〜最終決戦 後編〜


 ステーション・ワン
 レクイエムの第一中継点陥落の知らせが入った。
 グリップを握る手が僅かに汗を掻いている。
 デスティニーの中でシンはハッチが開かれるのを待っていた。
 向かってくるのはフリーダムとジャスティス。それに何機かザフトの機体が裏切り彼らに協力しているという。
 次に彼らが向かうのは間違いなくレクイエムだ。
 予備の中継ステーションが換装されるまでにレクイエムを破壊しなければオーブは撃たれるだろう。
 故郷を討つとジブリールを捕獲する時に決めた。
 決めていたのにシンの心に暗く重いものが蟠る。
 フリーダムに怒りを感じていたのは本当だ。今も恨みは消えていない。
 だけどシンの心に「本当に?」と問いかける声が響く。

《マユ・・・・・・ステラ・・・・・・。》

【シン、準備は良いか?】

 レイの声で現実に引き戻される。
 シンはグリップを握り直し是と答えた。
 目の前に広がる戦場への道。シンは真っ直ぐ見つめ叫んだ。

「シン・アスカ、デスティニー行きます!」

 虚空の戦場を全ての決着をつける為、シンは飛び立った。



《決着が着かない・・・・・・。》

 マリューは焦っていた。
 どちらも退けない戦い。こちらも必死だがそれはミネルバも同じ。

「ミネルバ、陽電子砲発射態勢!」

 ミリアリアの叫びにマリューは回避と叫ぼうとして気づく。
 いつの間にかミネルバとアークエンジェル、そしてエターナルは一直線上に並んでいた事に。
 回避すればミネルバはそのままエターナルを撃つ。動けないと気づいた瞬間に生まれた隙をミネルバは見逃さなかった。

《来る!》

 視界が真っ白に覆われ、マリューは目を見開いた。
 二年前、ドミニオンと対峙した時と同じ光にマリューは己の生の最期を感じた。
 しかし白い視界の中、黒い影が飛び込んでくる。
 光に照らされ輪郭を金色に光らせる機体。

【アークエンジェルはやらせん!】

 ネオの・・・いや、ムゥ・ラ・フラガの叫びがブリッジに響く。

《あの時と、同じ―――》

 マリューが愛しい恋人を失った瞬間の再現に誰もが声を失う。

「いや・・・戻ってきて、ムゥ!」

 あの時叫べなかった悲鳴が上がる。
 一瞬の間だったはず。けれどマリューには永遠にも似た瞬間だった。
 白い光が四散し残る影があった。
 傷一つ負わぬまま虚空に浮かぶ黄金のMSアカツキの姿に声を失いマリューはシートに身を沈めた。

【大丈夫だ・・・俺はもう、何処にも行かない!】

 響く声は自信に満ち溢れていた。
 以前のネオは、何処か流れる風の様に落ち着かない感じがしていた。
 それは記憶の不確かさに彼が迷っていたからだ。
 けれど何かに裏打ちされた意思を取り戻した声にマリューは顔を上げる。

【終わらせて帰ろう・・・マリュー!】

《戻ってきた。
 彼はネオ・ノアロークじゃない。》

「フラガ少佐!」

 嬉しそうなミリアリアの言葉に続いてブリッジに喜びの声が上がる。
 その言葉を誰よりも待ち望んでいたマリューは涙を拭い再び前を見据えた。

「皆! 戦いはまだ終わってないわ!!」
「「「はい!」」」



 子供達の反乱。
 その事実を突きつけられたエターナルクルーは驚愕していた。
 無論、救命艇はある一定の年齢以上の者・・・つまりは最低限の理解力がある人間ならば誰でも使える様に出来ている。
 それは伝えていたし、同時に救命艇が非武装であり防御システムがない事も伝えていた。
 戦場の中で飛び出せば流れ弾に当たっていつ落ちるかわからないと。
 だが・・・それを教えても尚、飛び出すとは思わなかったのだ。しかも自分を気絶させて乗っ取るなんて。
 特に、先頭きって行動を起こしたのがアルバートではなく・・・・・・

「た、大変です! ラクス様!!
 アルバートとマユが・・・・・・救命艇で飛び出しました!!!」

 通信機に齧りつき叫ぶ兵士の声にラクスの叱責が返ってくる。

【何ですって!? 未だ混乱するこの状況で二人が飛び出すのをどうして止めなかったのです!?】
「ですがまさかマユがあんな古典的な・・・。」
【言い訳は後で聞きます。フレイ、メイリンさん、二人の乗る救命艇の位置を確認して下さい!!!】

 それきり通信は切れる。
 兵士はただ、空っぽになった救命艇のスペースをただ見つめて頭を抱えていた。



【キラ! 大丈夫か!?】
「うん、アスランも大丈夫?」
【俺はへい・・・・・・キラ!】

 アスランの声にキラはレーダーを見直す。
 月の向こうに突如現れる巨大建造物。
 今までレーダーに引っ掛からず光学的にも視認されなかった理由は一つしかない。

「ミラージュ・コロイド・・・・・・。」
【高エネルギー体収束!?】

 その意味をアスランが理解する前に光は放たれた。
 オーブ艦隊の半分が光に飲み込まれ消えていく様にキラ達だけでなくイザークやディアッカ、ハイネも声を失った。
 あの光を最後に見たのは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の時。

【ジェネシス・・・・・・。】

 ハイネの呟きに応える者はいなかった。
 レクイエムだけではない。大戦の悪夢が再び繰り返されようとしている今、迷っている暇は無かった。

 ぴーっ ぴーっ

 警戒音が響き渡る。
 レーダーの反応を元にモニターを拡大する。
 映し出されたのはオーブでも戦った二機。

「シン・・・!」
【レイも一緒か!】
【どうする!?】

 ディアッカの叫びにキラは逡巡した。
 だが直ぐに意を決し叫ぶ。

「シンは僕が抑える!」
【じゃあ俺はレイを・・・。】

 抑えると言おうとしたジャスティスに衝撃が走る。
 グフで回し蹴りを食らわせたイザークにアスランは思わず叫ぶ。

【何するんだイザーク!?】
【馬鹿か貴様は!? レクイエムを破壊するのに火力が足りん!
 キラが残るなら貴様には来て貰わねばならんだろうが!!!】
【まぁ、そうだな。イザークの言う通りだ。
 ならレイの相手は俺がやろう。】
【ハイネ!?】
【任せろよ。俺もフェイスだ。】

 答えてモニターの中でウィンクするハイネにディアッカが噴き出す。
 ハイネの乗るガイアはエターナルに残ったバルトフェルドに託された機体だ。
 とは言え相手は更に開発を進め作られたレジェンドだ。何処まで対抗できるかはハイネ次第と言える。

「迷っている暇はないよ、アスラン!」
【わかった・・・。気をつけろよキラ!】

 その言葉を最後にアスランはイザーク達と共に飛び立った。



「ジャスティス・・・アスラン!?」

 二手に分かれた機体の内の一機の正体に気づいてシンはジャスティスを追おうと方向転換をする為、一時止まりバーニアを吹かし直そうした。
 だが、背後から放たれたビームに追う事を断念する
 警戒音と共にこちらに迫ってくる機体の名はフリーダム。

「キラ・ヤマト・・・・・・!」
【決着をつけよう、シン。全ての想いに区切りをつけなくては君も僕も進めない。】

 キラの言いたい事はわかる。
 彼女は自分にマユを預けると言った。二度と家族として名乗り出るつもりは無いと。
 だが現実としてマユはオーブにおりキラと共にいた。
 約束を破っていたのだ。
 しかしそれはシンにも言える。
 マユを守ると言いながら守れなかった。
 自分達は互いに約定を果たせなかったのだ。

「アンタが・・・アンタ達は何で戦いを無くす事を拒む!?」

 怒りで目の前が真っ赤になる。
 ビームブーメランを放ちフリーダムの接近を阻みながらデスティニーは間合いを取る。
 長距離射程のビーム砲を放ちながらシンは叫んだ。

「あの時、オーブが連合に侵攻された時!
 俺とマユは家族を失った。アンタはそこで戦ってた!
 何で戦ったんだ! 戦わなければ皆死ぬ事はなかったのに!!!」
【それが・・・君が戦う理由?
 昔はそうだったかもしれない。けど今は?
 君の怒りは今、何に向けられているの!?】

 叫びキラはビームサーベルで飛び交うビームを弾き飛ばす。
 一気にデスティニーの前に飛び込むフリーダムにシンは咄嗟にビームシールドを展開する。
 ビームが互いに相殺する光が辺りを照らした。

【人は誰もが怒りも悲しみも知っている。それがまた戦いを呼ぶ事もわかっている。
 同時に人は戦いを憎む。君のように。
 優しさあるその想いを、君を、誰も否定できない。
 君の想いは間違ってなんかいないんだ。】
「何が言いたいんだアンタは!?」

 怒りに任せてシンはシールドごとフリーダムを押し返す。
 離れた隙に対艦刀アロンダイトを抜き放ち構えるデスティニーをフリーダムの羽の部分が飛び立ち囲む。
 フリーダムに新たに増えた機能の一つ、スーパードラグーンにシンは声を失う。

【だけどその行動に一つだけ間違いがある。
 想いも力も誰かに利用されてはいけなかったんだ!!!】

 ドラグーンの砲口から光が見える。

《やられる!》

【だめぇええ―――っ!】

 シンがそう思った瞬間、思いがけない声が響いた。
 国際救難チャンネルだと通信機のモニターが声の元を示す。
 映像は映らないが声だけでわかる。

「マユ!? 何で此処にっ!!!」
【おにーちゃんいじめたらママでもゆるさない!】
【マユ!!?】

 キラにも予想外の人物の登場に驚く声が響く。
 気づけばフリーダムとデスティニーの傍に救命艇が来ていた。
 だがドラグーンの光は消えない。もうキラにも止められない事、このままではマユたちも巻き込むと知ったシンはアロンダイトを投げ捨て救命艇へ向かった。

【シン!】

 キラの悲鳴が上がる。
 彼女が悲鳴を上げる理由はわかっていた。
 あのまま動かなければ武装だけを貫いていた。
 けれど救命艇を庇えば―――



「シン!」

 デスティニーとフリーダムの戦場にたどり着いたルナマリアは叫んだ。
 混戦の中、エターナルのメイリンからの通信。
 何故と問いたくなる中、妹の涙交じりの声にルナマリアは動かざるを得なかった。

『マユちゃんが救命艇で飛び出たの! お願いお姉ちゃん!!
 救命艇を追って! マユちゃんを助けて・・・・・・っ!!!』

 何故マユは飛び出たのか問い返す暇はない。
 こんな時にそんな嘘を吐く妹じゃない。
 だからエターナルから送られた識別信号を元に追った。
 真っ直ぐに月のレクイエムの方向にヨタヨタと動き回る救命艇の無事な姿にほっとしたのも束の間。
 戦闘を続けるMSに接近する救命艇にルナマリアは全身水を浴びせられたような気がした。
 フリーダムのドラグーンの射線に位置すると認識したルナマリアは間に合わないと思った。
 だが救命艇を庇うように覆い被さったデスティニーが砲撃を受ける様に叫ばずにはいられなかった。
 腕が弾け飛びスラスターが削ぎ落とされる。
 あっという間に戦闘不能になったデスティニーが月面に落ちていく。
 その後を追うようにフリーダムの前にインパルスは立ち塞がった。

《この人が・・・マユちゃんの本当のお母さん・・・・・・?》

 アスランの言葉を信じるならそうなのだろう。
 どう話したものかと迷っているとフリーダムからの通信が入る。

【どいて! マユが・・・!! シンもっ!!!】

《ああ、この人は・・・・・・。》

「行って下さい。レクイエムへ。」
【えっ!?】
「シンとマユちゃんは私が助けます。
 大丈夫です。救命艇は無事ですし、シンも・・・あれくらいでやられる程、弱くはないです。」
【君は・・・・・・?】
「ルナマリア・ホーク。」

 名乗った途端戸惑う気配が通信機越しに伝わってきた。
 メイリンを知っているのだと確信しルナマリアは答える。

「メイリンの姉です。」

 それだけでルナマリアがマユを害さないという保証はない。
 けれどフリーダムのパイロットは信じたのか、答えた。

【マユを、お願いします。】

 その言葉だけでルナマリアは、自分は正しい事をしたのだと思えた。



《何故だルナマリア!》

 フリーダムが飛び去る姿をレイは驚きながらも見送るしかなかった。
 目の前にはガイア。通信機から相手の・・・ハイネの声が響く。

【どうやらあちらは決着がついたようだな。
 で? さっきの話の続きをしようぜ。
 お前がラウ・ル・クルーゼと同じ人物の細胞を元に作られたクローンで、クルーゼと同一人物って言ったか?
 キラを作るための犠牲だったと。だから許せない。同じクルーゼとして殺してやるって?】

 茶化すようなハイネの言葉にレイは激昂する。
 スペックでは勝るはずのレジェンドで未だにガイアを仕留められない。
 その原因はハイネの心理戦にあると知りつつもレイは状況を打開できずにいた。
 答えなければ良いとも思う。だが答えずにいられるほどレイは大人になり切れていなかったのだ。

「そうだ! ギルは言った。
 俺もラウだと。同じ人間だと!! だから俺はっ!!!」
【じゃあ俺も言わせて貰う。ふざけてんのかこの馬鹿がっ!!!】

 ハイネは吼えると同時に回し蹴りを食らわせた。
 通常通りビームサーベルの攻撃が来ると思っていたレイは不意を突かれてしまう。
 衝撃で一瞬意識が飛んだ隙に今度こそ抜き放たれたビームサーベルがレジェンドの左腕を切り落とした。
 咄嗟に距離を取り、ガイアを睨む間にもハイネの怒声は響いた。

【遺伝子が同じなだけで同じ人間になるわけないだろう!
 有史以来一卵性双生児がどれだけ生まれていると思っている!?
 そいつらは皆同じ人間だったのか? 全く同じ考えを持って全く人生を歩んでいたのかよ!
 そんな訳ないだろうが。同じ遺伝子を持ってそっくりな奴でも何処か違う。
 同じ人間なんていないんだ。生まれた時から別々の命なんだよ!】

《別々の・・・命。》

 言われた言葉にレイは衝撃を受ける。
 今までレイの事を知るのはギルバートだけだった。
 彼だけが心を許せる人で彼の言葉だけが全てだった。

【クルーゼが世界を憎んで滅ぼそうとしたのなら、何でお前は世界を存続させる未来を選ぼうとしている!?
 その時点でお前はクルーゼとは違う。
 レイ・ザ・バレルという人間なんだって、どうしてわからないんだ!!!】

 だけど自分の秘密を知りながらハイネはギルバートの言葉を否定した。
 新たな価値観を前にレイは混乱する。
 その隙にガイアのビームライフルが放たれた。
 コクピット近くに被弾し内部に衝撃が走る。
 一部の計器に異常が起こりエラー音が鳴り響く中、レジェンドは月面に落ちた。
 通信機からは雑音だけが流れ何も聞こえない。
 見上げればガイアは暫しこちらを見ていたが、動こうとしないレジェンドに背を向けてガイアは飛び立った。

 がごこおおおおおおおぉぉ・・・・・・・・・・

 月の地表の遥か遠くで火柱が上がる。
 以前にも見たその光にレイは悟った。

「レクイエムは・・・破壊されたのか。」

 ギルバートに誓った未来が消えていく。
 なのに何故だろう。悔しさや憎しみが湧いてこない。
 ただ空虚な心がレイを支配する。

 ぐらり

 レジェンドが傾く。通信機が壊れ、認識信号も発する事が出来ないレジェンドだが動かす事は可能だ。
 だがレイは動かしていない。

《何だ?》

 モニターを見ると目の前にインパルスがいた。
 通信機が使えない事を理解しているらしく、右のマニピュレーターがメサイアを指し、左手でレジェンドの右腕を引っ張った。

「一緒に行こうと・・・?」

 迷いがないわけではない。
 だが、新たな価値観を目の当たりにしたレイは今すぐにギルバートに会いたいと思った。



「艦長、レクイエムがっ!」

 アーサーの声にタリアは月面に上がる火柱に気を取られた。
 その瞬間、指示が遅れミネルバはアカツキの接近を許してしまう。

《しまった!》

 既に遅かった。アカツキのドラグーンがミネルバのメインスラスターを撃ち抜いた。

「メインスラスター損傷! ・・・姿勢制御不能っ!!!」

 悲鳴にも似たアーサーの言葉と共に迫ってくる月面。
 タリアもまた叫んだ。

「不時着する! 総員衝撃に備えよっ!!!」

 激しい揺れと共にミネルバは月面に落ちる。
 衝撃が去り、損傷を受けて虫食いのように映るメインモニターを見るとアークエンジェルが去って行く姿が見えた。
 自分達は戦った。譲れないもののために。
 マリューに敬意を表しタリアは敬礼をして見送る。
 もうミネルバは戦えない。武装の全てが潰されたわけではないが動けない戦艦などただの的に過ぎない。

「・・・本艦の戦闘は終わりよ。総員に退艦を命じます。」

 それはミネルバの終焉宣言。
 自分達は負けたのだと、打ちひしがれるクルーにタリアは申し訳なく思う。
 けれど同時に誇りに思った。

「皆、よく戦ってくれたわ。本当に・・・・・・ありがとう。」

 軍帽を脱ぎタリアは皆を見回し敬礼した。
 涙を流す者もいる。悔しさに顔を歪める者。タリアを見返すことも出来ない者。
 だがアーサーはタリアの意を汲んで敬礼で返す。気づけばアビーが傍に立ち敬礼をしていた。

「行かれますか?」

 アビーの問いにタリアは驚いたように目を瞬かせる。
 彼女は何処まで気づいているのか。そう問い返したくなるがタリアは頷き微笑みと共に答えた。

「ええ、私・・・行かなくちゃ。」

 二人の言葉の意味がわからずアーサーは戸惑ったように「艦長?」と問い返すがタリアは疑問に対するものとは違う答えを告げた。

「アーサー、本当に申し訳ないのだけれど後を頼める?」

 艦長の任務は退艦命令で終わりではない。それを任せると言うタリアにアーサーは戸惑わずにはいられない。
 そして恐らく・・・タリアが告げたのはその後の事も任せるものだった。
 本来ならば艦長を諌めるべきだ。わかっていたが、アーサーはタリアを見送る事を決めた。

「・・・はい!」
「ごめんなさい・・・そして、有難う。」

 それだけ告げるとタリアはブリッジを出て行った。
 アビーはその後姿を見送り、彼女はもう帰ってこないだろうと漠然と感じていた。



 * * *



「馬鹿な・・・!」

 ギルバートは今、計画にない光景を目にしていた。
 一部のザフト兵の寝返り。デスティニーはフリーダムに破れ、レジェンドもガイアとの交戦中に連絡が途絶えた。
 ジャスティスは寝返ったザフト兵と共にレクイエムを破壊。
 それは全て計画の破綻を意味していた。

「こんな事が・・・。」

 どごぉ! がごぉおお・・・

 メサイア内部で爆音が響く。

「リフレクター発生装置破壊されました! MSが内部に侵入!!
 フリーダムですっ!!!」
「彼女がっ!?」

 叫び返した瞬間、指令室内が爆発に飲まれギルバートは意識を失った。



 爆音が響くメサイアの中をシン達は走り続けていた。
 マユはシンが、アルバートはレイが抱えルナマリアが銃を持ち先導する。
 だが阻む人影はない。

 もうすぐメサイアは落ちる

 そうと知ったメサイアのザフト兵は次々と脱出を始めたのだ。
 逆に中へ入ろうとするルナマリア達は物陰に隠れればやり過ごすのは簡単だった。

「シン、レイ、司令室はこっちであっているの?」
「間違いない。この道だ。
 あのドアを抜けて回り込むとギルの座る席の斜め前に出る。」
「だけどアルバート・・・って言ったっけ? 何で議長に会わなきゃいけないのよ。」

 ルナマリアの言葉にアルバートは答えない。
 頑なに口を閉ざす少年にむかつきを覚えるがレイがそんなルナマリアを宥める。

「ルナマリアが怒る気持ちはわかる。だが俺もギルと話さなくてはならない。」
「でもマユだけでもおいてくれば・・・。」
「いやっ! おにーちゃんからはなれないもん!!!」

 いやいやとシンの首にしがみつくマユにまた三人は溜息を吐く。
 実際マユだけおいてくるのは危険だ。
 このまま進むしかない。もう目指す部屋は目の前という事もありレイは抱えていたアルバートを下ろした。
 その瞬間、アルバートの手がレイの腰にあるものを取った事に誰も気づかない。

「わかったわ。とにかく静かに。ドアを開けるわよ。」

 ルナマリアの言葉に皆頷く。
 静かに音を立てないように開けたドアの向こうから話し声が聞こえる。
 その声の主が誰か気づいたシンとマユは驚き互いに顔を見合わせた。


 意識を取り戻したギルバートは部屋が暗い事に気づいた。
 空を舞う埃と辺りに転がる兵士達の遺体。無事なのは自分だけと気づき自嘲する。

「生き残ったのは私だけ、か・・・・・・。」

 もうプランの発動は不可能だ。その事を思い知らされながら生きる事の苦痛。
 いっそあの爆発の中で死んでしまいたかった。

 カツン・・・・・・

 足音にギルバートを正面に見る。
 僅かに残る非常灯に照らされて現れた人物にギルバートは笑って答えた。

「キラ・ヤマト・・・か。」
「・・・はい。」
「正直、君が此処に来るとは思っていなかったよ。」

 ギルバートの言葉を聞きながらキラは銃を構える。
 自分に向けられて銃口を見つめながらギルバートは嗤った。

「なるほど・・・だが、いいのかな? それで。
 止めたまえ。折角此処まで来たのに世界はまた元の混迷の闇に逆戻りだ。」

 だが言いながらギルバートは知っていた。
 レクイエムで恐怖を煽った自分の言葉はレクイエムを失った今、世界に届かない。
 それだけのことをし、犠牲を生んだのだ。
 それをキラは知っている。それでも此処に来たのは戦いの終止符を打つ為に、ギルバートを討ったという事実が必要だからだ。

「僕達は・・・そうならない道を選ぶ事も出来る。」
「だが誰も選ばなかった。今まで・・・そしてこれからもそうだろう。
 人は忘れ、繰り返す。二度と繰り返さない―――戦わない世界にすると誰が言える。
 誰にも言えはしない。君には、ラクス・クラインも。何もわかりはしない。」
「でも僕達は知っている! わかっていけることも、変わっていけることも!
 だから明日が欲しいんだ! どんなに苦しくても変わらない明日は嫌なんだっ!!!」
「そこまでです!」

 幼い・・・ボーイソプラノが響いた。
 思いもかけない声にギルバートとキラが声のした方向に振り返る。
 キラの傍に歩み寄る少年はキラに覚えがない。
 だがギルバートは知っていた。

「君が・・・何故?」
「お久しぶりです。ギルバート・デュランダル最高評議長。
 貴方とお話しするために来ました。
 そう・・・・・・自分自身が進むために。父さん。」

 アルバートの言葉にギルバートは瞠目した。
 以前、自分に面談を望んだ幼い少年は自分の遺伝子研究に対する考え方ばかりを尋ねた。
 幼いながらも核心を突く質問に面白いと思いながら答えたがそれだけだ。
 気になる事といえば自分を探るような瞳だけ。タリアとの過去を知っているのかと思ったが、それについては何も問われることなく面談を終えた。
 だが何年も経ってからあの時と同じ瞳をした少年は何と言った?

「貴方は勘違いしていた。遺伝子による解析で得られた情報は全て可能性でしかない。
 婚姻統制で定められた相手と結婚しても出生率は低下するばかりのプラントで、何故遺伝子で全てがわかると思ったんですか?」
「だが・・・タリアは。」
「僕の年齢、おかしいと思わなかったんですね。貴方は。
 僕の・・・名前にも。」

 まさかと思う。
 だが少年が言おうとしている言葉が予想できてしまいギルバートは言葉を失う。
 突然のアルバートの言葉にキラも、レイやシン達も言葉を失いただ立ち尽くすだけ。

「僕は・・・タリア・グラディスとギルバート・デュランダルの間に生まれた子。
 貴方の・・・・・・息子です。」

 告げられた言葉にギルバートは息を呑んだ。

「生まれるわけないと思っていましたか? 貴方と母の間では生まれる確率は限りなく低いと言われていたそうですね。
 だけど現実として僕はここにいる。貴方の信じる運命(DNA)に逆らって存在している!
 お父さん・・・父は、遺伝子を解析して僕が本当の子供でない事を知っていました。
 だけどそんなこと僕に悟らせないくらいに愛してくれた。
 お父さんが残したノートに挟まれた解析結果を見るまで、疑う事はなかった!!!」

 アルバートの悲痛な叫びに彼が幼いながらに悩んでいた事をその場にいた全員が知った。

「だから僕は否定する。ギルバート・デュランダル・・・・・・貴方は僕の父さんじゃない!」

 アルバートが腰のポシェットから何かを取り出し構える。
 向けられた物の正体を知りギルバートは動けなかった。
 キラも、レイもアルバートがやろうとしている事を悟り止めようと走り出す。

 パン!

 だが、二人の手がアルバートの銃を奪う前に銃声が響いた。



 タリアの目の前でギルバートが椅子からずり落ちていく。
 まるで玉座から引き摺り下ろされた王の様に見える恋人を見つめ、タリアは歩き続けた。
 物陰から姿を現したタリアにミネルバのパイロット達とフリーダムのパイロット、マユと・・・アルバートが驚き見つめる。
 アルバートが持つ銃はトリガーに指が掛かっていない。
 その事に安堵したタリアは微笑んだ。

「こんなところにいたのね・・・アル。
 ごめんなさい。お母さんが意地っ張りで弱虫だったから貴方をこんなに苦しめてしまったのね。
 あの人にも・・・悪い事をした。」
「お・・・かあ・・・・・・さん。」

 母の言葉にアルバートは手の力が抜けていくのを感じた。
 カシャンと音を立てて銃が床に転がる。
 タリアはそれを見届けるとギルバートの傍に駆け寄り膝枕をして乱れた黒髪を撫でて整えた。
 その感触で意識が一時回復したギルバートはタリアを見上げて尋ねる。

「やあ・・・タリア。撃ったのは、君だったのか・・・・・・。」
「私は、貴方と生きる覚悟がなかった。でも今・・・貴方と共に死ぬ覚悟はあるわ。」
「・・・・・・そうか・・・。」

 安らいだようにギルバートが目を細める。

「ギル!」

 その様子にレイが駆け寄ろうとするがタリアが銃を構えそれを阻む。
 固い決意に満ちた顔で、けれど優しさ溢れる声でタリアは告げる。

「レイ、貴方は彼らと一緒に行きなさい。」
「艦長・・・!?」
「この人の魂は、私が連れて行く。」

 キラはタリアの覚悟を知った。
 マユの手を取り、シンとルナマリアに目を向けると彼らも頷いた。
 レイとアルバートは動けずまだ立ち尽くしている。
 そんな二人を後押しするようにタリアは微笑んだ。

「行きなさい。レイ、アルバート。
 貴方達が望む未来を得るために。兄弟二人、手を取り合って。」

 兄弟という言葉にレイとアルバートは互いに顔を見合わせた。
 二人とも知っている。
 似ていない。他人でありながら仲睦まじい兄妹を。
 タリアは彼らのようになれと言いたいのか?
 問う時間はない。司令室が崩れ始める中、レイの腕をシンが引っ張りアルバートをルナマリアが抱き上げ走り出す。

「お母さん!」
「ギル・・・お父さん!」

 二人の悲痛な叫びは爆音の向こうに消えた。



「メサイアが・・・落ちる・・・・・・。」

 爆発を起こしながら要塞が月面へと落ちていく様をアスランは見つめていた。
 傍にいるイザーク、ディアッカも終焉を迎えるソレに敬礼と共に見送った。
 不思議な感じがする。
 抗い続け、駄目だと思いながらも諦めきれずに戦った結果、得たはずの勝利が空虚に思える。
 だがそれは当たり前なのかもしれない。
 結局のところ誰も勝ってはいないのだ。
 ただ明日を、未来を勝ち取れるかどうかはこれからの戦いに掛かっているのだから。
 恐らく今回の戦いよりも辛く、苦しい戦いが・・・。

【ア・・・ラン・・・・・・。】

 雑音混じりに通信が入る。
 フリーダムからの、キラの声にアスランは喜び応えた。

「キラ!」
【・・・アス・・・にーちゃ・・・・・・。】
「マユも!? 何でだっ!!!」

 いるはずのない娘の声に驚愕するアスランだが更に通信が入ってくる。

【こちらはエターナル。ラクス・クラインです。ザフト軍、現最高司令官に申し上げます。
 私どもはこの宙域での、これ以上の戦闘継続を無意味と考え、それを望みません。
 どうか、現時点を以って両軍の停止に同意願います。・・・・・・繰り返します。
 こちらはエターナル。ラクス・クラインです―――】

 エターナルからの停戦申し込み。
 暫しの間をおいてザフト艦の一つから帰艦信号が上がった。
 それに呼応するように次々にザフト、オーブ、全ての艦から帰艦信号が上がりMSが母艦に戻り光の軌跡を空に生む。
 まるで帰っておいでと優しく囁く母のように煌く信号を美しいと思う。

《終わった―――》

 そして始まりを告げる信号である事もアスランは知っていた。


 続く


 次でラスト!


 2008.7.21執筆時のSOSOGUの戯言です・・・。
 残ってたので載せてみました。(苦笑)

 (2008.12.23UP)

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