不幸の序曲
 思えば今回の作戦前からケチのつきまくりだった。

 作戦前にあったとある戦闘で愛機が破損。
 修理が間に合わず普通のジンで任につくことになった。
 まずこれが一つ目の不幸。

 次にミゲル達の戦闘管制を行うオペレーターは怖いもの知らずの年下の少女。
 逆らった時が怖い上に看護士でもあるから下手に怪我した時には痛み倍増の薬ばかりを選んで付けてくれる。
 これが二つ目の不幸。

 そして楽だと思っていた地球軍の士官が乗っているという新型MSでの戦闘。
 不意をつかれたという事もあるが、突然異様なほど俊敏になり乗っていたジンを自爆するまでに追い込まれてしまった。
 これが三つ目の不幸。

 次に悔しさもあり再び参加した新型MSと新型の戦艦の撃破作戦。
 これまたビームブーメランにやられてしまった。
 だがこれはアスランが全く援護しなかった事も原因の一つ。
 しかし健気にMS破壊に勤しもうと照準を合わせたりしても仲間のMSが招いたヘリオポリス崩壊の衝撃で邪魔される。
 ・・・四つ目。

 崩壊しつつあるヘリオポリスの気流に流されそうになりながらアスランに助けを求めるが全く無視されて、仕方無しに危険を承知で期待を捨てて脱出しようとシートベルトを外した瞬間。
 飛んできた建造物の一部がぶつかって右のモニターに頭を打ち付けて気絶してしまった。
 ・・・・・・五つ目。

 その後、一体何があったのか・・・。
 ただ言える事はシートベルトを外したせいで体をコクピット内で酷くぶつけたらしく少し動かしただけで激痛の走る右足と息をする度に苦しさと痛みを訴える胸。
 多分肋骨を折っている。
 痛みの中、浮上した意識。
 遠くで喧騒が聞こえる。
 多分どちらかの艦に拾われたと思われるが・・・・・・・・・・・・・・・。

 もうミゲルは不幸の数を数える事を止めていた。





「艦長! 脱出ポットの回収はともかく敵のMSの回収も許可するとは!!?
 今、我々は直ぐにでも月基地に向かわねばなりません。
 捕虜に構っている暇は・・・。」
「言いたい事はわかっているわ。
 けれど今の私達は孤立無援。
 そして確実に近くにナスカ級とローラシア級が来ている。
 ・・・パイロットが生きていればある程度の情報を得られるかも知れない。
 情報によっては現状を打破するかもしれない事はわかるでしょ。」
「情報と仰いますが同族意識の強いコーディネイターの、しかもザフトの中でも精鋭と言われているMSのパイロットがそんな簡単に吐くとは思えません。」
「例え情報を持っていなくても人道的な立場から救助しないわけにはいかない。
 そして今後捕虜交換等の交渉に使えるかもしれない。
 可能性は僅かでも拾っておくべきよ。
 これは艦長命令です。
 報告書に書くなら構わないわ。好きにしなさい。」
「ラミアス艦長!!!」

 キラがとっさに受け止めたミゲルのジンは損傷が激しかったもののコクピットの部分は無事だった。
 ジンを掴んだまま吹き飛ばされたアークエンジェルと逸れたストライクはその後の通信に誘導され、艦に戻る途中に推進部が故障した救助ポッドまで運んで来てしまった。

『このまま放っておけと言うんですか!?』

 初めは受け入れを躊躇っていたマリューも納得出来ないといった様子のキラの言葉に受け入れを許可した。
 しかし、ジンまで連れている事を言い忘れていたキラ。
 当然格納庫に着いた時には大騒ぎになった。
 マードックからの報告でジンをどうするかを問われたマリューは艦長判断でジンの回収を許可したのだった。
 そんなマリューの判断を承服できないナタルは噛み付いて来たが上官命令には逆らえず不満を表情に表したままマリューの後を追う。
 やがて辿り着いた格納庫では脱出ポットからヘリオポリスの避難民が整備兵の手を借りて出てきていた。

「ママ!」

 甲高い子供の声が響き渡る。
 子供心にも恐ろしかったのだろう。
 怯えの混じった母親を呼ぶ声にマリューはホッとする。

《回収を許可してよかったわ・・・。》

 しかし、一瞬の安らぎも次の声で掻き消える。

「イリア!!」

《はいっ!?》


 聞き覚えのある声に驚いてマリューは声の発せられた方向へと振り向く。
 ナタルも声に反応して声のした方向へ視線を送っていた。

「イリア・・・良かった無事だったんだね。」
「ママ、ママァ・・・・・・。」

 母親に抱き締められてホッとしたのか泣き始める子供は本当に幼い・・・幼女だった。
 それは良い。
 それは良かった。
 けれど問題は抱き締めている母親の方。

「キラちゃん!? ちょっとどーゆーこと!!?」

 思わず叫んだのはマリュー。
 明らかに自分よりずっと年下の少女、キラ・ヤマトが2・3歳ほどにしか見えない幼女を抱き締める姿を見て半分悲鳴に似た声を上げた。
 しかし更に追い討ちをかけたのは整備班の声。

「おい! ザフト兵がいるぞ!!?」
「ちょーっとタンマ! 武器は持ってない!! 手を上げて出て行くから撃つな!!!」

 若い・・・と言うより少年の声。
 声がしたのはジンでは無く脱出ポットの方向。
 ザフトの赤いノーマルスーツを着た少年がヘリオポリスの避難民と見られる少女と中年男性に庇われるようにして出てきた。

「んなっ!? 何故ザフト兵が脱出ポットに!!?」

 驚愕の声を上げたのはナタル。
 けれど答えが返ってくるわけが無い。

「担架だ担架!
 ジンのパイロットを運んでくれ!!
 うわ〜こりゃ骨いっちまってるぞ。」

 今度はジンの方向から声が上がる。
 マードックの指示で銃を構えてジンの周りに立っていた警備兵が慌てて備品置き場に走り出した。
 どうやら問題のパイロットは怪我をしているものの生きていたようだ。
 が・・・・・・・・・・・・。

《何なのよこの状況は〜〜〜!!!》

 予想外の出来事にマリューの頭は既にパンク寸前だった。



 格納庫での騒ぎから1時間後。
 一部の者を除いて、脱出ポットに乗っていたヘリオポリスの避難民のIDチェックを下士官に任せたマリューは医務室にいた。
 モルゲンレーテの工場区で受けた傷の治療の事もあるが最大の目的は尋問。
 本来ならば一人一人行うはずの尋問を状況の複雑さを考慮に入れ、同時に行う事にしたのだ。
 狭い医務室の中、集められたのはキラと娘のイリア、フレイ、ザフト兵である為に腕をしっかり縛られたラスティ、肋骨と右足を骨折している為ベッドで寝かされた状態のミゲルに診療に当たっているヘリオポリスの医者。
 そして彼等に尋問を行うマリューとナタル、ムゥの三人。
 合計9人。
 部屋の狭苦しさと状況が生み出す頭痛でナタルがマリューの傍らでこめかみに血管を浮き上がらせているが誰も気付いてはくれない。
 また、ナタルが更に苛立つ原因は「匂い」にあった。
 
「ママ〜お腹空いた〜〜〜。」
「はいはい待ってね。今ふーふーしているから。」

 膝の上で空腹を訴える娘に左手に持ったカップから湯気を立てているコーンポタージュをスプーンで一掬いして息を吹きかけ冷ましながら答えるキラ。
 普段ならば安らぎさえ覚える母子の日常風景。
 だがここは敵が何時襲ってくるとも分からない状況の戦艦の中。
 ナタルが苛立つのも無理は無い。
 マリューなど先程飲んだばかりの胃薬の瓶にまた手が伸びている。
 そんな女性士官二人の様子を見たムゥはとっとと終わらせてしまおうと話を始めた。

「あ〜。じゃあ確認だけだけど正確に答えてくれ。
 まず名前の確認。お嬢ちゃん・・・キラだったな。
 フルネームと年齢、国籍、所属と何故工場区にいたのか教えてくれ。
 ついでに膝の上の娘さんのも頼むわ。」
「僕の名前はキラ・ヤマト、16歳です。
 こちらは娘のイリア・ヤマト、2歳と1ヶ月です。
 国籍は二人ともオーブ、この子は無所属ですが僕はヘリオポリスの工業カレッジのカトーゼミに所属していました。
 この子が何故工場区に居たのかは知りませんが、僕は教授のお客さんが工場区に走っていったので連れ戻そうとして戻れなくなり、シェルターの空きが1人分しか無かった為にお客さんに譲って僕自身は最終的にそちらの艦長さん・・・ラミアス大尉にMSに乗せられて脱出しました。
 後はラミアス大尉がよくご存知です。」

 一息に言い終えたキラに真っ先に噛み付いたのはフレイだった。
 心なしか手入れの行き届いたセミロングの髪が浮かんで見えるのが怖い。

「ちょっとシェルターの空きがあったの!?
 何でそれを譲るのよ!!
 いつも言ってるけどアンタはお人好し過ぎよ。
 死んだらどうするの!!!」
「他にもシェルターがあるって聞いたから大丈夫だと思って・・・。」
「結局入れなかったんでしょ!」
「悪いけど話を進めたいから次に貴方のお話を聞かせて頂戴。」

 ギャンギャンとキラにお説教を始めるフレイに待ったをかけ、痛む胃を押さえながらマリューが問うと渋々口を噤んでフレイが話し始めた。

「私はフレイ・アルスター。
 15歳でキラと同じオーブの国民、ヘリオポリスの工業カレッジ1年になります。」
「アルスター・・・聞いた事があるような・・・・・・・・。」

 思い出せないが何か引っかかる物を感じてナタルが首を傾げながら記憶を辿る。
 だが思い出す前にフレイが先に話した。

「父は大西洋連邦事務次官を務めるジョージ・アルスターです。
 軍に関わってますからその関係で聞いた事があるんじゃないですか。」
「ああ思い出した! めっちゃ自己中のあのおっさんか!!」
「自己中な父で悪かったですね。」

 ムゥは一度対面した事があるのか思いっきり本音を洩らす。
 分かってはいるもののなんだかんだと言いながら父親っ子のフレイには聞き逃せない一言。
 表情を動かさないものの冷ややかな瞳がムゥに突き刺さる。
 流石に拙いと思ったのか片手を挙げて謝るが、険悪な雰囲気は変わらず傍らに居るマリューが頭痛薬の瓶に手を伸ばす。
 だがその手を止めたのはラスティの素っ頓狂な声だった。

「お前・・・実は地球軍のお偉いさんの娘!?」
「違うわよ! パパは軍人ってわけじゃないわ!!
 とにかく話を続けますけど・・・通路が爆発で分断されてしまってからシェルターを探す為にイリアを連れて工場区に走りました。
 けど戦闘中で弾丸が飛び交っていたので下手に動けずに居たところをラスティに助けられたんです。
 後はまだ動くトラックに乗って工場区を出て・・・途中で見つけたシェルターに入りました。
 入ったところでシェルターがロックされて、脱出ポットとして射出された後に故障で動けなくなったポッドごとこちらの艦に収容されました。以上!」
「ではそちらのザフト兵、ラスティ・マッケンジーとは初対面なんだな?」
「勿論です。」
「俺もナチュラルの知り合いはいませんよ。
 今日まで実際に会う事すら無かったんだから。」
「捕虜は質問するまで黙ってて下さい。」

 嗜めるようにマリューは言うがその声に張りが無い。
 艦長の疲れを察してムゥはナタルに目配せをする。
 上官であるムゥの言わんとしている事に気付いてナタルが頷くと応える様にムゥが質問を始めた。

「で、そちらの先生は?」
「私はヘリオポリスの医者です。
 モルゲンレーテ社の嘱託医師でして今日は定期健診がある日だったんです。
 ザフトの攻撃が始まって避難した脱出ポットで彼女達と会ったんです。」
「知り合いのようですが。」
「ええ、ヤマトさんは私の患者ですので。
 ヘリオポリスに住むコーディネイターの殆どが私の患者です。」
「珍しいですね。ナチュラルでコーディネイターを専門に診るとは。」
「誰かが診なくては彼らとて人間ですから倒れてしまいますよ。
 専門医と言ってもナチュラルの各科の医師と連携を取って治療に当たっていますがね。
 特に小児科は・・・。」
「なるほど。」

 医師の言葉に一応納得したのか今度はラスティに視線を移したナタルが質問する。
 ナタルの突き刺すような視線に答えるようにラスティの目は挑戦的な色を帯びていた。

「では、ラスティ・マッケンジーに問う。
 お前の所属する部隊は?
 何故お前はあの脱出ポットにいたんだ。」
「まあどうせバレてるだろうけどクルーゼ隊所属。
 今回の作戦前に配属されたばかりのペーペーだよ。
 さっきフレイが言ってたけど脱出ポットに入った途端にシャッターが閉まってロックされ出られなくなったんだ。」
「だから何故お前もシェルターに入ったんだ。」
「フレイがシェルターに入る直前に転んで気絶したんだよ。
 どっかの新造艦が工場区を砲撃で抜け出した衝撃のせいでさ。」

 ありゃりゃ

 そんな声が聞こえてきそうなムゥのおどけ顔にナタルとマリューが一睨みする。
 二人の怒りを逸らそうと最後の一人に質問した。
 怪我のせいで発熱が始まりうっすらと汗を掻いているジンのパイロット。
 ミゲル・アイマンに。

「じゃ、怪我してて大変だろうと思うけど自分の名前と所属している隊の名前くらいは教えてもらえるかな?」
「・・・っつ! ミゲル・アイマン。クルーゼ隊だ・・・MSパイロットだった。」
「ミゲル・・・アイマン?
 何処かで聞いた様な気がするんだけど・・・。」
「地球軍でも有名ですよ。オレンジ色のジンを駆る『黄昏の魔弾』としてね・・・。」

 マリューの声に答えたのはナタル。
 情報だけはしっかりと押さえている。

「ほーお前さんがねぇ・・・。
 にしては今回かなり間抜けだったけど。」
「俺だってアスランの奴がちゃんと援護してればこんな事にはっ!
 っ・・・いててててててっ!!」
「ほら無茶をしない。これから段々熱が出てくるだろうから・・・落ち着いて。」

 激昂するミゲルを押さえる医師。
 だが士官の三人はそれどころではない。
 何とかして情報を得たいのだ。

「アスランねぇ・・・。例の取られた赤いMSに乗ってた奴だろうな。
 何で手を出さなかったのかは・・・その様子じゃわかんねぇよな。」
「こっちが聞きたいくらいだ。」

《多分そこのキラちゃんが乗ってるのを知ってたんだな。》

 突込みを入れたい。
 入れたいが・・・自動的にイリアの事まで知れてしまい我が身どころかキラ達の身も危なくなる。
 尚且つこの事実を知ったところであの国防委員長が攻撃の手を緩めるわけが無い。

《黙っとこう。》

 そうラスティが心に決めた時だった。

 がたん!

「アスラン・・・ですってーーーっ!?」
「フレイ!!?」

 ムゥの言葉に反応したのかフレイが般若の顔で立ち上がる。

「キラを孕ませた張本人が傍に来てるっていうの!?」
「「「「なにーーーーーーっ!!???」」」」

 爆弾投下。

《嗚呼、俺の配慮は何の意味も無かったのね。》

 フレイの傍らで手を縛られたまま涙を流すラスティ。

《フレイ・・・出来たらそういう事は大声で言わないで欲しかったな・・・。》

 ちょっと諦めの入った涙を称えながら娘に黙々とポタージュを飲ませるキラ。

「ママ〜お腹ぽんぽこ♪」

 満足げに母親に満腹を告げるイリア。

 幼子の愛らしい仕草に心和ませるどころではない地球軍士官三人。
 怪我の痛みを忘れてキラとイリアを凝視するミゲル。

 この時、ラスティの耳には確かに『運命』が聞こえていた。


 続く



 もうちょっと続けようかと思いましたがここで切りました。
 続きは間違いなく夏コミ後です。

 2004.8.12 SOSOGU


 守りたいモノへ

 NOVEL INDEX