キラの変革期
 キラがアスランに出会ったのは4歳の時。
 一世代目のコーディネイターであるキラが二世代目のコーディネイターが多い学校でちゃんと友達を作れるかどうか心配した母親が友人であるレノアの子供、アスランに引き合わせたのだ。
 元々人懐っこいところのあるキラは直ぐにアスランと友達になった。
 波長が合うというのだろうか?
 一緒に居ると居心地が良いとキラはまたアスランに会いたいと家に帰ってから母親に強請ったくらいにアスランのことを気に入っていた。

 次にアスランがキラの家に遊びに来ると知ってキラは女の子らしい服をすべてクローゼットの奥に仕舞い込み、代わりに活動的なGパン系の服を引っ張り出して来た。
 そうして部屋着も黒系の短パンを穿くようになった娘を見てキラの母親は嘆いて娘に訊いた。

「一体どうしたの? 前からスカートは好きじゃなかったのは知ってるけどここまで徹底するなんて・・・お母さんはキラには可愛い服着て欲しいのに。」
「だってアスランの方が似合うんだもん。」
「何でここでアスラン君が出てくるの?」
「アスランに初めて会った時、女の子かと思ったの。
 でも話してみて男の子だってわかってショックだった。」
「どうして? 女の子の友達が良かったの??」
「違うっ! アスランの方が可愛いんだもん!!
 レースやスカートが似合うんだもんっ!!!」

 叫ぶキラにキラの母親は何故娘がこんなにショックを受けているのかわかった。
 この年で女としての自信を喪失してしまったのだ。
 少し息を落ち着かせてから呟くようにキラはまた母親に言った。

「だからこれで良いの。」

 そう言ってベッドの上にある熊のぬいぐるみのテリーを抱えてまた片付けを始めた娘を見て、キラの母親は親ばか確実の言葉を言ってしまいそうになった。

《涙ぐんでぬいぐるみを抱える姿が可愛いv
 一生お嫁にやりたくないわ〜vvv》



 そういったキラの行動がアスランにキラの性別を誤解させる要因の一つとなっていたのだがもちろんキラは気付かない。
 キラはアスランとずっと友達で居たいと思った。
 一緒に居るだけで暖かな気持ちになれる友達はいっぱいいたけど中でも一番はやっぱりアスランだったからだ。
 けれど成長と共に子供達は別の目で周囲の人間を見るようになっていった。
 ナチュラルならば思春期はまだまだ先だがコーディネイターの子供達は知識の上で早熟なところがあり、感情はついていかなくても冷静に世界を人々を見つめ始めていた。


「キラってアスラン君と仲良いよね。」
「確か入学前からの付き合いだって言ってたよね。」

 普段はあまり話す事の無い別のクラスの女の子達がキラに積極的に話しかけるようになったのは中学年に上がった頃からだ。
 段々と異性に対する興味と言うものが出てき始めて男の子より早熟な女の子達は好きな人に関する話しをし始める。
 自然と誰が一番格好良いかランキングまでつけ始められるのだから上位に食い込んでいる男の子達は何かと私生活に関わりたがる女の子に辟易することも少なくない。
 そしてアスランはそのランキングでトップに輝いている。
 しかし、ただ単に外見や性格だけを考えてのランキングなら可愛い物なのだがナチュラルよりも知識を幅広く吸収するコーディネイターの少女達の評価はそんな物だけでは収まらない。

 @外見
 A性格
 B家柄
 C成績(将来的な経済能力重視)
 D家族構成
 Eetc・・・


 ちょっと待て本当に子供か!?

 きっとナチュラルの大人達が知ったらそう叫びたくなるような殆ど結婚前提評価によって成り立っているランキングなのだ。昨今の子供達は実に逞しい。
 特にアスランはプラントの政治家の息子であり優しいし外見も良いし、家柄・経済力・兄弟無しと学校の中でも「上手くいけば玉の輿」と他の学年からも注目されている。
 そのランキングを全く知らないのはアスランぐらいだろう。
 だがキラは知っていた。もう何度も散々な目にあっていたのだから。


「うん、でもそれがどうかしたの?」

 そしてキラは彼女達に話しかけられて当惑しながらも返事をする。
 いつもだったらさりげなく彼女達を牽制してキラを庇うアリシア達がいなかった為、突然3人の女の子に取り囲まれるように問いかけられてキラは少々怯え気味だった。
 彼女達は表面上にこやかで友好的に見える笑顔を浮かべているが何かしら威圧的な雰囲気を纏っていた。それがキラが怯える一番の理由である。
 キラが返事をすると直ぐにリーダー格と思われるキラの真ん前に立った長い黒髪の少女が値踏みするようにキラの顔を覗き込んできた。
 実際に少女がキラを見ていた時間は僅かな時間だったのだがキラにはとても長く感じた。
 一通りキラを見てクスリと笑うと漸く少女は話し始めた。

「うんv さっきも訊いたけどキラってアスランと仲良いでしょう?
 でもそれって友達としてよね。」
「私達、すっごくアスランの事好きなの♪ だからキラ協力してよ。」

《またか。》

 キラは彼女達の言葉にそう思った。
 アリシア達は引き受ける事無いと言ってキラを止めたがラブレターを渡すくらいならと手紙を預かった事があった。
 しかし、アスランの家に遊びに行った時に手紙を渡すとアスランは差出人の名前を見ること無く直ぐにゴミ箱に捨ててしまったのだ。
 びっくりしてキラはアスランを非難した。


「何で中身も見ないで捨てるのさ!? あの子が一生懸命書いた手紙なのに!!」
「もううんざりだよ。前はくつ箱、その前は机の引出しの中、もっと酷いのになると切手の貼ってない手紙が家の郵便受けに投函されてた。」
「え?」
「本当に一生懸命なら直接俺に渡せば良いんだ。
 そうすれば少なくとも名前や顔は伝えられるだろ?」
「・・・・・・中身読まないの?」

 おずおずと様子を窺うようにな顔をして質問するキラにアスランは眉を顰めて溜息を吐いてから話し出した。

「皆して同じテキスト見て書くんだよ、こういうの。
 最初の頃は読んだけどどれもありきたりな事しか書いてないんだ。
 俺だって暇じゃない。やりたいこと沢山あるしね。
 いちいち付き合ってたらこっちの身がもたないよ。
 キラも次から頼まれても引きうけちゃダメだよ?
 大方キラから渡せば大丈夫だと思ったんだろうけどこういうのは逆効果なんだ。
 何より俺は俺の友達を利用するような人間は嫌いだ。」

 最後の言葉からは強いアスランの怒りが篭められていた。
 キラはわかったと答えてゴミ箱の手紙を少しの間見つめてから、そっと目を逸らした。


 一週間後キラは朝のホームルーム前に教室で手紙の主に突き飛ばされた。
 原因はアスランが手紙を読まなかった事だった。

「手紙渡してって言ったじゃない! 何でアスラン読んでないのよ!!」
「渡したけど・・・・・・ゴメン・・・。」
「私昨日ずっと待ってたのよ!?
 でも来てくれなくて・・・悲しくて淋しくてっ・・・。」



 キラは彼女に何度も言おうとした。

 『渡したけれど読んではもらえなかった。』

 けれど言おうとしても聞かなかったのは彼女の方だった。
 渡したことだけ聞いてその後に続くキラの言葉を遮るようにキラの手を取り「有難うv」と言ってキラにはもう用は無いとばかりに離れていってしまったのだ。

 キラがはっきり言わなかった事は確かに悪いだろう。
 けれど聞く耳を持たなかった彼女にも非はある。

 手紙の主の少女は周りから見ればわかる理屈が通じるような状態では無かった。
 綺麗な金色の髪を振り乱して彼女は怒り狂いキラを詰った。

「友達でしょう!? 協力してくれたって良いじゃないの!!
 あんたって
サイテーよっ!!!
「最低なのは君の方だろ?」

 少女が詰る声に答えたのは今しがた教室に着いたばかりのアスランだった。
 冷めた目で少女を睨みながらキラは突き飛ばされたまま尻餅ついているキラを抱き起こしたが突き飛ばされた時に足を捻ったらしく立つ事が出来なかった。
 キラの足の様子を診ながらアスランは少女に冷たく言った。

「大体君は友達って言うけど君の言う友達って何だ?
 俺が知る限りキラの友達に君みたいな子は見たこと無いけどね。
 それとも君の言う友達って君の為に無理やりでも何でも協力してくれる奴の事を言うのか?
 だったら俺は君との付き合いは御免被るね。」
「な・・・。」
「今度キラにそんな暴言を吐いたら許さない。」

 その言葉を最後にアスランが彼女に話し掛ける事はなかった。
 ただただキラの事を心配して足の手当てをするためにメディカルルームへ連れて行った。
 アスランに支えられながらメディカルルームへ向かう途中でキラはアスランに謝った。

「ゴメンねアスラン。
 もう二度とこういう事に巻き込まないよ。」
「いいよ別に、気にしてない。」
「でも迷惑掛けちゃって・・・。」
「・・・キラが俺に迷惑掛けなかった事ってあったかな?
 この前も俺が作ってた踏んづけて試作ハロ壊しちゃったしその前は夕飯の手伝いしてくれるって言って包丁で指切っちゃって作れなくなって結局全部俺が作ったし怪我の手当ても俺がしたし・・・ああそう言えばもうコレが最後とか言って課題を何度も手伝わされるしそれから・・・。」
「わーっ! もーいいってばーーー!!」

 ずらずらとキラの迷惑リストを読み上げるように答えるアスランに恥ずかしくなり慌ててキラはアスランの言葉を遮るように叫んだ。
 顔を真っ赤にして黙り込むキラを見てアスランは笑いながら言った。

「迷惑かけたら友達じゃなくなるわけじゃないよ。
 キラのそういうところも俺好きだしね。
 ・・・キラは俺の一番の友達、親友だから。」

 アスランの言葉に恥ずかしさと嬉しさで赤い顔を更に赤くして少しキラは俯いた。

《アスランにとってそうであるように僕にとってもアスランは一番の友達。
 男の子とか女の子とか関係無く、僕等は親友だ!》

「僕もアスランの事、親友だと思ってるよ。」



 あの時笑い合った事を忘れない。
 キラはもう二度とこういった事でアスランが煩わされる事が無いように何を言われようとも引きうける気は無かった。
 とは言え集団になった女の子達は怖い。
 必死に気圧されまいと思ってもやはり取り囲まれると怯えてしまう。
 気を落ち着かせようと深呼吸してからキラは少女達に返事をした。

「出来ない。いや、寧ろ僕が何もしない事が君たちに出来る最大限の協力だよ。」

 曇りの無い真っ直ぐな目で答えたキラに少女達は激昂した。
 そして次々にキラを高圧的な責めるような口調で悪口大会を始める。

「何よそれっ!?」
「何もしない事が協力ってそれ協力になってないわよ!!」
「あんた何様のつもり? たまたまあんたのお母さんがアスランのお母さんと仲良かっただけの癖に図に乗ってんじゃないの!?」
「そうよそうじゃなかったらあのアスランとあんたが友達になんてなれるわけないわよ。」
「友達ねぇ・・・というよりアスランのペットよね。何時だって傍にくっついてアスランの後を追ってるのよこの子。
 まるで犬みたいに!」
「やだぁそれで何も言われないってことはアスランに人間扱いされてないかも?」


 彼女達の言葉に教室にいたクラスの男の子達が顔を顰める。
 アスランばかりがもてる事に反感を持っていた子もいたが、「こんな最悪な性格した子にまで好かれて付きまとわれているアスランに同情したくなってしまう。」と思うくらいに彼女達は周囲の人間からは醜く写っていた。
 それでもキラはそんな彼女達に悲しそうに微笑みながらアドバイスをしてやる。

「よく見てるんだね。アスランのこと。
 ならわかってくれると思うけど友達を巻き込んだり回りくどい方法を使われるのを彼は嫌うから・・・気持ちを伝えたいなら大変だろうけど直接アスランのところに行った方が良いよ?」
「真っ先にやったわよ、そんなの。
 それでダメだったからあんたのとこに来たんじゃない!」
「大体協力しないって本当の理由はあんたがアスランの事好きだからなんでしょ!?」


 リーダー格の長い金髪の少女がキラに凄んできた。
 キラはきょとんとした顔で不思議だと言わんばかりに答える。

「僕がアスランを好きなのは当たり前だよ。親友なんだから。」

 天然人物ががここに極まれり。

《《《キラ・・・その子達が言ってるのはソーユー「好き」じゃないてば。》》》

 その場にいたクラスメイト全員が心の中で突っ込みを入れたがキラにその声が届くわけが無い。

 また一方問題の少女たちはあまりの答えに脱力して悪口を言う気も失せたらしい。
 最後に黒髪ショートカットの少女がげんなりした顔で吐いた捨て台詞を除いて・・・。

「親友ってどうせ男女の間で成立するわけないのに馬鹿な子。」



 最近はこういう事が多いせいか多少の耐性はついていたつもりのキラだったが流石にショックを受けたようだった。
 それだけキラにとって<親友>と言う言葉はアスランと自分を繋ぐ大事なものだったからだ。

「そんなことないもん・・・。」

 自分に言い聞かせるようにキラは呟いた。



 翌日、自分が居ない間にあった事件を知ったアリシアがキラを慰めたがやはり色々と思うところがあるらしく、微笑むキラの表情に陰りがあった。
 そろそろ年頃になるからと男女分けられて行われた問題の授業の時もアリシアはキラについて「大丈夫よ。」と励ますように声をかけていた。キラは今日はアリシアと帰ることにしたがいつもはアスランと帰っていたので「もう帰っていると思うけど。」と言いながら念の為にアスランといつも待ち合わせてる玄関ホールへ確認に行った。

「心配したんだぞキラ。
 最後の授業でキラを捜してもいないから・・・何処に行ってたんだ?」

 アスランは玄関ホールにいた。怒っているらしくキラの腕を掴みながら真っ先にそう怒りが篭められた声で訊いた。

《最後の授業? 男女別だから当たり前じゃない。》

 アスランの言っている事が理解できずキラは首を傾げながら不思議そうに訊き返した。

「? 何で僕を捜すの??」
「何でって・・・同じ授業受けてるはずなのにいないからじゃないか。」

《・・・・・・・・・アスラン? まさかとは思うけどもう6年という長い付き合いしといてまさかとは思うけど・・・。》

 考えたくない可能性に思い当たりキラは怒りに震えた。
 キッと顔を上げて涙を堪えながらアスランを睨みつけた。

「・・・アスラン。な・ん・で僕を捜すのさっ!」
「へ?」
「アスランの・・・馬鹿ーーーーーーーっ!!!

 最後の馬鹿の部分を特に強調するように叫んでアスランの左の頬を右手で張り飛ばし、キラは下駄箱の靴を掴んで走り出した。
 靴を急いで履いて入口玄関まで行ってから振り返り、ホールでぼうっと突っ立ったままのアスランに涙目になりながら更に追い討ちをかけるように悪口を再び叫ぶ。

「アスランの間抜け大馬鹿昼行灯ーーーーっっ!!!!!」

 もうアリシアと帰る約束などキラの頭からは抜け落ちていた。
 叫ぶだけ叫んで真っ直ぐに家へと走るキラの頭を占めているのはただ一つ。

アスランのバカバカバカバカバカバカバカ!
 6年も一緒に居たのに僕の事
男の子だと思ってたなんてーーー!!
 僕は男とか女とか関係なくアスランのこと
親友だと思える人だと思ってたのにアスランはそれ以前に僕を女だって認識してなかったなんてサイッテーーーっ!!!

 この日、キラにとっては最悪の日であった。
 しかし二人の関係の大変革の日であったことをキラとアスランは数年後に知ることになる。


END


 思ったように話が進まない・・・早くヘリオポリスで暮らすキラが書きたいよぉ〜。

   2003.8.10 SOSOGU
 二人の変革期に続く

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