性に見たかった。 * * * 放送が打ち切られた後、アスランは別の意味でベッドに突っ伏していた。 ミーアの演説により一時はオーブへの悪感情が高まるかと思ったが、ジャックし直した放送でラクスが現れた時にはほっとしていた。 だがしかし、マユが乱入する事によって少々事態が変わる。 確かにマユは証言者になるがまだ4歳の子供だ。コーディネイターの子供がナチュラルの子供よりも知識を早く蓄えられるのは広く知られている事だが、全ての人間に当てはまるわけではなく個人差がある。 それにマユが自発的に話したと言っても疑う人間はいるだろう。効果があるのは同じく真実を知るミネルバのクルーだけだ。世界に対するメッセージとしては効果が薄いしそれまでのラクスの言葉が軽んじられる可能性がある。 けれどラクスはマユに証言をさせた。 《何か考えがあるのか?》 考えるが一番適当な理由が思い当たらない。 突っ伏しながら考えるアスランを他所に、ミーティングルームでは肩身が狭いとやってきて一緒に放送を見ていたハイネとネオが苦笑しながらモニターの電源を切った。 これ以上の放送は無いだろうしそのうちにマユも戻ってくるはず。さぞやキラが怒っているだろうと笑い合う二人はマユの行動を容認しているようだが、父親としてアスランは脱力せずにはいられない。二人の笑い声に考えをうち切ってマユの言葉を思い出す。 「マユ・・・・・・。」 「何て言うか・・・本当にマユちゃんらしいって言うか。」 「そんなにシンが好きなのか?」 「見てればわかります。マユちゃんは本当にお兄ちゃんであるシンが好きですよ。 だけど世界中が注目する放送で・・・って言ってもマユちゃんはわかってないでしょうね。あの放送の重要さと自分の行動が本来は許されないって事。」 笑うメイリンにアスランはどう返して良いか分からない。 黙り込むアスランをからかう様にハイネが話しだす。 「パパよりママが好きはわかるけど、パパよりお兄ちゃんが好きってことかな。」 「いやいや、それ以前に存在を認識してもらってない点で同じ土俵にも上がれないって感じがするね、俺は。」 「このままの状態でキラとシンが和解したら面白い家族が出来るな。」 「18歳のママと16歳のお兄ちゃんと4歳の妹。下手したらママとお兄ちゃんが夫婦に見える三人家族か?」 「少佐! ハイネっ!! 何で俺がいない前提で話してるんだ!!?」 「いやぁ・・・。」 「だって・・・なぁ?」 アスランの叫びにハイネとネオが互いに顔を見合わせる。 はっきり言って良いのか。そんな顔の二人に代わりメイリンの声は容赦ない。 「いきなりお父さんだよって名乗り出て、はいそうですかと受け入れられるほどマユちゃんは大人じゃないし器用でもないです。パパを自称するならまずはマユちゃんの信頼を手に入れないと。」 「今までアスおにーちゃんって懐いてたのに!」 「だからそれは・・・。」 「ただの知り合いに対する親しみ方と変わらないって。」 ただの知り合い ネオの言葉が胸に突き刺さる。 背を向けて膝を抱え込み丸まるアスランを見て、三人は互いに顔を見合わせた。 声にしなくてもお互いに何を考えているのかがわかる。 《《《うざっ!》》》 しかし放置も出来ずどうやってアスランを浮上させようかと考えていると食事のプレートを持ったキラとマユが入って来た。 キラの憂鬱顔とは対照的にマユの顔は晴れやかだ。 母親としてキラが関係者に謝り倒す姿が目に浮かぶようである。 「マユちゃんお帰り!」 「見たぞ放送。ひとまずは成功したと言ってもいいんじゃないか?」 「ありがとうハイネ、皆そう言って慰めてくれるよ。主に僕に対して。」 「じゃあオーブのお姫様は何て言ってる?」 「怒りたいけど怒れないって顔で最終的には『次は絶対約束守れ』って言うだけで僕に対しては何も。」 《《《姪っ子可愛さに負けたな。》》》 キラはかなり気に病んでいるがカガリは諦めきっているのだろう。 姪っ子可愛さもあり、体面の問題はラクスの取りなしを理由に誤魔化してさっさと許したのだ。 実際これからオーブは忙しくなる。この事にあまり構っていられないという現実も理由の一つだろう。 「とりあえず基本方針は示したって事でいいだろう。 はっきりと議長に賛同出来ないと示す事は今後のオーブの為にも必要だ。 下手に流されたらそのままオーブの基本理念は瓦解するからな。」 「ところでラクス・クラインの方はどうしたんだ。」 「今はターミナルの情報確認をしています。後で皆と議長の目的について話したいそうです。」 「って事は・・・ラクスは議長の最終的な目的を知っているのか!?」 「わかりません。ただ、推測に過ぎないけれど証言を得ていると僕には話してくれました。」 ならばラクスの話を聞かなければ何とも言えない。 ハイネの推測が一番可能性が高いと自分達は考えているがまだ弱い。 もしラクスの推測とハイネの推測が合致するのであれば・・・。 「アスおにーちゃんおなか空いたの? ごはん持ってきたからたべて。」 マユの声にキラは自分が何を持って来たのかを思い出す。 まだ湯気を立てている食事は既に一般のものと変わらない。 回復の早いアスランなら大丈夫だろうと固形物中心の食事だが、アスランは中々浮上してこない。 仕方ないとキラはマユにプレートを渡してアスランに差し出すように頼んだ。 が。 アスランの食事プレートに載ったゼリーを見てマユは悲痛な声を上げる。 「ああーっ!」 「どうした!?」 娘の悲鳴には流石に反応したアスランが振り返るが、マユがプレートを取り落としたとか重すぎてよろけているといった変化は無い。 ただ、その瞳が潤んでおり今にも泣き出しそうだ。 「マユのおやつ取っといてって言うのわすれてた!!!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。 沈黙が支配する。 真っ先に噴出したのはハイネだった。 「この状況で心配はオヤツかよ!」 「この神経の図太さ。将来が楽しみだな、この子は。」 ネオ答えメイリンやアスランが笑う中、マユは自分が悲しいのに周りが笑う理由がわからず皆を見回すばかり。 だがその中で笑えないのはキラだ。 「マ〜ユ〜〜〜っ!!!」 キラの叫びが響いた後もメディカルルームは賑やかだった。 けれどそれが本当に束の間の時間であった事を知るのは、もう少し後のことである。 * * * 放送の直後、ミーアは移動を始めた。 スタジオからミーアを取り巻く視線は一変したのだ。 疑念に満ちた視線、中には怒りの視線も混じり、多くの戸惑いの感情がミーアに向けられていた。 《失敗した。》 ミーアにもわかっていた。 『ラクス・クライン』は只のアイドルではない。 平和の歌姫と謳われるには彼女の行動だけでなく、彼女が持つ信念とそれに伴うカリスマが人々の心を動かしたのだ。 戦後、全ての権威を振り棄ててアイドルとしての立場も放棄し『ラクス・クライン』は人々の前から姿を消した。 皆が『ラクス・クライン』を求めているのに、ラクスは人々の想いに応えることはなかった。 だからミーアが選ばれたのだ。ラクスそっくりな声を持つ歌手志望の少女。 勿論顔は違うし多少は身体のサイズも違っている。 けれど顔は整形すればいい。実際に手術を受けてプラントの整形医療技術の高さをミーアは知った。 鏡に映ったそっくりな顔、染め上げられた髪、誰が見てもラクス・クライン以外の何者でもなかった。 身体のサイズが多少違っても成長期で誤魔化せる。 ミーアに合わせたサイズの衣装は以前ラクスがよく来ていたドレスをイメージチェンジしたもので、身につけたら自分が本当のラクスになって気がした。 舞台に出て、人々の称賛を浴びて「ラクス様」と呼ばれることにも慣れた。 けれどそれはまやかし。 ラクス・クラインという偶像の抜け殻に入り込んだミーア・キャンベル それが自分だったと言うのにいつから自分は忘れていたのだろう。 今、それを突きつけられミーアはどうにか挽回しようと必死に考えた。けれど何も考えが浮かばないまま空港に着いてしまった。 出迎えるギルバートの前に立ち、ミーアは必死に弁解しようとする。 「ご、ごめんなさい! あたし・・・あの!!」 「いや、とんだアクシデントだったよ。 君も驚いただろうが、私も驚いた。済まなかったね、気不味い想いをさせて。」 ミーアの失敗をギルバートは批難しなかった。 それどころか笑みを浮かべてミーアに謝罪してくる。一見するとミーアに優しくしている様に見えるギルバートだが、その微笑みと言葉がミーアの血を凍らせた。 《こ・わ・い。》 身体が強張り、声が出なくなる。 目を逸らす事も出来ずミーアはギルバートの言葉に反論することなく立ちつくした。 「一体何故こんな事になったのか・・・だが、これでは流石に少し予定を変更せざるを得ないな。 心配はいらない。だが少しの間、君は姿を隠していた方が良い。」 《・・・姿を、隠す。》 まるで何かの隠語に聞こえる。 もう自分は表舞台には立てない。 それが何を意味するものなのか考えるのも恐ろしい。 「決して悪い様にはしないよ。君の働きには感謝している。 君のおかげで世界は、人々は救われたんだ。それは決して忘れやしないよ。 だから、ほんの少しの間だよ。」 思い出す。あの時ミーアに向けられた言葉。 雨に打たれながら手を差し出したのはミーアの秘密を知る一人、アスラン・ザラ。 このままではいけないと、一緒に逃げようと差し出された手。 『そうなればいずれ君も殺される!』 けれどミーアはその手を取らなかった。 ラクス・クラインであり続ける誘惑にどうしても勝てなかった。 姿を消したその後、自分はどうなるのだろう。 新たな付き人として紹介されたサラという女性に手を引かれミーアは歩き出す。 その先はぽっかりとした暗闇が広がっているようで、ミーアは恐怖する。 「議長! 大変な事が起こりました!! プラントが・・・とにかくお戻り下さい!!!」 ギルバートを探していたのか高官の一人と思しき人物が駆け寄って来る。 叫ぶ軍人の声はもう、ミーアには届けられる事は無かった。 * * * 「ヤヌアリウス・ワンからフォー、直撃。 ディセンベル・セブン、エイト、ヤヌアリウス・フォーの衝突により崩壊!」 報告するオペレーターの声は淡々としている。 だが彼らはわかっていた。 自分達が放った攻撃でどれほどの命が散ったのか。 その成果を微笑みと共に誇りに思う者もいれば、表情を硬くし感情を抑える者もいる。 その中で、ジブリールだけが怒りの表情を浮かべていた。 「ヤヌアリウスだと!? 照準はアプリリウスだっただろうが!! どういう事だっ!?」 「最終中継点グノーが予定ポイント付近でザフトに見つかり、攻撃を受けた為に射角の調整が上手くいかなかった為と考えられます。」 確かに報告は受けていた。 ザフトの部隊がプラントへ標準を合わせるのに不可欠な中継点を見つけたらしく向かっていると。 だがそれを阻むだけの部隊を送り込んだにも関わらず、彼らは守り切れなかったのだ。 《役立たず共めっ!》 ジブリールは歯軋りするが既に遅い。 これでレクイエムの存在とその威力が世界中に知れ渡ってしまったのだ。隠密行動は不可能となった今、時間との戦いに切り替わっている。 ゲシュマディッヒ・パンツァーを応用しての巨大ビーム砲の多角的長距離射撃 それがレクイエムの最大の特徴にして強みだ。 中継点さえあれば月から何処でも狙い撃ちにする事が出来る。 当然、地球上の目障りな親プラント国や中立国をこれで壊滅する事も不可能ではない。 しかし威力の大きさ故に必要とするエネルギーも膨大だった。 再チャージが完了するまでに危機感に駆られた勢力がここを落としに来るのは目に見えていた。 「直ぐにエネルギー再チャージに切り替えろ! アプリリウスを落とさねば意味がない!! 奴らがここに来る前に今度こそコーディネイターを滅ぼすのだっ!!!」 プラントも馬鹿ではない。再チャージに時間がかかる事を読んでいるだろう。 だが正確な時間が分からない以上、総力を上げての戦いになる。 「くそっ!」 舌打ちするジブリールに罪の意識は感じられない。 感じるべきものではないと彼が考えているからかもしれない。 《コーディネイターなどというモノが生まれた為に世界は歪んでしまった。 同志ムルタ・アズラエルが斃れた以上、私こそが世界を正しく導かねばならない! 奴らが全て消えれば世界は何れ私に感謝するだろう。 つまりこれは聖戦なのだ。 勝つしかない。勝たねばならない。未来の為に!!!》 「問題は防衛しなくてはいけない箇所が二つあると言う事だ。 ここか、それとも第一中継点のフォーレか・・・。 防衛部隊とその機体、現在位置の情報をこちらに回せ。そしてアルザッヘルに応援を寄越せと連絡しろ。 ごねるのであれば私が直々に話をする。 プラント及びその他の国の軍の動きはわかり次第直ぐに報告しろ。 総力戦になる以上、どちらかに戦力を集中させることになる。」 「戦いはフォーレに集中する可能性が高いでしょう。 第一中継点さえ落とせばレクイエムは何処も狙い撃ちする事は出来ないのです。 それに奴らはグノーを落としています。中継点そのものに防衛システムがない事はわかっているでしょう。 基地としての防衛力が邪魔になるレクイエム本体よりも中継点を狙う方が確実と考える可能性が高いと思われます。」 「確かに・・・。」 考え込むジブリールを他所に世界は再び動き始める。 互いに己の理想を実現する為に、守りたいものの為に。 ジブリールの世界に対する考えが本当に正しいのか、それとも間違っているのか。 いつか訪れる未来に人は判断するのだろう。 けれど今は、戦う事でしか互いの未来を切り開く以外の道はなかった。 * * * 目の前の光景が信じられない。 フレイはエターナルのブリッジの中でただただモニターに映ったプラントを見つめていた。 「こ・・・んな・・・・・・。」 どうしたらこんな酷い事が出来るのだろう。 二年前に見た核の光が脳裏に蘇る。 「あ・・・ああ・・・・・・・。」 エターナルのブリッジも騒然となっていた。 いつもは飄々としているバルトフェルドも表情を硬くし各員に指示を出している。 ダコスタも蒼褪めながら情報収集を始めた。 けれどフレイは動かない。 動けなかった。 《私は、こんな事を繰り返さない為に戦うと決めたのに。 戦争による悲劇を生まない為にザフトに入るって決めたのに。 何で・・・なんでっ!!!》 いやぁああああ―――――!!! フレイの悲鳴が響き渡り赤い髪が流れる。 バルトフェルドが振り返った時、フレイは涙を浮かべながら気絶していた。 続く 『ラストがちかい〜でもまだ遠い〜。 締切目の前〜〜〜★☆★ (てんぱり状態)』 2008.7.19執筆時のSOSOGUの戯言です・・・。 残ってたので載せてみました。(苦笑) (2008.11.8UP) |
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