だいすき! 前編

「たぶんきっとだいじょうぶ」のルルーシュ側のお話。
何故戦争が回避されたのかルルーシュがスザクのところに来たのかの説明とも言う。
 皇歴2017年 日本国 私立アッシュフォード学園クラブハウス内

 香ばしい匂いが特に強く鼻を擽り食欲を刺激する。
 出来上がったばかりの醤油と砂糖で味付けされたごぼうの肉巻きが皿に載せられると作り手は直ぐに別の料理の様子を見ようと鍋の蓋を取った。
 その隙にとアッシュフォード学園の女帝、ミレイ・アッシュフォードはそっと右手を皿へと伸ばした。

「つまみ食いは厳禁ですよ。会長。」
「ルルちゃん・・・背中に目、ついてたっけ?」

 背中を向けながら注意してくるのは鍋をかき回す黒髪の少年。
 ばれているのでは手は出せないと諦めてミレイは手を引っ込める。
 少年は傍らに置いた小皿に鍋の中身を少量乗せるとミレイに差し出した。
 渡された皿の中身を啜りミレイは目を伏せて頷く。
 無言での肯定は問題ない証。少年は大きな水筒に鍋の中身を移し終えると残った料理を器に持ってもう一度ミレイに差し出した。
 既にテーブルの上には十種類ものオカズが並んでいる。
 その一つ一つを大き目のランチボックスに詰めていく少年の手の動きは早い。
 まるで決まっていたかのように定位置に修められ、彩り豊かなランチが完成していく。
 ミレイは手際良く動く少年を見つめながら呟いた。

「ほんっとルルちゃん、育てのパパのこと大好きよね。」
「実の父に比べれば普通の父親も偉大な父へと変貌しますよ。」
「そんな事言って。全く素直じゃないんだから、うちの皇子殿下は。」

 ウィンクするミレイに黒髪の少年、ルルーシュ・ランペルージこと本名ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは日本に来るきっかけを思い出していた。



 * * *



 第五后妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアは百名以上いる后妃の中でも特に有名だった。
 名のある貴族の令嬢ばかりの中、ただ一人庶民出の后妃。正しく述べるのであれば彼女も貴族の端くれではあった。
 一代限りの爵位、騎士候位を持つマリアンヌは皇宮において異端の存在だった。
 当代ブリタニア皇帝の后の数は歴代類に見ないほどに多いにも関わらず子供の数は后妃の数より少ない。
 皇帝に召し上げられても子供に恵まれない后妃も多い中、マリアンヌは皇子と皇女を一人ずつ授かっていた。
 更にマリアンヌの第一子であるルルーシュは皇位継承位を認められていた。
 これは強者が全てのブリタニアにとって更に驚愕すべき事実だった。
 アッシュフォード家が後ろ盾になっているとは言え、彼女自身の身分は低い。后妃の権勢が皇位継承位の高低を決めるのは身分社会の習い。ルルーシュの能力の高さは成長と共に知られるようになったが、継承位十七位は通常ならばありえない高さだった。そもそも認められるとも思われていなかったのだから。
 それ故に彼女を敵視する者は多く、子供達への風当たりは強かった。
 けれどその事は仕方がないと幼いルルーシュは悟っていた。
 出来るだけ母と妹への敵意が和らぐ様に立ち振る舞いには気を配り、出過ぎた真似をしないようにと気を遣っていた。
 しかし、一つだけ何とかしたくてもどうにも出来ない事があった。



 珍しく親しくしている異母兄弟姉妹達が全員集まってのお茶会が開かれた時の事。
 秋が深まり冬も間近になってきた事もあり、話題は自然とルルーシュの誕生日に関するものになった。
 いつも通り内輪でのパーティーにしようと思っていたルルーシュに対し、集まった兄弟の中でも一番上の第二皇子シュナイゼルがティーカップから香り立つ紅茶に満足そうに頷きながら言った。

「ルルーシュが内輪でのお祝いで済ませたい気持ちはわかるよ。
 以前ほどではないにしても未だマリアンヌ様への風当たりは強い。」
「下の兄弟も増えるばかりで君の継承位も生まれた時より落ちていると言うのにね。」

 シュナイゼルの言葉に第三皇子のクロヴィスも呆れた様に相槌を打つ。
 彼らの言う通りである。
 今のルルーシュの継承位は十七位。身分を思えば高いに違いないが前はもっと順位が上だった。
 しかしマリアンヌより身分が高く後ろ盾の貴族の権力の強い后妃達が産んだ兄弟達に追い越されて現在の順位に落ち着いている。
 幼いながらもルルーシュの能力の高さを知る者がおり、継承位の高い兄弟達と親しい事もあるので、この先ルルーシュより優れた弟妹が生まれない限り順位が落ちる事はないだろう。
 複雑な権力争いの中、継承位の低い皇子と皇女は単なる皇帝の座を争うライバルにはならない。
 上位継承者達の権力を確たるものにする為の駒として扱われるのだ。まだ誰の派閥に属すると決めていない上に将来補佐として傍に置くに最適なルルーシュは親しい兄弟達を支援する貴族達にとって是非とも手に入れたい人材だった。だからルルーシュの継承位はこれ以上落とせないと考える者達によって保たれている。
 后妃達からすれば目障りな存在かもしれないが後ろ盾の貴族達あっての権力。彼らの意向を全く無視することも出来ず、今は子供っぽい嫌がらせをしてくる程度なのだ。
 だがしかし、ルルーシュの継承位が保たれている理由はそれだけでも無かったりする。

「しかし兄上、私が聞いた話では・・・。」
「コゥのところにまで話が行っているのか。
 ならばルルーシュとナナリー以外、全員知っていると考えていいのかな。」

 コーネリアの戸惑いの声を遮りシュナイゼルは席についた兄弟を見回す。
 きょとんとした顔のルルーシュとナナリーとは対称的にクロヴィスとユーフェミアがこくりと頷いたのを確認すると、最年少の宰相目前と言われた麗しの第二皇子は深く溜息を吐いて話し始めた。

「きっかけは兄上だったんだ・・・・・・。」


 第一皇子オデュッセウス

 凡庸で冴えないと言うとちと酷いが、良く言うと大らかでおっとりとした皇子は顔こそ父である皇帝にそっくりだが性格は似なかった。
 基本的に態度にさえ気をつければ彼が機嫌を悪くする事はない。
 ルルーシュの様に出過ぎないようにと気遣う弟は寧ろ彼には好ましく映るらしく、挨拶をすればきちんと返し、無理なものでなければ多少の便宜を図ってくれる。アクの強いブリタニア皇族の中では珍しい普通の人なのだ。
 そんな彼だからだろう。皇宮の外にある図書館を利用したくとも出来ないルルーシュに手を差し伸べてくれたのだ。
 ルルーシュはまだ幼いという「建前上の理由」で外に出る事を禁じられている。しかし皇宮にある図書館は皇族や貴族が利用する為に内容に偏りがあった。
 勿論ルルーシュが望めば外から取り寄せる事は可能だっただろうが、既に絶版となっており所在がはっきりしている本は国立中央図書館のみ。しかも持ち出しは禁じられている。
 内容は他愛ない冒険話なのだが、ブリタニアの思想に反する表現が含まれていると言う事がルルーシュに二の足を踏ませていた。
 読みたいなどと知られればマリアンヌを攻撃する事に夢中な后妃達に格好の材料を与えてしまう。
 母を守りたいと思っているルルーシュとしては諦めるしかなかった。
 それで話は終わるはずだったのだが、相手が親しい相手だったからだろう。クロヴィスにその話を愚痴交じりにこぼした事で、彼を経由してオデュッセウスに伝わったのだ。
 偶々ルルーシュが求める本を持っていたオデュッセウスが誕生日も近いしとその本を贈ってくれた上に、誰か信用がおける者が随行する事を条件に父皇帝に外出許可を申し立てようと言ってくれたのだ。
 ルルーシュはそこまではと辞退したのだが、何も考えていなかったオデュッセウスはルルーシュが遠慮した真意に気付くことなく父皇帝に言ってしまったのだ。

 ルルーシュの見聞の為に外出許可を、と。


「ルルーシュが周りに遠慮して言い出せないのだろうと、兄上なりの思いやりだったらしいのだが・・・・・・。」
「なんつー余計な事を。」

 シュナイゼルの言葉にルルーシュはテーブルに突っ伏して肩を震わせた。
 感動の為ではない。怒りの為だ。
 確かにオデュッセウスは心底親切のつもりで動いたのだろうが、権力争いで陰謀渦巻く宮廷内では親切心も時には残酷なまでに弱者を追い詰める。

「それで父上は機嫌を損ねていたのですね。」

 溜息と共にクロヴィスが呟く。
 そして続けられる言葉をルルーシュは既に知っていた。
 予想通り、紅茶を一口飲んで喉を潤わせたクロヴィスはたっぷりと間を置いて言った。

「そろそろ限界だったのだろう。
 良いじゃないかルルーシュ。ヨんであげれば。」
「クロヴィスの言う通りだルルーシュ。
 たった一言で皇帝陛下の暴走は止まる。今直ぐにでも謁見を申し出てヨんで差し上げれば良い。」
「私もそう思う。父君は君の為に誕生日パーティーを盛大に開こうとしている。
 スケジュール調整が必要な私やコゥにまで話が行っているのだ。招待客の数は膨大だろうね。
 兄上には甘えられて自分には甘えてくれない。
 しかも最近は全くヨんで貰えない事が父君の暴走に拍車を掛けているんだ。
 今止めなければ、最近大人しくなっていた他の皇子や皇女、后妃達が『自分達の為に皇帝陛下はパーティーなど開いてはくれないのに。』とマリアンヌ様やナナリーに何をしてくるかわからないよ。」
「そうよルルーシュ! 私も一緒にお父様のところに行ってあげるから。ヨんであげればいいのよ。」
「「「「パパ大好きって☆」」」」
「人ごとだと思って貴方達はっ!!!」


 声を揃えて言われてルルーシュは怒りを爆発させた。



 * * *



 当代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの子供達の中で、皇帝を「パパ」と呼ぶのはルルーシュだけである。
 また逆に、ルルーシュだけがそう呼ぶことを許可(正しくは命令)されている。
 しかしながらルルーシュとしては甚だ迷惑な事であった。
 いい加減パパ呼びから卒業したいというのに皇帝の厳命ゆえにそれが許されない。
 異母弟妹達が生まれ、彼らが呼ぶようになれば自分は開放されると思いきや、皇帝は他の皇子皇女達にパパと呼ばれた途端に不機嫌になり謁見の間から放り出した為、皇帝の怒りを買ってまで「パパ」呼びする皇族は現れなくなった。
 と、同時に生まれるのが妬み嫉みである。

『何でルルーシュだけ。』

 そんな視線が常にルルーシュに付き纏う。
 ルルーシュだって逆に問いたいくらいだ。
 ただわかっているのはルルーシュが記憶に無いくらい幼い時、呼び修めの為に皇帝に謁見した事がきっかけだという事だ。

【パパv】

 本当にハートマーク付きだったのかは甚だ疑問であるが、幼く可愛らしいルルーシュにそう呼ばれた事がいたく皇帝のツボを突いたらしい。
 以来、皇帝はたまにルルーシュのご機嫌を取ろうとする。

 全ては『パパ』と呼んで甘えて欲しいが為。

 けれど成長したルルーシュは謀略渦巻く宮廷内で揉まれて少々捻くれて育ってしまった。
 序でにプライドも人一倍高い。
 そんなルルーシュには皇帝のご機嫌取りの為だけに「パパ」呼びするのは自身の価値を貶めるように思えるらしく、滅多な事では皇帝の前に現れようとしない。
 故にその希少なルルーシュの笑顔と甘えが欲しくて皇帝は折を見てはルルーシュを呼び出す機会を探っているのである。
 外出など以ての外。宮廷から出せばその間に来るはずのチャンスが消えてしまうかもしれない。
 そんな皇帝の意向によりルルーシュは異母妹のユーフェミアや実妹のナナリーよりも外に出る機会が少なく、時間も制限されていた。
 いっそ始めからナナリー達の様に「お父様」と呼べていれば要らぬ恨み辛みも買わなかっただろうにと、幼いルルーシュに「パパ・ママ」という言葉を教え込んだマリアンヌがちょっぴり恨めしくなる。

『だってママって呼ばれたかったんだもん☆』

 一度問い質した時、マリアンヌの言葉はあっけらかんとしたものだった。
 ママ呼びの次は「お母さん」もしくは「お母様」、「母上」はむず痒いから呼ばせないと自分の好みで子供に呼び方の注文をつけた母は今も若々しく美しい。
 いやいや、良く考えれば年甲斐もなく「パパ」と呼ばれたがる皇帝に問題があるのだろう。
 互いに納得しているのならば別にルルーシュも文句は言わない。
 しかしながら一方が嫌がっているにも関わらず強制している父親にルルーシュは溜息を吐きたくなるのだ。

「と、言う訳でして。」
「どういう訳なのか言いたい事がよくわからないけれど、貴方の悩みが陛下が企画しているパーティーだという事はわかっているわよ。」

 溜息と共にルルーシュが吐き出した言葉にマリアンヌは優雅に紅茶を啜りながら答える。
 何時だって余裕のある笑みを絶やさない母。
 強くて頼りになる女性ではあるが、アッシュフォード家の影響か何につけても面白みを追及する癖がある。

《父上を『パパ』呼びさせたのだって面白がっていたに違いない。》

 前例が無いなら作れば良い。自らがナイトメアのテストパイロットであった事を理由に、宮殿内をガニメデで散歩するマリアンヌに誰もが度肝を抜かれたが、宮殿内を荒らすことなく動き回るナイトメアの有用性が再確認され、宮廷内の警備にナイトメアを組み込む計画が進んでいるという。
 トンでもない発想で行動する母のお陰で宮廷の警備が強化された点は賞賛されるべきことだろうが、后妃らしくはないとルルーシュも思う。
 しかしながら今は彼女のトンでも発想が頼りだ。

「わかっているなら是非とも知恵をお借りしたいんだけど、母さん。」
「良いじゃない。放っておいても。」
「放っておいたら皇帝の聖誕祭かと思うほどのパーティーを開かれてしまうじゃないか!
 漸く最近は特に煩かったガブリエッラ后妃も大人しくしているのにまた取り巻き引き連れて厭味だけでなくナナリーを苛める為に来る可能性が高いんだよ!?
 いや、ガブリエッラ后妃だけなら良い。大体母さんに喧嘩売ったことのある后妃が何人いると思ってるの。」
「手足の指の数だけじゃ絶対足りないわね☆」
「后妃が108人もいる浮気性の父上のお陰でね。」
「私、結構早い方だったものね〜。それでも5番目。」
「それだけで嫉妬を受ける理由満載だよ。+αが僕とナナリーが生まれた事だし。」
「オプションで陛下のルル贔屓?」
「原因作った本人がのほほんと言ってないで考えてよ!」
「だから放っておけばいいじゃない。それとも陛下の気が済むまでパパって呼んであげれば?」
「僕は人形じゃない! そんなに聞きたければ録音しておいて延々とリピートさせていればいいじゃないか。」
「わかってないわね、ルル。声だけじゃ萌えないわよ。
 ここはルルが円らな瞳で陛下を見上げて、ちょっとだけ首を傾げて微笑みながら「パパv」って呼ぶことが大事なのよ。ただ呼ぶだけじゃなくて情感込めてハートマークを忘れないようにする事が重要な萌え要素なんだから。」
「萌えなんて求めないで欲しい。大体そういうものは息子じゃなくて娘に求めるものじゃないか?
 ナナリーとユフィがいるじゃないか。」
「普段ツンツンしている慣れない黒猫がふとした瞬間に見せる甘えが貴重なの!」
「僕は猫か? それ以前に飼うなら犬だろ。」
「母さんは猫の方が好き☆ ルルそっくりだから。」
「ふざけてないで有効な対策方法を一緒に考えてよ。」
「まぁ、ルルってばまた目を吊り上げちゃって。
 確かに陛下の愛は貴方には重いかもね。少し距離を置いた方が良いかもしれないわ。」
「此処まで話して漸くその結論が出たんだ。遅すぎだよ母さん。」
「でもね。距離を置くためにもルルには余計なプライドを捨てて貰わないといけないのよ。」
「必要最低限のプライドしか持っていないけど。」
「まだまだよルル。貴方は生きる為には捨てなくてはいけない事があるとわかっていない。
 貴方に必要なものを得る為には、どんなに嫌な事でも笑顔でこなす精神力が必要なの。」
「母さん、哲学はどうでも良いからわかり易く言ってよ。」
「ぶっちゃけ言って良いかしら?」
「今まで遠慮していたように見えないけど、どうぞ。」
「パパにおねだりしなさい。」

 ぶっ!!!

 マリアンヌの言葉にルルーシュは紅茶を噴出す。
 気道に少し入ってしまったらしく暫しケホケホと咽てから叫んだ。

「それがイヤだって言ってるじゃないか!!!」
「ルルのプライドが許さないから?
 『パパv お願いvvv』っておねだりする自分が気持ち悪いから??
 そんな事言っている時点でルルはプライドを捨てきれていないのよ。」
「人間捨てちゃいけないものもあると思うけど。」
「捨てる勇気が必要って事よ。
 一時我慢すれば薔薇色の未来が広がっているならお母さんは3日間ナイトメアに乗らない誓い立てても良いと思ってる。」
「随分安い代償だと思うけど?
 僕のプライドをオヤツお預けと同じレベルにしないで欲しい。」
「お母さんね、今度日本に行く予定なの。」
「急に話を変えないで。先に僕の話に結論出して。」
「変えてないわよ。ルルの為になるから話してるの。
 日本は世界一のサクラダイト産出国。ナイトメアフレームには欠かせないこの鉱物の精製技術に関しては他国に追従を許さないこの国で、ナイトメアフレーム製造技術に突出したブリタニアとの共同プロジェクトが行われているのは知ってる?」
「ああ、シュナイゼル兄上の道楽で作られた特派ですね。
 相当変わり者の研究者だったと記憶しています。一度会った事がありますよ。」
「彼らの研究を視察する目的も兼ねて私に日本行きの命が下っているの。
 目的は邪魔な私を追いやってその間にルルとナナリーに嫌がらせしてストレス解消をしようとする貴族の思惑も絡んでるらしいんだけど・・・。」
「さらっとヤな情報を言わないで。憂鬱になるじゃないか。」
「ナナリーだけならコーネリアに預ければ大丈夫だと思うのよ。
 常にユフィが傍にいることになるだろうから彼らも第三皇女を巻き込んでまで嫌がらせはし辛いでしょうしバレたらコーネリアが只じゃ置かないから。」
「僕が残ると姉上には預け難いって事だね。」
「流石の私もガニメデで海を越えて二人を助けに行くのは難しいから。」
「でもナナリーはともかく僕達は? 視察の護衛の中に刺客を潜り込ませてくる可能性もあるんじゃ・・・。」
「それは大丈夫だ。」

 ばくり もっちゃもっちゃ

 声が掛かると同時に何かを口にくわえ咀嚼する音が響く。
 振り向くまでも無く音の発信源が何なのかを理解したルルーシュは苛立たしげに言った。

「歩きながらピザ食べるなこの魔女が。」

 振り向かずに話を始めるルルーシュに対し、声をかけた少女は怒る様子も無く黄緑色の長い髪を揺らしながら二人のつくテーブルへと手にしたピザを置いた。
 Lサイズのピザの三分の二以上が既に消えている。
 まだ暖かそうな湯気が立っているところからして届いてからそう時間は立っていないだろう。
 状況からして間違いなく殆どが少女の腹に消えたとわかり見るだけでゲップが出る。
 そんなルルーシュの心が推測できたのだろう。少々意地悪く笑いながら少女、C.C.は答えた。

「ピザは魔女の主食だ。常日頃から働いているのだからこれくらい多めに見ろ。」
「お前がいつ働いているっていうんだ!?
 毎日毎日僕の寝室のベッドの上でごろ寝しながらピザを食べ続けているだけじゃないか!
 お陰で部屋がチーズ臭いしこの間なんてピザの具がベッドに落ちてたぞ!?
 人のベッドを汚すな自分の部屋で食べろそもそもピザ代ぐらい自分で払えっ!!!」
「目に見える成果しか評価出来ないのではまだまだだな。」
「何!?」
「ルル、落ち着きなさい。
 C.C.はちゃんと働いているわ。この間の毒蜘蛛騒ぎだって仕掛けられて直ぐに気付いたのは彼女のお陰なのよ?」
「人の気配には敏感なんでな。コレまでもお前が気付かないだけで未然に防いだ事件は多い。
 お前が今この場で無事に紅茶を飲めているのも全て私のおかげ。
 わかったらピザを一ダース、感謝を込めて奉納しろ。」
「食い過ぎだ。何であんなに食べて太らないんだ・・・。」
「頼もしいボディーガードでしょう?
 実は格闘でも結構な腕前だし、彼女がいれば大丈夫。
 敵意に敏感なC.C.に日本行きについて来てもらうから安心してv」
「そんなに優秀ならナナリーにつければ良いじゃないか。」
「・・・私も何かと狙われる身でな。この間もストーカーが一人。」

 言われてこの頃うろちょろしていたバトレー将軍の姿を思い出す。
 禿げ上がり太陽を反射する頭から流れる汗をふきふきアリエス宮周辺を歩き回る姿を誰もが知っていたが、バトレーは知られていないと思っているのか時々ルルーシュに会うと「散歩の途中でして。」と苦し紛れの言い訳をしていた。
 害意は感じられない。少なくともルルーシュやナナリーに対し彼は心からの敬意を払っていた。
 だから放って置いたのだが、彼の目的がC.C.であるのならば周辺をウロつきながらも無理に入って来れないのは理解できる。

「お前何かやらかしただろ。」
「失礼な。私の美貌に惹かれてきたんだ。」
「C.C.の秘密を探りたがっているのよね〜♪」
「神秘と言うにはあまりにくだらないな。幾らピザを食べても太らない体質はバトレー将軍にはさぞ魅力的かもしれないが。」
「お前は私の持つ秘密がそれだけだと思っているのか。」
「他に何かあったとしても僕は興味ない。」
「ふん。まあいいだろう。
 下手にモルモット同然に調べようとする奴よりは興味を持たないお前の方がマシだ。」
「じゃあボディーガードはC.C.にお願いしましょう。
 後はルル次第ね。」
「僕にだってプライドはあるんだ。それを尊重してくれてもいいだろう?」
「わかってないわねルル。これから私が行くのはブリタニアの外なのよ?
 それはつまり・・・・・・。」

 皇帝の手が届き難いパラダイス

 マリアンヌの言葉にルルーシュははっとする。
 ウザさ万倍の皇帝のおねだりを跳ね除けしつこくチェスの勝負もしくは絵のモデルを強要するクロヴィスもやってこない。訓練と称してたまにルルーシュにスパルタ教育を施しにくるコーネリアもちくちくチェスで意地悪しつつルルーシュに政治の暗い部分ばかりに偏った授業をするシュナイゼルも流石に視察の邪魔はしないだろう。
 ・・・彼らなりに愛があるのだろうとルルーシュも理解している。
 けれど理解と感情は別物だ。
 彼らとの距離を取る事はルルーシュにとっても大切な事だと思える。
 しかし・・・・・・

「具体的に父上にどう言えと。」

 聞きたくないと想いつつルルーシュはマリアンヌに尋ねた。

 ―――答えは何となくわかっていたけれど。



 続く→