アスランの変革期
 アスランがキラと出会ったのは4歳の時の事。
 母親同士が友人であったため引き合わされたのだ。
 初めて会う前は母の友人の子に全く興味が無かった。
 それまで友達らしい友達が無くても上手くやっていたからだが、そんな我が子の狭い世界に危機感を覚えた母親のレノアは第一世代だと言うキラにアスランの世界が広がることを願って紹介することにした。
 キラの母親としてもこの年代には珍しい第一世代である為にニ世代目の子供達との間に壁や溝を作ってはしまわないかと危惧していた。

 気が合えば良い友達になれるかも。
 少しは子供達の世界が広がるかも。

 そう、二人の出会いは母親達としては本当にささやかな願いや望みをかけただけのつもりだったのだが、アスランにとって人生最初の変革の瞬間となったのだ。


「初めまして、僕はキラっていうんだ♪」

 高く可愛らしい子供の声が部屋の中に響いた。
 二人が引き合わされたのはザラ家のリビングだった。
 キラは挨拶と共にニコリと花が綻ぶような柔らかな笑顔を浮かべて右手を開いて差し出した。
 その時キラが着ていたのは水色を基調とした水兵を思わせるセーラー服に同色のハーフパンツ。
 まだ革靴は歩き辛いからと母親が選んだポイントを水色の星模様で飾られた真っ白なスニーカーを履いていた。
 髪の毛はショートカット、頬が少し赤く染まって可愛らしく整った顔立ちの中一番印象的なのがアメジストを思わせる深い紫の瞳。
 ・・・子供のうちは顔が可愛らしいと性別が判別し難い事がある。
 またキラはどちらとも取れる中性的な雰囲気を纏っていた。
 だからアスランはキラの言動で性別を判断した。

「宜しくキラv 僕はアスランだよ。
 おいでよ。僕の部屋で一緒に遊ぼう。」

 そう言って微笑みながらキラの手を握り返し、アスランはその手を繋いだまま少々強引に引っ張ってリビングを出て行った。
 そんな二人の様子を見てレノアは喜んだ。

「よかったわ。最初からダメだったらどうしようかと思ってたの。」
「本当に、キラも大丈夫そうだししばらく子供達だけにしておいた方がいいわね。
 ねぇレノア、折角だからお茶にしない?」
「だったら美味しいケーキを買ってあるから食べましょうv」
「子供達の分は?」
「後で持っていけばいいわよ♪」

 楽しげに紅茶のポットを取り出すレノアにキラの母も笑いながら手伝う。
 するとフッと何かに気付いたように振り向いた。

「そういえば、確かキラちゃんって・・・女の子だったわよね?」
「そうよ。だけどあの子スカートが嫌いだから今日はハーフズボンにしたんだけど、何か拙かったかしら。」
「そんなことはないけれど一見しただけだと男の子か女の子かわからないなって思って。」
「そうね〜親の私でもそう思うもの。」
「・・・アスラン誤解してなければいいんだけど。キラちゃんの性別までは言ってなかったから。」
「大丈夫よ。話してればいくらなんでも気付くでしょう。」
「そうねv あらお湯が沸いたわ。」

 パタパタと慌てて台所ヘ行く母親達。
 残念ながら母親達の思いを裏切ってアスランは物凄く鈍かった。


 夕方になり帰って行くキラ達を見送る為、門の前で見えなくなるまで一生懸命手を振るアスランは珍しく年相応に見えた。
 可愛らしいキラと友達になれてご機嫌なアスランにレノアは夕飯の時に今日の様子を訊いてみた。

「アスラン楽しかったかしら。」
「はい、今日はキラと絵を描いたり折り紙を折ったりしてみたんですけどキラはぶきっちょで折り紙に関してはてんでダメでした。ちょっと泣きながら一生懸命鶴を折るキラを見てるのはハラハラしました。
 最近あった事も話してみたんです。キラは蟻の観察をしてたそうです。チョコチョコ動き回りながら餌を集める蟻は眺めてると面白いそうなので今度僕と一緒にやろうと誘われました。
 それからキラはパソコンは得意らしくて自分で作ったって言うプログラムを見せてくれて・・・とっても面白かったです! 僕も自分の作ったおもちゃを見せたんですけどキラは凄く喜んでくれました♪
 母上、今度は僕がキラの家に遊びに行きたいんですけど良いでしょうか?」

 いつも何を聞いても簡潔に一言二言で済ませてしまうアスランが少し頬を染めながら興奮気味に今日一緒に過ごしたキラの事を話す様にレノアはホッとする。

《良かった・・・これでこの子も外の世界に目を向けるようになるわね。
 幼年学校入学前に今までの状態では心配だったんだけれどキラちゃんも同じ学校に通うのだし大丈夫でしょう。》

「ええ、明日キラちゃんの家に連絡しましょうね♪」
「ありがとうございますっ!
 キラに会えて良かった♪ やっぱり友達になるなら男の子とですよね!!」
「え?」

 かしゃーん

 レノアの右手からスプーンが落ちた。
 だが今はそんな事を気にしている場合ではない。

 今、我が子は何て言った?
 男の子・・・そう、キラのことを男の子と言ったのだ。

《やっぱり誤解してた。》

「母上どうしたんですか?」

 不思議そうな顔をしてアスランが向かいの席からレノアの顔を覗きこむ。
 全く何も気付いていないアスランの可愛らしさにレノアは今ここで間違い正すことを躊躇った。

「何でも無いわ。それより早く食べちゃいなさい。」

 ニッコリと笑いかけてくるレノアにアスランは安心したのか「はーい。」と答えて目の前のカレーと格闘し始めた。

《後で知った時のアスランの驚愕する顔が見てみたい。》

 母親としてではなく、純粋に好奇心のみでレノアはアスランの間違いを正すことを止めたのだった。



 そうして幼年学校に入学した二人。
 本当ならば月の都市コペルニクスの学校は全て制服が義務付けられていたのだが、今年からそれが廃止された。最近ブルーコスモスのテロが地球でも頻繁に行われていて月に彼らが入りこんでくるのではないかと住民が不安に思うようになったからである。何しろ彼らは同胞であるナチュラルを巻き添えにする事も厭わない。
 特にアスラン達が入る学校はコーディネイターのクラスとナチュラルのクラスの両方を抱えていることで有名だった。
 授業のカリキュラムはもちろん違うのだか道徳や家庭科、生活の授業についてはコーディネイターとナチュラル合同に行い交流を図ることを看板に掲げているのだ。だがそれは同時にとても狙われやすい条件を兼ね備えているとも言う。その学校の制服を着ていると種族に関係無くブルーコスモスに狙われる事必至である。
 そんなわけで私服登校が可能になり、アスランは学校の制服で誤解を解く機会を失った。
 体育の時、男子と女子の体操着は男女差別を無くす為かズボンも統一された。また更によく転ぶキラを心配したアスランは「出来るだけジャージを着る事。」と言い含めていた為、体型が余計に判り難くなった。
 だがアスラン以外キラが女の子である事を判っていた。

 そう、判っていないのはアスランだけ。
 そしてキラはアスランに性別を誤解されている事に全く気付いてなかった。


 入学から6年たった。
 そろそろだろうと学校が始めるのが性教育。
 ナチュラルもコーディネイターも関係無く平等に行われる。
 女子は女子だけで女性の身体の仕組みを説明された。
 男子も男子だけで男性の身体の仕組みを説明された。
 その説明の授業でアスランは漸くキラの姿が無い事に気付いた。
 捜しても見つからず、授業が終わって真っ赤の夕日の映像に変わった風景になった頃に漸く放課後のいつも一緒に帰る時待ち合わせている玄関ホールで待つキラの姿を見つけたアスランはキラの腕を捕まえて少し怒った顔をして言った。

「心配したんだぞキラ。
 最後の授業でキラを捜してもいないから・・・何処に行ってたんだ?」
「? 何で僕を捜すの??」
「何でって・・・同じ授業受けてるはずなのにいないからじゃないか。」
「・・・アスラン。な・ん・で僕を捜すのさっ!
「へ?」
「アスランの・・・馬鹿ーーーーーーーっ!!!

 最後の馬鹿の部分を特に強調するように叫んでアスランの左の頬を右手で張り飛ばし、キラは下駄箱の靴を掴んで走り出した。
 靴を急いで履いて入口玄関まで行ってから振り返り、ホールでぼうっと突っ立ったままのアスランに涙目になりながら更に追い討ちをかけるように悪口を再び叫ぶ。

「アスランの間抜け大馬鹿昼行灯ーーーーっっ!!!!!」

 叫ぶだけ叫んで泣きながら走って行くキラを呆然としたまま見送るアスラン。
 そんな二人の様子を廊下の壁の陰から窺っていたのは同じクラスのアリシア。
 アスランがキラの性別を誤解していると真っ先に気付いた人物であり、キラのコーディネイターの友達の中で一番仲の良い女の子でもあった。
 キラが去ってから10分経っても張り飛ばされた左の頬を左手で押さえながらボーっと突っ立っているアスランに痺れを切らしたのかアリシアは玄関ホールへと出て来てアスランの肩を叩く。

 ぽんぽんっ

 漸く我に返ったアスランが振り返ると同時にアリシアは左手でアスランの右の頬を張り飛ばす。
 不意を突かれてまともに平手を食らったアスランは信じられないといった目でアリシアの見返す。
 一見怒っているようには見えない優しい笑顔を浮かべながらアリシアは腕を組んで話し始める。

「一応手加減はしておいたわよ? アスラン君。
 キラがどれだけ傷ついたか貴方にはわかるかしら。」
「一体何が・・・?」
「本当に気付いてなかったの?
 貴方達4歳の時からの付き合いでしょう。
 もう人生の半分以上一緒にいる幼馴染の一番大事なことをまだわからないって言うのかしら。」

 そこまで言われてアスランは改めて考える。
 キラが何に対して怒っていたのか・・・授業でキラの姿を探していた事を怒っていたらしい。
 いつも一緒の授業ではキラを探して隣の席に座る事を当たり前の事としていたアスラン。
 今までキラがそのことを嫌がっている様子は無かった。
 なら何で?

 全くわからないといった顔のアスランに呆れ果てたのかアリシアが溜息と共に呟くように言う。

「今までキラとお風呂に入ったことある?」

 ない。

 ここまでいわれてアスランは漸く気が付いた。
 あんなに小さい頃から一緒なのに一緒にお風呂に入った事も無ければプールに行った事もない。
 今思えばそういったところに行こうと言う度にさりげなく母親が避けさせていたような気がする。
 先ほどの授業で捜した事を怒ったキラ。
 母親レノアの意味深な笑顔。
 目の前にいる少女の静かな怒り。

「まさか・・・。」
「まさかも何もないでしょう。
 キラは女の子よ。6年も一緒にいて本当に全く気づいてなかったの?」

 どがんっ!

 アスランは10tの鉄の塊が頭に落ちてきたような衝撃を受けた。
 アリシアの言う通り6年間もの間ずっと傍にいたにも関わらずキラを男と信じて疑わなかった自分。
 自分のあまりの間抜けさにもショックを受けたがキラに嫌われたかもしれないという可能性にぞっとした。

《キラを追いかけないとっ!》

 アスランは鞄を抱えなおして走り出そうとしてフッと足を止めた。
 振り返り不思議そうな顔をしている後ろのアリシアの顔を見ると大真面目に訊ねた。

「そういえば『昼行灯』って何?」

 次の瞬間アスランを蹴り倒すアリシアの姿があった。


END


 あああ初めてやっちまったよ続き物。
 上手くまとめられるかわからないけどやってみたいと思ったのは自分なので頑張ってみたいと思います。

   2003.7.21 SOSOGU
 キラの変革期に続く

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