〜真実の欠片 前編〜


 正体不明のボギーワンを取り逃がし機嫌最悪のパイロットは目の前の光景に普段より更に狭くなった眉間を隠そうともせず、一つ隣のテーブルを睨んでいた。
 シンの視線の先にいるのはいつもは感情の読めない微笑を湛えているはずのプラント最高評議会議長。
 ふわふわとウェーブを描く黒髪を後ろに流し、スプーンを持つ様子は極普通だ。
 だが現在の彼は議長という肩書き以外が原因で注目を集めていた。
 シンが議長を睨んでいる理由。

「はい、あーんして。」
「・・・・・・。」
「人参食べないとプリンが食べれないよ。」
「う〜。」

 プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの持つスプーンは彼の口元へは向かわなかった。
 ギルバートの膝上に座り涙目でスプーンの上にある人参を見つめる幼い少女。
 大嫌いな人参と大好きなプリンが少女の頭の中で浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返している。
 漸く意を決したのか怖々とした様子でゆっくり口を開ける。

 はくりっ むぐむぐ・・・・・・・ごっくん!

 飲み込み終えるとコップを両手で抱えて水で口の中に僅かに残る人参の欠片を咽喉の奥へと流し込む姿は可愛らしくも微笑ましい。
 だが、そのほんわか雰囲気に似合わぬ険しい表情でシンが思うのは唯一つ。

《おのれギチョーっ! 俺のマユを泣かせやがってぇええっ!!!》

 マユの事を思うのならば人参を食べさせるギルバートの姿は正しい。
 だが妹一番のシンにはマユの涙しか目に入らなかった。
 いつもならばシンの考えを読んで諌めるレイが隣に座っているのだが、今回は彼も複雑な感情を抱えているのか寂しそうな表情でギルバートたちを眺めるだけでシンには目もくれない。
 少し視線をずらせばタリアがコーンポタージュを啜っているが、彼女も何を考えているのか無表情で食事を続けるのみ。
 異様な雰囲気が食堂を支配する。
 そしてそんな議長達の向かいで食事をしているのはカガリ達三人。
 必死に必死に目の前の政敵の姿から目を逸らそうとしているカガリの様子が涙を誘う。
 本来ならばカガリには食事中の会話も外交だとというのにギルバートの様子を見ると話をするのも躊躇われるのか、アスランがカガリにそっと目配せするがカガリはマユに視線を向けて拒否の意を示す。

 ぎりぎりぎりぎりぎり

 カガリ達の後ろから聞こえる歯軋りも食事の雰囲気を暗くする要因の一つ。
 音の発生源は言わずと知れたシン・アスカ。
 妹を議長に取られたと逆恨みに近い怨念を発しているのが気配で感じ取れる。

《《《早く食事を終えて欲しい・・・・・・っ。》》》

 食堂にいる全員の想いが漸く実ったのか、ついにギルバートのスプーンがデザートであるプリンに向けられた。
 戦艦・・・しかも推進式も無しに発進することになったミネルバ。
 非常事態だらけの艦に似合わない豪華なプリンが其処にはあった。
 クリーム色のプリンに茶色のカラメルソース。その上には白い生クリームが渦を巻いていて頂点には自然の色そのままのさくらんぼが一つ。
 ピンク色のサクランボを引き立てるようにプリンのすそを飾るのは波打つ生クリームと飾り切りされた林檎や蜜柑、メロンと言った定番の果物。
 無駄に手間の掛かったレストランのプリンアラモードと同じものである。

《《《何で生鮮食品がこんなに使われているんだ? 推進式前でろくに荷物を積み込んで無かったはずだろう。》》》

 マユの前にだけある豪華なプリンを一目見て皆が一斉に厨房の奥にいる料理人に視線を向けると厨房長が「俺の私物・・・。」と悲しそうに呟いた。
 厨房長の私物で飾り立てられたプリン。
 マユは大嫌いな人参を食べさせられた事など忘れ去った様子でまだかまだかとプリンを食べさせてもらうのを待っている。
 けれど至福の時は電子音で終わりを告げた。

 突如鳴り出したブリッジからのコールにマユを除いた全員が緊張感に満ちた表情で壁に設置された通信モニターを見つめる。
 モニターに映し出されたのはブリッジに詰めていたメイリン。
 かなり当惑した様子で告げられたのは敵発見の報告ではなかった。

『艦長、デュランダル議長に最高評議会から緊急連絡が入っております。』

 評議会からの直接連絡。
 それがどれほど逼迫したものなのかを意味する。
 先程までマユに向けていた柔和な表情は消え去り厳しい表情でギルバートはスプーンを皿に戻す。
 タリアも心得ている様子でまだ料理の残る二人分のトレーを片付ける為立ち上がった。

「すまないが用事が出来てしまった。
 デザートは一人で食べられるかい?」
「んーっ! んーっ!」

 膝から下ろされて一人で椅子に座らされたマユが一生懸命テーブルの上のプリンにスプーンを差し出すが高さが足りない分だけかなり危なっかしい。
 どうしたものかと思案顔のギルバートが目の前のカガリに視線を向けると同時に涼やかな声がかかった。

「ご心配なく議長。」
「任せていいかな。レイ。」
「私ではなくマユの世話はシンがします。
 それはもう喜んで。」

 レイの目が僅かに伏せられる。
 視線を追えばその先には先程まで自分が座っていた席に座る黒髪の少年兵。
 「おにーちゃんv」と嬉しそうに笑うマユが彼の膝上に納まっていた。

「今のシンの動き見えたか?」
「いや全然・・・・・・。」
「さっきまで残ってたはずのシンの飯が消えてるぞ。」
「よく見ろよ。トレーが戻されてる。しかも空っぽで。」
「目の前の出来事なのに私にも見えなかったぞ・・・。」

 囁くクルー達。マユの目の前にいたカガリですら残像も見えないほどの神業をこなしたシン。

《《《シン・アスカ侮るべからずっ!(妹が関わった時限定で。)》》》

 新たなシンの評価が下されるがシンにとっちゃどうでも良い事。
 本来なら敬礼してギルバートを見送るべきなのだがシンの視界にあるのはマユだけ。
 あからさまな様子に苦笑しながら退室していくギルバート達だった。

「ぷっりっん〜v プ〜リ〜ン〜vvv」

 大好きなおにーちゃんに大好きなプリン。その一人と一つがあればそれだけで幸せなマユ。
 二人の微妙な幸せの違いに哀れむように眺めるアスランに同意するようにかすかに頷くカガリとミリアリア。

《《《とにかく睨まれる前に食事をとっとと終えよう。》》》

 一致した見解で三人は飾りっけの無いプリンに手を出した。

「あれ?」

 デザートにとりかかろうとした三人の上から降ってくる声に振り返れば先程までシン達と食事をしていたルナマリア。
 メイリンに良く似た大きな瞳を少し大きく見開いてアスランを見つめてくる。

《もしかしてあの子に俺の正体聞いたのか!?》

 いきなり拘束はされなくてもアスラン・ザラの名は良くも悪くも目立つ。
 特にザフトではあまりにも有名過ぎる名だ。この場で暴露されるのかと構えるアスランの肩をカガリが抑えながら問いかけた。

「どうかしたのか?」
「あ・・・いえ、大した事じゃないんですけど。」
「大した事じゃないなら言え、気になるだろう。」

 ザフトでは伝説のエースとまで言われているアスランだ。
 正体に気づいての言葉ならば仮にも赤を纏うルナマリアだ。状況判断は出来ているはずと踏んでカガリは答える様に促す。
 周囲もどうしたのかと注目しており居た堪れなくなったのか、ルナマリアは一瞬シンを視界に入れ直ぐに逸らしてからおずおずと話した。

「その・・・・・・なんかシンよりもアレックスさんの方がマユちゃんと似てるな〜って。
 あ、でも本当にちょっとです。他人の空似レベルですよ。」

 後半はシンへのフォローだろう。
 少し慌てた様に補足する彼女がシンの様子を伺っているのが見て取れる。
 ルナマリアの言葉にフレイが改めて二人を見比べる。

「髪の色殆ど同じ色合いだし顔立ちも確かに似てるわね。」

 フレイの言う通りマユの髪は深い宵闇の色。シンの漆黒の髪とは明らかに違う。
 シンも中世的な綺麗な顔立ちをしているがマユのそれとは雰囲気が違う。どちらかと言うとアスランに良く似ていた。
 言われて納得したようにカガリとミリアリアが素直な感想を述べる。

「こいつの無愛想な顔がまるっこく幼く可愛くした感じだな。」
「代表・・・素直に彼の子供時代みたいって言いましょうよ。
 違う所は目の色くらいかしら。淡いアメジスト色って感じね。」
「そうね・・・・・・。」

 ミリアリアの言葉に同意しながらフレイは三年近く会えていない友人を思いだした。
 泣きそうな笑顔ばかりが思い出される。優しい人だったのに幼すぎて怒りを彼女にぶつけることしか出来なかった自分。

 彼女の瞳とよく似ている。

 言いかけて言葉を飲み込んだ。
 目の前にいる少年に気を使って。

「何だよ。似てないって言っても一・二世代目にはよくあることだろっ!?」
「あ、いや、シン。だから他人の空似レベルだってば。」

 ルナマリアが慌てて言い添えるが怒りの沸点が低いシンには通じない。
 怒りに任せて怒鳴りながらマユを脇に抱え込んで立ち上がった。

「マユは俺の妹だっ! 行くぞマユ!!」
「いやぁ! プリン〜!!」
「残りは部屋で食べれば良い!」
「まあ落ち着け。彼女も悪気は無かったのだし・・・それに世の中外見は良く見ないと気づかないくらいに、性格は全く逆で似てない双子がいるんだ。
 年離れた兄妹が似てる似てないなんて大した問題じゃない。」
「おいアレックス・・・・・・ソレは一体誰の事を言っている?」

 じゃきぃっ!

 口は災いの元。
 シンを宥めるためにアスランが言った言葉は別の人物の怒りを呼び覚ました。
 傍らには既に銃の安全装置を外して狙いを定めた某国の代表首長。
 目がヒットマンの様に怪しい光を放っている。

「え・・・いやその。」
「代表、ここは他国の艦ですので銃は収めて下さい。」
「フレイ・アルスター・・・。」

 静かに且つ的確な理由を述べた上で静止するフレイにアスランは驚きを隠しながら見つめる。

《サイからかなり自己中心的な我侭娘だったと聞いてたが実は優しい?
 戦争を切欠に人間的に成長したのか。》

 戦後、話す機会のあったサイに聞いていたフレイの人物像とは違う『現在のフレイ』に感謝した。

「何より後始末大変だから。誰がやると思ってるの。」

《前言撤回、やっぱり自己中の我侭女だ。》

「それにマユが怯えてます。
 シン、貴方もこれくらいで何怒ってるのよ。
 その外見だもの。今までだって似てないって言われる事あったでしょ?」
「あ・・・そ・・・・・・そうだけど・・・・・・・・・。」

 フレイの言う通り、プラントに移ってから散々言われてきた事だった。
 指摘され戸惑いながらも肯定するシンを畳み掛けるようにフレイは言い募る。

「なら席に座りなさい。最後までマユにここでプリン食べさせてあげなさいよ。」

 カタン

 そこまで言われて拒否できずシンはマユと一緒に椅子に座った。
 漸く落ち着いてプリンを食べられると嬉しそうに口の周りを生クリームで汚しながら食べるマユ。
 少女の姿は平和な日常を思い出させる。

 つきん!

 失ったはずの日常。
 ソレを想い、シンは胸の痛みに耐えるように右手を握り締めた。





 食堂であった一悶着も無事?解決。
 部屋に戻った方が良さそうだと食堂から出ようとしたカガリ達は艦長室に呼び出された。


「何だって!? ユニウス・セブンが動いている!!?
 何故・・・・・・・アレは安定軌道にあったはず!!!」
「それはわかりません。ですが・・・確かに動いているのです。
 しかも危険な軌道を。」

 ギルバートからの話に問わずにはいられなかったカガリだが、対するギルバートはそんな彼女を落ち着かせるようにゆっくりと感情を抑えた声で答える。
 『危険な軌道』の意味を察し視線を落としカガリは奥歯を噛み締め呟いた。

「落ちたら・・・・・・・。」

 どうなるのか?
 その言葉をカガリは飲み込んだ。
 どうなるかなどカガリには疾うに分かっていた。
 それは地球の滅びを意味する。そこにある母国オーブも全て。

「とにかく我々は最悪の事態阻止の為に動かなければなりません。
 代表には申し訳ありませんが・・・。」
「それは勿論我々に異論は無い。
 グラディス艦長、空いているパソコンはあるか?
 大した事は出来ないが私も色々と動かねばならない。」
「はいご用意致します。必要なものがあればおっしゃって下さい。
 出来うる限り対応致します。」

 心得た様子で答えるタリア。
 彼女もこの事態にカガリがどう動くか予測していたらしく落ち着いた様子で答える。

「オーブへの直接連絡は?」
「残念ながら当艦は正式な出向手続きを済ませておりませんのでプラント本国を通してしか連絡が取れません。
 またそれは他の艦であっても戦艦である為にこの距離ではオーブへの直接国際通信は無理かと。
 こんな状況ですから本国を通しても連絡は難しいと思われます。」
「そうか・・・ミリアリア。」
「他の艦であれば・・・直接オーブは無理でもネットワークを使用すれば連絡は可能です。」
「信用していいか?」
「サイに連絡するので彼に任せれば問題ないかと。」
「アイツか。今すぐの対応はウナトがしているから大丈夫だろう。
 問題はその後だ。頼むぞミリアリア。」
「はい。」

 答えるミリアリアの毅然とした態度。
 彼女達はこの二年近くの間に自分なりの戦い方を見つけ出した。
 その道のりが今の彼女達を形作ったのだと知り、振り向きもせずにミリアリアに全信頼を寄せた話を続けるカガリの背中をただ見つめるだけのアスランは無力感に襲われていた。





 オーブ行政府に対する連絡データファイルを作成する為、部屋に篭るカガリに気を遣い彼女を置いてミリアリアとアスランは気分転換に移動許可の範囲にある展望室へと足を運ぶことにした。
 二人の間にプライベートで話すことなど無い。
 ミリアリアもトールの事を完全に忘れることが出来るはずも無く、アスランは元々人付き合いが上手い人間ではない。
 何よりも現在の緊迫した空気に重い沈黙が流れる。

「ミリィ。」

 待っていたのだろう。フレイが微笑みながら通路で手を振っていた。
 彼女も既に事の次第を聞いたらしく自然と歩きながら話すことはユニウス・セブンの対策になる。

「ユニウス・セブンをどうするの?」
「砕くしかない。あの質量で既に地球の引力の影響範囲に入っているんだ。コースを変えるのは不可能だ。」

 事実だった。勿論アスランとて心では納得してはいない。母親を始めとした同胞達が眠る地だ。
 だが今は生きている者達への凶器と化している。もはやどうする事も出来なかった。
 冷静な判断を下すアスランにミリアリアは一度見たユニウス・セブンの様子を思い出しながら納得し切れない想いを吐き出すように呟く。

「けどあそこは・・・・・・。」
「花を。」
「「え?」」

 突然アスランから齎された『花』というキーワードに驚いてミリアリアだけでなくフレイも聞き返すと苦笑しながらアスランは言った。

「ユニウス・セブンに花を手向けてくれたんだろう?
 ラクスから聞いたよ。ありがとう。母もきっと喜んでくれたと思う。」
「そう。何も無かったから折り紙で作った花だったけどね。」
「気持ちの問題よ。あの時はフレイも一緒になって折ってくれたじゃない。」
「そっ・・・・・それは!」

 コーディネイターとか関係なく、あの日の突然の暴挙に各国で論争が巻き起こったのだ。
 フレイもコーディネイターが嫌いだったとはいえ、亡くなった人への手向けくらいはと思うくらいにユニウス・セブンの事件は心の棘を感じずにはいられなかった。
 だからこその『紙の花』だったのだが改めて言われると恥ずかしさが先行してしまうのか、天邪鬼になってしまう自分を感じてそっぽを向いた。

「チキューメツボー?」

 突然飛び込んできた言葉に三人は足を止める。
 ミーティングルームを兼ねた休憩室から感じる複数の人間の気配。
 開いているドアからそっと覗けばそこにはパイロット達に整備班、メイリンもいる。
 同期仲間が集まって話している様子にフレイは二人に説明するように言った。

「あの子達は今期アカデミーを卒業したばかりなのよ。
 私と一緒に今度の事件の事聞いたからその話をしているみたいね。」

 別に彼らが何を話していようとユニウス・セブンは砕かねばならない。
 だからそのまま立ち去ろうとした三人の耳に飛び込んできたのは信じ難い言葉だった。

「まー、それもしょうがないっちゃしょうがないか。不可抗力だろ?」

 色黒の少年・・・ヨウランの言葉にフレイはカっとなるが直ぐに傍らのミリアリアに気づいて右を振り向く。
 何かに耐えるように噛み締める表情をした友人に平静を取り戻し飛び出しそうになった自分を押さえ込む為、手を握り締めた。
 が、次の瞬間。ヨウランは更に彼女達の怒りを呼び込む言葉を紡いだ。

「けど、ヘンなごたごたも綺麗に無くなって案外楽かも。俺達『プラント』には。」

 彼はユニウス・セブンを見たことを無いのだろうか?
 あそこに漂う人々の何を知っているのだろうか?
 戦場で亡くなっていった人は?
 大切な人を失う痛みは?
 戦争の多くの原因となったあの悲劇は多くの人々を奪って行った。
 特にミリアリアにとっては・・・・・・・。

「ミリィ!」

 思わず叫んだフレイの言葉に中にいた全員が入り口を見やった。
 そこに立つのはオーブのジャーナリスト。
 先ほどの失言を聞かれたと気づいて「げっ!」と呻くヨウランに対し、ミリアリアの目はただただ静かだった。

「随分楽しそうに話しているのね。
 この艦に他国の、しかもジャーナリストが乗っていると知っててよく不用意な事が言えたものね。
 私がゴシップ系の記者だったらどうするつもりだったの?」

 コツコツ

 ゆっくりと歩み寄ってくるミリアリアは何の表情も浮かべてはいない。
 けれど纏う雰囲気から彼女の強い怒りを感じ、一部の者は気圧されて声も出ない。
 マユもそれを感じ取りシンの足に隠れるように震えている。
 怯えるマユの様子にシンは気を取り直して反論した。

「ヨウランだって本気で言ったわけじゃない。
 そんな事もわからないのかよアンタは!」
「本気じゃなくても困るのよ。今の貴方達の行動は『新しいザフト』の行動とみなされる。
 デュランダル議長の指示の下、ザフトは生まれ変わった。
 もうあんな悲劇は起こさないと誓ったはず。
 けれど冗談でも『地球がどうなってもいい』なんて言えばザフトの『改革意識の低さ』を指摘されても仕方が無いのよ。
 上官達がどれほど頑張っても貴方達一人一人の行動が全てを無駄にする。
 そういうことが有り得るのが『組織』であり『軍』だとアカデミーで習わなかったのかしら?」
「「「・・・・・・・・・。」」」

 彼女の言う通り、それは耳にタコが出来るほど教官から言い聞かされてきた言葉だった。
 改めて思い出しルナマリア達は言葉を失くす。
 唯一、冷静にミリアリアの言葉を聞いていたレイだけが前に進み出る。

「貴女はどうするつもりですか? ヨウランの言葉を全世界に向けて報道するとでも??」
「そんな下らない事をするつもりは無いわ。
 何より貴方達には頑張ってもらわなければならない。
 地球で私達の帰りを待つ家族や友人を守る為に。
 ・・・・・・・・貴方達の言うところの同胞、ザフトの地球駐留軍の為にもね。」

 そこで言葉を切り、背を向けて部屋を出て行こうとするミリアリアは最後にもう一度だけ振り向き、寂しそうに微笑みながら言った。

「どうか失望させないで。
 トール達が犠牲になってまで守った世界を。
 そこに生きる貴方達を。」

 そのまま部屋を出て行くミリアリアの目じりに光るものを見つけ、フレイは追いかけようとしかけ・・・・・・まるで地面に足が張り付いたように立ち尽くす。

「追いかけなくて良いのか?」

 アスランの声で硬直が解けたようにゆっくりと振り返りフレイは答える。

「トールのこと知ってる分、ミリィに何て言って良いかわからないのよ。
 今の私じゃ何も出来ない。」
「なら私が行きます!」

 次の瞬間フレイが見たのは自分に良く似た赤い色が通り過ぎる様子。
 ツインテールの髪を棚引かせて入り口で振り返ったメイリンは笑顔を浮かべて言い放った。

「ザフトはちゃんと変わって来てるって私が保証します。
 ヨウランにシン! 後でミリアリアさんにちゃんと謝ってよねっ!!!」



 駆け出していくメイリンの後姿を見送ると気拙い雰囲気を誤魔化す為か、フレイは何でも無いように部屋の中へと入りヨウランの前に立つ。

 にっこり

 満面の笑みを浮かべるフレイに緊張が解されたのかヘラっと笑い返すヨウラン。
 だが。

 ぼぐぅっ!

「うぐぉおおおお・・・・・・・・・・・・・・。」


 鈍い音と共に腹を抱えこんで崩れ落ちるはヨウラン・ケント。
 だが加害者であるフレイの凶行はまだ終わっていなかった。

 びゅぉ!

 タイトスカートであるはずのフレイから繰り出される回し蹴りがシンを襲う。
 だが腐っても赤服を纏う兵士。シンは見事にフレイの右足を受け止め、直ぐに後ろに退いて距離を取る。
 その一連の行動には無駄は無い。

「いきなり何すんだよ!」
「うわぁああ! ヨウランしっかりしろ―――っ!!!」


 一番の友人であるヴィーノが必死に倒れた友を揺り動かすが逆にダメージを与えているらしくドンドン顔色が悪くなる。
 友人の無残な姿にシンが激昂した。

「一体何のつもりだ!」
「オシオキ。ちっ・・・・・・やっぱTOPレベル相手じゃそう簡単に行かないわね。
 とゆーことで行け。アホラン。」
「誰がアホランだ!」

 くいっと首を傾げてアスランに指示するフレイ。
 勝手に変な名前で呼ばれてアスランは反論するがフレイは明後日の方向を向きながら面倒臭そうに答えるだけ。

「えー、だって私はちゃんとアンタに自己紹介してもらった事無いし。
 前にカガリに連絡した時に『キラを泣かせたどこぞの馬鹿の親しみ易くてぴったりな新しい名前』を相談されたから私なりに考えた一番似合う名前伝えたんだけど採用されなかったの?」

《いや、でも食事の時にルナマリアがちゃんと呼んでたじゃん。
 っつーか、国家元首を呼び捨てかよ。》

 二人の力関係がはっきりと形作られるシーンに突っ込みも友人への暴行も忘れて皆二人のやり取りに注目する。

「お前か! ソフラン・フワだのアデラン・ヅラだの人を茶化した名前しかない偽名候補リストの元凶はっ!!!」
「ぴったりじゃない。
 平和な場所に居たのに幼馴染でありの元恋人であるおバカの部隊が何も知らない一般市民を無視した襲撃をした為に家族と離れ離れになった挙句、運悪くMSの操縦が出来ちゃう優秀なコーディネイターだった為にナチュラルの友達助けたかったら同じコーディネイターと戦ってねvって戦場に無理やり送り出されてそんな可哀想な女の子の状況も知ろうともせずに襲い掛かった馬鹿だって聞いてるけど?」

 ずがん!

《うわ何その最悪な状況。》


 声には出さずとも心の中では突っ込みを入れるルナマリア。
 フレイの言葉に打ちひしがれる様に微妙に身体を斜めに傾けて明後日の方向を向く『アレックス・ディノ』の姿を見る限り話に出てくる『元恋人』が誰であるかを察する事は容易であった。

「更にたまたま助けたコーディネイターのお姫様は結婚を約束したはずの幼馴染・・・もとい元恋人・・・の現婚約者。
 お姫様を助けるために襲い掛かってきた何処かの最低男の部隊はあの子が助けるって言ってくれた私のパパの乗る艦を問答無用で撃沈☆
 目の前でたった一人の父親亡くした私の気持ちが分かるのかしらねぇ?」

《修羅場だな。》

 半眼で『アレックス・ディノ』を見やるフレイから彼が問題の『最低男』であり、まだ許していない事をレイは察した。

「勿論私だってあの子には酷い事したわ。家族を亡くして取り乱した挙句に酷い言葉を・・・・・・でも、あの子はそんな私を慰めてくれたとても優しい子だった。
 それに人質にされた元恋人の婚約者を身の危険も冒してまでザフトに返したわ。
 なのに元恋人は健気なあの子を『次に会った時は俺がお前を倒す』と突き放したのよっ!」
「「「うわサイテー。」」」

 どがん!


 思わず呟いたルナマリア達の言葉に罪は無い。
 率直な後輩達の言葉にアスラン・・・『アレックス』は精神的ダメージに現在床に沈没。
 それでもこれだけはと息絶え絶え状態でフレイに懇願した。

「その元恋人を強調するの止めて下さひ。」
「んじゃヘタレで。」
「いやそれも・・・・・・。」
「まあ他にも色々あるけどそれは次回のお楽しみ☆」

《《《お楽しみなのか。ってーかまだ続きあるのか。》》》

 これ以上、持っているネタを曝け出すつもりは無いとフレイが話を無理やり切り上げると、それまで黙って聞いていたシンは話を戻して問いかけた。

「で、お仕置きってアンタにそんな権利あるのかよ。」
「権利じゃなくて可愛いおバカな後輩達を正しく導く先輩の義務。
 アンタ達はまだ幸運よ。ジュール隊だったら悪くて隊長自らの制裁で瞬殺。良くて副長がギリギリで止めてくれて半殺しだもの。」
「それ死を覚悟しろって事?」
「イザークならやるだろう。」
「アンタ何時の間に復活したんだ。」
「そうよ。まだその場で反省してなさいよアホラン・バカ。」
「アスラン・ザラだっ!」

 あ。

 脊髄反射で反論した瞬間、空気が凍りつく。
 唯一人、マユだけが状況の変化についていけず「むぅ〜?」と唸るがアスラン本人はそれどころじゃない。

 アスラン・ザラ
 連合最強のMSストライク撃破を成し遂げネビュラ勲章を授与される。
 その後クルーゼ隊より元特務隊《フェイス》へ異動、当時の最新鋭の機体であるジャスティスのパイロットとなり大戦を終戦へと導いたザフトの伝説のエース。
 が、しかし。
 ジャスティスで本国を出た後、第三勢力となったラクス・クライン率いる一団と共に行動していた為に背任行為を咎められ現在オーブに亡命中。
 早い話がザフトの《裏切り者》なのである。
 トーゼンこの場で正体がバレるのは身を危険に晒す事になる。

 だらだらだらだら

 額から雨の様に流れ落ちる汗を拭おうともせずにアスランは考えた。

どうする? どうする!? どぉするぅううっ!!?》

「言っとくけど私が悪いわけじゃないわよ。アンタが自爆しただけだから。」
「そういう問題か!?」
「ソーユー問題なのよ。安心しなさい。
 議長はさっきの戦闘でのアンタの助言を評価してるし、正体気づいてて咎めないって言ってたでしょう。
 最高評議会議長と言えどもブリッジにいた全員に宣言したことをいきなり翻したりはしないわよ。」

 そうかも知れない。
 だがそれ以上に突き刺さる『後輩達』の刺々しい視線が痛い。
 ぐる〜りとゆっくり振り返れば不振そうな表情を浮かべたシンが睨んでいる。

「つまり・・・・・・その最低男がアスラン・ザラでアンタの事ですか。」

 ずず―――ん

 止めを刺された伝説のエース『アスラン・ザラ』はとても小さく見えた。




「ミリアリアさん。」

 展望室から広がる星の海。
 瞬く星を眺め一人静かに涙を流していたミリアリアに追いかけてきたメイリンが声を掛ける。

 本当は自分が追って来て良かったのかと迷った。
 けれどミリアリアの涙の原因を知るフレイが追えないと悲しそうに微笑んだのだ。
 彼女はヨウランの言葉がザフトの総意では無いと理解している。そう確信していたが、言葉で伝えたいと思いメイリンは追いかけて来たのだ。

「大丈夫です。新生ザフトの名に懸けて被害を最小限に抑えると誓います。」
「・・・・・・・・・。」
「えっと・・・・・・それじゃ、駄目ですか?」

 おずおずと尋ねるメイリンに和んだのかふっとミリアリアの表情が和らいだ。
 頬を伝っていた涙を拭い彼女は答える。

「ありがとう。どうかお願いね。」
「! はい!!!」
「それと・・・・・・貴女に忘れないで欲しい事があるの。
 戦闘管制だから直接戦闘に出る事はないけれど貴女は常にパイロット達と一緒に戦う存在でもあるわ。
 いつも見送るばかりで後姿しか見えないから実感無いかもしれないけれど、それを忘れないで。」
「・・・・・・はい。」

 何となくミリアリアの言葉が何を意味するのかをメイリンは悟った。
 先程の戦闘で撃破された仲間を思い出した。
 シグナルロスト、応えの無い通信、戦闘後に襲い来る虚無感。
 自分が担当している役割がどんなものなのかを改めて思い知らされたのだ。

《ミリアリアさんにも・・・・・・経験があるんだ。》

 再び瞬く星空を眺めるミリアリアの背中からは先の大戦の悲しみが滲み出ていた。





 フレイ・アルスターによるアスラン・ザラの実態講座が行われ、シン達後輩に植え付けられていた『伝説のエース』像は崩れつつあった。

「結論的に言うと優柔不断のヘタレ男って事よ!」

 最後にそう締め括るフレイは軽蔑の目でアスランを見ていた。
 そこからかなりのフレイ独断による脚色・演出が加えられていたかが読み取れるが・・・。

《かなり私怨を含んでいるだろうからその分を差し引いて考えた方が良いのだろうが・・・。》
《代表もミリアリアさんもよく一緒に居られるわね〜。》
《・・・・・・・・・・・・。》

 パイロット三人組が先程までの講座内容を思い出し考え込む。
 だが、どれだけアスランがヘタレだろうと目の前でいじけていようと関係ないとばかりにシンはフレイに怒鳴り返した。

「この人がアスラン・ザラだろうとアデラン・ズラ・・・ヅラだったけ?
 まあ良いや。何だろうと関係ないさ。
 アンタはザフトに所属しながらオーブのアスハの肩を持つのか。
 綺麗事ばかり言って理想だか何だか知らないけど! あの時、アイツ等は自分の言葉で誰が犠牲になるのか本当に分かってたのかよ!?」

 赤い瞳には確かな怒りがあり、険しい表情は悲しみを滲ませていた。
 そんなシンの様子にフレイは何か思うところでもあったのか。ハッした様子で目を少し見開いてシンの言葉を待った。

「俺の家族はアスハに殺されたんだ!
 オーブの唱える理想とやらを信じてそして殺されたんだ!!」

 オーブの理想。
 それは他国の争いに介入せず他国の侵略を許さず、ナチュラルとコーディネイターの共存の為に中立を貫くこと。
 大戦が始まった頃はそれで上手くいっていた。
 問題が無かったわけではないがオーブには中立を貫けるだけの力があったのだ。
 しかし、それは時間と共に綻びを見せ始めた。
 フレイ達の日常崩壊はその綻びから生まれたもの。一部の閣僚の独断によるモルゲンレーテ社で行われていた連合のMS開発。
 何も知らない大勢の市民の生活が奪われ、一部のものは襲撃により亡くなり、一部のものは避難用シャトルを撃ち落され、そして同じく避難民であるはずのフレイやその友人達は成り行きで軍に志願する形となり・・・・・・友人の一人は戦闘から生還することは無かった。
 だからフレイにはシンの言葉は否定出来ない。
 理想を貫けなかったのだから。

「避難中にMSが放った流れ弾被弾時の爆発に巻き込まれて・・・・・・だったかしら?」

 呟きながら思い出すのはアークエンジェルが地球降下する時にあった戦闘。
 撃ち抜かれた避難シャトル。直前まで窓から不安げな表情を覗かせていた幼い少女がいた。
 爆発の炎に巻かれながらあの人達はどう思ったのか。
 同じような状況に陥ったことのあるフレイにもそれは分からない。
 知ることが出来るのは・・・・・・残された遺族の気持ちが精々だ。
 叫ぶシンの姿に重なるものを見つけた。

「生き残ったのは俺とマユだけだった。
 目の前で大量の血を流し冷たくなっていく家族を見た俺の気持ちが分かるか!?
 さっき知り合ったばかりの人も一緒に亡くなって。
 一瞬で皆吹き飛ばされたんだっ!!」

 その瞬間、怒鳴り散らすシンの姿が嘗ての自分の姿と重なった。
 アークエンジェルを迎えに来た先遣隊の艦に乗っていた父親。
 目の前で爆発を起こす艦を見て、瞬時に父親の死を悟ったあの時。

「俺は忘れない・・・・・・あの青い翼を持ったMS。フリーダムを!!!」
「フリーダムの流れ弾・・・・・・!?
 答えろ! 撃ったのはフリーダムだったのか!!?」


 シンの言葉に今まで静かだったアスランが激高する。
 だがシンはそんなアスランを邪魔だとばかりに怒鳴り返した。

「知るかよ! どっちが撃ったかなんて関係ないさ!!
 アイツ等があんなところで戦ってなければ・・・・・・市民の避難が終わってもいないうちに戦いを始めなければ・・・・・・・・っ!」

 震える拳に未だ治まらないシンの怒りを感じルナマリア達は視線を逸らす。

「皆死なずに済んだんだっ!!!」

《この子は・・・・・・。》

 フレイは昔の自分を思い出し哀れみの目でシンを見つめた。
 自分の感情をコントロール出来ず、悲しみから逃れることも出来なかった。
 自分が置かれていた状況もあっただろうが、それでも相手を思いやる気持ちを忘れていたあの頃。
 怒りと悲しみの連鎖を知ったのは取り戻せないと知った時。

《教えてあげたい。》

 その果てにあるものをフレイは知っていた。
 深い悲しみと後悔。
 このままでは手の内に残っていたはずの大切なものを取りこぼす事を。
 だが今のシンに言葉は届かない。
 フレイはその事も知っていた。

「おにーちゃん。」

 幼い子供の声に驚いて皆が視線を彷徨わせるとシンのズボンを引っ張るマユの姿があった。
 ずっと怖い顔をして話す兄達を見て怯えていたのかもしれない。
 今まで泣かずに堪えていたのが不思議なくらいに顔をくしゃくしゃにしてシンを見上げていた。

「おへやもどろ。」

 マユの声を合図にシンは漸く表情を緩めた。
 それでも一度キツイ眼光をフレイとアスランに向け、マユを抱き上げ出口に向かいながら言い放つ。

「言われなくてもユニウス・セブンの事はやるさ。
 それで俺達みたいな人が減るなら何だってやってやる。」

 去って行くシンを追う様にレイも出口へと向かった。
 それを切欠に皆金縛りから解けた様に解散した。


 続く


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