〜譲れない夢 前編〜


 月の中立都市コペルニクス。
 ドームに覆われたその都市は偽物の空を鮮やかに映し出していた。
 町のいたる所に植えられた木々は植えられてからの年月を物語る様に堂々と枝を伸ばしている。
 そんな都市の一角にある高級住宅街のザフトの保養施設にミーアはいた。
 ラクスの代表曲「静かな夜に」を口ずさみながらプールに足を浸し時々水を跳ね上げる。
 ただ時間が過ぎるのを待つ生活。
 月に来てからのミーアの生活は一変していた。
 以前はマネージャーが組んだ分刻みのスケジュールをこなし睡眠時間の確保すら困難だったのに、今はサラと二人きりで議長の連絡を待つだけだ。
 身体に溜まっていた疲労は既に消えていた。
 その間に心が空虚になっていくのに止められない。
 必死に自分を保とうと歌う歌はラクスの歌ばかりだった。

《そう、これはあたしの歌じゃない。ラクス・クラインの歌・・・・・・。》

 ミーアが演じていたラクスが新たに発表した曲を歌う気にはなれなかった。
 サラがプールサイドに設置したテーブルに軽食と飲み物を置く音がし、ミーアは顔を上げた。
 見上げた先にいるサラはいつも微笑みを絶やさなかった。
 そして決まって言うのだ。

「ラクス様、お食事をどうぞ。」
「・・・ありが・・・とう・・・・・・その、議長からの連絡は・・・?」

 ミーアの問いにサラは苦笑して首を振り答える。

「仕方がありませんわ。今のプラントは本当に大変なのですもの。
 それに、このコペルニクスにアークエンジェルが入港したとの情報も入りましたし。」
「アークエンジェル!?」

 アークエンジェルの名にミーアは驚きの声を上げた。
 ミーアの声に頷きサラは飲み物をミーアに差し出しながら言葉を続ける。

「ええ、どういうつもりなのでしょうね。こんな時期に月に上がって来るなんて。
 それにあの方もご一緒なのでしょうか?」

 サラの言葉にミーアの肩が跳ね上がった。
 聞き返す必要は無い。サラの言う『あの方』が誰を指すのか分かり切っている。
 グラスを持つ手が震える。本物のラクスが傍に来ているという事実がミーアを追い詰めていた。

《私は・・・。》

「困ったものですわ。あの方にも。」

 サラの言葉にミーアの手の震えが止まった。
 彼女も自分を偽者だと糾弾すると思っていたのに、意外な言葉にミーアはサラを振り仰ぐ。
 サングラスをかけたサラの目ははっきりとは見えない。けれど笑っているのはわかった。

「だってそうでしょう?
 ラクス様という方は常に正しく平和を愛し、けれど必要な時には私達を導いて共に戦場を駆けて下さる方です。
 だから私達もお慕いしていたのです。」

 サラの言う通りだと思った。
 ミーアも英雄と称えられるラクスの呼びかけと凛とした姿に憧れた。
 プラントのアイドルだった少女が世界の為に戦ったという報道に感動した。
 だからそんなラクス・クラインの身代わりを頼まれた時、悩みながらも承諾したのだ。

「そうでないラクス様なんて嘘ですわ。」
「・・・・・・嘘?」

 サラの言葉を反芻しミーアは考えた。
 あの時、理想とは違うラクスにミーアは戸惑った。
 議長の言う通りにしていれば戦争はなくなるのにラクスは議長のやり方に賛同しないと言った。
 議長が正しいからラクス・クラインも賛同すると思っていたのに―――

《何故?》

「私は、開戦の折からずっと議長のお傍で頑張って下さった方こそが本当のラクス様だと思っております。」
「サラ!? 貴女・・・・・・。」
「ラクス様は此処にいらっしゃるお一人で十分。二人も必要ないと、そう思いませんか?」

 カタカタとグラスを持つ手が再び震え始めた。
 先程から減らないグラスは水滴を垂らしテーブルを濡らしている。
 わかってしまったのだ。サラが示唆している事が。

《本物を殺して、完全に成り代われと・・・・・・そう言う事なの?》

「私は、ラクス様は議長の傍にいるべき人だと信じております。」

 サラは否定する。
 本物のラクス・クラインはラクスたる資格は無いと。
 だが皆が讃えていたラクスは確かにアークエンジェルにいる彼女なのだ。
 ならこの状況は何なのだろう?

《ラクス・クラインは・・・人ではない?》

 既に名が一人歩きしている。
 ラクスの代わりに活動してきたミーアが一番よく知る事だった。
 自分を置き去りに歩き始めた名前。平和と言う名の記号。

「さ、お茶を召し上がって。
 ご心配はいりません。きっと良い考えが浮かびますわ。」

 頭がぐらぐらする。
 サラの優しげな声が遠く感じられる中、ミーアは自身に問い続けた。

《・・・・・・ラクス・クラインって一体何なんだろう。》



 * * *



「町に買い物に行きたい人は手を挙げて。」
「はい。」
「はいっ!」
「じゃあ僕も。」
「キラが行くなら俺も。」
「ママが行くならマユも行くーっ☆」
「別行動して良いなら俺も。」

 マリューの第一声に早い者勝ちだと次々に手が挙がる。
 とは言えブリッジ組は久しぶりの宇宙での戦いに備えて調整作業が山積みである為に出かけられない。
 初めからわかっている為にマリューの言葉に各々買ってきて欲しい物リストを作り始めていた。

「それじゃ外出組はラクスさんとメイリンさん、キラちゃんにアスラン君にマユちゃんね。
 ハイネは別行動希望って事だけど、どうして?」
「いつも一緒の団体行動じゃ息が詰まるんだよ。息抜きの為なら構わないだろ。
 それに俺も服を新調したいからどうしたってこの面子とは違う系統の店になる。
 時間が限られているなら別行動の方が良いだろ。」
「確かにそうね。それじゃあハイネにはこの買い物リストをこなしてもらう事を前提に別行動を許可しましょう。」
「何で!?」
「女性の買い物は服一つじゃ済まないのよ。ねぇ、ラクスさん?」

 マリューの微笑みに応えラクスも微笑み答える。

「はい、今までずっと艦の中で過ごしていて息が詰まっておりましたからここで沢山買いものをしたいですわ。」
「私も! 今は艦長の化粧品お借りしてるけど基礎化粧品って肌質に合わせたものじゃないと駄目だから化粧品店に行きたいです!!」
「僕は別に自分の物は・・・ただ、二人だけだとボディーガードが必要だし。マユの服とかおもちゃとか、買えるなら買ってあげたいし。」

 ラクスに続いてメイリンやキラの行きたい店を挙げ始める。
 確かに頷きたくなる内容もあるだけに反対はし辛い。だが此処で負けては自分が楽しむ時間が無くなるとハイネは最後の一人に振り返った。

「じゃあアスランは!?」
「ラクスだけじゃなくマユのガードをキラだけにさせられるわけないだろう。メイリンがいると言っても彼女は情報のエキスパートであって戦闘のプロじゃない。荷が重すぎるだろう。
 本当ならお前にも手伝ってもらいたいくらいなんだ。文句言うな。」
「はい多数決で決定〜v」

 メイリンのはしゃぐ声が上がり全員が賛成の意を唱える。
 がくりと項垂れるハイネにネオが肩を叩いて慰めた。
 その様子にキラは思い出したかのように尋ねる。

「ムゥさんは出かけないんですか?」
「そうだな〜。美人さんが付き合ってくれるなら映画とか食事とか最後にホテ・・・ぐほぉっ!」

 最後まで言う前にマリューの肘鉄がネオの腹にめり込んだ。
 彼が何を言わんとしていたのかがわかったキラ達は子供のいる場を弁えないネオに軽蔑の眼差しで見つめる。
 一人意味がわからないマユがきょとんとした顔で「ホテ?」と聞き返すがマリューの微笑みがマユの疑問を封殺した。

「この人個人の大人の事情よ。気にする必要はないわ。
 それにアウルの治療が軌道に乗ったって連絡が入ったし。」
「アウルが!? それじゃあ・・・・・・。」
「簡単なリハビリと並行しての治療に移ったそうよ。
 今のところ命に関わるような事は起きないだろうって。この人それも気になっててここから離れられないのよ。」
「いやでもさっきのは結構マジっ・・・・・・・ぐぉぉおお・・・・・・。」

《《《懲りないな、この人。》》》

 思い切り踏みつけられた足を抱えて悶絶するネオに誰もが白い目を向けた。
 マユがまたも不思議そうにネオに駆け寄ろうとするがキラはマユの肩を掴み首を振る。
 事情は分からないながらも母親の雰囲気から何か察したのだろう。迷いながらもマユはキラの許へ戻り呻くネオを見やる。

「それはさておきオーブの方はどうなっていますか?」
「行政府の再編成が終わって復興も始まっているみたいだけど厳しい状況である事に変わりはないわ。
 けれどセイラン宰相の部下だった・・・ラスティ君って言ったかしら。
 彼の力がかなり大きいみたいね。軍事面での混乱は思ったよりも小さいみたいだし今はこちらの方が心配されるくらいよ。」
「ラスティが・・・。」

 アスランの呟きにラスティが元々何処の所属だったのかを知らされていたマリューは、アスランを気遣う様に微笑み答えた。

「ええ、今はカガリさんが監視を兼ねてって事で傍に置いているみたい。
 実質的には代表首長のボディーガードになっているって話。」
「なら一番の注意事項は議長の動向ですね。」
「それを今やっているから今のうちに息抜きしてきなさいな。」

 マリューのウィンクにキラは頷いて答える。
 振り返れば皆笑って待っていた。

「ママ、早くおでかけしよう!」

 差し出された小さな手。
 キラはマユの手を取ってブリッジを出た。



 * * *



《どうしたらいいの。》

 そればかりが頭の中を渦巻く。
 レクイエムによる攻撃で崩壊したコロニーの名にタリアは絶望した。
 施設に預けてきたタリアの家族。たった一人の息子の安否は問い合わせるまでもない状況であったにも関わらずタリアは連絡せずにはいられなかった。
 アルバートの生死を知る為の問い合わせは絶望を齎すだけだと知りながら。
 だが答えは予想とは違うものだった。

 アルバート・グラティス
 現在行方不明につき生死不明
 エアポートにて女性と行動を共にしていたとの目撃証言により誘拐の可能性浮上
 自発的な行動が見られる為、家出の可能性を含め調査中

 何時の間にと思う。
 アルバートが姿を消したにも関わらず上層部は情報を止めていた。
 タリアから問い合わせがあった事、オペレーターが秘匿情報である事を失念して伝えて事は想定外だったのだろう。
 プラントの混乱が無ければ今も自分は知らされることなく作戦行動を続けていたかもしれない。

「アルバート・・・貴方がいなくなったら私はどうしたらいいの?」

 息子の笑顔が陰り始めたのはタリアがザフトに入った頃からだった。
 元々アルバートを身籠っている事がわかってから夫婦仲は冷え切っていた。
 理由は互いにわかっている。
 けれど夫は生まれたアルバートには優しく、アルバートも夫に懐いていたから離婚しなかったのだ。
 このまま仮面夫婦を続けると思われていた時に悲劇は起こった。

 血のバレンタイン ユニウス・セブンの悲劇

 植物学を研究していた夫は食料生産に携わる研究所に呼ばれユニウス・セブンでジャガイモの研究をしていた。
 花が咲けばアルバートに写真を送って研究成果を誇っていた夫は、ユニウス・セブン崩壊と共に連絡を絶った。
 夫がユニウス・セブンを出たという記録は無い。最後の連絡もユニウス・セブンからだった上に14日はアルバートに会いたいと言いながら研究の為に出来ないと寂しそうに答えたのだ。
 夫が死んでから暫くしてアルバートは無口になった。
 タリアに何故と問う目を向けながら何も問いかけて来ない。
 息子が何を感じ何を考えているのか分からない中、タリアはザフトでの地位を着実に上げていた。
 今ここでアルバートの為に家に残ればそれまでのキャリアは全て崩れてしまう。
 そうすれば息子をこの手で育てる事は出来なくなるのだ。
 タリアは苦渋の決断を下した。
 息子と向き合う事を止め、アルバートを養う為にザフトに残る事にしたのだ。
 施設に預ける時、アルバートは嫌がらなかった。諦めきったような顔でタリアを見上げていた。
 だけど一つだけ、タリアに願った事があった。

「ギルバート・デュランダルという人に会いたい。」

 アルバートにギルバートの事を話した事は一度もない。
 何故彼の名を知っているのかと驚くタリアにアルバートは淡々と答えた。

「お父さんの研究の時に遺伝子解析で協力してくれた人だから。
 いつか会ってみなさいって・・・・・・お父さんが言っていたから。」

 夫が何を思いアルバートにギルバートとの面談を希望したのかは知らない。
 アルバートを可愛がっていた夫が秘密を話すとも思えない。
 恐怖しながらもタリアは承諾した。
 タリアと離れて暮らす事に文句ひとつ言わない息子のたった一つの願いだ。聞かない訳にはいかなかった。
 当時評議会議員候補に選出されていたギルバートの忙しさもあり、申し入れても受け入れられないだろうと思われた面談は受け入れられた。
 彼らが何を話したのかは知らない。
 だがギルバートはただ「賢い息子さんだ。」とだけ自分に告げた。
 アルバートとは近況すら話す事の無い状態が続いていた中、一度だけタリアへのメールで伝えてきた。

『マユという子の世話をしています。マユのお兄さんは毎週ザフトのアカデミーが休みになる度にマユに会いに来ます。
 全然似てないのに・・・二人は兄弟だと誰もが言います。
 じゃあ、遺伝子上繋がりがある僕とお母さんは本当に親子と言えるのかな。』

 息子が何を言いたいのかはっきりとはわからなかった。
 遺伝子上の繋がりで言えば母子の関係ははっきりしている。
 けれどアルバートのメールの言葉からはそんな遺伝子による関係性とは違う何かを示唆していると思われた。

『お父さんは僕のお父さんだって言えるのに。』

 思い返せばこれがアルバートの最後の言葉だ。
 生死が分からない以上、本当にこれが最後の言葉になるのかは分からない。
 だがもしも・・・・・・。

「アル・・・貴方がいなくなったら私はどうやってギルバートと向き合えばいいの。」

 一人呟く声に答える者はいない。
 タリアは机の上にある写真立てを見た。
 まだアルバートが自分に笑いかけてくれてた頃の、三年前の写真。
 淋しさが胸に広がるのを感じながらタリアは写真を伏せた。



 * * *



「これ良いですよね!」
「こっちもよろしいと思いません?」

 はしゃぐ声はラクスとメイリンのもの。
 彼女の持つ服の先には疲れ切って眠そうなマユがキラの足に寄り掛かる様にして立っていた。

「二人とも・・・そろそろいい加減に。」
「「アスラン(さん)は黙ってて!!!」」

 止めようとしたアスランの言葉も一言で撥ね退ける熱中ぶりにハイネの手伝いの方が良かったかも・・・とげんなりした顔で俯くアスランに、キラが苦笑して声をかける。

「色々あったから二人ともストレス発散させてるんだよ。」
「羽目を外し過ぎだ・・・目立ってないか?」
「そろそろ移動した方が良いかもね。マユも疲れてるみたいだし何か食事でも・・・。」

 ハロ! エクスキューズミー☆

 振り返ったキラの視界に赤い丸い物が跳ねてこちらに向かってくるのが映った。
 驚いて飛んできたものを受け止めるとそれは見慣れた存在。

「これってハロ!?」
「でもそのハロ、もしかして・・・。」

 英語をしゃべる赤いハロ。応じる様にラクスのピンクハロが跳ねて迎え入れる。
 ラクスはカラーリングの違うハロをたくさん持っているが関西弁をしゃべるハロばかりで英会話が出来るほど単語を登録していない。
 ならば思い当たる持ち主は一人だけだった。

「ミーア!?」

 慌てて周囲を見回すがピンク色の髪の少女は見当たらない。
 だがハロがここにあると言う事はミーアがコペルニクスにいる可能性が高い事を意味していた。

「何かこのハロ、紙を咥えてる。」

 メイリンが跳ねるハロを捕まえて紙片と取り広げた。
 走り書きで書かれた一文と略式の地図。

 ―――助けて! 殺される!!!

 暫しの沈黙が落ちた。

「なんっか・・・思いっきり罠ですよね。」

 あからさま過ぎて疑う以前の問題だ。
 今までラクスを演じていたミーアが本物のラクスに助けを求める事自体はおかしくないかもしれない。
 アスランだって真実が知られればミーアの身が危険になることを見越して共に脱出しようと手を差し伸べたのだ。
 だが・・・何故ミーアはラクスがコペルニクスにいる情報を得たのか。
 そしてラクスにメッセージを伝えるハロは行動範囲があまり広くない。
 ならば近くにミーアがいたと考えた方が自然だが、ここまで接近していたのならば直接来た方が早い。
 態々近くにいながら呼び出す事自体罠以外の何物でもないのだ。
 しかし―――

「ミーア自身がハロを放したという保証もない。
 罠とわかりながら放っておけない・・・くそっ! それも見越して仕掛けてきている。」
「ならば行くしかありませんわ。」

 静かに答えるラクスにアスランは即座に反対した。

「罠とわかっていながら君が連れて行けるわけがないだろう!?」
「でも、私その方とお会いしたいです。それに呼ばれているのは私でしょう?」
「ラクス様・・・。」

 心配そうに声をかけるメイリンにラクスは気丈にも微笑み答える。

「いずれちゃんとしなくてはいけない事ですもの。」
「それなら私も行きます! ラクス様をお守りしますね!!!」
「ああもうっ!」
「諦めなよアスラン。」
「だがマユは返さないと。この子だけは巻き込むわけには・・・・・・?」

 キラの足元を見てアスランが固まった。
 先程まで疲れた様子でキラの足に寄り掛かっていたマユの姿がない。
 蒼褪めるアスランにキラは戸惑った様子で呼びかける。

「アスラン?」
「キラ、マユは何処に行った!?」
「え、今僕の足に・・・・・・マユ!!?」

 言われて初めてマユの不在に気づいたキラは直ぐに店の中を走り回り探したがマユの姿は無い。
 店内にはいない事を確認するとアスランは慌ててドア近くにいた店員に掴みかかって問い質した。

「子供を見ませんでしたか!?
 4・5歳くらいの俺に似た女の子!!!」
「え・・・あの子なら・・・。」
「見たんですか!?」
「何か、淡い紫色のボールみたいのを追いかけて店の外に。」
「何で止めなかったんです!」
「止めようとしましたよ。でもスーツ姿の女性が、私が女の子に声をかけようとしたら身内だと言って追いかけて行って・・・。」

 息苦しそうに答える店員にアスランは肌がざわつくのを感じた。
 スーツ姿の女性に覚えは無い。
 だがその女性が身内と名乗ったと言う事は営利誘拐目的か、マユと知って連れ去ろうとしたかのどちらかだ。

「何処に向かったんですの。」
「直ぐそこの角を曲がって行って、そこから先は・・・。」

 ラクスの呼びかけに答えた店員の最後の言葉を聞き終える前にアスランとキラは飛び出した。
 角を曲がった先には細い路地があるだけでマユの姿はない。
 路地を抜けた先には人陰の少ない裏手通りがあるばかり。

「くそっ!」

 だんっ!

 壁に打ち付けた手から血が滲む。
 だがアスランは手の痛みなど気にならない程に自身に憤っていた。
 手際が良過ぎる。何よりもマユは間違いなく誘い出されたのだ。
 淡い紫色のボールらしきものとは恐らくアスランがマユに与えたハロの事。シンの許に残っていたハロを持ってきたのか、それとも急いで同じカラーリングのハロを作ったのか・・・。
 アスランのハロならば騒がしく跳ねて呼ぶはずだ。何よりもわざわざミネルバから取り寄せるよりも同じカラーリングのハロを作った方が早い。
 恐らくマユは偽のハロに誘い出されて店を出てしまったのだ。
 そしてその隙を作ったのは・・・

「俺達がミーアのハロに気を取られている隙にマユを攫う作戦だったのか!」
「アスラン! マユは何処に!?」

 アスランの後を追って来たラクス達も路地に辿りつく。
 だがアスランは首を振って振りかえった。

「攫われた・・・恐らくは議長の手の者に。」
「そんな!?」
「しかしどうしてマユを攫ったのでしょうか?」

 ラクスの言葉に全員がはっとする。
 先程のミーアのメッセージからするとラクスが狙われているのは明白だ。
 実際、議長にとってラクスは目障りな存在だろう。
 けれどマユを攫った理由は何なのか。とっさに思いつくのはオーブでの放送だけだ。

「マユは確かに私に言われるままに議長の嘘を証言しました。
 しかし世界の殆どはマユの言葉を信じていません。
 私もわかっていたからこそあのメッセージはミネルバに乗る方のみに向けました。」
「つまり・・・マユちゃんが攫われたのは議長にとって不都合な存在だからではなく、目的は別にあると言う事ですか?」
「そうです。アスランやキラへの人質とするにはマユはシンという少年にとっても重要な存在だとハイネさんはおっしゃってました。だから議長はマユを傷つけない。それを私達が読んでいる事もわかっているでしょう。
 なら、打算や計画とはまた別に理由があると考えてもよいのではないでしょうか?」
「別の・・・理由・・・・・・。」
「純粋にマユを自分の手の内に戻したいと思う何かがあったとは考えられませんか?」
「それは・・・。」
「無いと言い切れないでしょう。」
「そうかもしれない! だが何かあれば切り捨てられる可能性だってある!!!」
「勿論そのくらいの事は私も考えております。だからこそ先程の誘いに乗ってみては如何でしょう。」
「無茶です! そんな危険な事!!!」

 メイリンが駄目だと首を振って反対するがラクスもまた首を振り答えた。

「無茶は承知です。けれど彼らの一番の目的は私。
 アスラン、手段を選ばず任務を優先するのであればどうすると思います?」
「ラクス・・・まさか君は。」

 キラの言葉にラクスは頷く。
 三人は彼女が言わんとしている事を理解し絶句した。

「誘き出されるのはあちらも同じです。
 成功率を上げる為に私への人質にマユを連れて来る可能性があります。
 闇雲に探そうにも私達は表立って動けません。一番確実なのは敵にマユを連れて来させる事です。
 急ぎましょう。彼らがマユを月から連れ出す前に動けば可能性は高くなります。
 アスランはアークエンジェルに連絡を。それからキラ、携帯を貸して下さいますか?」
「何処に連絡するの?」

 ラクスの言う通り迷っている暇は無い。
 戸惑いながらも携帯を取り出すキラにラクスはウィンクして答えた。

「街でうろついている暇なお方に声をかけてみますわv」


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