〜真実の欠片 後編〜


 シン達と別れた後、ボルテールとの通信の為にブリッジに行かなくてはならないフレイについてアスランもブリッジへ向う。
 真剣な眼差しをただ前に向けるアスランにフレイはツンと澄ました様子で歩きながら訊ねた。

「一体ブリッジに何の用よ。」
「破砕作業に参加する許可を貰う。」
「はぁっ!?」

 フレイが驚くのは当たり前だった。
 『伝説のエース』『平和の歌姫の婚約者』と好意的な目で見られていてもアスランはザフトにとっては脱走兵に過ぎない。
 本来、身元を知られてはならないアスランの本名をバラしたのは正式なオーブのIDを持つ『アレックス・ディノ』であると保証するオーブのアスハ代表がミネルバに同乗しているからであり、罰するべき立場にいるプラント最高評議会議長がその存在を黙認し、ミネルバ艦長も議長の意向を優先しているからだ。
 今アスランが無事でいられるのは『他国の民間人』だという事が大前提にある。
 だが作業に参加するには『アスラン・ザラ』を名乗らなければ許可は出ないだろう。
 ザフトに入る為、アカデミーで学んだフレイには分かっていた。
 ザフトの管轄内で公に『アスラン・ザラ』を名乗る危険性を。

「アンタ、そのまま身柄を拘束される危険性の方が高いのよ!?
 何考えてるのよ!!!」

 だがアスランは答えずにそのままブリッジへと入っていった。
 後を追うフレイは猶も叫ぶ。

「アス・・・・・・アレックスっ!!!」

 辛うじて偽名で呼んだのはブリッジだと言う事を思い出しての事。
 だが振り返ったギルバートもタリアの目が『アスラン・ザラ』を捉えていると察して、フレイは言葉に詰まる。
 そして何故かギルバートの傍らに立つミリアリア。彼女も驚いた様子でこちらを見ていた。
 皆が戸惑う僅かな間にアスランはスっとギルバートの前に進み出て言った。

「どうか私に破砕作業を手伝わせて下さい。」





 15分後にはシン達パイロットはパイロットスーツに着替えて各MSに搭乗していなくてはならない。
 だがたった一人で部屋で留守番をしなくてはならない事にマユは嫌がり泣き喚いていた。

「ヤダヤダっ! おにーちゃんといっしょにいるぅっ!!!」
「大丈夫だマユ。シンも俺も仕事が終われば直ぐに戻ってくる。」

 実際には戦闘後と同じように報告書作成で部屋に戻れるのは破砕作業終了より1・2時間は後だが、今はおとなしくさせるのが先決とレイは真っ向から嘘を吐く。
 だがマユは頑として譲らなかった。
 レイの嘘を見抜いた訳では無い。また一人にされるのが嫌だっただけ。
 困った顔で覗き込んでくるシンの様子にマユも子供心に思うことがあったのだろう。
 少しだけ考えてシンに答えた。

「じゃあ、ギルおじちゃんといる。おじちゃんどこ?」

 ひくっ!

 妹の言葉にシンは口元を引きつらせた。
 食堂でのギルバートの姿を思い出す。
 ロリコン・・・・・・では無いかもしれないが、やたらとマユにベタ甘だった。

《また議長にマユを取られてたまるかぁあっ!!!》

 妹馬鹿驀進中。
 シンはマユを取られまいと一つの提案をした。

「マユ、かくれんぼしようか☆」



 * * *



 破砕作業の為にミネルバのMSの発進作業を始まる中、ルナマリアは紺色の髪の青年の姿に驚く。

「あの人も出るの?」
「ああ、そうみたいだね。議長が特別に許可したってさ。
 まあ腕は確かだしね。」

 ルナマリアの疑問に答えたのはヴィーノだった。
 だがその彼の肩越しにもう一人の姿を認めてルナマリアはもっと驚く。

「まさか彼女も!?」

 ルナマリアの視線の先にいたのはミリアリアだった。
 彼女も緑のパイロットスーツを纏い整備兵に案内されている様子でハンガーの一つに向かっていた。

「いや、彼女が乗るのは一人用の小型シャトル。
 議長に破砕作業記録を撮らせて欲しいって申し出たそうだよ。」
「よく許可が下りたわね。」
「艦長も拒否してたそうだけど議長が許したんだ。」
「デュランダル議長が?」
「うん、他国のジャーナリストがいるなら記録して貰った方が良いって。
 記録を残すのが俺達ザフトだけだと・・・その、都合良く編集してるんじゃないかってある事無いこと書き立てる奴等っているじゃん?
 だからだと思うんだけどな、俺は。
 それに駆け出しだけど彼女、戦場カメラマンだって言うし。」
「ふ〜ん。」

 納得したわけではない。
 だが今自分が集中すべきことを思い出し、ルナマリアはコクピットに戻った。




 同じ頃、ブリッジではアラームが鳴り響いていた。

「艦長! 先行していたジュール隊がアンノウンと交戦中です!!」
「何ですって!?」

 予想外の報告にタリアは驚きを隠せない。
 『自然災害』で落下しようとしているユニウス・セブンに潜んでいた『何か』の存在が何を意味するか。
 それをタリアは瞬時に理解した。

《今回の事件は人為的なものだという事ね。》

 ユニウス・セブンが安定軌道から外れた事に誰もが驚いた。
 その原因が今ジュール隊が交戦しているソレなのだ。
 ならば何が何でも作業を遂げねばならない。

「コンディション・レッド発令!
 各MS、対MS戦闘用装備に変更!!
 同時にシャトルの発進を緊急停止しなさい!!!」
「いや、シャトルはそのままで良い。」
「議長!?」

 驚いてタリアは振り向く。同じく通信担当として席に座していたフレイも無表情のままのギルバートに目を見張る。
 だがそんな僅かな間にも事態はどんどん変化していった。

「ユニウス・セブンにに新たなMSが三機!
 これは・・・カオス・ガイア・アビスですっ!!!」

 索敵担当のバートが悲鳴に近い叫びが上がる。
 それは逃したボギーワンが傍にいると言う事。尚更ミリアリアをこのまま出す訳には行かないとタリアは直接ミリアリアのシャトルへと通信を繋ぐ。
 だがタリアの行動を察しギルバートは更に言い募った。

「彼女がこの程度のイレギュラーな出来事で諦めると思うのかい?」
「だからと言って許可するわけには行きません。」

 振り向きもせずにタリアは答えた。
 だがもう遅かった。

「艦長! ミリアリアさんのシャトルが・・・・・・たった今発進したそうです!」
「止めろと言ったでしょう!」
「は・・・はい、ですがっ!」
【責める相手が違うでしょう。メイリンに落ち度はありませんよ、グラディス艦長。】

 繋げた通信モニターの向こう側から苦笑しながら答えるミリアリアにタリアは硬い表情で告げる。

「戦闘が始まった以上、貴女にこのまま取材させるわけにはいきません。
 直ぐに戻りなさい。」
【いいえ、出来ません。
 ユニウス・セブンの軌道をずらしたのが今交戦している彼らならば、尚更私は撮らなければならないのです。】
「軌道をずらした・・・・・・・? ミリアリア、お前・・・・・・・・・。」

 振ってきた声に振り向けば、そこにはブリッジの入り口に立ち尽くすカガリがいた。





 どがぁぁああっ!!!

 響き渡る轟音。
 本来、真空である宇宙空間に響く音は無い。
 目に映る爆発の光が聞こえるはずのない音を伝える。
 いきなり攻撃され浮き足立った工作隊が次々と撃ち落される。
 統率を取ろうとボルテールにいるアビーは必死に各ゲイツに呼びかけるが皆混乱して彼女の声を聞いていない。

《どうしたら・・・・・・隊長が現場に着けば少しは違うかもしれない。
 でもその間にも皆が・・・・・・っ!》

 上手くナビが出来ない自分の情けなさに涙が出る。

【アビー!】

 幻聴? そう思うくらいに今、この場にいないはずの友人の声が聞こえた。
 心の何処かで彼女に助けを求めていたのだろうか?
 そう考えアビーは乾いた笑い声を上げる。

【もーっ! 何笑ってるのよ!! そんな暇ないでしょうっ!!?】

 !?

 続く声に漸くアビーは気がつく。
 点滅する通信ランプにモニターの一つに映る赤い髪の少女。
 ボルテールの皆が帰還を待ち望んでいたフレイの姿があった。

「フレイ!?」
【さっきから呼びかけてるのにぃ―――っ!
 今はそんな暇は無いわ。早く統率を取り直さないとこのままじゃ全滅よ!】
「わかってる! でも皆混乱して私が呼びかけても全然・・・・・っ。」
【ボルテールの各MSコードをミネルバに!
 こっちも忙しくて世話焼けるのは一回きりだからね!!
 アンタもジュール隊に相応しく気張りなさいっ!!! 愚痴も泣き言も後で聞いてあげるわ!】

 ジュール隊副官補佐フレイ・アルスター。
 彼女がここまで求められる理由をミネルバにも知れらることになる。

【ジュール隊所属工作隊!
 相手の思うツボに嵌るお間抜け部隊!!
 何やってんのよ―――っ!!!】
【【【フレイっ!?】】】

 突如聞こえてきた声に混乱していた工作隊が漸く通信機に耳を傾ける。
 発信元コードはミネルバ。本物と確信してコクピットに座する各隊員がレーダーを見直した。
 漸く把握できた自分達の状況に再び焦り始める隊員達にフレイは先程より声を抑えて伝達する。

【漸く落ち着いた? このままじゃ全滅よ!
 これからアビーがナビしてくれるわ。各小隊はとにかくメテオブレイカーを守る為にも目的ポイント目指しながら逃げ回りなさい! もう直ぐイザーク達も着くわ。
 自分達の手に地球に住む人達の命が掛かっているのよ。相手が何を言おうと迷っては駄目。
 そして・・・・・・生きて戻ってきなさい。副官補佐命令よ!】

 叫ぶフレイの声をカガリはギルバートの隣で聞いていた。
 アスランとミリアリアが艦外に出ていることに最初は驚きはしたものの、少し考えれば納得出来た。
 この状況で二人がおとなしくブリッジで待てるわけが無い。
 そして、フレイの言葉の意味をカガリも考えていた。
 混乱を続ける戦場から飛び込んでくる通信。
 その内の一つに今回の犯人と思しきジン〈ハイマニューバ2型〉の叫びが混じっていた。

【わが娘の墓標! 落として焼かねば世界は変わらぬ!!!】
【パトリック・ザラは正しかったのだ! 彼の取った道こそがっ!!!】

 回線が混戦した結果だろう。
 この一言でカガリは悟った。
 今回の一連の騒ぎが一部のコーディネイターが起こしたものだと。
 恐らくこの声をアスランも聞いているだろう。

《だが、そんな奴等が『まだ』いる事は予想済み。これくらいで『歩み』を止めるわけにはいかない。
 それくらい分かっているだろう。『アスラン・ザラ』》

 数秒瞑目してカガリは隣にいるギルバートに問いかける。

「議長は―――ボギーワンをどう思われている?」
「『地球軍とはしたくない』ですね。今のところは。
 少なくとも今は、我々と目的は同じと考えて良いでしょう。」
「ならば彼らがジンを使用しているあの一団とザフトを同一視している可能性は高い。」
「ええ、国際チャンネルによる呼びかけをしてみましょう。彼らが信じるかどうかは別として何もしないでただ邪魔されては作業は遅れるばかりです。―――タリア。」

 ギルバートの呼びかけにタリアは頷いてフレイに通信文を流すように指示する。
 既に用意していたのかフレイはすぐさま状況を文章にした通信を流した。
 だが、カガリ達の会話はそれだけでは終わらなかった。

「これで退いてくれれば良い。だが・・・・・・退いた後の事も考えておいた方が良いだろう。」
「姫?」
「議長、私は今回の戦闘記録をオーブから全世界へ公開することを提案する。」

 ざわり

 ブリッジの空気がざわめく。フレイも驚いてカガリを見つめる。
 カガリは真っ直ぐにギルバートに挑むような視線を投げかけながら言い募った。

「ボギーワンの正体が何であれ、彼らも今回の騒動の原因を記録していることだろう。
 プラントから正式発表準備をしている間に『ボギーワンが撮った記録』を自分達の『都合の良い情報のみ』に編集し直した『何者か』が非公式に発表したら後手に回るプラントが不利になる。
 だが、中立国に所属するジャーナリストの記録ならば非公式に、公平な発表をする事は可能だ。
 プラントの負の部分を多く含む発表だ。しかし邪魔をしてきた『ボギーワン』を押さえ込むことは出来る。
 テロリストを援護した謎の強奪部隊としてな・・・・・・。」
「随分と大きな痛みを伴うと思われますが?」
「その後のプラントの対応次第で世論をいくらか味方につけることは出来る。
 もう既に最悪の可能性は十分に考えられる状況なのだ。」

 カガリの言う最悪の事態にタリアは顔を曇らせた。

 開戦

 やっと終わった戦争が再び巻き起こる。
 それを回避出来るか否か。
 ギルバートは嘆息して答えた。





《動揺するな・・・・・・こんな事で動揺するな・・・・・・・・・。》

 アスランは必死に自分に言い聞かせながら先程切り伏せたMSパイロットの言葉を思い出す。

『何故分からん!? 我らコーディネイターにとって!パトリック・ザラが取った道こそが唯一正しきものだと!!!』

 悲しみに溺れ、そこから抜け出せない者達が亡き父の言葉に縋ってこんな事件を起こした。
 アスランが『間違っている』と断じたパトリックの考えに賛同するものが目の前に現れ、動揺する己の心を抑えようと必死に地表に倒れたメテオブレイカーを起こす。
 宙に瞬く帰艦信号。
 だがアスランは目の前の作業に没頭した。
 彼らが何者であれ自分の父親の言葉に踊らされてこんな事を仕出かした以上、アスランは少しでも被害を抑える為にも帰る気にはなれなかった。
 そんなアスランの様子に気づいてシンがアスランの元へとやってきた。

【何やってんですか! 撤退命令ですよ!?】
【ああ・・・だが、これだけでも・・・・・・。】

 言っても聞かない。
 シンにも分かっていた。
 先程のテロリストの言葉を聞いた。
 彼がどんな想いでその言葉を聞いたかはわからない。
 けれどアスランが罪の意識で必死になる気持ちだけは察することが出来た。

【俺も手伝うから・・・・・・さっさと終わらせますよ!】





「議長はボルテールにお移り下さい。
 当艦はこれより主砲による破砕作業を行います。」
「ええっ!?」

 突然のタリアの言葉に副長であるアーサーは驚いて声を上げる。
 そんな彼女の無茶な宣言に驚かなかったのはギルバート、カガリ、そしてフレイの三人のみ。
 カガリとフレイはアークエンジェルでの戦闘経験から、ギルバートはタリア・グラディスという女性を良く知っていたからの反応。
 ざわめくブリッジの中でフレイは立ち上がる。

「ではマユを連れて来ます。あの子をこれ以上危険に晒す訳には行きませんから。」
「そうして頂戴。貴女もボルテールに戻りなさい。」
「了解。」
「では艦長、ボルテールとミリアリアに連絡を。シャトルをボルテールへ。」
「了解しました。メイリン、通信回線を開いて。」

 ブリッジを出て行くフレイ。慌ててパネルを打つメイリン。
 これからどうなるのかと不安に満ちた表情で顔を見合わせるクルー達の姿を眺めながらカガリは立ち上がったギルバートに言った。

「議長、ミリアリア・ハウによる情報公開を行う為にもボルテールでの通信機器の使用許可をお願いする。」
「わかっております。姫・・・いえ、アスハ代表。」

 ギルバートの目に宿る僅かな警戒心。
 そして『姫』から『アスハ代表』を言い換えたギルバート。
 この瞬間からカガリはこれからは油断を誘えない事を悟った。

「代表もご一緒に。」
「いや、私は残る。」

 !?

 タリアの声を遮るカガリの答えにブリッジは再びざわめいた。

「ミネルバがそこまでしてくれると言うならばそれを見届けたい。」
「ですが為政者の方にはまだやるべき事があるのではありませんか?」
「今出来る事はもう終わっている。後はデータをミリアリアに渡すのみだ。
 ボルテールにはそろそろ着いているはず、悪いがこのファイルを通信で送って欲しい。
 それに・・・私は通常ルートではオーブに戻れない身の上なのでな。」

 意味深なカガリの言葉にタリアは戸惑いつつもこれ以上問答している暇は無いと嘆息して前を向き直る。
 その頃、シン達の部屋に辿り着いたフレイは呆然としていた。

「マユ・・・・・? どこにいるのマユっ!」

 ガランとした狭い二人部屋。
 何の膨らみも無いベッド、簡易シャワー室やトイレにもあの紺色の髪は見当たらない。
 ロックの掛かったこの部屋から出て行ったとは考え難いが現にマユの姿は何処にも見当たらなかった。





「艦長! シンとアスランさんが戻ってきません!!」
「何ですって!?」

 メイリンの悲鳴に近い叫びにタリアは驚愕する。
 そろそろ大気圏突入で戻ってこられない高度に入っていた。
 主砲を撃つならこれ以上待ってはいられない。
 そこに更なる悲鳴が重なる。

【マユが・・・・・・マユが何処にもいません!】
「なっ!?」

 フレイの艦内通信だった。
 これにはカガリも驚いて席から立ち上がる。

【部屋には見当たらなくて・・・・・・外へ出たのかと思っていくつか問い合わせましたが子供は見なかったと。】

 議長のシャトルはマユを待つ為に未だミネルバにある。
 だがこれ以上待つわけには行かない。

「議長のシャトルを発進させて、フレイは悪いけど引き続き艦内捜索をお願いするわ。」
【はい!】

 通信が切れると同時にギルバートの乗ったシャトルがボルテールに向かうのが見える。
 だが今優先すべきはユニウス・セブン。
 タリアは正面モニターを睨みながら声を張り上げた。

「タンホイザー起動。」

 その言葉の意味を皆が理解する。
 カガリはユニウス・セブンに残ったアスランを思い瞑目した。





 ボルテールのブリッジへとやって来たミリアリアを出迎えたのは金髪の髪を後ろに流した色黒の青年。
 ジュール隊副官のディアッカ・エルスマンだった。

「ミリィ〜vvv」

《《《何そのハートマークっ! キショ!!!》》》


 元々軽いノリの上官だったと記憶はしていた。
 だがこんな甘ったるい声を上げるのは初めて聞いたボルテールのクルー達は気持ち悪そうに栗色の髪の少女に抱きつこうとするディアッカを眺めながら思った。

 ばきっ!

 だが抱きつく寸前に小柄な少女からジャブが繰り出され、まともに受けたディアッカは無重力下であることもあり見事に壁に激突するほどぶっ飛んだ。
 呆然と副官が殴り飛ばされるのを見ていたクルー達とは違いイザークは極普通にミリアリアに声を掛ける。

「相変わらずのようだな。」
「おかげさまで、と言うべきかしら?
 フレイから聞いたわよ。まだ諦めてないんですってね。」
「まあそう言うな。あんなだが悪い奴ではないぞ。」

《《《副官を『あんな』呼ばわりって・・・隊長ぉおおっ!?》》》

 一部の者が悲鳴を上げそうになるがイザークは全く気づかず、ミリアリアも後ろで呻くディアッカよりもイザークとの話が大事らしく淡々とした表情で話を続ける。

「議長からもお言葉を頂いている。
 ミネルバから来たデータファイルがこれだ。」
「有難う。こっちも簡単だけど連絡受けたわ。
 写真をデジタルと光学両方にしたのは正解ね。編集する暇無いからとにかくデータを送るわ。
 直ぐに電磁波の乱れで地球との交信が途絶えてしまうもの。」

 言いながらミリアリアは通信機の前に立ちパネルを叩く。
 他国の、しかも軍艦の通信機であるにも関わらずミリアリアの指の動きに迷いは無い。
 一般に普及する通信機と多少異なる機械であるにも関わらず全く戸惑う様子の無い彼女の姿にアビーも驚いて凝視していた。

 ぴぴっ!

 一瞬で終わる通信作業。
 その数秒後にユニウス・セブンの方向で光が瞬く。
 それはミネルバの主砲タンホイザーの光。
 最後の最後まで被害を抑えようと奮闘するミネルバを眺め、ミリアリアはモニター越しに写真を撮ろうとして一度は構えた腕を下ろす。
 直に見た現場ならば躊躇い無くシャッターを押しただろうが今はボルテールの中。
 既に戦場から離れた事を思い知り複雑な思いが胸中に渦巻く。

「ボルテールでも今のミネルバの記録は撮っているよ。」
「「「議長!?」」」

 ミリアリアから遅れること15分程。
 ギルバートもボルテールに着きブリッジへと足を運んだのだ。
 到着の報告が無かった事に舌打ちし、イザークはギルバートに敬礼する。

「お出迎えせず失礼を致しました。」
「構わないよ。」
「議長、フレイとマユちゃんは・・・?」

 本来ボルテールのクルーであるフレイが傍にいない事に気づきミリアリアを怪訝そうに問う。

「マユがミネルバの中で行方不明になってね。あの子の捜索もあって彼女はミネルバに残ったんだ。」
「「「そんなぁっ!!!」」」

 済まなそうに答えるギルバート。
 だがその声に反応したのはボルテールのクルー達だった。
 その意味を理解していないギルバートは「彼女はボルテールで上手くやっているようだ。」とニコニコ笑いながら流したが、彼らはそれどころじゃない。

《《《隊長の! 隊長の雷がぁあ〜〜〜。》》》

 こっそりと艦長が医務室へ胃薬の在庫を確認する姿がクルー達の涙を一層誘う。
 やがて光が止み、ミネルバが降下シークエンスを開始したのを見るとイザークは一度モニター越しに敬礼しプラントへ向かうように指示した。





 とにかく隊長室で今後の事を一度話す必要があるだろうと移動するイザーク達。
 復活したディアッカが道すがらミリアリアに話しかける。

「なあミリィ、折り入って頼みがあるんだけど・・・。」
「何? 下らない話だったらまた殴るわよ。」
「俺ってそんな信用無い? 」
「一体何だね? 彼女は現在私の賓客だ。
 あまり私的な頼み事は控えて貰いたいのだがね。」
「ぎ、ぎちょー・・・・・・。」

 ギルバートの言葉は間違いではない。
 ミリアリアは元々オーブの代表首長直々の紹介とギルバートの許可でアーモリー・ワンへやって来た。
 確かにあまり私的な願いを押し付けられない。
 ましてやそれがデートだったりした日には叱責くらいは覚悟すべきだろう。
 少しげんなりとした顔でディアッカは答える。

「いや・・・じゃない。いえそうでは無く、遺品を預けたいのですが。」
「「遺品?」」

 ディアッカの言葉にイザークが眉を顰めた事にミリアリア達は気づかなかった。



「これが?」

 隊長室で見せられた写真立てにミリアリアは注目する。
 何の変哲も無い写真立てだ。何処にでも売っていそうな既製品。
 写真に写るのは美しい、紺と言うよりも藍色に近い艶やかな髪のショートカットの女性。
 彼女に寄り添うように微笑む少年。彼が纏う色彩もまた女性とほぼ同じものであり、母子である事は容易に察することが出来た。
 だが・・・・・・。

「これ・・・もしかしてアスラン・ザラ?」
「ああ、傍らの女性はアスランの母親レノア・ザラ夫人だ。」

 イザークの言葉にミリアリアは顔を曇らせる。
 つまりこれはパトリック・ザラの遺品なのだ。
 彼がどんな想いでこの写真を飾っていたのか。
 それを知る術は無い。

「親父さんなりに家族の事を想ってたって・・・そう思えてならなくてな。
 殆どの物が処分される中、それだけ無理言って取っておいたんだ。」

 たった一枚の写真。
 けれど写真に込められた想いは何にも代え難い物になる。
 ディアッカの言葉で『誰』に渡す為に自分に預けるのかを察してミリアリアは頷いた。

「わかったわ。これは私が預かります。
 議長もご承知頂けますか?」
「勿論構わないよ。だが一度私にもじっくり見せて貰えるかな。」
「はい。」

 ミリアリアが手にした写真立てをギルバートに渡そうとした時、留め金が緩んでいたのか写真立てがバラバラになる。
 部品と共に宙を舞う写真が二枚。
 先程まで気づかなかった二枚目の写真にディアッカ達も目を見張る。

「もう一枚?」
「何だこの写真・・・。」

 くるくると宙を舞い続ける二枚目の写真を手に取り皆驚きを隠せない。
 写真に写る人物は2人。
 その内の1人をミリアリアはよく知っていた。
 写真に写るのは濃い栗色をショートカットに切った柔らかな微笑みを浮かべる少女。
 彼女の腕の中で健やかに眠る紺色の髪の赤ん坊。
 赤ん坊だけならばきっとアスランだと思っただろう。

「キ・・・ラ・・・・・・?」

 見覚えのある少女。
 他人の空似と言うにはあまりに似過ぎているその姿に写真を見たディアッカも息を呑む。
 写真の裏を返せばそこには「マユ」とだけ書かれていた。
 だがミリアリアはカガリが持っていたIDデータを見て知っている。
 オーブの戸籍データ上、ヤマト家に関係する「マユ」という名の少女は死亡しておりキラと同じ色彩を纏っていた。
 けれどこの写真を見る限り赤ん坊が「マユ」と言う名である事はまず間違いないだろう。
 生まれて間もない「マユ」を抱く「キラ・ヤマト」の写真。
 そしてその写真をパトリックが隠し持っていた事実。

「どういうことなの・・・・・・。」

 ミリアリアの呟きが空に溶けた。


 続く 


 大変長らくお待たせいたしました!
 9話目!! ぶっちゃけ言って通常の3話分のボリューム!!!
 マジきつかったです・・・・・・・・・・。
 と、とりあえず今日はUPだけ。
 他の更新はまた後日行います。

 2006.4.23 SOSOGU


 前々から指摘を受けていたのですが・・・対応遅れて申し訳ありません。
 特に長いお話を前後編に分けました。
 これでも表示されない時はご連絡下さい。

 2006.9.25 SOSOGU


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