だいすき! 後編
 さて目の前にこっそり(本人的にはそう思っている)贔屓している子がいます。
 ずっと自分の前に姿を現そうとしなかった我が子が謁見を申し込んだと聞いて、謁見受付係に特例で順番を繰り上げるように命じスキップしながら玉座に座ろうとする皇帝に侍従が必死に押し止めていつも通りに玉座に座らせた。
 名を呼ばれズラリと並ぶ貴族達の前を歩く黒髪の皇子は凛としており、僅かな時間ではあるが会わなかった間に確実に成長していた。
 皇帝の前にやってくると足を止め、実の父を見上げながらルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは声を張り上げた。

「皇帝陛下、お願いの議があり参りました。」

《パパと呼べと命じたのに!》

 最初の一言でルルーシュの言葉を遮ろうと思った皇帝陛下。
 けれどこっそり侍従が視線で制する。

『殿下は大人の階段を上りたがっている年頃なのです。
 公式の場では皇帝陛下とお呼びすることを許して差し上げてはどうでしょう。』

 そう言って侍従の一人が諌めたのは一体何時の事だったか。
 即座に「そんなもの上らんでいい!」と叫んだ皇帝にそれくらい上らせてやれよと突っ込みたくなりながらも侍従達は辛抱強く進言し続けた。
 根気良く皇帝を諭した侍従も何もルルーシュの為に言ったわけではない。
 公式の場でパパと呼ばれているのを見られては皇帝の威厳と共に大国としての威光も損なわれてしまうと思ったからだ。
 何にせよ一度は承諾してしまった以上、シャルルには何も言えない。
 ちょっぴりこめかみピクピクさせながら重苦しい声でルルーシュの言葉に応えた。

「申してみよ。」
「現在陛下主催で準備を進められているパーティーの中止をお願いしたく存じます。」
「ルル〜シュ。お前の誕生パーティーをお前自身が中止せよとはどういう了見だ。
 仮にも皇帝主催のパーティーをお前の一存だけで中止する事は許されん。
 それとも何か理由があると言うのか?」
「はい、親しくさせて頂いている方々の都合を合わせる為に現在忙しくされている事。
 何より皇帝陛下主催のパーティーは我が身には過ぎたお心遣いと存じます。」
「だから私に命じるのか? 皇帝たる私に。」
「いいえ、僕にはただお願いする事しか出来ません。」
「ならばお前の願いは聞けぬな。下がるが良い。
 お前は招待客の再確認でもしていろ☆(そしてお礼に私をパパと呼べv)」

 ちょっぴり頬が染まる皇帝陛下。
 表情は相変わらず荘厳だがホッペを見るとその言葉の微妙なニュアンスが読み取れる。

《《《何か心の声が聞こえた気がする。》》》

 そうは思っても突っ込めない。
 互いにお尻や手を抓り合い突っ込みを我慢する貴族達。
 けれどルルーシュは下がらなかった。

「皇帝陛下の手を煩わせたくは無いのです。
 それに、その・・・パパにもう一つ・・・・・・。」

《《《あれルルーシュ皇子が何かモジモジしてる。》》》

 貴族がルルーシュの異変に気付いた瞬間、ルルーシュはハッとした表情で口を噤む。
 公式の場であるというのにルルーシュの方から「パパ」と呼んだ。
 その言葉をしっかり聞き取った皇帝はちょっぴり機嫌を良くしながら言葉を掛ける。

「呼び方はそのままで良い。
 まだ何かあるのならば話せ。」
「は・・・はい。
 次の春に母さんが日本のサクラダイト精製工場へ視察に行くと聞きました。
 パーティーは、その、魅力的ではあるのですが。
 どうか僕に視察への同行を許可して頂きたいのです。」
「ブリタニアから出ると言うのか!? しかも日本へ。
 お前は情勢がどうなっているのか知らないのか。」
「お叱りを頂くとわかっております。
 ですがナイトメア製造に欠かせないサクラダイトの知識を本だけでなく実際に見て吸収してみたいのです。
 これは僕の我侭です。その我侭を押し通すにはそれなりの代償は必要でしょう。
 皇帝陛下主催のパーティーを辞退させて頂くのはその為でもあります。」
「それほどまでにマリアンヌの視察について行きたいと。」
「視察だけで終わるつもりはありません。他国の文化に直に触れるチャンスでもあります。
 后妃一人が行くよりも僕がついて行くことで悪化しつつある日本との関係を改善する切欠になるかもしれません。」
「ブリタニアの為でもあると。」
「はい。パパの。」

 言ってルルーシュは微笑みながら皇帝を見上げた。
 恥らうような笑みに皇帝は身を乗り出す。

《《《二回目のパパ呼びキた―――!!!》》》

 貴族達は既に気付いていた。
 これがルルーシュの演技だと。
 あのプライドが高いルルーシュが、パパ呼びを嫌がって逃げていたルルーシュが、ブリタニアから出る為にプライドを捨てておねだりしている事実に皆驚愕する。
 また同時に彼がそれほどまでに願うのであればそれくらい許してはどうかと思い同情交じりの視線を送る。
 自分に視線が集まるのを感じ、皇帝も流石に考え始めた。

《どうする・・・・・・。
 このままマリアンヌと共にルルーシュを出して何かあったら。
 護衛をナイト・オブ・ラウンズから選抜して同行させるか・・・それとも許可せずにパーティーを催した方が。》

 そこまで考えて視線をルルーシュに戻すと期待の篭ったウルウルおめめで見上げてくる存在が映りこむ。
 さて考えてみよう。

 ばっさりと断る→大嫌いと言われて去ってしまう可能性大(パパと呼んでくれなくなる可能性も有)
 快く許可を出す→状況から確実に喜ばれる(何かしらのオプションが付く可能性有)

 ぴきーん

 答えは出た。
 重々しく頷いてパーティーは特別許可を出す代わりに中止にする事、マリアンヌと打ち合わせてスケジュールの申請を出す様にと答える皇帝にルルーシュは破顔する。

「有難うパパ! 大好きです!!!

《《《大好きオプションキた―――っ!!!》》》

 ざざっと視線だけでなく身体の向きまで皇帝に向けた貴族達。
 予想通り視界に映るのは今にも玉座から駆け下りそうな皇帝とそれを必死に押し止めようとする侍従と護衛の姿。
 しかしルルーシュなそんな父親の姿に動じる事無く優雅に一礼する。

「それでは皇帝陛下。僕はこれで失礼させて頂きます。
 春近くになりましたらまた謁見を申し込む予定なのでそれまでにご希望のお土産をお考え頂けると幸いです☆」

《《《ラストにお土産宣言か・・・完全にマリアンヌ后妃の入れ知恵だな。》》》

 いつも優雅に微笑む第五后妃の姿が思い出される。
 まだ幼いが故の直情的な部分が災いして皇帝の攻撃(パパ呼び強制)を受けていたというのに、今回の逆にそれを利用して皇帝を操るその姿はいつものルルーシュではない。
 いきなり方向転換する理由が直ぐに思い当たらないのであればマリアンヌが絡んでいるのはまず間違いない。

 さてどうしたものか

 上手くルルーシュを陣営に引き入れるか。
 それとも何処かに引き込まれる前に抹殺してしまうか。
 萌えに悶える皇帝を横目に貴族たちの悩みが一つ増えた。



 * * *



 皇歴2010年3月下旬

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは初めての自由を満喫していた。
 正しく自由というのは語弊があるかもしれない。
 けれど生まれてから約10年間で、彼にとって最も束縛の少ない日々が続いていた。
 その僅かな自由が終わろうする最後の日、ルルーシュはマリアンヌと共に日本国首相枢木ゲンブの接待を受けていた。

「cherry blossom・・・ですか?」

 不思議そうに問うルルーシュにゲンブは僅かに微笑み頷いた。
 二人のブリタニア皇族の目的がサクラダイト精製工場の視察であり、既に目的は果たされている事はゲンブとて知っていた。
 だが二人をこのまま帰すわけにはいかない。
 日本の有益性だけを示したところで皇帝の征服欲を刺激するだけである。
 ここは皇帝に進言できる人間に日本の文化や民族意識を伝え、侵略戦争を仕掛ける事が最終的に不利益になるのだと伝えさせねばならない。
 勿論これまでのスケジュールの中でも日本古来の伝統文化に触れる機会は多分にあった。
 その最終仕上げがこの時期にしか見られない日本を象徴するものの一つをゲンブ自身が案内することだった。

 観桜会

 要はただの花見には違いない。
 幾つかの桜並木を歩かせるだけならなんて事はなかっただろう。
 けれどルルーシュ達が案内されたのは日本でも数少ない桜だった。

「これは・・・!?」

 ごつごつとした枝から伸びる小枝の先に咲く可憐な花。
 幹の無骨さと花の儚さのアンバランスさと存在感に圧倒されルルーシュを大きく口を開けて示された桜を見上げた。

「枢木首相、こちらの桜は?」
「樹齢千年と言われている桜です。最もこの桜は実際には六百年から七百年ほどではないかと樹木医に言われておりますが・・・通常桜の樹齢は四百年程だそうです。
 勿論桜の品種は沢山あるので樹齢はまちまちですが。樹齢二千年と言われる神代桜をご覧頂こうかと思いましたが現在はまだ樹木医による治療中の上に警備の問題上ご案内出来なかったのです。」
「お気遣い感謝します。他にも桜があるとの事ですが?」
「桜の名所は数多いのですが国民の多くが桜を好む傾向にあるので中々・・・ブリタニア皇族の方々のお目に適う桜には観光客が押しかけてしまいどうしても警備が難しくなりますね。」
「下手に規制をかけて締め出せば反感を買うほどに好かれていると?」
「その通りです。ここは一般人には公開されていない秘められた桜の名所なのです。」
「まぁ、日本人の皆さんに恨まれてしまいそうですわね。」

 くすくすと控えめに笑うマリアンヌとゲンブの話などルルーシュは聞いていなかった。
 淡いピンク色の花びらが青い空に映えて心が吸い込まれてしまいそうになる。
 そう、ルルーシュは自覚していなかったが確かに感動していた。
 この花を大切な人達全てに見せてあげたいと心から願うほどに。

「桜に関する物は日本には多いのですか?」
「勿論です。そうですね・・・まず一番身近なのが財布の中身でしょう。」
「財布?」
「百円硬貨の表は桜がデザインされています。一年中桜が見られますよ。」
「一年中・・・ですか。」

 苦笑しながら答えるマリアンヌに手ごたえを感じたのかゲンブは更に言葉を続ける。

「他にも紋章に桜が使われることが多いですね。
 桜を使った和菓子や染物なんかもあるのでお土産にはこちらが最適かと。」
「見て回る時間がないのが残念ですわ。」
「そんな事もあろうかとこちらで幾つかご用意させて頂きました。
 桜で染めた反物や桜の香水、桜を使った菓子もあります。
 そろそろ休憩の時間ですね。お茶と共にご覧に入れましょう。」

 ゲンブの言葉にマリアンヌは頷くと桜を見上げたまま動かないルルーシュに声をかけた。
 けれど振り向こうとしない息子に首を傾げながら肩に手を置き揺さぶる。

「ルル。そろそろ戻るわよ。」
「・・・母さん。」
「どうしちゃったの。」
「また、観に来れるかな。」

 ナナリーも一緒に
 ううん 皆と一緒に

 安らいだ目で問うわが子にマリアンヌは連れて来た甲斐があったと嬉しくなった。
 周囲の多くが敵となるあの宮廷でルルーシュは全てに対し懐疑的になっていた。
 けれど今、ブリタニアから出た事で別の価値観を見つけようとしている。

《無理して連れ出したのは良かったのね。》

 母として手を握り頷き「いつかきっとね。」と答えると子供らしく頷くルルーシュは漸く歩き出した。
 時々後ろを振り向きながら咲き誇る桜との別れを惜しむようにゲンブ達の許に来た瞬間、護衛のくせに国家元首相手にタメ口で問う魔女が一人。

「ところで桜を使ったピザはあるか。」
「いえ・・・それは流石に。」
「人の感動ぶち壊すなこのピザ魔女がっ!!!」

 思わずルルーシュが怒鳴るのも無理はなかっただろう。



 * * *



 過去を振り返り17歳になったルルーシュ・ランペルージ、否、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは溜息を吐いた。
 あの時はまだ平和と言えば平和だった。
 ルルーシュ的には。
 全てが変わってしまったのは視察後、帰国して真っ先にした父皇帝への報告の瞬間である。

『最終日に観た桜がとても綺麗でした。
 また来年、今度は皆と一緒にあの桜を観に行きたいです。』

 報告そのものは事務的なものだが、最後の最後で告げた感想にも似た願い。
 ルルーシュとしては、来年は無理でもまたいつか自分一人でブリタニアを出る時のための決意の表明でもあった。
 そして『皆』とはマリアンヌやナナリー、親しくしている異母兄弟姉妹を示しているのであり父親であるシャルルは頭数に入ってはいなかったのだが皇帝はそうは思わなかった。

『そうか、パパ達と観たいか。』

 ん?

 この返事にルルーシュは一瞬引っかかったが皇帝至上主義の帝国で否定するのは難しい。
 たいした事じゃないと判断し儀礼的に微笑み頷くルルーシュを誰が責められるだろう。
 世界の三分の一を占める大国の皇帝の権力の巨大さと、思考の恐ろしさを理解していなかったのはマリアンヌとて同じだったのだから。
 その後の事は宮廷に出仕している全員が知っている。
 皇帝は日本に二人が観賞した桜の移植を強要したのだ。
 何処をどう勘違いされたのか、日本とブリタニアの双方で皇帝の要望がサクラダイトの供給量の増大と報じられ、本当の要求である桜の移植は桜そのものへの負担と国民性の関係から拒否され戦争への準備が始まったのだ。
 無知だったと言わざるを得ない。
 予想する事も不可能ではなかったはず。
 そう考えるとルルーシュは責任を感じずにはいられなかった。
 周囲の誰もそんな理由で戦争を始められようとするなんて思わなかったのだからルルーシュだけを責めるつもりは無いが彼自身が原因である以上、皇帝を止められるのはルルーシュである事を皆理解していた。
 悩み続けるルルーシュに遂に決断したのか。
 母マリアンヌは握りこぶしを作り叫んだ。

『ルル、家出・・・いいえ、宮出しましょう。』
『母さんそれは一般的に出奔と言うんじゃ?』

 思わず突っ込みを入れるが確かにマリアンヌの言う通り皇帝を諌める必要がある。
 一部の貴族達はノリノリで一部の実業家達は苦々しい顔で皇帝の命に従って動き始めている。
 第二皇子シュナイゼルへの日本にいる友人からの戦争回避の為の助力を申し出る声があったが、シュナイゼルとて今の皇帝を諌め止める事など出来ないだろう。
 確実且つ現在ルルーシュに取れる方法はそれしかないと頷くとマリアンヌは一気に考えを話し始めた。

『ここは置手紙をするべきね。
 何故貴方が出て行ったのかをわからせる為に。』
『と言っても行く当てがないのにどうやって。』
『C.C.に日本に連れて行ってもらいなさい。
 国外へ出るまでは私が目くらまししてあげるから。
 何処にいるかはわからなくても日本にいることを仄めかせておけば無闇に攻撃は出来ないでしょう。
 手紙書いてあげるからC.C.は枢木首相に手紙を上手く渡してね。』
『枢木首相のところじゃあっという間に見つかっちゃうよ。』
『そこはソレ。ルルの腕の見せどころよ。
 お母さんそっくりの可愛い顔と魔性の魅力で適当な人材を見繕って落としなさい。』
『無茶苦茶な・・・。けど暫くは日本国内を逃げ回るのが一番か。
 荷物は最小限で用意するから母さんは最低限の資金の用意を頼むよ。』

 思い切りの良さは母親譲りか。
 あっさり頷き立ち上がるルルーシュにマリアンヌは嬉々として執事を呼び出す。
 暴走を始めた后妃に動じることなく後ろ盾のアッシュフォード家への連絡を進言する部下の姿にルルーシュは年齢に合わない深い深い溜息を吐き呟いた。

『普通の父親が欲しい・・・・・・。』



 今とあの時と溜息は変わっていない。
 理由は今現在態度が変わらないと聞いている皇帝のせいである。
 漸く手に入れた平穏を壊されては堪らない。
 あの日、ルルーシュとC.C.が訪れた居酒屋にスザク達がいたのは偶然だった。
 さてどうやって周囲にばれない様にゲンブとコンタクトを取ろうかと悩んで入った店はピザ専門店が既に閉店、もしくは子連れでの入店を断っているが為に選んだところだった。
 最初はピザがなければ動かないと踏ん反り返る名義上保護者となっている魔女の望みを叶える為だった。
 けれど偶然見かけたロイドの姿に人目を忍ぶ旅に疲れていたルルーシュは一気に覚醒し優秀な脳をフル回転させ始めた。繋がりは少ないながら、視察の為に彼がサクラダイトを大量に使用したナイトメアの研究をしている事、その研究にゲンブの一人息子が関わっている事を思い出し、ロイドを上手く使ってゲンブに繋ぎをつけようと思っていたのだが・・・何やら顔を顰めて近寄ってくる青年が一人。
 青年というよりまだ少年と言うべきだろう。顔立ちにプラスしてクリクリとした鳶色の天然パーマで幼く見える。うっすらと頬を染めているところを見ると彼は酔っている様に見えた。
 だが本人は素面のつもりらしく生真面目な顔でC.C.とルルーシュに説教を始める中、C.C.はピザを食べる手を止めてニヤリと笑った。
 ルルーシュには彼女が少年に何をしたのかはわからなかった。
 だが目の前の少年が何かを叫んだのを切欠に立ち上がりルルーシュの手を引いて店を出た時にはただただ驚くばかりだった。
 誘拐されるのかと思い助けを求めるべく周囲を見回すと何故か平然とした顔でC.C.がついて来ている。
 事態を飲み込むべくC.C.に問えば歩きながら彼女は答えた。

『先程この男と契約した。私が迎えに来るまでコイツと共に暮らせ。
 安心しろ今のところ安全だ。何しろこの国の首相の息子なのだからな。
 私は先程の白髪男を引っ叩いてマリアンヌの手紙を渡しに行ってくる。』
『僕はどうすればいい!?』
『何が何でもその男に保護者をさせろ。
 マリアンヌに習った通り、ロールケーキ頭を篭絡した時と同じ手を使え。
 もしくはパターンBで泣き落としの方が良いかもしれんな。
 万が一、失敗すればこの国は滅びお前はブリタニア皇宮に一生閉じ込められロールケーキの望むままに動かなくてはならなくなる。』

 

 言われてルルーシュは息を呑んだ。
 対外的には皇帝による愛息子の保護だろう。
 しかし実質的には軟禁状態と変わらない。
 それだけは嫌だと叫ぶ前に黄緑色の髪をした魔女が嗤った。

『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。覚悟を見せろ。』

 頷くしかない。
 何としてでも成功させなければルルーシュの一生はお先真っ暗だ。
 了承の意を示すとC.C.は口元を綻ばせ突如方向転換。

『ではやるべき事をせねばな。私は店にピザを取りに戻る。』
『ってちょっと待て!? お前の優先順位一位はピザ不動かぁっ!!?』
『当たり前だ。ピザは魔女の主食であり唯一のエネルギー源だからな。』
『まてこら! お前一応僕の護衛だろうっ!?』
『先程契約成立した瞬間より護衛の任はその男が引き継いだ。
 後はお前の腕次第。死ぬなよルルーシュ。私はピザを引き取ったら手紙を内閣に渡してマリアンヌのところへ行く。』
『ふざけんな―――っ!!!』

 叫んだところでC.C.は戻ってこない。
 ここから先は本当にルルーシュ一人。
 僅か10歳で異国の地に一人放り出された箱入り育ちの皇子様にとって最大のピンチだ。

《ああ、覚悟は出来ているさ。覚悟は!
 後には退けないんだ。何が何でもこの男を懐柔してやる!!!》

 きっと見上げれば半ば意識を飛ばしいてるように見える鳶色の髪をした少年。
 ただただ歩き続ける彼が目指すは純和風の家。



「意外とあっけなかったけどな。」
「なーにルルちゃん?」
「何でもありませんよ。」

 再びぺちりとデザートの林檎に伸ばされたミレイの手を払いのけるとルルーシュは詰め終わったランチボックスの蓋を閉めた。
 残されたのはから揚げの残りが幾つかとおにぎりの残り、切り分けたウサミミりんごが二切れほど。
 それらを一つの皿に集めてミレイに差し出すとルルーシュは緑茶の缶を取り出しボックスと一緒に籠に入れた。
 今度こそ遠慮なく手を伸ばすミレイをルルーシュも止めない。
 今回は既に二人分詰め終わっており残ったおかずはクラブハウスの厨房を貸してくれたミレイへのお礼なのだ。

「う〜んv ジューシー!
 揚げ加減が絶妙なのよね。ルルちゃんのから揚げ☆
 おにぎりの具は平凡なのに握り加減も形は崩れず食べればほろり、プロ級の腕前で塩加減もベストだし。
 りんごも形は綺麗だしちゃんとレモン汁で変色抑えてるし糖度も高いの選んだわね〜。
 素材への拘りも伺えるわ♪」
「お褒めの言葉有難うございます。
 ですが当然ですよ。あの人に倒れられたら俺は即日ブリタニアに連れ戻されかねないんですから。」
「へ〜。激マズとんでも料理って言っても毒物混入されているわけじゃないんだから死なないと思うけど?」
「健康を損なった状態にはなるでしょう。
 そんな中、17歳の男と10歳の子供では例え首相の言葉があってもどちらも庇護が必要だと引き離されてしまう。」
「お弁当を作り始めたのは10歳の時からでしょう。
 普通だったらコンビニ弁当でも買わせて終わりよ。」
「情に訴えるには手作りが一番です。一般常識を持つ相手には意外とこの手が一番効くんですよ。」

 答えながらルルーシュは流れるような作業で余った食材を冷蔵庫に入れ直す。
 一部出来かけに見えるのは下拵えだけで終えたものだろう。
 つまり、彼はまた此処で食事を作る予定なのだ。
 恐らくは彼と義理の父親の夕食になるもの。
 見たところお浸しと浅漬け。ブリタニアの宮廷料理に慣れている彼が日本食に拘るのは父親の嗜好に合わせているから。
 意外と凝り性のルルーシュがお手軽な出汁の素や人工調味料を使わないこともわかっているミレイはにやりと笑う。手間省きの調味料を一切使わないとなると相当時間と手間が掛かる。
 無駄な事を嫌う彼が見え見えの言い訳を使うルルーシュにほほえましさを感じる。

「最初はおにぎりだけのお弁当で? 狂喜乱舞するパパの為にしてはその後のレベルアップが早すぎると思うんだけどな〜♪
 たまには素直になりなさいな皇子殿下。
 切っ掛けはやっぱりアレ?
 初の運動会パパと二人三脚奇跡のTOP奪取&大ボケ事件?
 初の誘拐未遂体験パパはサイボーグ事件?
 それとも初のこどもの日こいのぼりから奇跡の生還事件?
 初のパパはサンタ涙の突っ込み事件もあったし、それからぁ。」
「勝手な推測は止めてもらえますか会長。」
「いいじゃな〜い。
 世間一般のパパとは少しどころか359度違う実のパパにウンザリして本国から飛び出してきたんでしょ?
 で、日本のパパとは上手くやってるルルちゃんの成長を心配しているのは私だけじゃないのよ。」
「クロヴィス兄さんの差し金ですか、それとも姉上?
 もしかしてユフィ・・・いや、シュナイゼル兄上辺りかもしれませんね。」
「残念! マリアンヌ様とナナリーよ☆」
「二人には幾重にも中継を経て帝国の目を欺いた上で手紙を送っています。」
「第三者から見た様子も知りたいのは母と妹としては当然でしょう。
 それにクロヴィス殿下とはもう会ってるじゃない。」
「外交官に任じられたくせにまともに仕事をこなせていないからと言って、7歳も年下の弟に実務の代行を頼みますか普通。」
「普通じゃないのはルルちゃんでしょ。
 17歳の高校生なのに大国の外交官の仕事こなせるその外交感覚とスキルの高さはありえないわ。
 クロヴィス殿下に泣きつかれたからってロイドさんにカモフラージュを頼んでまで手伝う必要ないんじゃない?」
「断れば皇帝に居場所をバラすと脅されればこちらには従うしか手がありません。
 ロイドは基本的に研究が出来るさえ環境さえ整えば状況を楽しむ事を優先する人種。
 日本との戦争回避が確定したとの連絡が無い以上、この国を離れる事は責任放棄になります。」
「だったら反省して賭けチェスなんてするんじゃないの。
 それが原因でバレたんでしょ。リヴァルが真っ青になってたわよ〜。
 まさかクロヴィス殿下にぶち当たるなんてって。」
「父さんがバイトを許してくれないんで手っ取り早く稼げる方法が他になかったんです。」
「お小遣いはちゃんと貰ってるじゃない。」
「自立する時には資金が必要ですから。」

 話をしながらもルルーシュは使った調理器具を全て洗い仕舞い終え、完全に片づけを終える。
 最後に手を拭くタオルを新しいものに換える姿は主婦そのもの。
 確かに今のルルーシュならばいつでも自活できるだろう。
 彼の頭脳をもってすれば仕事はいくらでも見つけられる。生活力もある。
 皇子に戻らなくてもルルーシュは生きていける。
 それが少し寂しくてミレイは小さく呟く。

「やっぱ本国に帰る気はなんだ。皇帝陛下が泣き崩れるわ。
 けど、ルルちゃんを放す気はないんじゃないかな〜。日本のパパも。」
「何か言いましたか?」
「何も〜?」

 聞き返すとミレイは笑顔で答える。
 確かに彼が、ルルーシュが自分の大切な皇子に戻らないのは寂しい。
 けど、今だけ。自分だけが知るルルーシュを独り占めに出来る優越感は何ものにも代え難い幸福でもある。

「ね、ルルちゃん。
 私はやっぱり貴方がだいすきよ。」
「俺も好きですよ。だから生徒会の仕事溜め込んだ上に俺に押し付けるのは止めて下さい。」
「いやぁ〜ん☆ だって副会長が優秀すぎるんだもの。」
「優秀な生徒会長が余裕を持って仕事してくれれば副会長が並でも生徒会は回ります。
 これから忙しくなるんですから俺は当てに出来なくなりますよ。」
「わかりました〜。」
「それじゃ俺はこれで。夕方また来ますが明日は日曜なのでこちらには来ません。」
「りょーかい! 鍵は夕方女子寮の寮監に預けてくれれば良いから。」

 それじゃあとランチボックスを持って出ていく時、ルルーシュは最後にミレイを振り返った。
 笑顔で手を振る少女が眩しく映る。
 クラブハウスから出て向かう先は向かいに立つ大学部。
 その中にある特派の研究施設へとルルーシュは向かう。
 歩きながら思い返す。
 昔彼女はブリタニア本国で貴族の令嬢らしくドレスを着て貴族同士の腹の探りあいをしていた。
 自分も皇族服を着て自分より年上の部下を従え一部の皇族とは争い一部の皇族とは睨み合いごく一部の皇族とは交流を重ねていた。
 今はそんな世界とは遠い分華やかさに欠ける生活を送っている。
 だがあの時は冷たく張り詰めた空気ばかりが自分達を取り巻いていたが今は暖かく柔らかな空気が心地良い。
 施設に入れば忙しく働く特派の研究員達がいる。

「父さんは?
 差し入れを持って来たけど。」

 声を掛けた途端にメンバー全員がルルーシュに突進してくるが危機感は無い。
 何故なら彼らに害意が無い事、そして―――。

「皆さん、可愛いうちの子が僕の為に作ってくれた食事を横取りしようとはいい度胸ですね。」

 この7年で聞き慣れた声がルルーシュの耳を擽る。

《ああ、認めよう。》

 振り返りながらルルーシュは微笑む。
 ミレイには意地を張って言えないが既に自身は認めていた。
 泣きながらセシルの手料理を食べる仲間を横目に嬉しそうにルルーシュの弁当を頬張る父スザクに対する感情は実の父には感じられなかったもの。

「今日も有難うルルーシュ。だいすき!」
「俺もだいすきだよ。父さん。」

 普段なら出ない言葉に狂喜したスザクに抱き上げられて周囲に自慢され捲くっても、何だか本国のロールケーキ頭の実父とあまり変わらないような気がしても、7年間に育った感情は大切にしたい。

《だいすきだよ。》

 そうルルーシュ・ランペルージは想った。



 しかし彼は知らない。
 ルルーシュに向けられたスザクの感情が危うい理性を突き破りそうな凶暴性を孕んでいる事を。

 世間知らずの皇子様はまだ何も知らなかった。


 END


 やたらと長くなってしまってどうしてくれよう。
 ところどころ省いたのに何やら纏まり無くなった気がするよコレ。
 というわけで(なにが「というわけ」なのかはさておき)出来上がりましたパパスザ話ルルーシュ編!
 一応これで終わらせるつもりです。設定だすだけで恐ろしい事になりましたし考えてたけどこれ以上書けないよ的なエピソード。全部書こうと思ったら時間がいくらあっても足りません。
 一部没にしたシーンもありますが何だか勿体無いのでリンクしておきます。
 よろしかったらご覧下さいませ☆→GO!

 2008.4.20 SOSOGU