〜縺れ合うイト〜


 不沈艦アークエンジェル

 この艦はザフトにとっては複雑な感情を持たせる。
 先の大戦後期では最強のMSと謳われたストライクと共に活躍したこの艦はオーブの資源コロニーヘリオポリスで製造されていた。ヘリオポリス崩壊後、アークエンジェルはザフトの精鋭であるクルーゼ隊の追撃を退け地球へ逃れた。
 その後はアラスカへと向かう途中、立ちはだかった砂漠の虎バルトフェルドの隊とモラシム隊を撃破。一緒に開発されていたストライク以外のMSを奪われ、突然の出航で万全でない状態であったにも関わらず、数々の戦果を挙げて進み続けるかの艦はいつしか浮沈艦の名を冠する様になっていた。
 オーブ近くで一度行方不明になった後、再び追撃してきたクルーゼ隊(ザラ隊であったと言う記録もある)と戦い精鋭の一人が乗ったブリッツを倒して更に北上。
 再度クルーゼ隊が仕掛けた戦い。イージスの自爆により最強のMSストライクは撃破。だがバスターのパイロットはその戦いで捕虜となり、ストライクの母艦であるアークエンジェルはそのままアラスカに向かった。


「その後アラスカの悲劇で沈んだと思われていたけれど突然オーブに現れて大西洋連邦の侵攻を食い止める為に戦い、オーブが降伏する前に宇宙に逃れたその艦は第三勢力として終戦に多大な貢献をした・・・・・・ってのがアカデミー授業で習ったアークエンジェルの話だけど。
 地球軍が『大天使』って名付ける訳よね〜。」

 次々に遠い存在が近くに現れて憧れの表情でルナマリアはシンに説明した。
 アカデミーで一応は習ったけれど歴史関係は全く無視していたシンは覚えていない。何よりもシンはアークエンジェルに良い感情を持っていなかった。
 陶酔しているルナマリアに対し吐き捨てるように反論する。

「何が『大天使』だ。『疫病神』の間違いだろっ!?
 ヘリオポリスが崩壊したのも! オーブ領海に逃げ込んでオーブを戦いに巻き込んだのも!!
 元々あの艦が関わった事で大西洋連邦が付け入る隙が出来たんだ。誰が英雄なんて認めるもんかっ!!!
 それでいざオーブが戦場になればお友達面して一緒に戦って・・・恩でも売ってるつもりかよ。」

 どん!

 感情の行き場を探すようにシンは自室の壁を叩く。
 痛くないわけではない。けれどそれよりも怒りが勝りシンは壁を叩き続ける。
 止めなければとルナマリアは思うがシンの怒りの大きさに一瞬躊躇う。躊躇したルナマリアの代わりにシンを止めたのはレイの声だった。 

「止めろシン。」
「レイ・・・・・・。」

 落ち着きある同僚の言葉にシンは漸く壁から離れた。
 が、漸く静まった部屋の空気は次に告げられた言葉で一変する。

「壁が傷む。」
「ちょっと!?」

 思わずルナマリアが小さな悲鳴を上げるが対するシンは無言だった。
 カツカツとブーツを鳴らしてレイの前に来たかと思うと睨み上げると16歳とは思えない迫力で凄む。

「俺を部屋から出せ。」
「それは出来ない。議長のご命令だからな。
 連絡が入るまで我々は部屋から出るなと直々に言われただろう。最も・・・出たくともロック解除は議長のコードがないと出来ないがな。」
「マユがアイツの傍にいるんだ! しかもあの疫病神達まで・・・・・・くそっ! あの艦の関係者だってわかってたら今回の面会の立会いなんて頼まなかったのに。」
「それにしても、シンって祖国なのにオーブの事かなり嫌ってない?
 家族のことだけにしては異常なくらいじゃない。」
「っ!? そんなの・・・・・・家族を亡くした事ないルナに言う資格ないだろ!
 俺の気持ちなんて分かりもしないくせに!!」
「何ですって!?」
「いい加減にしろ二人とも。シン、お前は戦闘後で気が立ちすぎている。
 暫く休め。ルナマリアも言いたい事はあるだろうが今は静かにしているんだ。」

 レイの言葉で漸く二人は口を噤んだ。
 だがばつが悪いのかシンは顔を背けながらベッドに倒れこむ。

 ばふっ

「寝るっ!」
「そうだな。そうした方がいい。」

《誰にも・・・・・・俺の気持ちなんかわかるもんか!
 マユを失うかも知れない恐怖が・・・・・・。》

 二年前のあの日からシンが戦っている恐怖。
 誰にも言えない。弱音吐くなんて以ての外。
 けれどその恐怖を上回る光が『マユ』だった。

《オーブには関わりたくない。思い出したくない。絶対に戻らない。》

 怯える自分を誤魔化すようにシンは毛布を体に巻きつけて目を閉じた。
 襲い来る恐怖から身を守るように。





 一言で言うなら・・・マユの誤解は解けた。
 正確には自分で気づいたと言うべきだろう。
 目の前にカガリがいるにも関わらず「ママ〜? まま〜!」と叫びながら部屋中を探し回り果てはダストシュートにまで体を突っ込み落っこちそうになる始末。
 それはフレイによって阻止されたが、大きな菫色の瞳を潤ませながら母親を呼ぶマユにカガリは答えた。

「さっき医務室にいたのは私だ。」

 カガリの言葉にマユは漸く自分の勘違いに気づいたのか堪え切れなくなった涙を溢れさせて座り込む。
 周りにいるシンと親しくしているミネルバクルーは両親が死んだと聞いており、ミリアリア達もシンの様子からそれは察していた。それだけにマユにかける言葉が無い。
 まだマユは家族の死を認識出来ないでいるのだとわかっていたから・・・。

「そんなに私は似ていたか?」
 マユに視線を合わせる為に床に座り込んで訊ねるカガリ。
 子供特有の柔らかな髪に手を置いて医務室でした時と同じようにゆっくりとマユの紺色の髪を梳く。
 暫くそうしていると落ち着いたのかマユは呟くように言った。

「匂い。」
「?」
「ママと同じ匂いがするの。」
「匂いって・・・。」

 ふとカガリは考え込んだ。
 数秒程考えて漸く思い出した。
 フレイも何か気づいたのか「あ。」と声を上げる。

「エリザリオのオリジナルフレグランスだわ!」
「そういえばカガリさん、出掛けにふり掛けられてたっけ。」

 ミリアリアの言葉にカガリも思い出した。
 マーナから「たまには香水でも。」と服に振り掛けられ、ドレスに着替えた時の為にと持たされた携帯用の小瓶が今も内ポケットに入っている。
 普段から香水をつけない自分が母親と同じ香りを漂わせていたから誤解したのだと知り、カガリはホッとした。
 思えば医務室でカガリはマユを覗き込むようにして声を掛けた。
 幼いマユは見上げる形となり、逆光でカガリの髪や目の色がわからなかったのだろう。
 頭を打ってボーっとしているところだった事もあり、明るいところに出てからもずっとカガリにしがみついていたマユは自分が間違えている事に気づかなかったのだ。

「ごめんなさい。」

 自分が間違えていた事実からだろう。
 しょんぼりした様子で謝るマユにそれまで同室していながらただ見守るだけだったギルバートがマユの頭をポンポンと軽く宥める様に「大丈夫。誰も怒ってないよ。」と声を掛けカガリに向き直った。

「誤解が解けたところで姫、先程の件ですが・・・。」
「ああ、シン・アスカはまだ興奮している。
 悪いがフレイ、このデータをアイツに見せて確認して欲しい。」
「確認って・・・?」

 カガリの頼み事に首を傾げるフレイは受け取ったディスクを見つめながら問う。
 ミリアリアとアスランは分かっているのかばつが悪そうにフレイから目を逸らした。
 二人の様子に不安を覚えると同時にカガリはフレイに言った。

「ヤマト夫妻の死亡確認だ。」
「ちょっとそれって!?」
「オーブ侵攻戦の時、オノゴロで二人は行方不明になっている。
 避難中に戦いに巻き込まれた犠牲者の何人かは土砂に埋もれたらしい。
 未だ遺体は見つかっておらず、現場にいた将校達の証言でも犠牲になった物の中にヤマト夫妻らしき人物を見たと聞いているし公式には死亡確認としている。
 だが明確に夫妻だったと証言したものは誰もいないんだ。
 現場の犠牲者名簿の中に『アスカ夫妻』の名があった。つまり・・・。」
「二人を見ているかもしれないって事ね。」
「ああ、それからもう一人確認して欲しい。」
「もう一人?」

 カガリの言葉にフレイだけでなくアスランも怪訝そうな顔をする。
 だがカガリは二人の反応は予測の範囲だったらしく静かに、けれどはっきりと言った。

「キラの妹、マユ・ヤマトの死亡確認だ。」

 その言葉の意味にフレイはすぐさま手元のデータディスクを携帯していたハンディパソコンに挿入しデータを表示した。
 小さなモニターに映るヤマト夫妻のID用フォトデータの下。
 そこにはキラと同じ栗色の髪とアメジストを思わせる瞳をした少女が映っていた。



《今よ。今がチャンスなのよ!》

 メイリン・ホーク。
 ミネルバの戦闘管制を担当する彼女はルナマリアと同じ赤い髪をツインテールにしている可愛らしい少女である。
 情報のエキスパートとしてその腕を買われてのミネルバ配属に彼女は心を躍らせていた。
 だがそれ以上の喜びと驚きが彼女の胸を膨らませていた。

 終戦時の英雄は何人か名を挙げられているが、ザフトで特に有名なのは当時議長だった父親に反旗を翻したアスラン・ザラ。
 平和の為に戦ったというだけでなく、栄えある特務隊フェイス(プラントから出奔した時点で資格を剥奪されている。)に任命されたトップエリート。
 ラクス・クラインという憧れの歌姫を婚約者とし、終戦時もずっと一緒だったという事からメイリンの目には《愛に生きる人》に見えていた。
 そんな彼女に憧れのアスランの情報を持つ人物が現れた。

 カガリ・ユラ・アスハ

 メイリンが手に入れたデータによれば、最後まで中立を貫く意思を変えなかったオーブの獅子の遺児であり、オーブ連合首長国現代表首長である彼女はラクス・クラインとアスラン・ザラとは友人だと言われている。
 ならば三隻同盟としてアスラン達と共に行動していた彼女なら自分が掴めない様なプライベートな一面を知っている可能性は高い。
 そう踏んだメイリンは招かれざる客であるオーブの三人の護衛兼見張り役を買って出たのだ。
 元々機密だらけのミネルバ。
 自由にうろつけるわけが無いので取り敢えずはと空いている部屋の一室に三人を押し込めた。

 ミネルバ側の事情はわかっている。けれども一つの部屋に押し込められて憂鬱な気分は拭えない。
 カガリは出されたコーヒーをテーブルにおいて溜息を吐いた。
 
「あ! あのっ!!」
「? 何だ??」

 ドア近くで直立姿勢を崩さなかったメイリンが突然声を上げたのだ。
 皆驚いて彼女に注目が集まる。
 視線が集まり一気に緊張するメイリンは心臓がバクバクしたが今更引き返せない。
 震えそうな声を必死に抑えながら言葉を続けた。

「代表は・・・・・・先の大戦末期にクサナギに乗っていらしたと聞いております。」
「確かに乗っていたが・・・・・・敬語は使うな。堅っ苦しい。
 只でさえ気が滅入りそうなんだから普通に話せ。」

 メイリンの緊張が伝播するのか不機嫌そうに眉を潜めながらカガリは答える。
 その言葉にアスランは咎める様にカガリに目を向けるがミリアリアが肩を叩いてそれを制止した。
 雰囲気で理解したのだろう。
 メイリンはドアから離れてソファに座るカガリの前で手を組んで叫んだ。

「アスラン・ザラの事、教えて下さい!」 
「「「はぁっ!?」」」
「伝説のエース、アスラン・ザラですよ☆
 当時の議長だったお父さんと対立してまでラクス・クラインと共に終戦に導いた彼です★
 ザフトのアカデミーでは散々噂されててずっと憧れてたんですv
 でも聞こえてくるのはあくまで噂。プライベートのアスランがどんな人物だったか知っている方は別の隊の隊長や副長だったりしてこんな質問出来ないんです。
 それにあまり親しくは無かったとも聞いてますし・・・代表なら何かご存知かな〜って。
 あ、勿論ご不快でしたら結構です。こんな不躾な質問してすみません!!!」

 はーっ はーっ はーっ

 緊張が頂点に達して一気にしゃべり倒したメイリンは息を吐く。
 勿論、国家元首に対してする質問ではないしそれにはカガリだけでなくミリアリアも呆れていた。
 だがそれ以上に気になる単語が二人の興味を引いた。

「『伝説のエース』だぁ?」
「『憧れてた』ってぇ?」

 微妙なニュアンスを含んだ二人の声にメイリンは焦った。

《や・・・やっぱ拙かったかな!?》

 けれど、焦るメイリンの心とは裏腹に二人はある人物を見やりながら言う。

「お前それ『伝説の馬鹿』の間違いだぞ。」
「そうそう『憧れの対象』って言うより『反面教師』でしょう。」

 ごんっ!

 傍らのテーブルに頭を打ち付けているボディーガードが一人。
 メイリンが名を聞いた時に彼はアレックスと名乗っていたが、何故アスランの話をしているのに彼の方を見るのか。
 そんな疑問が浮かぶと同時に優秀なメイリンの脳裏に一つの情報が浮かんだ。

『アスラン・ザラは戦後のどさくさに紛れてオーブに亡命した。』

 確証は無いが他に彼が当てに出来そうな国は無い為にプラントでは実しやかにそんな噂が流れていた。

《その噂に間違いが無いのであれば・・・・・・。》

 確信めいたものを感じたメイリン。
 しかし確認する前にカガリとミリアリアから言葉の槍が放たれる。

「どうしたんだアレックス。」
「きっと疲れたのねアレックス。」
「そーいや『護衛対象に怪我させてまで頑張って戦ってた』もんな〜。」
『一緒に行動してた女の私達より疲れてる』のね。丁度ベッドがそこにあるし暫く寝てても良いわよv」
「そうそう、私達は『アスランの話』に花でも咲かせてるから『気にせず』休め。」
『関係ないアレックス』には退屈だものね♪ 何しろ『最低男の悪口しか出てこない』話だし。」
「「だからゆっくり休んでいいから。アレックス☆」」

 にっこり

 満面の笑みを浮かべて言う二人にアレックス・・・・・・もとい、アスランに何が言えるのか。
 ミネルバで本名など名乗れるはずも無く、泣く泣くベッドに潜り込むその姿は何とも哀れさを感じる。

「それじゃ、アスラン・ザラの真実の姿ってヤツを教えてやろうか☆」

 ぴくっ!

 含み笑いしながら言うカガリに反応するのはベッドの中の『彼』。
 揺れる毛布を眺めならがメイリンは今度こそ確信した。

《アレがアスラン・ザラなんだ。》

 ボロボロと崩れていく伝説のエースの偶像。
 だが、それ以上にメイリンはアスランを蹴飛ばしたくなる話を聞いた。



 ぴしゅっ!

 空気圧の音と共に扉が開く。
 中にいるのは待機を命じられていた栄えある赤い軍服を纏うパイロット三名。
 議長の許可なしには開かないはずの扉を見やり問いかけたのはポーカーフェイスが有名なレイだった。

「もう出ても大丈夫ですか? フレイ・アルスター嬢。」

 レイの言葉にベッドに伏せていたシンも起き上がって扉を見る。
 言葉通りそこに立っていたのは赤いセミロングの髪を垂らしたフレイだった。
 先程会った時にはまだ私服だったはずだが、予備の軍服を支給されたらしくザフトの一般兵と同じ緑色の軍服を纏っている。

「敬称はいらない。今の私はザフトに所属する一軍人に過ぎないんだからフレイで良いわ。
 三人の退室許可前にシンに確認したい事があります。
 これは議長の許可の下に行われる正式なものです。
 虚偽の発言をした場合、罰則が科せられます。以上の事を了解しましたら・・・・・・・・いい加減起き上がってもらえないかしら?」

 それまでの真剣な表情を呆れ顔に変化させてフレイは言った。
 仁王立ちしているフレイに対してベッドで丸まったまま顔も出さないシン。
 まるで母親に怒られて拗ねている子供の様である。

「シン、あんたイー加減にしなさいよね! まゆまゆまゆまゆまゆ!! さっきまで五月蝿く喚いてたくせに今度はダンマリ蓑虫!?」
「落ち着けルナマリア。シン、早く起きろ。」
「・・・・・・・・。」

 喚くルナマリアもレイの言葉も無視して先程よりもきつく毛布を体に巻きつけて丸まるシンは正に巨大蓑虫。

「そうか。なら仕方ない。」

 レイは嘆息するとシンから視線を逸らして諦めの言葉を吐く。
 だがフレイはそう簡単に諦める訳にはいかない。早々に説得を諦めたレイに非難の声を上げる。

「ちょっと・・・アンタねえ! あっさり説得を諦めるんじゃないわよ!!」
「そろそろ食事の時間だったが・・・フレイ、議長には私から進言するので用事はまた後程お願いします。」
「だーかーらっ!」
「シンだけ残して我々は『マユ』と夕食でも頂こう。」

 ぴしぃ

 金属で出来た・・・しかも宇宙艦であるミネルバにも関わらず部屋鳴りがした。
 あるはずのない音にルナマリアは部屋を見回すが当然何も無い。
 不安そうな表情を隠そうともしない同僚を放ってレイは平然と話を続ける。

「フレイはアスハ代表をお誘いしてはどうだ? 積もる話もあるだろう。」

 びしびしびししぃっ!

 確かに、先程よりも大きな音にルナマリアは身を竦める。
 フレイはレイの意味ありげにシンに向けた視線を追って理解した。
 巨大白蓑虫と化していたシンから怒りの赤いオーラが立ち上って見える。
 念の為に言うなら、フレイは生まれてこの方自分の身に霊感なるものを感じた事は無い。

「勿論、命令に背いたシンはこのまま部屋で謹慎させて・・・。」
「まてぇええええっ!!!」

 毛布を跳ね除けて蓑虫から怒りのオーラを纏ったザフト兵士へと変貌したシンがベッドの上で仁王立ちになった。
 だがレイはそんなシンの様子にはなれているのかしれっとした顔で答える。

「どうかしたか?」
「『どうかしたか?』じゃないっ! そいつと一緒って事はあの女とマユが一緒に食事を取るってことじゃないか!!」
「だからどうしたのよ。拗ねて命令違反も厭わないシン・アスカ君。」
「冗談じゃない! アイツをマユに近づけさせるなんて言語道断真っ平御免!!」
「じゃあ質問に答えるわよね?」

 フレイの言葉にシンはぐっと答えに詰まる。
 それ以上に彼女の背後に浮かぶ怒りの文字が見えたような気がして恐ろしくて身が竦む。

《こちとらとっとと仕事終わらせたいんだ。素直に命令きけやコラ。》

 気のせいかも知れないが・・・・・・・・・・・。
 シンはその後素直にフレイの言葉をきくようになった。



 さて一方カガリ達の部屋では女性三人が話に花を咲かせていた。
 気付けば三人が囲むテーブルには先程まで無かったはずの菓子袋の山。
 メイリンが私物として持ち込んだもので、それをつまみながら三人は某人物の悪口に一生懸命になっていた。
 カガリがアスランに出会った時の話から始まり、ミリアリアが横で途中から知った『ロミオとジュリエット』的な状況に陥った彼の行動を事細かにジュリエットの立場の友人としての脚色付きで話を補足する。
 初めこそ『ロマンチックかもv』と思っていたメイリンもネビュラ勲章を授与されるに至った事件・・・ストライク撃破の辺りになった頃には眉をピックピクと痙攣させ始めた。
 其処に最後の追い討ち、カガリの話が入ったのである。

「何それサイッテー!」
「だろ? お前もそう思うだろ!?」

 カガリの話を聞き終えた途端にメイリンからは非難の声が上がる。
 背後のベッドでは某人物に当たるボディーガードが涙の海に溺れているが三人は気にかける様子もなくおしゃべりをヒートアップさせる。

「何それカガリさん。私その話聞いてないわ。
 もうちょっと詳しく話してよ。」
「んじゃ最初っからな。」

 ミリアリアの言葉にカガリは頷いて改めて話し始めた。
 その『事件』が起こったのはジェネシス第一射の後、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦前のことだった。



 アークエンジェルの展望室。
 カガリが其処を訪れたのはキラを探す為だった。
 色々気落ちしている彼女の為にカガリは励まそうと思って展望室に顔を出した。
 其処に立っていたのは星の光に照らされながら星の海を眺めるアスラン・ザラだった。
 仄かな光に照らされて宵闇色に染まった髪と輝きを称えるエメラルド・グリーンの瞳、母親似の女性的な顔立ちに一瞬見惚れてカガリは頬を染めた。
 気配で気付いたのだろう。アスランはカガリに声をかける。

「どうしたんだ?」
「あ、いや・・・人を探してて。
 そーだ! 今度は私も出られるから大船に乗った気でいろよ!」
「出る・・・・・・お前はまだ出るのか!?」

《『まだ』?》

 声を荒げるアスラン。その言葉にカガリは引っかかるものを感じるが話を続ける。

「なんだよ! M1の連中より腕は上だぞ!」
「いや・・・そうだけど!」
「出来る事、望む事・・・すべき事。皆、同じだろ?」

 諭すようなカガリの言葉にアスランは迷うように首を振る。
 幼い子供が言い負かす言葉を捜すような仕草にカガリは微笑みながら言い募る。

「そんな顔するな。お前の方が全然危なっかしいぞ。」
「!?」
「死なせないから。お前も・・・皆も。」

 言葉に詰まるアスランを抱きしめながらカガリは誓いの言葉を口にする。
 オーブを守り切れず父から想いを託されたカガリの誓い。
 彼女はただ大切な人を守りたいという思いを誰かに聞いて欲しかった。
 最初はキラにと思っていたが・・・・。

《ま、こいつは戦闘では簡単には死なないだろうし。》

 自分に『もしも』があってはならないとわかってはいても、それでもという思いがカガリに誓いを言葉にさせた。
 妹に近い存在。砂漠から脱出し海の上でキラを抱きしめた時の事を思い出しながらカガリはぽんぽんとアスランの背中を叩き落ち着くようにと促す。
 するとアスランは少し身を離し、カガリを見つめながら言った。

「君は俺が守る。」

 普段言われ慣れていない言葉と状況だったせいもある。
 驚き硬直し赤面したカガリにアスランが覆い被さってきた。



「それが私のファーストキスだった。」
「ただのコイバナにしか聞こえないけど?」

 仏頂面で言うカガリに不思議そうな顔をしたミリアリアが突っ込む。
 それにはメイリンも一応頷くがカガリは更に機嫌を降下させて話を続けた。

「そこで終わればな。だが問題はその先だっ!」



 長く感じたが時間にすればほんの数秒だったかも知れない。
 誰かが通り掛ったのか展望室のドアを開閉する音が聞こえた。
 見られた可能性が高いと認識した途端、カガリは慌ててアスランから身を離そうと両手を突っ張って抵抗するがアスランは逆にカガリを抱きしめる腕に力を入れて離そうとはしない。

 どっきん どっきん どっきん

 激しい動悸と服越しに伝わってくる体温。
 全てに思考を奪われて動けなくなったカガリの耳元にアスランは口を寄せて囁いた。


「キラ。」





「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」

 そこまで聞いて二人は何と言っていいか分からなくなって黙ってカガリを見つめる。
 カガリが不機嫌なのは当たり前である。
 キスした女性を前にして、ムード満点状態で抱きしめながら『違う女性の名前』を囁いたのだ。
 二人は無言でベッドを見やると毛布が小刻みに震えている。
 それを確認するとメイリンはベッドで怯えている人物に聞かせるように厭味ったらしく会話を続けた。

「本っ当に最低ですよね〜。」
「それにしたってその状況で名前間違える?」
「それが非常に頭の痛い話なんだが・・・・・・・・・アイツ、その時酔っ払ってたみたいなんだ。」
「戦闘前でしょ!?」
「大体お酒なんてフラガ少佐と艦長の部屋ぐらいにしかないし、アイツにそれをこっそり持ち出す勇気なんてないはずよ!」
「最初は私もまさか酔ってるなんて気付かなくて・・・・・・・・・反射的にヤツの顎目掛けてアッパー、飛び上がったヤツを床に叩き落す勢いで脳天に一発、仕上げに鳩尾に飛び蹴り食らわせたら衝撃で酔いが醒めたらしくてな。
 身体の痛みと自分がいる場所、私が怒っている状況がわからず尋ねてくるから私もおかしいと気付いて何かおかしなもの食ったり飲んだりしてないかと訊いたんだ。
 そうしたらアイツ、展望室に来る前にエリカ・シモンズに貰ったチョコレートを食ってからの記憶が無いとほざいたんだ。」
「ねえ、チョコレートってまさか・・・・・・。」

 カガリの言葉にミリアリアはある可能性に気付いて尋ねると、カガリは彼女の言葉を肯定するように頷いて答えた。

「ああ、確認を取ったら渡されたチョコレートの正体はチョコレートボンボンだった。」
「やっぱり。」
「アイツの体質に合わない酒が使われていたらしく、しかも酔いが顔に出ないから誰もアイツが酔ってるなんて気付かなかったんだ。
 そして・・・・・・・酔ってたアイツは最初っから私をキラと間違えてたんだ!!」

 だんっ!

《《お怒りご尤もでございます。》》


 思い出して怒りが蘇ったのか、思い切りテーブルを拳で叩くカガリに二人は心の中で彼女の行動を肯定する。
 背後で更に震える存在に気付き、メイリンは姉のルナマリアに忠告しておこうと心に誓った。

《兵士としては憧れて良いけど、間違ってもお姉ちゃんが引っかからないように釘刺しとこうっと。》



 フレイとの話を終えて漸く解放されたシン達は既に食堂に向かっているマユと会う為に通路を歩いていた。
 レイはいつも通り無表情。
 ミリアリアは漸く開放されたと笑顔でフレイと話している。
 だがシンは戸惑いの表情を浮かべながら前を歩くセミロングの女性を見つめていた。
 先程見せられたデータは一部正しく一部は間違っていた。
 ハルマ・ヤマトとカリダ・ヤマトのIDデータを見せられた時、シンは驚いた。
 二人がカガリの知り合いだと言う上に彼女がこの状況下で二人の生死確認を望んだ事実がシンにある恐怖を抱かせた。
 だがデータは恐怖以上の驚愕をシンに齎した。
 フレイに促され、震える声でシンはやっと答えた。

「確かに・・・あの時の人たちです。俺達と一緒に避難してて・・・でも流れ弾で吹っ飛ばされて・・・・・・遺体も確認してます。」

 「辛い事思い出させて御免なさい。」と言ったフレイは本当にシンに申し訳ないという悲しそうな表情を浮かべていた。
 だからシンが声を震わせた本当の理由には気付いていないだろう。

《トダカさんが何とかするって言ってたけど・・・・・・こういうことだったのか。》

 現在プラントにいる『シンの妹マユ・アスカ』の本来のIDデータ。
 モニターの『マユ・ヤマト』の欄にはあの日死んだシンの『本当の妹』が映っていた。



 続く 


 やたら滅多ら遅くなりました〜。
 とりあえず無理やり目標シーンを書きました〜。
 最近12時近くになると睡魔に襲われて動けなくなるSOSOGUです。
 実はまだパソコンのHD交換してません。
 完全に春が到来する前に終えたいと思う今日この頃です。

 2006.2.26 SOSOGU

次へ

NOVEL INDEX