〜これはこれで上手くいってる〜


 ジュール隊が編成されたのは大戦末期。
 若きエース、イザーク・ジュールを隊長にまだアカデミーを卒業して間もない若い隊員達。
 イザークの様に戦闘経験を積んだ者も勿論いるが殆どは戦闘未経験者ばかりだった。
 通常ならば熟練の兵士達に何人かの新人を組み込むのが当然。
 だが態々ジュール隊が作られたのは最高評議会が終戦間近であると判断し、これからプラントの未来を担う若者を失わないようにする為、戦闘の少ない後方支援を主とした隊として編成した。
 それ故にジュール隊の他にもいくつか似たような隊が編成されたがザフト内でこの隊だけは際立って有名だった。
 理由はいくつかある。
 一つ目はジュール隊隊長であるイザークが第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でエターナルを支援する動きを見せた事や大戦中に誤って中立国オーブの避難民が乗ったシャトルを撃ち落した事などにより軍事裁判に掛けられ、下手をすれば反逆罪を適用され極刑になる可能性もあった事。
 これは現プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの抗弁により、これ以上は間違うまいとザフトに引き続き忠誠を誓う事で回避された。
 二つ目はジュール隊副長であるディアッカ・エルスマンの存在。彼は一度MIAに認定されていたが大戦末期、第三勢力が潜んでい廃棄たコロニー・メンデルにて生存を確認された。
 ザフトに戻らず三隻同盟に所属し戦い続けた彼もプラントに戻ると同時に軍規違反の下に軍事裁判に掛けられた。イザークと同じような経緯で開放された彼は命の危険があったとは思えないほどのおちゃらけぶりで隊員達のみならず、アカデミー生達からも親しみやすいと評判である。
 三つ目、これが恐らく最大の理由・・・・・・・・・・・・・・



 どんがらがっしゃーん!

「ミネルバに乗り込んだまま帰れなくなっただとぉっ!!?
 アイツは一体何をやってるんだ―――!!!」


 ボルテール名物『宇宙の雷神』こと隊長イザーク・ジュールの怒声である。
 氷の美貌とまで讃えられる端整な顔を怒りの表情に歪めて怒鳴る彼の姿は日常と化しており、ボルテールのブリッジ常勤の兵士達は馴れた様子で手で耳栓している。
 唯一耳を塞がずに聞いていたのは副長であるディアッカ・エルスマン。
 その行動は勇気ある姿に見えるが、彼が今回のイザークの雷の原因となった情報を齎したのだから当たり前と言えば当たり前だろう。
 隊長であるイザークの怒りの原因は本来ならばボルテールに戻っていなければならない女性兵士がこの場にいない事にある。
 他の隊にはない『副長補佐』の存在。
 元々副長が隊長を補佐する為に存在する。有能で知られるコーディネイターならばそれ以上の補佐は必要ないので『副長補佐』などというものは存在しない。
 通常ありえないこの役職はジュール隊の平和と安定の為に作られたものだった。



 長い付き合いのディアッカならばイザークを補佐できるだろうと副長に据えた上層部だったが、暫くしてボルテールからの不足物資報告書の奇妙な点に気がついた。

 胃薬

 閉鎖された空間である宇宙艦では気詰まりする事が多い。
 コーディネイターと云えどもストレスからくる病気とは無縁では無い為、他の艦からもこの薬を望まれる事は多い。
 だがボルテールの胃薬消費量は他の艦の5倍にも上っていた。
 明らかにおかしいと上層部は考えボルテール勤務の軍医に報告書の提出を求めた。
 だがストレスによる胃炎としか返事はない。
 カルテの提出も求めたがどれもストレスが原因と思われる胃炎としかない。
 監査を行ってみたが、上層部の人間に萎縮しているのか原因は見えてこない。
 手間が掛かるが健康調査を目的としたアンケートでも取ろうかと考えていた時に転機は現れた。
 新たにボルテールに配属された二人のアカデミー卒業生。
 一人はプラント出身の女性。もう一人はオーブ出身の女性、しかもナチュラルだった。
 先の大戦時の疑惑の鍵を握る人物として拘束され、オーブへの帰国が適わなくなった彼女は何を思ったのかザフトに志願。
 基本的に入隊は自由意志であるザフトな上に彼女の人権を保障する形を取っていた最高評議会としては許可する他なかった。
 どうせ監視をつけなくてはならないのであれば何処かの隊に放り込んで隊全体に監視させた方が楽という見方もあり、彼女・・・・・・フレイ・アルスターはボルテールの戦闘管制担当交代要員として配属されたのだった。
 そんな複雑な事情を持つ彼女が隊長であるイザークを蹴り飛ばしたのだ。

 配属後最初にやるべき事は隊長であるイザークへの挨拶。
 既に無意識レベルで高圧的な態度と雰囲気を醸し出すイザークに新人であるアビー・ウィンザーは萎縮していた。いつもは綺麗な金色の髪に少し赤みの差した頬をしているのだが、イザークの前では自慢の髪に艶が無くなっており顔色も悪い。
 ガチガチと身体を強張らせながら敬礼する同僚の姿を見とめ、フレイはアカデミーで『胃薬消費量No.1』の二つ名のついたジュール隊の真実に気づいた。
 別に悪い上司では無い。清廉潔白を旨とする立派な軍人である事も間違いない。
 だが常にピリピリした空気を醸し出すイザークに皆緊張しストレスを感じるのだ。
 ディアッカもフォローはしているが宥め役だけでは限界がある。
 それに副長という役職にある以上、隊長の補佐以外にも仕事があり結果イザークが不在の時はクルーの胃に負担が掛かるという図式が出来上がった。
 ディアッカ以外でイザークを宥め場の空気を和ませられる者はいないとボルテールの全員が思っていた中・・・・・・・・・。

「つくづく嫌な縁があるようだな。」
「それはこっちの台詞よ。」


《《《うひぃいいいいっ!?》》》


 最初に声を発したのはイザークの方。
 アビーの時と違い踏ん反り返って明らかにフレイにプレッシャーをかけて来たがフレイは流すどころか受けて立ってきた。
 いつもの緊張感に加え張り詰めた空気に周りのクルー達は息苦しいと咽喉元を抑えている。
 ビシバシと静電気が飛び交っているような気がするのも二人の間に精神的な衝突が起こっている為。
 特に間近で見ているアビーは真っ青で今にも倒れそうになっている。

「本当にアカデミーを卒業できるとはな。」
「アンタこそ本当に返り咲いているとは思わなかったわよ。」

 ずずずずず・・・・・・・・・・・

 どんどん重くなっていく空気に対して二人のテンションは少しずつ、だが確実に上がってきている。

「ふっふっふっふっふ・・・・・・。」
「クス・・・クスクスクス・・・・・・・。」


《いやぁああっ! 隊長が不気味な笑い方してる!! こわぁいっ!!!》

 二人とそう距離のない位置にいるアビーは悲鳴を上げそうになるが最後の自制心でそれをぐっとこらえた。
 張り詰めた空気を震わせるのは二人の声だけ。

「ところで挨拶を忘れていないか?」

 厭味ったらしく問うイザークに笑顔で応えるフレイ。

「そうだったわね。戦闘管制交代要員として配属されたフレイ・アルスターです。
 よろしくねっ!!!」

 恐怖がその場を支配し周囲にいる誰もが動けない。
 そんな中、フレイの赤い髪が舞った。

 げしぃっ!

 タイトスカートであるはずのフレイから伸び上がるような右足がイザークの鳩尾に吸い込まれるように入っていった。
 距離をおいていた周囲の者は気づいたが、良く見るとかなり際どいところまでスリットの入っている。思うにフレイは制服を態々改造してこの攻撃の為に備えていたのだろう。
 予想に無い攻撃にイザークに出来たのは後ろへ下がる事だけ。
 普通ならば直撃してもダメージは少ないはずだったが・・・・・・不幸な事にフレイがその日履いていたのはハイヒール。
 見事ヒール部分が凶器となってイザークに膝を着かせる程のダメージを食らわせた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 あまりの出来事に先程までの重苦しい空気を忘れて皆、蹲るイザークとしてやったりと胸を張るフレイを見つめるのみ。
 腐っても隊長のイザークは痛みを堪えながら立ち上がり激昂する。

「きぃ〜さぁ〜まぁ〜。いきなり何をする!?」
「だから挨拶。」
「これの何処が挨拶だ!!!」

 目一杯腹筋に力を入れて張り上げる声が部屋中に響き渡るがフレイは動じるどころか悔しそうに吐き捨てた。

「ちっ・・・・・・まだ腹に力入れる元気が残ってる。やっぱ蹴りが浅かったか。」
「何処の世界に配属先の隊長へいきなり蹴りをかます部下がいる!
 最初が肝心だからこそ普通は嫌われないように気をつけるものだろうがっ!!!」
「此処の世界のこの隊に。
 だって〜以前会った時にも思ったけど絶対私達合わないと思うのよね。
 私、人に気を遣うのって苦手だし。だったら最初っから嫌われてた方がお互い気を遣わなくて済んで気が楽じゃない?
 それに他の配属先希望してたから上手く行けばそっちに行けるかもしれないしv」

《《《すげぇ論理だっ!》》》

 何でも無い様に答えるフレイに呆れるイザーク。
 イザークが見た目通りの冷静沈着タイプならば、隊長としてフレイの希望通り配属先変更を上層部に願い出たかもしれない。
 だがイザークはその外見とは違い熱血タイプだった。

「上等だ。誰が素直に転属させてやるものか!
 此処でしっかりザフト軍人とはどうあるべきか教え込んで泣きっ面かかせてやる。」
「へー、出来るものならやってみなさい。
 吠え面かかせてやるわ。」

 階級で言えばイザークが有利だが勝負事に関して公平を望む彼がそんな階級差など利用するわけが無い。
 本気で勝負に挑む二人の図が此処に出来上がった。
 こうなると面白がるのがディアッカ。

「どっちが先に折れるか賭けてみようぜ。」

 その一言でボルテール中が沸いた。
 単純に隊長であるイザークに賭ける者が多い中、数名の隊員がフレイに賭けた。

「一応同期のよしみで・・・。」

 とはフレイと一緒に配属されてきたアビー・ウィンザー。

「隊長はフェミニストだもの。意地はあるでしょうが女性相手では最終的に譲る可能性が高いわ。」

 ジュール隊唯一の女性ザフトレッドであるシホ・ハーネンフース。

「えー? やっぱエザリアさんに育てられたイザークだしなぁ。
 それに何か・・・どこか誰かさんに似てるような気がすんだよな、あの子。」

 そう言って笑うのは賭けの胴元であるはずのディアッカ。

 正直言って二人の衝突は激しかった。
 普段より2オクターブは高い金切り声を上げるフレイと部屋中の空気を震わせるイザークの怒声。
 最初の頃は難聴になりそうだとメディカルルームに駆け込む者も多かったが、次第に慣れてゆき二人の喧嘩の前触れを察知して耳栓などの防御を取れるまでになっていった。
 そしてふと気がつくと・・・・・・・・胃薬を求める者が減っていたのである。
 確かに二人の声は喧しいが以前あった張り詰めて重苦しい空気が霧散しており、寧ろずっと近づき難いと思っていたイザークの雰囲気が和らいでいるのだ。
 メディカルルーム薬管理表の数字上でこの事が明確に証明された時、事件は起こる。


「うふふv 提出しておいた異動希望届が受理されたのvv
 短い間でしたがお世話になりました〜vvv イザークには逆に世話焼かされたけど☆」

 突然の事だった。
 ある日、軍本部からフレイ宛の電文が届いたと思ったらフレイの嬉しそうなこの言葉なのだ。
 思い起こせば最初フレイは他のところを希望していたと言っていた。
 言っていたが・・・・・・・・。

「いつの間にそんなもの出してたんだ!?」
「まだ勝負はついてないだろ!」

 副長であるディアッカと隊長のイザークの驚愕は凄まじかった。
 通常隊長であるイザークの承認も得ずにそんな申請は出来ない。
 二人に全く覚えの無い申請書の存在に驚かない方がおかしいだろう。
 だが二人以上に驚いているのはそれを聞いていたブリッジに詰めている隊員達だった。

「それって以前のボルテールに戻るって事か?」
「静かになって良いかも知れないけど・・・・・・でも。」

 囁く索敵担当の声に周囲の兵士は沈黙する。
 以前の通りになるという事は、「胃炎患者急増」→「胃潰瘍を患う者が出てくる可能性大」のボルテールに戻るという事を意味する。
 ブリッジに詰める者で胃薬を常備していない者はいない。
 例外があるとしたら副長であるディアッカぐらいである。

 さぁあああ―――

 未来予想図を描いた者から次々に顔色が悪くなっていく。

《あの子が来る前は飯食うのも気が重かったんだよな、俺。》
《胃薬入荷待ちでオートミールばっか食ってた時期もあったな。》
《確かにあの子生意気でムカついてたし、艦内が静かにはなって良いかもしれないけれど・・・でもっ!
 絶対あの子は自分がナチュラルなのを理由に逃げたりしなかったから根性は認めてるんだよな。》
《今更あの隊長と対等に話せる女性兵士なんて見つかるのか!?
 アビーは隊長に怯えるし、シホはシホで隊長に心酔してるからあの子が一番戦闘管制に向いてるのに!》
《っつーか、あの子が取りまとめて受けてた隊長の雷が再び周りにも落ちるって事だから・・・。》

《《《ボルテールの危機再びっ!!?》》》

 結果オーライ的な状態で返上できたと思われていた『胃薬消費量No.1』の名が再びボルテールに冠せられる事になる。
 いや、更に悪い事にフレイが避雷針の様にイザークの癇癪を受け流していた為にその被害が周囲に及ぶ事になる。

「確か『誰が素直に転属させてやるものか!』って言ってたわね。
 これで勝負アリよ。私の勝ちねv」
「ちょっと待て! 何故転属許可がいきなり下りるんだ!!?」
「アカデミー卒業した時に希望以外の場所に配属された場合、同時に異動希望出して受理してくれますか?って聞いたらオッケーくれたのv」
「普通はそんな簡単に受理されないし配属先の上官の許可なしに出来るかぁっ!!!」
「副長の許可でも良いって☆」

 ぴししぃっ!

 笑顔のフレイの言葉にディアッカに注目が集まる。
 たらりと流れる冷や汗が彼のこめかみに見えたのを確認するとイザークはいつも以上に切れ味のました眼光を向けて唸る様に問いかけた。

「ディアッカ・・・・・貴様・・・いつの間に・・・・・・・・・。」
「え? いやその〜。俺覚えないんだけど??」
「最初に着艦報告書出したでしょ? その時よ。」
「え゙っ。」

《そう言えば・・・・・・ミリィの話しながら適当に渡された確認&承認印をぽんぽん押したような気がする。》

 思い当たるのはろくに見ずに処理した書類の束。
 あの時の書類の中に問題の申請書が入ってたと言うのか?
 目線で訴えかけるディアッカにフレイは益々笑みを深くして頷く。

「そう。あの時アンタが見ないで承認してた書類よv」
「「「「「こらまてぇっ!!!」」」」」

 ディアッカの様子とフレイの説明にイザークを始めとした数名の突込みが入る。
 怒り狂ったイザークがディアッカを締め上げようがブリッジ組の兵士が泣こうが喚こうがフレイにとっちゃ知った事では無い。
 「ほほほv 勝負は私の勝ちねvvv じゃ、そーゆーことで♪」とご機嫌で去って行く彼女を止める術を持つ者などなく・・・・・・ボルテールは元通りになった。

 が

「出戻って参りましたフレイ・アルスターです。」

 一週間後には再び赤い髪の少女がボルテールに舞い戻ってきた。
 フレイが居なくなった翌日、『どんな理由でもフレイに、ナチュラルの女に負けた』という事実に超絶不機嫌のイザークは周囲に無意識の雷を発し胃痛を訴える患者が急増。
 3日後には耐え切れなくなった者達が連名で本部に嘆願書を提出したのだ。

 フレイ・アルスターの呼び戻し若しくは我々のボルテールからの異動を希望する

 本部がどちらかを選ぶなど分かり切った希望だった。
 十数名の兵士の異動などいきなり出来るわけが無い。
 ならば一名で済む前者を選ぶに決まっている。
 それを見越した上での嘆願書に本部はフレイの異動を取り消してボルテールに戻したのだ。
 だがフレイとしては目論見通りになったと言うのに全てを台無しにされてしまったのだ。
 挨拶の時に眉間に皺を寄せていたのは仕方が無いだろう。

「では勝負は続行。以前のお前の勝利宣言は無効という事だな。」

 フフンと鼻息が聞こえてきそうなイザークの勝ち誇った言葉にフレイのこめかみに血管が浮き出る。

 きぃいいいい―――――っ!!!

 ガラスを引っ掻いたような耳障りな叫び。
 それに呼応するように響き渡る怒声。
 ボルテール名物「宇宙の雷神」と「炎の避雷針」誕生の瞬間。
 けれどボルテール内に二人の無意識の攻撃に被害を受けるものはいない。
 見事に一致したタイミングで手で耳を覆う艦長を始めとしたクルーの姿はボルテールのこれからの日常を描いていた。


 その後、戻ったフレイに『副長補佐』の肩書きが与えられたのだが、それがフレイを簡単に異動させないための『首輪』である事は誰もが知っている事実である。
 しかし非常事態が起こった。

 物理的に戻って来られないフレイ・アルスター

 彼女の意思ではない上に置かれている状況が状況なだけに誰かが迎えに行く事も出来ない。
 キリキリと痛み始める胃を抱えるのはアビー・ウィンザー。
 いつも同僚の神経の図太さを思い知らされているが、ボルテールに勤務するに当たり心の安定剤ともなっていた事を改めて思い知らされた。

 あれだけ図太い彼女が居ると妙に安心できる。

 そんな感情がいつの間にか生まれていたのだ。

《どうにかこうにかフレイを呼び戻す方法はないの!?》

 ギリギリギリ

 万力で胃を締めつけられている様な痛みの中で突如光るは通信ランプ。
 条件反射で回線を開いたアビーに齎されたのは天国と地獄だった。

「隊長! 軍本部からの連絡です!!
 原因不明ではありますが現在ユニウス・セブンが安定軌道から外れ地球に向かって移動中。
 既に地球の引力の影響を受け始め進路の阻止は不可能の状態。この緊急事態にプラントでは精力を挙げてユニウス・セブンの破砕に取り組む決定が下されました。
 ボルテールは1時間以内にメテオブレイカーの積み込みを完了して先行するようにとの事です。
 ユニウス・セブンに近い艦は全て作業補助に集結。・・・その中にミネルバも含まれています。」

 し―――ん

 本部からの連絡を口頭で報告するアビー。
 考えようによっては『ミネルバにいるフレイを回収出来る』都合の良い命令であり、プラントにとって先の大戦の悲しみの象徴ともいえるユニウス・セブンを自らの手で葬り去れという辛い命令である。
 正に天国と地獄。
 沈黙が支配するブリッジではクルーの視線がイザークに集中した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・じゅ。」
「みりぃいいいいいっ! ヤバイよ、おいっ!!」
「どやかましいぃっ!」

 ばきぃっ☆

「お゙お゙うっ・・・。」

 取り乱し叫びだしたディアッカの鳩尾に容赦なき一発。
 昏倒する副官に駆け寄る者は一人もいない。

「準備急げっ! メテオブレイカー搬入とMS整備を優先させろ。
 各MSパイロットはメテオブレイカーのマニュアル確認を忘れるな。
 本部への通信回線を開け。ユニウス・セブンの予測軌道、現在の質量、地球大気圏突入までの予測時間、考えられる情報は全て確認取るんだ。」
「あの隊長。エルスマン副官はどうしますか? 無理にでも起こしましょうか。それともメディカルルームにお連れしますか??」
「振られたにも関わらず相手の名前を叫んで取り乱すような馬鹿に構っている時間は無い!
 そのまま転がしておけ。」
「でも歩く時に邪魔なんですけど・・・。」
踏んづけても構わん。それでも気になるならダストシューターにでも突っ込むなりしとけ!」

 哀れディアッカ。

 そんな皆の心の声が支配するボルテール。
 だが彼らはそう思いながらも本当にディアッカを踏みつけて動き始めたのだった。



 ミネルバの空気。こちらもまた重い。
 重っ苦しいことこの上無い。
 特にシン・アスカは友人であるはずのレイやルナマリアですら近寄れない位に澱んだ空気を纏っていた。

 原因その1
 食事を取ろうと移動している最中にMS強奪犯を発見、出撃の為にマユとのお食事はお流れ。

 原因その2
 気に入らないオーブ関係者が戦闘に口出しした挙句、ミネルバがその助言で助けられた。
 その上、敵に逃げられた。

 原因その3
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・目の前の光景である。


 腹が減っては戦は出来ぬと言うけれど、実際に敵に遭遇したら食事の暇なんぞありゃしない。
 だからこそ今、彼らは遅くなった夕食にありつこうと食堂にいる。
 しかし、だ。目の前の光景に殆どの者が食事を取る事も忘れて原因人物を凝視している。

 長く艶やかな黒髪。長身の彼の人はプラント最高の権力者ギルバート・デュランダルその人である。
 普通ならば議長ともあろう者が食事を運んで貰えばいい所を態々大勢の人間と同じ食堂に現れたのだ。
 軽くウェーブを描く髪はいつもはふわふわと空を流れるのだが、『重し』が原因で落ち着いている。
 席に座ろうとするギルバートに皆、言いたくても言えない言葉を必死にのどの奥に押し込める。

《座るんですか!?》
《その状態のまま・・・。》
《明らかに食べ難そうなのに。》
《行儀とか常識とかそういったものはっ!!?》
《あああああっ! シンがっ!! シンが議長にガンを飛ばしてる!!!》

「議長。」

 皆が声も出せず見つめる中、ただ一人、艦長であるタリアだけが声を掛けた。
 シンと静まり返った食堂に響く柔らかな声にゆったりと微笑むギルバート。
 だが・・・・・・。

「どうしたんだい? タリア。」
「いい加減肩車を止めてその子を下ろして下さい。
 そのまま食事を取られるおつもりですか。」
「はっはっは。子供に悪い行儀を教えるところだったね。
 有難うタリア。さあ、食事を取るから降りようね。」

 そう言ってギルバートが軽く首を捻って上を見上げれば、藤色の瞳が不思議そうな色を宿して見返していた。

「なんで?」
「ちゃんと椅子に座って食べるんだ。これはご飯を作ってくれた人への礼儀でもあるんだよ。」
「しってるー! 食べる前は『いただきます』でおわったら「ごちそうさま」でしょ?」
「そうだよ。マユは良い子だね。」
「うん! マユ良い子だもん!!」

 にっこりと満面の笑顔と共にギルバートの肩から降り立ったのはマユ・アスカ。
 シンの不機嫌の原因その3は『議長に妹を独占された』ことにある。
 正体不明の強奪犯との戦闘中、オーブの賓客であるカガリ達にマユの世話など頼めるはずも無く、フレイは前回の戦闘で負傷した者がいた為に欠員の出た部署へと助っ人として回された。
 だがこんな子供を揺れる戦艦の一室に一人押し込めて良いのか?
 食堂へ続く通路で回れ右しようとしたパイロット3人と欠員補充として配属先を命じられたフレイが迷い立ち止まっていると同じく食堂からブリッジへと向かうギルバート達に出会った。

「こんな幼い子供を一人にするのは良くない。私が預かろう。」

《だからって戦闘光景が見えてしまうブリッジに連れて行くのはどうだ。》

 そんな突っ込みも議長相手に新人パイロット(しかも議長自身に新型MSのパイロットに抜擢された)シンに出来るはずもなく、レイは養い親でもあるギルバートの決定には逆らわない。ならばルナマリアだって何も言える筈も無いのだ。
 唯一フレイだけが「メディカルルームで預かってもらっては。」と進言したが「負傷者が出れば途端に忙しくなる上に薬品などの医療器具は危険なものもある。そんな場所に預けるのはもっと危険だろう。」と返された。
 その後、ブリッジではマユを膝に乗せて座っていたギルバート。
 どれだけシリアスな会話をしても膝の上のマユが緊張感を殺いだ。
 だがそれもギルバートの策略の一つなのか。
 そんな推測を立ててしまう者もいるが・・・・・・。

「ごーはーんー! おなかすいた〜☆」
「待たせて御免ね。タリア、子供用の椅子は。」
「ありません。」
「まあ、普通戦艦にはないだろうね。では仕方が無い。私の膝に乗りなさい。」
「はーい。」

 こんなほのぼの親子に似たやりとりを見てしまえば先ほどの推測がどれほど馬鹿馬鹿しいものか思い知らされるだけである。
 しかし、そんなギルバートの後ろでは某新人パイロットが整備担当の友人達に取り押さえられていた。

「マユがっ! 俺と一緒にささやかで暖かい家族の団欒をするはずだったマユがぁ!!」
「落ち着けシン! 相手は議長だ!!」
「隣の席は無理でも斜め向かいの席を確保してやるから今は抑えろ!」

 哀れなパイロットの姿を眺めながら同じく食事を取りに来たカガリがぽつりと呟く。

「議長は嬉しそうだな。」

 空気に溶けるオーブの国家元首の言葉。
 その言葉を受けて答えたのはフレイ。

「良いんじゃない? 子供を乗せてしまったお咎めも無く可愛がってもらってるんだから。
 これはこれで上手くいってるのよ。・・・・・・・・・多分。」



 けれど、ブリッジは上手くいってなかった。



「ユニウス・セブンが地球落下コースを辿ってる!?
 それは本当か!?」
「本部からの連絡です。間違いありません!」
 いやぁ! もう何なのよ次から次へとトラブルばっかり!!」

 艦長代理でブリッジに残った副長アーサー・トライン。
 シフトチェンジでブリッジに戻ったメイリン・ホーク。
 只今二人はパニック真っ最中也。


 続く 



 南山・・・・・・じゃなくて難産でした。
 どうしても地球降下前に「ボルテールでのフレイの立場を書いて置かないと」と思って書いていったらどう纏めて良いのかわからなくなっちゃいましたv
 本当はガーティー・ルーとの戦い場面もと思ってたのですがどんどん話が進まなくなるので思い切ってスルー。
 次はユニウス・セブンでの掛け合い漫才・・・・・・・じゃなくて緊張感溢れるお話を書きたいと思います。

 2006.3.19 SOSOGU

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