弟できました 前編

ロロの幸せSSを書こうとした結果です。
かなりカオスなお話になりました。(TURN19がなければ絶対書かなかったと思う程に・・・。)

 秘密というものは必ずしも隠し通せるものではない。
 いつかはと思っていればそこから綻びが生まれ暴かれていく。
 故にルルーシュは気づいていなかった。
 自分に忍び寄る影に・・・・・・。



 * * *



「護衛?」

 きょとんとした顔で書類から目を上げると目の前には波打つ金色の髪と流し目が素敵と女性に噂されるブリタニアの第三皇子クロヴィスが不安に顔を曇らせながらルルーシュの顔を覗き込む。
 本来、ルルーシュが決済している書類はクロヴィスが行うべきものである。
 処理能力が及ばないクロヴィスの代わりに7歳も年下の自分がやる羽目になったのは、ある意味自業自得と言える遊びのせいだが、職務の正当性を問うのであればむかつくことこの上ない状況であるのも確かである。
 更に言うならば、自分が一生懸命ペンを握り締めている間にアプリコットジャムたっぷりの紅茶を飲んでたりスコーンやイチゴを食べてはお喋りに夢中な7歳も年上の実の兄に怒りを感じるなと言う方が無理である。

「そうだよ! 君はのんびりしているけれど本国では君が日本にいる可能性が高いと探りを入れてきている連中がいるんだ。父上の手の者だけじゃない。君を邪魔に思う者達も探しているんだよ。
 大使館は私が牛耳っているから安心していいけど学園はセキュリティが甘いだろう?
 だから私としては心配で心配で。」
「寧ろ学園の方が安心ですよ。学校と言うのは特殊な場所ですから外部者に対する警戒心が高い。不審者が入れば一発でわかりますし、クロヴィス兄さんの代わりに仕事をする必要もありませんから。」
「そんなルルーシュ! 私がこんなに困っているのに!!」
「本気でこの状況をどうにかしたいなら役職返上して本国に引っ込んでいればいいでしょうに。」
「ルルーシュがこの国にいるとわかった以上、私は絶対にこの地位に噛り付いてみせる。」

《だったらその為の正しい努力もして下さい。》

 既に何度も言ったが効果が無いので口にはしない。
 ただ諦めの溜息だけがルルーシュの口から零れ落ちる。

 ごーんごーんごーんごーん

 振り子時計の鐘が四回鳴る。
 その音を合図にルルーシュは書面の最後にあるサインだけを残して処理を終えた幾枚かの書類をクロヴィスに手渡すと立ち上がった。

「今日の業務はこれで終わりですね。カモフラージュの清掃員は特派の掃除を終えてくれたでしょうね?」
「大丈夫だよ。さっき掃除は完了したって連絡が入ったから。」
「それでは後は料理だけですね。俺はもう特派に戻ります。」
「そんなルルーシュ! 一回くらい私と大使館のフルコース料理を一緒してくれたっていいじゃないか。」
「そんな目立つことしたらマスコミが嗅ぎ付けてあっという間に父上に俺の居場所がバレるでしょう。
 それに俺が料理しなかったら父さんに怪しまれますし。」
「・・・私と同い年の男なのに父親と呼んでいるのかい?」
「実際7年も一緒に暮らしているのですから家族であることに間違いないと思いますよ。」
「私だって君と血が繋がっているのに・・・ちゃんとした兄弟なのに・・・・・・。」
「わかってますって。」

 拗ねるクロヴィスの腕をぽんぽんと軽く叩いて宥めると少しだけ機を取り直したのかクロヴィスの表情が和らぐ。
 それを確認するとルルーシュは微笑みながら執務室を退室した。
 だが、クロヴィスはまだ諦め切れなかったらしい。
 未練がましく閉じられたドアを見つめ、机に設置された電話の受話器を取りボタンを押す。
 数コール後に出た声にクロヴィスは先ほどまでとは違う硬い声音で話し始めた。



 * * *



 アッシュフォード学園の生徒会長にして王様と言えばミレイ・アッシュフォードだと誰もが答える彼女はお祭り好きで有名だ。
 次々に新しい祭りを考えては学園全体を巻き込んでの騒動を巻き起こす。
 今日もいつも通り考案した祭りを提案したのだが、いつもと違う趣向の祭りにルルーシュは思わず問い返した。

「兄弟の日・・・ですか。」
「そうよん☆ 最近少子化で兄弟姉妹がいないって子、多いじゃない?
 だから兄弟のいる生活を少しでも味わってもらおうとこのミレイ様が考えたのが兄弟の日!
 全校生徒が学年の違う子とペアになって一日兄弟として行動する祭りよ。」
「要は縦割りですよね。小学校でも似たようなことしてました。」
「ノンノン! そんな味気ないものじゃなくって、その日は私の考えた数々の障害を兄弟姉妹共に乗り越えてトップに立ったペアを学園一の仲良し兄弟として称えるのよ☆
 ご褒美としては学食の食券辺りが妥当かしらね。でもそれじゃ当たり前過ぎてつまんないから二人で分け合える面白いものを考えないと☆」
「他学年との交流会という点で言えば確かに珍しくまともな企画に思えますが・・・。」

 そこまで言ってルルーシュは言葉を切った。
 改めて見るとミレイの笑顔が少し硬い。
 そのまま視線をずらしリヴァルとシャーリーと顔を見合わせると二人が肩を竦め苦笑している。

《なるほど。》

 二人の仕草でルルーシュは理解した。
 祭りの考案自体はミレイ自身がしたとしても切欠は不本意なものなのだろう。
 それがミレイの笑顔をぎこちなくさせている。

「理事長に何を言われたんです? それとも先生方からの申し入れですか??」
「・・・・・・・・・・ルルちゃん。」
「先生方もいつも振り回されていますし、いい加減怒りの頂点に達していてもおかしくないですしね。
 特に先日の締め切り超過の書類の件では俺もこってり絞られましたから。」
「それはルルちゃんがバイトがあるからってサボるから!」
「俺のバイトは理事長認可の下で行っているものですし、きちんと前もってスケジュールも伝えています。締め切りを忘れて仕事溜め込んだのは会長自身ですよね。本来ならばバイトに行かなくてはいけないところを遅刻してまで書類の片づけを手伝った俺は本当にサボったと言えるんでしょうか? でしたら次回からは締め切り無視してバイトを優先させて頂きますよ。どっちからも非難されるなんて割に合いませんし、俺にも面子がありますから。」
「うう〜。」

 ミレイにだってわかっている。自業自得以外の何物でもないと。
 それでも他人から指示されての祭りの企画は何とも悔しい気持ちが湧いてくるのだ。

「だってだって〜、たまには遊びじゃなくて学園の活性化を主とした企画を納得できる形で立てろなんて言われると『祭り』じゃないみたいじゃない〜。」
「本来生徒会は生徒の自主性を育み学園を活性化させるためにあるものですよ。
 たまにはいいじゃないですか。名前はいつも通りの祭りなんですし。」
「名前だけじゃない。」
「名実共に祭りにすれば良いでしょう。企画の趣旨としては悪くないと思いますよ。
 クラブ活動が活発で各学年との交流も頻繁ではありますが、あくまでクラブ活動内での話ですから他に交流の機会を作る事は生徒会として有意義な活動と言えます。先生方に企画書を提出する時はこの点を前面に押し出せば問題なく通るでしょう。
 それで・・・どんなゲームを考えているんです?」
「ゲーム、やっていいの?」
「遊び心溢れる祭りこそミレイ会長企画の祭りでしょう。
 リヴァル、お前も何か案を出せ。」
「俺っ!? っていきなり振ってくるなよ。」
「だって私達も生徒会メンバーだもの。ルルの言う通り私達も考えなきゃ。」

 急に話を振られてリヴァルが勘弁して欲しいと身体を仰け反らせるが、ルルーシュの言葉に賛同するシャーリーが空かさずその背中を押し上げる。
 学園の生徒数を考えると少ない生徒会メンバーだが、数々の祭りをこなしてきた歴戦の役員達だ。覚悟を決めれば行動は早い。
 ニーナは直ぐにパソコンに向かいなにやらデータの呼び出しを始めている。
 モニターに映る文字の羅列にルルーシュが笑いながら言った。

「既にニーナが組み合わせの為のデータチェックを始めてくれているし、兄弟の日の組み合わせの決め方の検討を始めましょう。」
「くじ引きじゃ駄目なの?」
「3学年ごちゃ混ぜが基本だからな。くじを引いてもらうとなると引く人間と引かない人間が出てきてしまう。それをどうやって決めるんだ?
 それに今回の祭りの主旨を考える限り、同じクラブに所属しているもの同士をペアにしないようにしなくてはいけないし兄弟がいる者は組み合わせる相手が同性か異性かどちらでも構わないかの三通りに分けておく必要もある。」
「それってつまり・・・・・・。」

 シャーリーの問いにルルーシュとミレイは眉間にちょっぴり皺を寄せて頷く。
 答えはわかっている。わかっているだろうと察しながらもミレイが答えた。

「一番面倒な仕事よ。適当な事すると後々問題が出てきて調整に次ぐ調整でパニックになるわ。」
「うーあー。」
「大丈夫よミレイちゃん。リストに条件を打ち込んで簡易プログラムを組んで自動的に組み合わせられるようにしておくから。」
「さっすがニーナvvv」

 軽やかにキーボードを打ち込みながら答えるニーナにミレイが感謝を込めて抱き締める。
 その豊かな夢に埋もれて苦しそうなニーナを羨ましそうに見つめるリヴァルだが、まさか自分からミレイの胸に飛び込むわけにもいかない。「同性って特だよな〜。」と意味をわかっているのかいないのかわからない溜息を吐いた。
 その一方で息苦しそうにミレイの胸から生還したニーナが再びモニターを見つめながら話を続ける。

「だけど各学年の人数を思うとやっぱり難しい部分があるの。特に私達の学年は組み合わせの問題上どうしてもあぶれちゃう人がいるわ。どうしたら良いかしら?」
「実は丁度、兄弟の日の前後に転校生が来る予定なのよ。
 生徒会役員はやむを得ない事情でパートナーがいなくなった生徒や新たに入ってきた生徒達の対応の為にも基本不参加にしておいて頂戴。」
「それなら何とか収まるかも。」
「って!? じゃあ俺と会長がペア組む可能性は!!!」
「ゼロだな。」

 るーるるるー♪

 はっきりきっぱりルルーシュに言い切られてリヴァルは今度こそ撃沈した。
 涙の海に溺れる悪友を放っておいてルルーシュは打ち合わせを始める。

「会長、組み合わせはニーナに一任していいんですか?
 やはり一番大変な作業ですから俺達も手伝った方が・・・。」
「情報処理の得意なルルーシュと共同作業の方が良いと私も思うけど・・・ニーナ?」
「初期データのチェックは誰かと分担すると逆にわからなくなりそうなの。最初は私が組んだプログラムで組み合わせを決めるからルルーシュには組み合わせ第一案の確認を手伝ってもらいたいわ。」
「わかった。決まったら組み合わせデータを俺にもくれ。
 では障害物レース形式にしたいという会長のご希望に添えるかどうか・・・ですね。」
「あんまり奇抜過ぎるとまた先生達が恐〜い顔で書類を突き返してきませんか?」
「シャーリーの言う通りだな。会長、今回は穏便にお願いします。」
「やーもー、二人っとも真面目過ぎ!」

 ミレイが不満そうに頬を膨らませるがこればっかりはルルーシュも譲れない。
 これ以上教師達の怒りを食らいたくないとシャーリーも首を振って答えた。

「当然ですよ。本来生徒会の催しは真面目にやるものですから。」
「会長が遊びすぎなんですよ。障害物っていうと校舎内に仕掛けるの?」
「あまり大掛かりにすると生徒の負担が増える。出来るだけ生徒会だけでカバーできる程度の障害にしたいな。」
「ペアならではの障害物・・・出来れば心も身体も密着出来る濃い内容がいいわよね。」

 ニーナから離れて次の標的はルルーシュか。
 ミレイが怪しい微笑みを浮かべその肩をルルーシュに摺り寄せる。
 その内に耳や首筋に息を吹きかけそうな艶めいた視線にシャーリーが不機嫌そうに突っ込みを入れた。

「会長、言い回しがやらしいです。」
「ほほぅ? シャーリー貴女何を想像したの?? っていうか妄想かしら。」
「もっ!? 失礼な。密着なんて言われたら誰だって!!」
「そうか。その手がありましたね。校舎内を二人三脚。」
「え。」
「流石はルルちゃん☆ わかってるぅv」

 二人のやり取りをさておいて考え続けていたルルーシュ。
 シャーリーの言葉もミレイの行動もまるで気づいていない様子で思考をめぐらせていた彼は、ミレイの言葉を真面目に聞いていたのだ。
 密接かつ濃厚な意思疎通を図れる障害。
 そこで体育祭の競技が浮かぶ辺りがルルーシュらしいと言うべきか。
 自分の考えがそのまま妄想と言われても仕方が無いとシャーリーは真っ赤になって黙り込んでしまった。
 しかしミレイとしてはシャーリーをからかう為の言葉だったのは事実。
 けれどルルーシュの提案に面白そうだと乗り気になって話を再開する。

「普段歩いている校舎内も二人三脚なら動き辛いですしね。ただ、男女ペアだと制服のままでは嫌がられますよ。」
「勿論体操服に着替えてもらうわ。女子はジャージ必須ね。
 万が一にも下心のある人間が出た場合・・・その為にも防犯ブザーを全員に持たせた方が良いのかしら。」
「それだと皆を信用していないようで祭りの主旨から外れてしまいますよ。」
「そーなのよねー。」
「なら、更にチーム戦を取り入れる形は?
 三組集めて一チーム。その総合成績で優勝を決めるなら互いに見ていますし問題があるなら生徒会に申告するように伝えて、俺達もレースの様子を確認するという事で。」
「勿論審判は私ミレイ・アッシュフォード!」
「・・・と、生徒会メンバーという事で。」
「でもただ校内を駆け回るだけじゃ面白くないですよね。
 廊下とかに障害物を用意して・・・?」

 漸く復活したのかシャーリーが言い出すとミレイはこれまた指を左右に振って惜しいと嘆きながら答えた。

「廊下はモップでお掃除しながら進んでもらいます! 廊下からモップを離した状態で進んだらスタートからやり直し。」
「一石二鳥狙いですか。ぴかぴかになるのは中央だけですけどね。」
「下手な障害物を用意するよりは簡単だし良いじゃない。寧ろその後が大変よね。
 全校生徒が一斉にホットケーキとかピザとか作る場所って作れるかしら?」
「二人三脚のままでですか!?」
「当然☆」
「焼くためのホットプレートやオーブンを生徒の数だけ用意する予算がありませんよ。
 火を使わない料理に限定して下さい。」
「うーむ。それもなんかな〜。」
「飯盒炊爨・・・。」
「え?」

 思わぬ方向からの声に三人が振り返るとパソコンとにらめっこ状態だったニーナが振り返り、おずおずといった様子で三人の顔色を窺うように話し始めた。

「前に文献で読んだ事があるの。日本の兵士が野外でご飯を作るお話。
 キャンプみたいな感じで火を熾してご飯を炊くの。レンタルすれば器具は借りれると思うけど。」
「それ良い! グラウンドを開放してご飯を自分達で炊いて・・・でもおかずは?」
「カレーが一番手軽だが競技に盛り込んで用意するのは・・・。これだけは大鍋で生徒全員分を作ってしまった方が良いでしょう。
 その日、学食の調理師の皆さんにも応援を頼む事出来ますか?」
「おじい様に聞いてみるわ。大鍋も含めて予算に収まるかどうか見積もり頼まないといけないし。」
「で・・・ご飯食べて終了ですか? 採点方法は??」
「ラストに組んだ兄弟の良い所を褒め称える事! 但しこれは自由参加よ。
 全校生徒を前にマイク片手に兄弟愛を叫べ!!!
 採点の結果最高の愛の叫びを上げた二人に賞品贈呈しまーす☆」
「シャーリー、俺は今、生徒会役員でよかったと心底思うよ。」
「自由参加じゃなかったら祭り自体逃げ出したいね・・・。」
「それじゃこの内容で企画書作りましょ。たーだーしー。」
「「但し?」」
「企画書を作るのはそこで提案の一つもしなかったサボり役員の仕事よ!
 起きろリヴァル!」

 ぱこーんっ!

 軽快な音が響き渡る。
 白紙のコピー用紙を丸めて振り下ろされた先はリヴァルのくせっ毛。
 青い髪が揺らされリヴァルが突っ伏していた状態から起き上がり涙目でミレイに訴える。

「傷心の俺をこき使うんですか!?」
「参加できないのは我らとて同じナリ!」
「会長、言葉おかしくなってます。」
「放っておけシャーリー。実際リヴァルは話し合いに参加していなかったんだ。
 ラストの書類作成くらいはやってもらおう。
 会長、それじゃあ俺はバイトがあるので。」

 いつも通りの時間だと鞄を持ち立ち上がるルルーシュ。シャーリーは寂しそうに、ミレイは愉快そうに微笑みながら見送る。

「祭りの為にもスケジュール調整忘れないでね!」

 「わかってます。」と答えルルーシュは生徒会室を出て行った。
 その直後、どすんと机の上に重いものを載せる音とリヴァルの悲鳴が上がったが、時間に追われるルルーシュが振り返ることはなかった。



 * * *



 ロイド・アスプルンド

 伯爵位を持つ貴族らしからぬナイトメアの研究開発者。
 プリンとランスロットさえあれば良いと豪語する彼だが、最近はその大切なものの中に追加されたものがある。
 安定して供給されるソレに絶好調の彼が、一時的とはいえ奪われると聞いて平静でいられるはずもなく研究所全てに届きそうな絶叫と共に拒絶した。

「ダメ〜〜〜っ!
 絶対駄目ったらダメだよルルーシュ君!!」

「だが、生徒会の催しを優先するためにも休みが・・・。」
「そんな事言ってもダメなの! どうせ休み中もスザク君の分のお弁当は作るくせに!!」
「父親の弁当を作るのはそんなにいけない事なのか?」

 戸惑いと共に助けを求めてルルーシュが隣にいる女性を見やるとキセルを持った金髪の女性、ラクシャータ・チャウラーは深く吸い込んだタバコの煙を吐き出し首を傾げ答えた。

「いけなくは無いけど随分と父親思いの男の子だとは思うわね。
 それに生徒会活動は学生の本分でしょ? プリン伯爵の癇癪を真に受ける必要はないわよ。」
「ラクシャータ、君は黙ってて。これは僕らにとって死活問題なんだから!」

 ロイドの叫びに賛同するように集まってきた他の特派メンバー達も一斉に頷いてプレッシャーをかけてくる。
 本来の身分を明かせば立場は逆転だがそれは出来ない。
 あくまでルルーシュはスザクの義理の息子で一般市民なのだ。
 そんな彼を助けるためか、特派の恐怖の大魔王が聖母の微笑でルルーシュの肩を包む。

「いいのよルル君。行ってらっしゃい。
 貴方が休んでいる間は私がみんなのご飯を作るから。」

《《《それが一番恐ろしいからダメだって言ってるのにっ!!!》》》

 セシルの料理が久々に戻ってくる恐怖でセシルを除いた特派メンバー全員が血の気の引いた青い顔で身体を振るわせ始める。
 その被害の外にいるラクシャータは愉快そうに肩を揺らし頷いた。

「そうね。元々アンタはバイトなんだし問題ないでしょ。
 それともロイド。この子をクビにする?」
「ラクシャータ。君わかってて言ってるよね。」

 セシルの料理はラクシャータも大学時代に味わっている。
 チームが違う事もあり今は被害を受けていないが故の楽しそうな笑顔にロイドが口元をひくつかせた。

「僕としては嬉しい限りですよ。
 ルルーシュには負担ばかりかけてて・・・この間もソファで寝ちゃっただろう?」

 シャワーから戻ってきたスザクが濡れた髪を拭きながらルルーシュの隣に座る。
 先日、クロヴィスの書類を代わりに作ったせいで疲れ切ったルルーシュはうっかりソファに座った状態で抵抗しきれない睡魔に襲われたのだ。気づいた時には何故かベッドの中。風邪を引かないようにと肩までかけられた毛布は外されないようにと隣で眠るスザクの腕が乗せられていた。
 セミダブルとはいえ二人とも身長が高く少々狭い。ちゃんと別にベッドはあるが、ルルーシュを運んだ後に力尽きたのかと思うと無碍に出来ず久々の親子の共寝となった。当然の様に翌朝にスザクがバイトの負担が大きいのではと出勤を控えるように言われ、それをかわすのに多大な苦労をしたルルーシュとしては話を蒸し返され居心地が悪くなる。

「あれはたまたま体育の授業の関係もあって・・・。」
「それなら尚更だよ。この機にバイトなんて辞めなさい。」
「スザク君。君は良いかもしれないけど僕らは良くないんだよっ!」
「僕としても今回ルルーシュがお休みをもらえないのなら仕事を辞めるさせるだけです。
 当然お休みくれますよね?」

 ダメと言えばスザクは大喜びでルルーシュを辞めさせるだろう。
 元々バイトに反対していたのだ。この機会を逃すつもりはないという意思が微笑みの中から読み取れる。
 それでも休みを強要する形を取っているのはルルーシュの手前があってのこと。
 ここで折れなければクロヴィスから叱責が下り予算激減、ルルーシュも去りセシルの手料理と言う名の恐怖に終わりが見えなくなる。
 となれば当然ロイドの結論は決まってくる。

「くぅ〜〜〜っ!」

 ロイドが泣きながらルルーシュの長期休暇に許可を出したのは当然と言えた。



 休みを確保したという事は当然クロヴィスの仕事も肩代わり出来ないという事。

《だが元々は兄さんの仕事だから暫くは自分でこなすようにしてもらわないと。》

 クロヴィスへの連絡はロイドに任せ、ルルーシュが暫しの休暇に安堵しているとスザクが少しだけ複雑そうに微笑む。

「嬉しそうだねルルーシュ。」
「そうか? そういう父さんは複雑そうだな。」
「アッシュフォード学園の祭りはいつも話に聞いているけど楽しそうだからね。
 でも企画内容が・・・。」
「基本的に俺達生徒会は不参加になる。実行委員だからいつもと変わらないさ。」
「そう? 弟や妹が出来たって連れてくるかもしれないなと思ったんだけど。」
「兄か姉かもしれないぞ。」

 面白がって返すルルーシュにスザクの心中は複雑だ。
 義理の息子のルルーシュは何も気づいていない。
 自分と二人で暮らす生活がスザクの理性によって何とか保たれている事を。
 先日、ルルーシュをベッドに運んでそのまま一緒に寝たのは疲れていたからではない。
 ルルーシュの警戒心ゼロの寝顔にスザクが動けなくなったのだ。
 湿り気味の髪に頬を寄せればシャンプーの香りが鼻を擽り、手で梳けば真っ直ぐな黒髪がさらさらと指先を流れる。薄闇に浮かぶ白い肌は触れば吸い付くようで一晩中撫でていた事にルルーシュは気づかなかった。
 はっきり言って危ない。
 ルルーシュが目の前の人物が危険な思想の持ち主である事に気づいていない事が非常に拙い。
 それでも何とか一線を越えないでいるのはスザクの理性がギリギリのところで押し留めているからだ。
 薄い氷の上にある親子関係。
 非常に危ういバランスの上で成立している為にスザクの心理で言えば兄弟は危険な存在だった。

 祭りの兄弟姉妹→お友達昇格→恋人→結婚

 飛びすぎだと言われそうな連想ゲーム。
 しかしスザクの中では確定した過程となりつつある。

「絶対認めるもんか・・・。」
「・・・そんなにバイトを続けては拙いのか?」

 スザクの地を這うような声にルルーシュは明後日の方向に勘違いした問いかけをするが、正直に言えるはずが無くスザクは乾いた笑いで誤魔化した。



 * * *



 快晴に見舞われた兄弟の日、当日。
 申し合わせたかのように転入してきた転校生二人に初めましてとお辞儀をされてルルーシュは硬直した。
 一人は良い。問題はもう一人だ。

「本日付でアッシュフォード学園に転入しました。ロロ・ランペルージです。」
「本日よりアッシュフォード学園に短期留学することになりました。ユフィ・ランペルージです。」

 最初に挨拶してきた少年は知らない。
 まるきり無表情で世の中の楽しい事を何も知りませんといった様子がなんとも不可思議な感じだ。
 髪の色合いは本国にいる妹ナナリーに似ている。瞳の色はルルーシュよりも明るい紫色。
 何でも心臓が弱い為にずっと医療施設で治療ばかり受けていて学校にまともに通った事がないという。
 だがもう一人は・・・・・・。

「ファミリーネームが同じって事は二人は姉弟なの?」
「いいえ、遠い遠い親戚ですわ。今回初めて顔を合わせたくらい疎遠でしたので偶然に驚いてます。」

 ミレイの問いにコロコロと笑いながら答えるユフィ。
 彼女の答えに生徒会メンバーは納得した様子で頷くがルルーシュは素直に納得できるはずが無い。

《何故君が此処にいるんだ。ユーフェミアっ!!!》

 母親は違えど確かに血の繋がった異母妹であり神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの登場にルルーシュがうろたえるのは当然と言えた。
 手紙は出しているが何重にもカモフラージュをし居場所を知らせないようにしている。
 敵を欺くにはまず味方から、ということで親しい兄弟姉妹にも自分の居場所は教えなかったのだ。
 クロヴィスに見つかったのは完全な手落ちであり意図したものではない。

《と、言う事はクロヴィス兄さんがっ!?》

「こちらにいる年の離れた兄に反対されたのですが・・・一度は本国を出たいと思っておりましたしこちらの学園はイベントが沢山あって楽しいと聞いていたので短期留学という事で姉に許可を貰いましたのv」

 暗にクロヴィスは関係ないと匂わせるユーフェミアにルルーシュは更に慌てる。
 つまりはコーネリアもルルーシュの居場所を知ったという事だ。そうでなければあの妹命のコーネリアが短期とはいえ留学を許すはずがないのだから。

「丁度本日開始のイベントがあると教えてもらいましたがどんなイベントなんですか?」
「兄弟の日よ。一人っ子が多くなったっていうのと、他学年との交流の為にね。
 二人は転校生って事で学園に慣れていないからガイドを兼ねて今回は生徒会メンバーが兄弟役をする事になります。
 本来二人一組、三組一チームなんだけど、特別チームとして二組で一チームね。
 兄弟役はこの二人。ルルーシュとシャーリー。どっちがお好み☆」
「好みで決めないで下さい。いきなり兄だと言われても二人とも戸惑うでしょう。
 ここは同性同士で組んで学園の雰囲気に慣れてもらう事を優先した方が良いですよ。
 だから俺はロロと組みます。良いかロロ?」
「僕は構いません。」
「それじゃあユフィは私と・・・。」
「いいえ! 私はルルーシュが良いです!!」

 それで解決とルルーシュとロロがペアになろうとした時、シャーリーの言葉を遮りユフィは猛然と主張を始めた。
 ルルーシュとミレイにはユフィがルルーシュに拘る理由はわかるが他のメンバーにわかるはずがない。何故彼女がルルーシュに拘るのかわからずリヴァルが無責任「顔か?」と茶化してくる。
 しかしルルーシュとしては頷くわけにはいかずどうやって納得させようかと考えながら答えた。

「いやだから・・・というか先輩をつけろ。一応年上だぞ俺は。」
「ルルーシュは行方不明になった一つ上のお兄様にそっくりです。是非ルルーシュと組ませて下さい!」

《というか本人だし。》

 ユフィを受け入れた時からその正体を知っていたミレイは明後日の方向を見やりながら苦笑いを浮かべる。
 だがそれで解決するはずも無く、ロロも譲るものかとルルーシュの腕を取り話し始めた。

「僕は女性に慣れてなくて・・・出来れば同性のルルーシュ先輩と組みたいです。」
「あらら〜二人ともルルちゃん希望? 困ったわねぇ。」
「会長、私そんなに嫌がられる人間なんですか?」
「寧ろ好まれるタイプと思ったからシャーリーを推薦したんだけどね。
 リヴァルを選ばなかったのは極上美人のルルちゃんと組みたいって二人が言うと思ったからだけど予想以上だわ。」
「会長、それ傷つくんスけど・・・。」

 リヴァルもルルーシュの容貌がかなりの上位にあると言う事は認める。
 だが男は顔じゃないと叫びたい。叫びたいけど第一印象はやはり顔になるのかと泣きたくなる。
 しかも儚げな物腰のロロと華やかな雰囲気を纏うユフィ。二人ともルルーシュと並び立つとよく似合うのだから余計に凹んでしまう。
 ううう〜と唸り机に突っ伏すリヴァルの頭を撫でて慰めるシャーリーとて傷つかないわけではないが、ユフィの理由を聞いた今は先程よりは気持ちが浮上している。決着が着くまで自分に言えることは無いとシャーリーはただ二人を見守る事にした。

「僕・・・兄弟いません。ずっと一人で・・・・・・だから、ここは。」
「私だって行方不明の兄の事があります! だからここは私に譲って下さい!!!」

 互いに譲らない二人の間に見えない火花が散っている。
 これでは簡単に決着は着けられないだろう。しかしそろそろ祭りの開始時間も迫っている。
 間に挟まれたルルーシュは二人をどう宥めたらよいかとオロオロするばかり。 

「うーわー。どーします会長?」
「どーするもこーするも開始時間迫っているしね。
 ルルちゃんとのペア自体無かった事にするか・・・それともいっそ三人四脚にしちゃう?」

 ぴんぽーん

 ミレイの言葉にロロとユフィが同時に振り返った。
 先ほどまでいがみ合っていたとは思えないさっぱりした顔で互いに顔を見合わせ頷き答える。

「それで構いません。」
「私も賛成です。このままじゃルルーシュとのペアが解消される恐れがありますから。」
「おい!」

 勝手に決められてルルーシュは慌てた。
 自慢ではないが運動神経があまり良い方では無いことは自分自身が良く知っている。
 二人三脚でも不安であると言うのに三人四脚をぶっつけ本番でやれと言われてまず思い浮かぶのはスタートと同時にすっ転ぶ自分の姿だ。
 ふと気づけばさっさとジャージに着替えたロロとユフィが自分を間に挟んで座り込み足元でごそごそとやっている。
 きゅきゅっとしっかり結ばれた足首。準備万端とユフィとロロがルルーシュの背中に腕を回す。

「準備オッケー☆ ルルちゃん、慣れない三人四脚で無事ゴール出来る事祈っているわvvv」
「面白がっているでしょう会長!」

 にゃはは〜と楽しげに笑いながらミレイが用意されたマイクに向かう。
 助けを求めるようにシャーリー達に目を向けるが三人とも気遣うように微笑みながら手を振っていた。

 がんばれ♪

 声無き声援が恨めしい。
 ルルーシュが怒鳴るために息を思いっきり吸い込んだ瞬間にそれは始まった。

「それじゃ始まりの合図よ〜。」

 にゃ〜〜ん

 最近飼い始めた生徒会のマスコット、黒猫アーサーが承知したとばかりに鳴く声が学校中に響く。

「のぁあああああっ!?」

 校内各場所で響く歓声と同時に起こる異変。
 ルルーシュは自分の視界がくるりと回転した意味を理解できず悲鳴を上げたのだった。



 * * *



 ブリタニア駐留軍からの合同演習依頼。
 ロイドから突然に告げられスザクは驚いた。
 ラクシャータの紅蓮弐式のパイロットであるカレンとはよく組み手をしているが、ブリタニアの軍人との演習と聞いてスザクは久々に心が躍るのを感じた。
 セシルが複雑そうな顔で連れてきた人物はブリタニアの軍人の中でも高位の、貴族出身だと言う。

「ジェレミア・ゴットバルトだ。」
「よろしくお願いします。」

 当たり前のように右手を差し出すスザクにジェレミアの眉が跳ね上がった。
 しかし差し出された手を無視する気はないのかジェレミアは素直に右手を差し出し握り返す。

 !?

 スザクの手を握り潰すつもりか。
 凄まじい力でスザクの手を握るジェレミアにスザクは痛みを堪えながら見返すとジェレミアは薄ら笑いを浮かべている。
 よく見ると口元が動いている。
 改めて耳を澄まし口の動きを読んだスザクは戦慄した。

 ルルーシュ様を返してもらう

《こいつ・・・!》

 恐れていた瞬間。
 ルルーシュを引き取った時から彼が何者かに狙われているのはわかっていた。
 連れ戻される事を恐れファーストネーム以外は明かさなかったのだ。気づかない方がおかしい。
 父のゲンブは知っているようだか自分の父親が簡単に口を割る人間ではない事はスザクが一番良く知っている。あちらから話してくるのを待っていたのだが7年の歳月が流れてもゲンブがスザクに話す事は無かった。
 だからゲンブとしてもルルーシュを日本から出す気は無いということだろう。
 これだけ時間が流れてもゲンブとルルーシュが警戒していると言う事はまだ危機が去っていない証。
 そして今、目の前に二人が恐れていた勢力が現れたと見て間違いない。
 予想通りならジェレミアはスザクが演習に負けたらルルーシュの傍にいる資格はないとでも言って無理やり連れ戻すつもりなのだろう。法的にルルーシュの親権がスザクにあっても強硬にそれを成し遂げてしまうはずだ。
 ルルーシュを取り戻しに来た人物を睨み返しスザクは心に決める。

《この演習、絶対に負けられないっ!》

 バチィ!

 二人の間に火花が散った瞬間。
 戦いのゴングが鳴り響く。



 * * *



「いだいだいだだだっ!」

 ルルーシュの悲鳴に周囲の生徒達は気の毒そうに見つめている。
 スタートと同時に後頭部から倒れたルルーシュは、現在股関節脱臼寸前に追い詰められていた。
 その原因はルルーシュの悲鳴が耳に入っていないのか、互いに結ばれている足を引き合い怒鳴り合っている二人にある。

「貴方ルルーシュが痛がっているでしょう!?」

 ぎゅぎゅぎゅっ!

 ユフィが叫ぶと同時にルルーシュの右足を引っ張れば・・・

「貴方こそ兄さんが困っているのに足引っ張ってるでしょう。
 さっきも出す足を決めずに勝手に走り出して!!!」

 ロロも負けじと叫び返しルルーシュの左足を引っ張る。
 結果としてルルーシュが悶絶するのは当然と言えよう。
 バレリーナや体操選手の様にストレッチをして体を柔らかくする努力などしていないルルーシュの体は硬い。
 硬いと言っても一般的、平均的な柔軟さは持ち合わせているからガチコチに体が硬いわけではない。
 しかしほぼ床と同じく水平を描いているルルーシュの股間。明らかに限界を超えている事を示していた。
 誰もが彼が感じている痛みを思い涙を誘われる。
 それでも二人はまだ気づいていなかった。

「兄さん!? 貴方ルルーシュを兄さんって呼びましたね!!!」
「今日限定でも兄弟なんです。何もおかしい事はないでしょう。」
「だったら私も呼びます。お兄様早く行きましょう☆」
「さり気無く愛称使わないで下さい。僕の兄さんなんだから!」
「私のお兄様です!」
「二人とも・・・・・・いい加減・・・俺の脚を引っ張るの・・・・止めろ・・・・・・・!」

 痛みを堪えながら抗議の声を上げるルルーシュだがいがみ合う二人の耳には届かない。
 何よりも問題なのは彼らがまだ生徒会室前にいるという事だ。
 スタートと同時にすっ転んだルルーシュを引き摺って出たところで喧嘩を始めた二人の声に、レースを忘れて集まったのが周囲の野次馬根性丸出しの生徒達だ。
 前途多難なレーススタートに生徒達は誰もがルルーシュのゴールを祈った。

《《《無事は祈れないけど。》》》

 とても薄情な祈りはルルーシュには聞こえない。



 * * *



 スザクの険しい表情に気づいたカレンは先ほどの不穏な空気を思い返す。
 昔はかなり俺様思考だったスザクだが、ルルーシュを引き取ってから大分丸くなり・・・いや、通常のラインを超えて丸くなりすぎているような気はするが進んで喧嘩を買う事は無くなっていた。
 それもこれもルルーシュの教育に悪影響が出る事を防ぐため。
 よくぞあの年齢から自分を此処まで変えられたものだとカレンは感心したものだ。
 未だに母を愛人扱いのままにしているくせに子供はカレンだけだからと娘だけを引き取ろうとする父に怒りを募らせていたカレンは、父が嫌がり自分が望む道を選ぶ事にした。

 ナイトメアフレームのパイロット

 スザクのランスロットを製作したロイドからすれば正しくはデヴァイサーとの事だが、そんなことはカレンにはどうでもいいことだ。
 初めて見たブリタニア皇帝の第五后妃マリアンヌの演舞。
 第三世代ナイトメアフレームガニメデを己の手足の様に操りランスを振るう姿は、金持ちの道楽としか見られなかったナイトメアの可能性を人々に魅せた。
 カレンも魅了されたその一人。
 だがカレンの実父であるシュタットフェルト家当主は皇族との繋がりを作る為にもカレンには貴族の子女らしく振舞うための教育を施すつもりだった。
 当たり前の様に対立する二人の間に挟まれたのはカレンの母。
 経済的に完全に夫に頼りきっている彼女としては娘の夢を応援したい気持ちもありながら、現実に押し潰されそうな状況に心を弱らせてしまったのだ。

 母親を連れてシュタットフェルト家を出る。

 兄のナオトは既に家庭を持っている為に頼るわけにはいかない。
 負担になりたくないなら自分が力を持つしかない。
 当時高校生だったカレンに経済力はない。困り果てていた中、出会ったのがラクシャータだった。
 たまたま男達に絡まれていたラクシャータを助けたのだが、その時のカレンの運動能力に彼女が目をつけたのが切欠だった。
 ナイトメアのテストパイロット候補として研究室に連れて行かれたその時の興奮をカレンは忘れない。
 ブリタニアと日本の共同プロジェクトであるナイトメア開発。
 軍事色の強いプロジェクトである為に軍属となる事を求められるが、日本政府から母と二人で暮らすには十分な給与が出るとの言葉にカレンは一も二も無く契約書にサインした。
 父の側になるブリタニアに属したくはなかったのだ。
 子供の突っ張りと言われようとそれだけは譲れなかったカレンは人生最大の幸運とも言えるこの申し出に感謝した。
 ブリタニア側の軍属となった日本国首相の息子スザクと会った時、ハーフである自分とは対称的に見え皮肉だと思った。
 二国の間が険悪になっていく中、自分はともかくスザクはどうするのだろうと気を揉んだものだ。共同プロジェクトが消えると言っても既にカレンは日本軍所属。いきなり食いっぱぐれることはない。だがスザクの立場は複雑かつ微妙だった。
 ラクシャータの言葉だがスザクがブリタニア側のチームに入ったのは日本政府の思惑が絡んでの事らしく、首相の息子がプロジェクトに協力し友好的な態度を持っているとアピールする事で彼らを通して第二皇子シュナイゼルへ、更にその先の皇帝の認識を変える切っ掛けにならないかと考えた桐原が藤堂に働きかけスザクを誘導し、首相であるゲンブも桐原に言われなくとも意味を理解しスザクとブリタニアとの契約を認証したのだ。
 知らぬ間に負わされていた責務だがスザクは知らないだろう。しかし知っている者達はスザクを厳しい目で見ている。この先、ゲンブの政治家としての立ち位置にも影響すると思っていたところ、突如としてブリタニアが態度を翻し戦争の可能性が消えたのだ。
 あの時はカレンも喜んでスザク達の特派の研究室へと走った。
 丁度青い顔をした子供・・・ルルーシュが一生懸命水で口を漱いでいたのだが、それが昨日の事のように思える。
 そう、あの緊迫した政情の渦中にありながらもスザクはこれほど剣呑とした表情をしていなかった。

「ちょっとスザク。アンタ今日は妙に刺々しくない?」

 意を決して準備を始めるスザクに近寄るとカレンは声を顰めて呼びかけた。

「喧嘩売られたら誰でもこうなると思うよ。」
「ただの演習でしょ? いつものアンタなら勝ちを譲っても良いみたいな笑顔で挑むじゃない。
 何をマジになっているのよ。」
「絶対に負けられないんだ。
 大切なものを失えないからね。」

 答えてスザクはカレンの向こうにいるジェレミアを睨んだ。
 あちらもこちらの視線に気づいたのかスザクを睨み返してくる。
 明らかに火花が散っている。

《あっちも様子がおかしい。けど何故なの?》

 疑問は生まれるがスザクの様子を見る限り何をどう言っても無駄だとカレンは深い溜息を吐いた。
 ラクシャータを見ると、ラクシャータも困った様子で肩を竦めている。もしかしたら彼女は彼らの事情を知っているのかもしれない。
 話してくれるかどうかはわからない。
 けれどカレンは今まで自分がなあなあで済ませていたスザクの周囲にある不思議な点に目を向けるべきだと感じ、ラクシャータへと足を向けた。


 続く→