〜最終決戦 前編〜 ギルバートのデスティニープランに対する各国の対応は混乱を極めていた。 どの国もロゴス狩りの影響で中枢部分が滅茶苦茶になっていたからだ。 確かにロゴスは戦争を操り煽る存在ではあったが、そのメンバーは死の商人とは別に多角経営を行い健全な生産事業を行い各国の中枢に食い込んでいたのだ。 トップにいた各メンバーが逮捕され、彼らと繋がりのあった政治家の殆どが引き摺り下ろされた結果、骨を抜かれた状態になった国にまともな対応など出来る筈がなかった。 中枢がまともに機能する国もあったがどの国も賛否両論でプランに対する声明を発表できない状態だった。 「では・・・プランへの反対を表明しているのはオーブとスカンジナビア王国だけか。 予想通りだな。既に防衛体制に入っているようだし・・・。コープランドはどうしているかな?」 「アルザッヘルに逃げ込んだ大西洋連邦の大統領の? どうもキナ臭いですね。報告によると軍を動かしているようです。」 「なら最初の標的は決まったな。」 ギルバートは秘書の言葉に微笑み指示を出した。 「私は言った筈だ。これは人類の存亡を賭けた最後の防衛策だと。」 プラン導入の為に自分が何を賭けているのかを知らしめる為に。 * * * シンは戸惑わずにはいられなかった。 突然のギルバートの宣言にミネルバも混乱している。 そんな中、ギルバートの養子であるレイが自室へ戻るのを見てシンは後を追った。 暗い自室の中、レイはベッドに腰掛け黙って俯く。まるで疲れ切っている様に見える親友の姿にシンは遠慮しながら声を掛けた。 「レイ・・・・・・議長の発表したプランの事だけど・・・。」 「どうかしたか?」 「どうかしたかって・・・だって皆だってびっくりして、俺も混乱して・・・・。」 「だがこれで戦争は終わる。永遠に・・・。」 《多分そうだ。》 レイの言葉にシンは心の中で無意識に答えていた。 欲望を抑え込めれば人が人を傷つける事は無くなる。 だけどマユを求めていたシンが疑問を発していた。 「そんな事、可能なのか?」 「俺達が作り上げ守るんだ。 議長の目指す誰もが幸福に生きられる世界、そしてもう二度と戦争など起きない世界を。それが俺達の仕事だ。」 「ええ!?」 「その為の力だ。デスティニーは。 そのパイロットに選ばれたのはお前だ。 議長がお前を選んだのは、お前が誰よりも強く、誰よりもその世界を望んだ者だからだ。」 「俺・・・が・・・・・・?」 《何だ、この感覚は。》 世界を救い守る為に選ばれた。そう告げられたのに不気味な感覚がシンを襲った。 《何で俺にもわからないのに言い切れるんだ?》 だがそれこそがデスティニープランなのだろう。 シンの遺伝子を解析しギルバートは知った。けれど自分が知らないうちに自分の中を暴かれたような気がして不気味さが消えない。 何よりも不安はもう一つあった。 「マユは・・・? もしかして議長は俺とマユが・・・。」 「ああ、知っている。悪いとは思ったがマユの事は議長から聞かされて知っていた。」 「じゃあマユが本当は俺の妹じゃないって事も!?」 「妹だろう。」 「え?」 「マユはお前の妹だ。 ギルがマユはお前と共にいるべきだと思ったから黙認した。」 「それも・・・遺伝子解析で?」 レイは答えない。 だけど迷いがシンの中で渦巻く。 何か話さなくては、もっと・・・もっと・・・。 がほっ! げほげほ・・・・・・ 突如咳きこみ始めるレイに思考が中断される。 苦しげに胸を抑えながらベッドサイドにある引出しから何かを取り出した。 《ピルケース。》 レイがこんなものを常備していたなんて知らなかった。 取り出したカプセルを取り出し飲み込んだレイはそのままベッドに沈みこんだ。 息を落ち着かせながら気を失うレイにシンは何も出来ず見つめていた。 それでもベッドにしっかりと寝かそうとブーツを脱がし、身体を締め付ける軍服を脱がせて上掛けを被せる。 《レイ・・・お前一体・・・・・・。》 ピー! 突如インターホンから呼び出し音が鳴る。 続いて切羽詰まった様子で叫ぶルナマリアの声が響いた。 【シン! レイ! 大変よっ! レクイエムが・・・レクイエムが撃たれたわっ!! 標的になったのは月のアルザッヘル基地よ!!!】 「何だって!?」 破壊したはずの兵器の使用。 ルナマリアの叫びにシンは愕然とした。 * * * エターナルブリッジでは各国の動向と共に味方の艦隊の状況報告が飛び交っていた。 レクイエムによるアルザッヘル基地への攻撃。結果大西洋連邦は最後の軍事力を失った事を意味していた。 残った兵力は地上で散り散りになっており、彼らを纏め上げる指導者はいない。 プランに反対する者への宣戦布告と受取り世界は更に混乱した。 オーブ連合首長国 プラン反対の旗頭に立つ国をギルバートは見逃しはしないだろう。 レクイエムの次の標的は間違いなくオーブ。撃たれればオーブは国土ごと地上から姿を消す。 撃たれる前に討たねばならない。 アークエンジェルとエターナルは合流しオーブの宇宙艦隊と共に総力戦に望む事になった。 準備は間もなく終わる。飛び交う情報を聞き取り頭の中で整理するのはブリッジの中央、司令官の席に座るラクスだ。 彼女の表情は常に硬かった。 そんな中、アルバートは頑なにラクスに叫び続けていた。 「何故僕の事を公表しないんですか!? そうすればプランは根底から崩れるのに!!!」 「事はもう貴方個人の問題ではなくなりました。これは私達の、人が人として生きる為の戦いなのです。 本来ならば貴方はエターナルにいるべきではありません。けれど事の行く末を見届ける為に命を賭けるという願いを受け入れて乗艦を許可しました。 それ以上は許しません。部屋にお戻りなさい。」 それきりラクスはアルバートに答える事はなかった。 悔しげに黙り込むアルバートをメイリンが気遣う様に見つめた。 だがその向こうでフレイが首を振りメイリンに構うなと言う。 メイリンはフレイに従った。今、自分は姉と戦おうとしているのだ。 メイリン自身プランに賛同出来ない。自分の意思を取り上げられるかもしれない恐怖を想像し知ってしまった今、ギルバートの言うデスティニープランを受け入れる事はないだろう。 だが世界中にプランが導入されれば自分は不適合者として排除される。 それも嫌だった。未来を勝ち取る為には戦うしかない。 けれどその先に姉がいるという現実に押し潰されそうで自分の事で精一杯だった。 フレイにも迷いはある。ザフトが自分達を阻みに来る隊と闘いたくはない。 何よりも大切な人達と・・・。 「イザーク・・・アビー・・・皆・・・・・・。」 けれどジュール隊は必ず来る。 互いに総力戦になるのだ。 タイムリミットはレクイエムのエネルギーチャージが終えるまで。 全てにおいてスピードが優先されるこの戦いで彼らが出て来ないはずがない。 「アルおにーちゃん、お部屋にもどろ?」 ブリッジから戻ってこようとしないアルバートを心配したのだろう。 マユがブリッジまでやってきてアルバートの手を引いた。 マユも本来ならば月に残していくべきだと言われていたが誘拐未遂もあり、ある推測から彼女にとって安全な場所はないと判断したハイネの言によりエターナルへの乗艦が許された。 『議長は間違いなくマユの出生の秘密を掴んでいる。 放棄されたと思われていたスーパーコーディネイターの研究・・・成功例がいたなんて正直驚きだ。 だが、その子供ならば遺伝子に期待が生まれる。 プランにおける優良な一例として使われる事は間違いないだろう。 そうするとマユにとって安全と言える場所は、今はないのかもしれない。 オーブが狙い撃ちにされる可能性は高い。月も誘拐未遂事件を考えると議長の勢力が入り込んでいる。 ただ生きているだけで良いってんならザフトから連れ出したりはしなかっただろう? アスラン。 なら・・・何処にいても同じだ。後はマユに決めさせればいい。』 本当は何が正しいのか誰にもわからない。 けれど親のエゴだと言われてもキラとアスランはマユを手放す事が出来なかった。 ママを待つ。 マユは選んだ。シンの事も気にかけながら今目の前にいるキラの手も手放せずマユはエターナルに乗る事を選んだ。 その意味を真実理解している訳ではないだろう。それでもマユにはこの選択しか出来なかった。 「一人でまつのはイヤだよ・・・・・・。」 ミネルバの中で兄を待つ生活を続けていたマユは不安の中、一人でいる恐ろしさを味わいたくなかった。 傍に誰かにいて欲しかった。 マユの懇願に折れたのはアルバートの方。一息吐いてマユの手を取る。 「わかりました。戻ります。けど一つだけお願いがあります。 万が一の時の為に救命艇の場所と使い方や注意事項などを教えてもらえますか?」 《アルバート!?》 アルバートの申し出にフレイはまさかと思う。 多分彼は諦めていない。自分の意地を通そうとしている。 それがわからないラクスではない。どう答えるのかとフレイはラクスの横顔を見つめた。 表情は変わらない。硬い声でラクスは答える。 「わかりました。ダコスタさん、アルバート達を案内して下さい。」 「え!? あ・・・はい、わかりました。」 戸惑いながらもダコスタは立ち上がりアルバート達を案内しブリッジを出た。 下の席に座っていたバルトフェルドが問う。 「あの子が何を考えているのかわからないわけじゃないだろう?」 「勿論です。状況次第で彼は救命艇で飛び出すつもりでしょうね。 実際・・・アルバートの言う通りかもしれません。彼の事を公表すればデスティニープランは根底から崩れます。 世界はプラン導入を撥ね退けるでしょう。けれどそれではミーアさんの時と同じです。 私はギルバート・デュランダルを許せない。けれど彼を追い詰めたいわけでもないのです。」 「それ、どういう意味なのラクス?」 戸惑い問うフレイに続いてメイリンも不思議そうにラクスを見上げた。 けれどラクスは真っ直ぐに虚空を見つめながら言葉を続ける。 「本当のところ、この問題は彼ら家族がつけるべき決着なのかもしれないと言う事です。 本来は家族内だけで終わる問題が世界への憎しみへと発展し世界を巻き込む戦いとなった。 勿論火種は世界中にありました。その火種を肥やしにデュランダル議長の構想は固まり実行へ至ったのかもしれないのです。 私がラクス・クラインの名から逃げた事も、キラがマユちゃんを手放した事も、カガリさんが国を守りたいがために臆病になった事も全て。 結局のところ誰もが悪かった。・・・それだけです。 そのうちの一つにアルバートは自分で決着を着けに来た。」 一粒の涙がラクスの瞳から溢れ出る。 ブリッジを舞う涙が光を反射しながら空に消えていく。 「私は許しません。ギルバート・デュランダルを―――ラクス・クラインを。 そして誓いました。ラクス・クラインの名と戦う事を。」 もう逃げません。 ラクスの覚悟にフレイは俯いた。 結局のところフレイも逃げていたのかもしれない。 贖罪の為と言ってザフトに入ったのは、そうする事で周りの批難から逃げ出したかったのかもしれない。 だから悪夢も消えない。逃げようとする自分を追って亡者は夢の中まで来るのかもしれない。 正しい答えなどわからない。 《だけど進み続けるしかない。》 顔を再び上げてフレイは表情を引き締める。 考え続けるしかない。 それが人であり、フレイ・アルスターの生き方なのだから。 * * * デスティニーとレジェンドはメサイアに。 ギルバートの命令でシンとレイはミネルバを離れた。 始まろうとしている戦いにシンは前を歩くレイの背中を見つめながら思い出す。 ルナマリアの連絡を受けてから暫くした後、レイは目覚めた。 一時は蒼白状態だった顔色も大分回復しているが万全とは言えない。 起き上がろうとするレイをシンは慌てて押し止めようとした。 「駄目だよ。まだ寝ていないと。 自分の顔色わかってんのか!?」 「驚かせて済まなかった。もう何でもない。持病の様なものだから気にするな。」 「持病って・・・。」 そんなもの聞いた事がない。 少なくともアカデミーにいた時のレイは健康そのものに見えた。 あんな薬を飲むところもさっき初めて見たのだ。信じられるはずがない。 戸惑うシンの視線にレイは真っ直ぐに見つめ返し、告げた。 「俺は生まれつきテロメアが短い。」 「テロメア・・・?」 人の体細胞の分裂の度に短くなるとされるテロメア。 テロメアを欠損した染色体は不安定になり発ガンの原因となると言われている。 発ガンを抑える為に分裂を止める事で起こるとされている細胞の老化。だがその全てが明らかにされているわけではない。クローンが違法とされている理由の一つがこれだった。 テロメアの伸長を行う酵素が存在するが人の体細胞では発現しないか活性が弱いかのどちらかだ。 まだ老化とテロメアの関連性は明らかではないが無関係でもない。 だがそんな細かい説明をレイはするつもりはなかった。 シンに理解させるよりもより明確な言葉でもって告げる。 「俺はもう、長くない。」 「そんな・・・!?」 シンは驚愕し声を失った。 自嘲するように話を続けるレイの言葉に何を言う事が出来ない。 「俺は・・・『俺達』はキラ・ヤマトという夢のたった一人を創り出す為の資金源として作られた。」 《あの人・・・人間を作る!?》 「恐らくは・・・ただ、出来るというだけの理由で。」 《あの人とレイが・・・作られた存在。》 「だが、その結果である俺達はどうすればいい? 父も、母もいない。俺を作った奴の夢なんて俺は知らない。」 《俺は・・・父さんと母さんが望んでくれた。》 「もう一人の俺は世界を憎んで・・・戦って、死んだ。 だが誰が悪い? 誰が悪かったんだ?」 《レイは悪くない。》 生まれてきたレイに罪はない。 それだけは確かだった。けれどそれでは何が、誰が、レイに悲劇を齎したのか。 「俺達は誰もがこの世界の結果の子供だ。 だから・・・世界を変える。終わらせる。 二度と、俺達の様な子供が生まれない様に・・・・・・。」 レイの腕が上がる。 シンの腕を強く掴みレイは乱れた前髪の向こうからシンを見つめた。 「だから・・・その未来はお前が守れ。 ギルを、議長を信じてさえいれば大丈夫だ。」 懇願する様に声を震わせるレイに、シンは頷く事しか出来なかった。 そして今、レイはシンの目の前にいる。 あの時の弱さの片鱗も見せないレイの後姿にあの時の事は夢だったのではないかと思う。 《だけど・・・現実だ。》 ここに来る直前、レイはまた薬を飲んだ。 苦しげに呻いていた。息も乱していた。 けれど呼び出しの命令に水を煽って立ち上がったのだ。 やがてドアが見えてくる。警護の兵が敬礼してドアを開けた。 ドアを抜けると広い空間が広がっている。 「やあ、レイ。シンもよく来てくれたね。」 微笑みと共に自分達を迎えるギルバートの姿にシンは違和感を感じる。 《この人が、本当に?》 レクイエムでアルザッヘルを撃つ命令をギルバートが出したなんてシンには信じられなかった。 戦争を終わらせることを熱望していた彼が、マユを可愛がってくれたギルバートが、聞かされた行動と一致しない。 「今までやり切れない事ばかりだった。だがこの戦うばかりの世界ももう間もなく終わる。 いや・・・どうか終わらせてくれ―――と、言うべきかな。君達の力で。」 「はい。」 迷いなく答えるレイにシンは血が凍りついた気がした。 自分も答えなくてはならない。 だが喉に言葉が張り付いて上手く出て来なかった。 「今、レクイエムのステーション・ワンがアークエンジェルとエターナルに攻撃されている。」 ! ギルバートの言葉にシンは肩を跳ね上げた。 だがギルバートはそんなシンを他所に話を続ける。 「私がアレで尚も反攻の兆しを見せた連合のアルザッヘル基地を撃ったのでそれを口実に出てきたようだが・・・。 困ったものだ。我々はもう戦いたくないと言うのに、これでは本当にいつになっても終わらない。」 「仕方がありません。彼らは言葉を聞かないのですから。」 《違う。聞かないのはアスラン達じゃなくて・・・それにオーブだって・・・・・・。》 デスティニープランの概要を知った時、オーブは、カガリが絶対に反対するとわかっていた。 オーブの理念を唱える彼女が人に生き方を強いろうとするこの計画に賛同するわけがない。 再びオーブは戦場になるだろう。 南海の宝珠と呼ばれるオーブ。 自然の海の美しさに惹かれシン達はよく海辺でキャンプをした。 辛い思い出ばかりじゃない。忘れたくない思い出も確かにあった。 「俺は・・・嘆きながらも戦いを続ける世界に絶望していました。 漸くここまで来たんだ。争いが無くなる様に・・・だから、戻るつもりはありません。 デスティニープランは絶対に実行されなければならないのです。」 断言するレイの表情に迷いは無い。 けれどシンはまだ、迷っていた。 レクイエム破壊はオーブやアークエンジェルからすれば当然のこと。シンだってあんな悪夢のような兵器無くなってしまえば良いと思っている。 けれどそれを守る為にアスラン達を戦う事に疑問を感じていた。 「君はどうかな? シン。」 「え・・・?」 急に話を振られてシンは口籠った。 優しげに微笑みながらギルバートはシンに問い直す。 「君も、レイと同じ想いか?」 「・・・俺・・・は・・・・・・。」 迷いの中、シンは思い出す。 家族との思い出が溢れるオーブを後にした理由を。 火薬の匂いに混じって人が焼け焦げる匂いが充満していた。 土砂に半ば埋もれ、シンの家族は死んだ。 木に押し潰された父を、身体を捻じれさせ転がる母を、右手を失い転がる妹を、シンは忘れやしない。 そして同じく一人残されたマユを抱き締めた。 憎しみを込めて見上げた空に舞っていたのは――― 「俺も、レイと同じ想いです。」 * * * 目の前に何度も戦った艦がいる。 混乱を極める戦いの中、マリューは確信していた。 《ミネルバは、来る。》 「取舵10、下げ舵15、ゴットフリート照準、ミネルバ!」 一方、ミネルバのタリアも同じだった。 アークエンジェルはミネルバと対峙する。 アルバートの行方は分からない。けれど生きていると信じるならば、息子を戦争に巻き込まれるような未来にならない様に自分は戦わなくてはならないのだ。 「これより本艦は戦闘を開始する。インパルス発進! 全砲門開け。 照準、アークエンジェル!」 「は、はい!」 タリアの気迫の篭った声にアーサーの声が上ずる。 緊張がブリッジに満ちた。 「ザフトの誇りにかけて、今日こそあの艦を討つ!」 「始まりましたね。」 ラクスの言葉にエターナルのブリッジも緊張が走る。 戦闘が始まる直前のレクイエムを撃つのみだと告げるラクスの言葉が効いたのかザフト側にも混乱が見られる。 何よりも今まで自分達が信じていたラクスが偽者でエターナルにいるラクスこそが本物と言われ迷いを抱えたまま出て来ている者の少なくないのだ。 司令官がエターナルのラクスこそ偽者だと叫ぶが信じ切れない者の動きは鈍い。 そんな中で迷いがないであろうアークエンジェルとミネルバの戦い。激しい攻防戦となるだろう。 「少々気になる艦もありますね。確か・・・ボルテールでしたか?」 「イザークの艦ね。さっき通信を聞いたわ。『死ぬから後ろから支援だけしてろ』って。 イザークらしいわ。でもアスランにかなりムカついてるみたい。」 「え?」 苦笑しながら告げるフレイの言葉にラクスは珍しくフレイの方へと振り返る。 するとフレイはラクスを見上げながら答えた。 「『今俺が殴りたいのはアイツだけだ』って。」 常に置いてきぼりにされていたイザークが常にイラついていただろうとフレイには想像できた。 そして自分達に何も相談せずに脱走したアスランに怒っている事も。 けれど一発殴ったら直ぐに切り替える。 「きっとイザークは―――」 《私を迎えに来てくれる。》 ルナマリアは虚空の戦場に飛び出してからも迷っていた。 戦いは終わったと思っていたのに終わらなかった。 破壊した兵器が修理され使われたことにもショックだった。 《何が正しいの? 私はどうするべきなの!?》 アークエンジェルとミネルバが撃ち合っているのが見える。 本来ならばミネルバの援護の為にアークエンジェルを撃つべきだろう。 だがルナマリアの目に留まったのは無防備なエターナルだった。 先に進む事に専念し過ぎて後方から近づくインパルスへの対応が遅れる。 対空ミサイルを掻い潜り、インパルスはエターナルのブリッジ前に躍り出た。 本物のラクス・クラインと思われる少女が乗る艦。撃つ事に逡巡する。 《違う! あれは偽者よっ!》 トリガーに手がかかる。 指先に力を込める寸前に悲鳴が上がった。 【止めてお姉ちゃん!】 「メイリン!?」 推測通りメイリンは生きていた。 けれどアークエンジェルにいると思われていた妹がエターナルにいる事に驚かずにいられない。 【何で戦うの? 何で戦うのよ!?】 だけど今のメイリンはザフトの脱走兵だ。しかも敵軍に身を置いている。 ザフトへの裏切り行為を目の前にしてザフト兵の自分はメイリンを許してはならない。 軍規と妹への愛情で心が悲鳴を上げる。 【何を守る為に戦うって決めたか。お姉ちゃんは忘れたの!?】 メイリンの言葉にルナマリアは戸惑う。 自分達がザフトに入った理由。 《私は・・・・・・。》 どごぉっ! 迷った隙にインパルスが弾き飛ばされる。 通信機越しにメイリンの悲鳴が聞こえた。 相手を確認しようとしたが敵MSは見当たらない。 《何が起こったの!?》 モニターで確認すると味方であるはずのザクウォーリア。 だが撃墜するつもりがないのか威嚇射撃としか思えない攻撃しか仕掛けて来ない。 《私をエターナルから遠ざけようとしている!? 何故!?》 答えは出ない。 だが更に阻む様に現れたドム三機にインパルスは一時退避を余儀なくされたのだった。 一時はインパルスにやられると思った。 メイリンの叫びがあっても完全な保証にはならない。 誰もが自分達の命が此処で終わると思った瞬間。ザフト側の機体と思われるザクに救われ、認識番号を確認したフレイは通信を開いた。 「アンタ・・・まさかディアッカ!? 何で!!? イザークと一緒じゃないの!!?」 【おー、フレイが乗ってるのってエターナルの方だったのか。 うわヤバかった。もしエターナル落とされてたらイザークに殺されてたぜ。】 「ふざけてないで答えなさい。なんでアンタが此処にいるのよ。」 【いや、初めはアスラン目指して突進しようとしたんだけどさぁ・・・エターナルの護衛していたMSが散開しているのに気付いてイザークが『あれはザフトの艦だーっ!』って俺に援護してこいって。】 「まあ・・・確かに助かったけど。ドムも戻ってきたしここは大丈夫よ。」 【じゃあ俺は行くけど・・・一つだけ良いか?】 「何よ。世間話している暇はないわよ。」 【大人しくオペレーターしているだけなんてジュール隊のフレイらしくないぜ。】 「はぁ!?」 どういう意味かと聞き返す前に通信は切られた。 去っていくザクを見送りラクスは苦笑する。 「確かに・・・ディアッカの言う通りかもしれませんね。 さて、ジュール隊のフレイ・アルスターとして行動して良いと言われたら・・・・・・フレイはどうしますか?」 ラクスに言われてフレイはレーダーで戦況を見直した。 覚えのある認識番号がろくに攻撃もせずにうろちょろしては撃たれそうになって辛くも避けている。 ずっとこのままでいたら彼らはいつか死ぬだろう。 ふつりと湧いてくる怒りフレイは肩を震わせる。 「な・・・に、やってんのよ。アンタ達ぃいい―――!!!」 凄まじい叫びにエターナルブリッジに詰める全員が肩を竦める。 唯一ラクスだけが楽しそうに笑っていた。 アビーは突如開かれた通信に一瞬目を見開く。 ふと隣を見るが気づいている様子は無い。 インカムを通して聞かされる話にアビーは「わかったわ。」と呟き・・・回線を開いた。 「ジュール隊所属のザクウォーリア全機に通達します。」 突如声を張り上げるアビーにアーサーとタリアは驚いて振り返る。 だがアビーは彼らに目をくれることなく言葉を続けた。 「また現在、陣営を定めながらも迷う者、定められずに迷う者、それぞれにも伝えます。 只今よりエターナルと共に戦う事を願う者はエターナルの戦闘管制フレイ・アルスターに認識信号を送るように。 信号を確認次第、エターナルの指揮下に入る事を認めます。」 【逆に議長を信じ、戦う事を望む者はそれぞれの艦の指示に従う様に。ボルテール所属の機体はミネルバの戦闘管制アビー・ウィンザーの指示に従いなさい。】 響く声に聞き覚えがある。 ミネルバのブリッジは騒然となった。 「この声・・・。」 「フレイだ! 何でエターナルに!?」 タリアはこめかみに走る痛みを感じ、思わず額に手を当てる。 予想出来たことだ。フレイがエターナルにいる事は。 しかし――― 《こんな放送・・・しかもアビーまで協力するなんて。》 「ですが・・・どちらとも決められない者。」 【特に、迷いながらも戦場をうろついているだけのジュール隊に告げます。】 「・・・・・・ではジュール隊副官補佐フレイ・アルスターよりのお言葉です。」 一瞬の間、フレイが息を胸一杯に吸い込む音が聞こえタリアは咄嗟に耳を塞いだ。 タリアの行動に気づいた何人かが慌てて耳を塞ぐ。 【邪魔なのよ! 決められないならボルテールの陰に隠れてろってんのよ。 すっとこどっこい共っ!】 「以上、通信終了します。」 耳が麻痺しそうな大声に誰もが驚く。 しかし一部のMSの動きが変わり始めた。 ラクスに助力したいと思いながらもどうして良いか分からなかった者が統制のとれた動きを始める。 ただ戦場を駆けまわるだけだったMSも後退し始めた。 そういった戦場の混乱の原因になっていたMSが減り、確かにこの辺りだけではあるが混乱は収まりつつある。 恐らくは双方にとっても動きやすくなった。 しかし・・・結果として上手くいったから良いものの更に戦場が混乱する可能性があっただけに彼女達の行動は無謀と言えた。 アーサーも耳がキーンとなりながらもアビーに尋ねる。 「ア、ビー・・・? 君・・・今、何を・・・・・・。」 「あら、どうかされましたか? トライン副長。」 「いや、どうかって・・・。」 「どうってことありませんよ。ただ私が・・・いえ。」 答えようとしてアビーは一度言葉を止める。 ここ暫く浮かべる事の無かった晴れやかな笑み。 思わず見とれる優しさに満ちた微笑みと共にアビーは答えた。 「私とフレイ・アルスターはジュール隊の隊員だってことです。」 後編へ |
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