守りたいモノ
 フレイの爆弾発言からそのまま尋問など出来ない。
 三人の士官の中で一番判断力のあるナタルは興奮するフレイを宥めて一度退室させた。
 キラも退室させる。
 娘であるイリアが「眠い」と言いながら母親の服を放さなかったからだ。
 幸いヘリオポリスの友人が居る事もあり、イリアの為にも休むようにと告げた。
 一通りの治療も済んだ事もあり、医師も食事を取る為に退室することになった。
 残ったのは士官三人と捕虜となったザフト兵二人。

 ぴぴっ ぴしゅ!

 小さな電子音と共に医師が出て行くのを見送った後、一斉にふぅっと溜息が零れる。
 立ち込める沈黙を破ったのはラスティだった。

「あ〜、アスランの事を黙っていたのは決してあんたらに情報を渡したくなかったからじゃない。
 彼女達の立場を考慮し、聞いたあんたらがザフトから更に襲われる可能性が高くなる事実、そして俺達自身の身が危うくなるからだ。」
「どういうことだ?」

 誤魔化し半分、冷や汗をダラダラ流しながら言うラスティに形のいい眉を吊り上げてナタルが問う。

「今から話す事は俺が知っている全てだ。
 聞けばミゲルも含めてあんた等もヤバくなる確率は高い!」
「お・・・おい待てラスティ・・・・・・・俺は聞きたくない・・・・・・・・・・・。」

 にやり♪

「気付いたか。そりゃそうだよな〜☆
 言っておくけどミゲル、一蓮托生だからなv」

 ぞくぅぅぅううっ!

 悪寒に襲われ鳥肌が立つ。
 それが怪我による発熱のせいなのか、それともこれから待つ自分の運命に対する予感なのか・・・。
 ミゲルにはわからなかったが耳を塞ぎたくても両手をラスティに押さえられ、振りほどきたくても力が入らずそれも出来ない。

『死なばもろともvvv』

 ラスティの笑顔と共にそんな言葉が背後に見えたのはミゲルだけでは無かった。



「つ・・・つまり、キラ・ヤマトはザラ国防委員長の令息と恋人関係にある・・・・・・ということか?」
「アスラン本人が肯定していたから間違いないな。」
「それじゃキラちゃんの娘さんはザラ国防委員長の孫娘!?」
「外見的特徴からしてアスランそっくりだからまず間違いないだろ。」
「しっかし、ブルーコスモスとの繋がりが強いジョージ・アルスター事務次官のご令嬢がナチュラル嫌いで有名なザラ国防委員長の義理の娘や孫娘とお友達とはねぇ〜。」
「フレイ嬢の事はともかくこれは好機です!
 彼女達が乗っている事をザフト軍に告げれば安易に攻撃は仕掛けてこないはず!!」
「バジルール少尉!?」

 軍人として極当たり前な判断かも知れない。
 けれど『民間人を人質に取る』ことはマリューにはあまりに卑怯な事でしか無かった。

《出来る事ならそんな事はしたくない。》

 母性溢れる優しさは軍人には向かないとわかっていてもマリューには割り切る事が出来ない。
 だがナタルの発言に怒るどころかラスティはお気楽そうに受け流す。

「ああ、それ無理だから。」
「どういうことだ。」

 ムゥが怪訝そうな顔をして問うと「そうだろうな。」とミゲルが痛みに呻きながらラスティの言葉を肯定した。
 ミゲルの言葉にマリューが視線をベッドに送るとラスティは誰とも視線を合わさずに言葉を続けた。

「ザラ国防委員長にとってキラちゃん達は邪魔でしかない。
 実際アスランとキラちゃんは結婚していない。」
「!!?」
「そして、アスランには婚約者がいる。」
「それって!」
「プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であり、プラントで絶大な人気を誇る歌姫。」

「「ラクス・クライン。」」

 最後の言葉はラスティとミゲル、二人の声が重なる。
 その一言で三人は全てを理解した。

「政略結婚・・・確かに婚約段階で彼女達の存在が知れればすぐさま破談。
 権力を強化したいと望んでいるザラ国防委員長にとってこの事実は邪魔でしかないな。」
「婚約の事を知ればあの子達は・・・。」
「フレイは怒り狂う事間違いないさ。
 出来ればキラちゃんにも黙っておいた方がいい思う。」
「確かに・・・ザフトに伝えても意味は無いな。」
「いや・・・・・・それどころかあんた等も含めて命を狙われる。
 特にクルーゼ隊長はザラ国防委員長との繋がりが強い。
 知れば国防委員長の命令が無くても『この機会に抹殺を。』と考えるだろう。」
「アイツの考えそうなこった。」


 ミゲルの言葉におどけるようにしてムゥが答える。
 マリュー、ナタルがムゥの声を肯定するように頷く。
 そしてマリューは改めてラスティに向き合う。

「ラスティ君、正直なところ話を聞くまで黙っていた貴方を疑っていたわ。
 ごめんなさい。」
「へっ!?」

 微笑みながら捕虜に謝罪する敵艦の艦長。
 普通ならありえないその行動にラスティはびくつく。

《甘いっ! この人は甘すぎるっ!!》

 びくつくラスティと微笑むマリューを見ながらナタルは心の中で毒づくが、んな事してもしてしまった行動は無かった事には出来ない。
 怒りに震えるナタルの肩をポンポンと叩きながらムゥが宥める。
 そんな三人の士官の様子を見て、ミゲルは思った。

《この艦・・・本当に大丈夫なのか?》



 一方、部屋を追い出されたキラ達はまずコーンポタージュの器を返す為に食堂へ向かった。
 何より、イリアを優先する為にポタージュを先に貰ったもののキラやフレイは食事を取っていなかったからだ。
 丁度IDの確認作業が終わったのかヘリオポリスの避難民達も皆集まっていた。
 そしてその中に、サイ達もいた。

「キラ! 話終わったの?」
「終わったっていうより・・・部屋から追い出されちゃった。」
「何で?」
「まあ色々あって・・・。」
「そんな事より腹が立ってお腹空いたわよ。」
「ママねむい〜。」
「はいはい。」

 空腹を訴えるフレイと眠気を訴えるイリア。
 苦笑しながら答えるキラの気分は二児の母だった。

「食事はともかくとしてイリアは着替えた方がいいわね。
 その格好で寝ると汗かいて風邪ひいちゃうわ。」
「そうね。それに折角のワンピースが皺になっちゃう。」
「でも着替えなんて無いよ。」
「軍用のアンダーシャツぐらいなら借りれるんじゃないか?」
「嫌よ! あんなダッサイシャツをイリアに着せろっていうの!!?」

 少々ずれた反論をするフレイ。
 どうやら彼女の美観に合わないので完全却下らしい。
 そんなフレイの言葉をフォローするようにキラが理由をつける。

「それ以前に大きさが合わないよ。
 ・・・せめて今朝着てた服があればなぁ。」
「服ならあるよ。」
「えっ!?」

 カズイの言葉にキラとフレイが振り向く。
 見れば右手に見覚えのある紙袋。
 印刷されたロゴはフレイが気に入っているブランドのものだった。

「俺も持ってるよ。フレイの荷物。」

 そう言ってカズイの隣でサイも紙袋を差し出す。
 そちらにはフレイが愛用している化粧品ブランド、エリザリオのロゴが印刷されていた。

「キャーvvv
 良かった〜♪ これ今日発売の限定美白パックが入ってたのよっ!
 有難うね、サイ☆」
「そ・・・それだけ?」
「カズイもご苦労様。
 っていうか・・・落としてたらタダじゃ置かないけど。」
「ひでぇ。」

 あのMSの戦闘の中、荷物を抱えて必死に逃げ回っていた二人を見ていただけにトールは労わりの感じられないフレイの言葉にうんざりした顔で正直な感想を漏らしてしまう。
 慣れているサイは苦笑するまでに止めているが、カズイは「命がかかってたのに・・・。」とぼやいてテーブルの上に指でのの字を書いている。
 「ありがとね! カズイ!!」とキラが慰めるように声をかけ、母に倣って「ありがと!」とイリアが感謝しているのが唯一の救いかも知れない。

「じゃあ着替えないとね。」
「その後で歯も磨かないと。」
「なら折角だから私のプレゼント使って!」

 これまた同じくカズイが必死に運んだ荷物。
 皆からイリアへの誕生日プレゼントの袋をドドンとテーブルの上に置いてミリアリアが叫ぶ。

「そうだな。イリアの役に立つ物が入っているし。」
「寝る時のお供もあるぞ♪」

 いじけているカズイを他所にサイとトールが待ってましたとばかりにイリアに微笑みかける。
 プレゼントがあると知って眠気が吹き飛んだように目を輝かせるイリア。
 笑顔一杯の幼子に初孫を喜ぶ祖父母の様にやに下がった笑顔を返すサイ。

《《《うわ〜〜〜ジジくさっ!》》》

 工業カレッジの学生達の様子を見守っていたヘリオポリスの避難民全員の感想だった。

 サイ・アーガイル17歳。
 カトーゼミではお兄さん的存在。
 だが今は、友人の娘に骨抜きにされたジジくさい17歳。

 そんな周りの雰囲気をさておき、プレゼントの袋が開かれる。
 次々と出てくるプレゼントに喜びの声を上げるイリア。
 皆が戦艦に乗っているという事実を忘れさせるほど和やかな空気が食堂を満たした。



 ラスティの話が終わってから、マリュー達も休憩を取る為に医務室から退室していた。
 だが医師も戻らず敵軍の捕虜を野放しにするわけにはいかない。
 一人は怪我が酷く動けないがもう一人は頭の怪我以外は特に外傷は無く、殆ど無傷と言っていいのだから。
 そんな理由からムゥのみが残り、後から見張りの交代も兼ねて食事を持ってくるはずの下士官達を待っていたのだが・・・。

 ピシュン!

 電子音と共に開いたドアから飛び込むように入って来たのは小さな影だった。

「らす〜☆」
「お嬢ちゃん達? どうしたんだ??」

 飛び込んでいたのはでかいクマのぬいぐるみを抱えたイリアだった。
 先ほどと違い長袖Tシャツと半ズボン、ジャケット代わりにパーカーを羽織って靴もシューズに履き替えていた。
 だが何より目立ったのはその背中。
 可愛らしい赤いチェック柄のリュックが燦然と輝いて見える。

「食事を持って来たんですよ。
 今、この艦の乗組員は殆ど居なくて忙しいって聞きましたし、僕も娘を助けてもらったお礼を言ってないのでその事をお話ししてお仕事を引き受けたんです。
 改めてラスティさんに挨拶したかったので。」
「ちゃーんと怪我してるそっちの金髪の分としてお粥を貰ってきたわよ!」
「名前聞いてたんだからちゃんと呼んでやれよ、お前。」

 感謝しろと言わんばかりに胸を張って入ってくるフレイと普通の食事のトレイを抱えたキラ。
 けれどその後にまだまだお客がいた。
 ドタドタとそんな音を響かせながら入ってきたのはキラと共にマリューに拘束された工業カレッジの学生達だった。

「へぇ〜、ザフトのノーマルスーツって赤なのか!?」
「え? でもこっちに置いてある同じデザインのスーツは緑だよ。」
「って言うか若いのな〜。俺等とそう変わらないじゃないか。」
「ちょっと立ち止まってないで早く部屋に入ってよ。」

 緊張感のかけらもない会話をしながら入ってくる4人のせいで一気に人口密度が高くなる。

「おいおい、遠足じゃないんだぞ?
 大勢で押しかけて・・・ここを何処だと思ってんだ。」
「「「「「戦艦。」」」」」

 呆れた声で訊くムゥに間髪入れずに答える工業カレッジ学生組。
 わかっていても出て行く気配の無い彼等に頭を抱えているとキラがそっと食事トレーを差し出す。
 温めた後、真っ直ぐにここへ向かった事を証明する暖かな湯気と香しい匂いがムゥの食欲を刺激する。
 空腹を思い出しキラに感謝しながらトレーを受け取るとキラが微笑みながらムゥに声をかける。

「お疲れ様です。艦長達からの伝言を預かってます。」
「へぇ、何?」
「食事が終わり次第ブリッジに来るようにと。
 今後どういったルートで月に向かうかを話したいそうです。」
「まあ、このまま真っ直ぐ月には行けねぇだろうな。」
「どうしてです?」
「はいはい思い出してみよう。
 そこにいる二人は誰かな?」
「・・・あ。」
「お嬢ちゃんと再会してホッとして忘れてただろ。
 まだザフトが直ぐ近くにいるんだ。追撃は必至だぜ?」
「ですよね・・・・・・・・・。」

 ムゥの言葉に不安を覚え、足元にいた娘を抱き上げる。

《暖かい・・・。》

 トクトクと鳴る娘の心臓の音を聞く。
 イリアと再会するまでは感じられなかった体温。

《もう手放したくない。》

「マ〜マ?」

 急に母親に抱き上げられ、不思議そうにイリアがキラを呼ぶ。
 まだ二歳になったばかりの娘はキラの体で簡単に隠せるほど小さく、キラの腕で簡単に抱き上げられるほど軽く、けれど誰よりも強いキラからの愛情が身体一杯に詰まっていた。

 ぺちぺち

 小さな手でキラの頬をはたくように触る。
 先程の笑顔が消えうせ不安そうな顔をしながらイリアは言った。

「いたい? ママどこかいたい??」
「痛くないよ。少し疲れちゃっただけ。」

《不安を子供に悟らせてはいけない。》

 そんなキラの想いを察しながらもムゥは辛い事実を告げざるを得なかった。

「少しでもいいから寝ておけよ。
 最悪、嬢ちゃんにはまた手伝ってもらうかも知れないからな。」

 ムゥの一言で先程までラスティ達にじゃれつくように騒いでいた皆が静まり返る。
 先程、食堂に広がった雰囲気で忘れてしまっていた事実。
 まだザフトの追撃から逃れきったわけで無く、今も危険が去っていない事を思い出して。

 そして、またキラがストライクに乗らなければならない可能性に思い当たって。



 15分後、ムゥはブリッジにいた。
 まずは現在位置の確認。
 月までのルートの決定の為にナタルとマリューが宙域図が映し出されたモニターを前に唸っている。

「私は一度アルテミスへ寄航する案を具申致します。
 現在、当艦はヘリオポリス崩壊の折に弾薬を多く失いヘリオポリスの避難民を抱え、食料を含め物資が不足しております。
 特に水は深刻な問題です。
 積み込み作業中で襲撃に遭った為、予備は殆どありません。」
「食料も?」
「ええ、また人員不足もあり直接月まで向かえば交代なしでの航行を余儀無くされる事になります。
 このまま月へ真っ直ぐに行くのはあまり現実的ではありません。」
「確かにな・・・アルテミスなら近く距離的に問題は無い。
 どうする? 艦長さん。」

 確かにナタルの言う通りだ。
 けれどマリューの心に引っかかる物があった。
 少しの間、逡巡しマリューは答える。

「アルテミスへは向かいません。」
「艦長!?」
「アルテミスはユーラシア連邦の基地。それはわかっているわね。」
「勿論です! 今ユーラシアは友軍、我々のこの状況を放っておく事はありません。」
「友軍と言えば聞こえは良いけれど大西洋連邦と同盟を組んだ最大の理由は同じプラントを敵としたからに過ぎないわ。
 隙あらば大西洋連邦を出し抜こうと考えている彼等が友軍コードを持たない軍事機密だらけのこの艦を見逃してくれるかしら?」
「しかしっ!」
「確かに、あそこの責任者をやってるジェラード・ガルシアは野心家で特に有名だったな。」
「フラガ大尉!!」
「これは決定事項です。バジルール少尉。」

 有無を言わせぬマリューの声が静かに響く。
 現在艦長はマリューであり階級も彼女の方が上。
 ナタルは従うしか無かった。

「わかりました。従いましょう。」
「ほんじゃアルテミス行きは×・・・と。
 どうする? 無茶は承知で真っ直ぐ月に向かう??」
「そうですね。一応アルテミスに向けてデコイを発射して月に向かおうと思ってます。」
「クルーゼの奴が騙されてくれるかねぇ。」
「相手は二隻で来ていたのですよ?
 少なくとも二手に分かれて追って来る可能性があります。」
「でしょうね。」
「こっちのルートは?」

 映し出された宙域図の既に×印がついたルートを指し示しながらムゥが問うとマリューが答えた。

「そちらはデブリベルトです。
 障害物が多く一時的に身を隠す場所として案が出たのですが、危険過ぎる事と物資の事があり取り止めたのです。」
「宇宙の墓場『デブリベルト』か・・・。
 逆転の発想だな。」
「フラガ大尉?」
「俺って不可能を可能にする男だぜ。」

 ウィンクしながら言うムゥについていけずマリューとナタルは顔を見合わせる。
 彼の言う『逆転の発想』を聞き二人が悲鳴に似た叫びを上げるのは30秒後の事。



 ベッドの上で眠るキラ達母子。
 その安らかな寝顔を友人達は和みムードで見守っていた。

「よく眠ってるわね。」
「もぉ〜イリアってばクマさんを放さないまま眠ってるv
 可愛い〜〜〜vvv」
「キラもキラでぬいぐるみごとイリアを抱き締めながら寝てるよ・・・。」
「やっぱ親子だな。」
「性格とかそっくりだよ。この二人。」
「ってお前等・・・・・・・・・。」
「「「「「何。」」」」」

 ぎんっ!

 その和みムードに水を注す邪魔者に皆の鋭い視線が突き刺さる。
 邪魔者=ラスティはこめかみに青筋を浮かべながら喚いた。

「ここは医務室で仮眠室じゃない!
 とっとと出てけよ!!」
「騒ぐんじゃないわよ。キラとイリアが起きるでしょ!」

 ばこっ

 間髪入れずにフレイの突っ込み・・・もといお仕置きが炸裂する。
 と言っても食事トレーで軽く頭を叩くくらいだが、衝撃でこめかみに負った傷が疼いたのかラスティは頭を押さえて蹲る。

「怪我人に暴力揮うな!」
「アンタが大げさなだけよ。」
「喧嘩はそれまで。
 それよりキラが寝てるうちに俺達はどうするか決めよう。」
「俺達?」

 喧嘩を始める二人を止めたのはサイだった。
 その目は先程の和みムードなど無かったかのように真剣で重い物を感じさせる。
 止められた事よりもそのサイの目と言葉に引っかかる物を感じてラスティは聞き返す。

「このままじゃいけない。またキラだけあの人達に協力させられる。」
「でも、代わってあげたいけど私達じゃMSには乗れないわ。」
「ちょっと待て! MSって・・・乗ってたのはあのエンデュミオンの鷹じゃなかったのか!?」
「乗ってたのはキラよ。
 工場区でシェルターに入れなくて・・・脱出の為にあの艦長がキラをMSに乗せたの。」
「じゃあ、OSが滅茶苦茶だった地球軍の新型の中であの機体だけ急に動きが良くなったのは。」
「キラが途中から操縦を代わったんだって。OSもその時に書き換えたらしいよ。
 コーディネイターって本当に凄いよな。君達も出来るんだろう?」
「「無茶言うな。」」

 カズイの言葉に思わずラスティとミゲルの言葉が重なる。
 意外な答えだったのかトールやミリアリアの目が驚きで見開いていた。

《知らないって言うのは本当に怖いな・・・。》

 少し溜息を吐いてラスティは話し始める。

「あのな。ナチュラルにも能力差があるように俺達にだって個々の能力に差が出る。
 ザフトは志願してきた兵士を一度アカデミーで鍛えてから試験を受けさせているんだ。」
「へえ、じゃあ試験結果が悪ければ?」
「一応志願して来たわけだし軍に仕事が無いってわけじゃない。
 けどそういう奴は前線には出ない。主にプラントに残って基地内の雑用をしている事が多いな。」
「雑用って・・・トイレ掃除とか言うなよ。」
「それも仕事の内だ。」
「するんだ・・・掃除。ラスティも?」
「俺は成績良かったからな。おかげ様でそういう仕事は回って来ない。」
「お前等さっき俺とラスティのスーツの色が違うって言ってただろ?
 あれはアカデミーの試験結果に因って分けられるんだ。」
「じゃあ緑が成績いいのね! MSのパイロットだし!!」

 がったーん ごごん!

 フレイの言葉にラスティが座っていた椅子ごと倒れて頭を打つ。
 自信満々な様子のフレイに対するラスティの反応にミゲルが堪え切れない様子で腹を押さえながら笑っていた。
 肋骨の痛みと腹部の痙攣。
 もうどっちが原因かわからない涙を流し笑い続けるミゲルにハンドタオルを差し出しながらミリアリアが言う。

「フレイ・・・逆みたいよ。」
「え! だってあんな間抜けで成績良いの!?」

 ぐさっ

 倒れたままのラスティの頭にフレイの言葉が矢となって突き刺さる。
 ラスティ、ダメージ500。

「くっくく・・・苦しい・・・。
 久し振りだなこんなに笑ったのは。」
「笑い過ぎだミゲル。」

 痛む頭を押さえ起き上がったラスティは不機嫌さを隠さない。
 けれど笑いを押さえられないままミゲルは言葉を続けた。

「ラスティが着ている『紅』はアカデミーの卒業試験とそれまでの総合成績でTOP10に入った奴だけが着られるザフトの中でも特別な隊服だ。」
「うっそぉっっ!!!」

 ぐさぐさっ


 更なるフレイの追い討ち。
 ラスティ、ダメージ850。

「フレイ・・・可哀想だからそれ以上言うのは止めとけ。」

 ぐさぐさぐささっ

 止めの一撃。
 フォローのつもりのサイの言葉は慰めどころが槍となってラスティの心に突き刺さる。
 ダメージ∞(無限大)。

 ラスティはいじけてしまった。



 何を言っても毛布を被って丸まったままミゲルの上のベッドから降りてこないラスティを余所にミゲルは話を再開する。

「話を戻すがさっき言ったOSの書き換えは勿論俺達にも出来る。
 だが戦闘中という特殊な環境で尚且つあんな短時間に書き換えが出来るかと言われたらまず俺には無理だ。」
「でもキラは・・・。」
「だから俺も驚いたさ。
 初めて乗るMSを操縦した事自体、俺には信じられないのにそんな神業・・・。
 しかもこの俺が乗ったジンを破壊したんだ。アカデミーをトップで卒業した奴にも出来るかどうかって所だぞ?」
「コーディネイターなら出来るってわけじゃなくてキラが特別凄いって事?」
「そういう事だ。」

 首を縦に振るミゲル。
 けれど皆にはまだ納得出来ない理由があった。

「でもキラって何にも無いところで転ぶわよ。」
「嫌いな講義は居眠りして教授に怒られたり。」
「お人好し過ぎてこの間、転んだおばあさんを家へ送り届けて遅刻してたし。」
「だからいっつも私が世話焼いてるのよ!」

 ダメ押しのフレイの言葉にミゲルは押し黙る。
 必死に必死に反論する糸口を探そうと優秀な頭を回転させてやっと出たのはフォローには程遠い言葉。

「・・・に、人間性・・・だろ?」
「タダのお人よし馬鹿よ。」

 切り捨てるように言うフレイ。
 けれど一番キラの世話を焼いて離れないのもフレイなのでその言葉には暖かみすら感じられた。
 そしてそれは次の言葉で確信に変わる。

「だから守ってあげたい。
 力になってあげたいの。」

 そう言って笑うフレイに皆頷いた。
 だからかもしれない。
 彼らがその後話した『これからの事』を聞いても、強く止められなかったのは。



 暫くしてキラが起き出した。
 まだ寝足りないといった様子で目を擦りながら上半身をベッドに片手をついて支える。
 見回せば傍らには毛布を跳ね除けてぐっすり寝る娘、イリア。
 右手にはぬいぐるみのクマの手を握り、左手には自分の服をしっかり掴んでいた。
 その手を外すのが切なくて眠る娘の髪を撫でていると不意に声がかかった。

「あら・・・キラ起きたの?」
「フレイ? あれ皆は何処へ行ったの。」
「皆はブリッジへ行ったわ。」
「でも艦長達は民間人は立ち入り禁止だって言ってたよ。」
「だから、艦を手伝いに行ってるのよ。」
「え!?」
「人手が足りないんですって。」
「だからって皆がそんな事することないっ!」
「静かにしなさいよ。イリアが起きるわ。」

 フレイの言葉に口元を手で押さえる。
 幸いイリアは寝る前に飲んだポタージュによる満腹感が手伝って起きる気配は無い。
 ほっとしたところにフレイの声が重なる。

「大体キラに止める権利は無いわよ。決めたのは私達なんだから。
 アンタが強制的に手伝わされているのに私達には何もするなって言うの?」
「それはMSを操縦できるのが僕だけだからであって。」
「確かに私達にはとても操縦出来ないし戦闘なんてした事ないわ。
 でも私達には私達にしか出来ない事があるの。
 それくらいやらせてよ! 私達にも守らせてよ!!」
「フレイ?」
「お願いだから・・・守らせてよ・・・・・・。」

 わずかばかり涙を称えながら言うフレイに何も言えずにいると隣のベッドで寝ていたミゲルが起き上がって言った。

「わかってやってやれ。
 そいつだけここに残されたんだ。」
「?」
「『キラが手伝わされてる時、イリアの傍にいてやる人が誰もいなくなるだろ。』って言われてな。」

 フレイに出来る一番の事としてここに残るように皆に言われたのだと、キラは漸く理解した。
 どう答えて良いかわからず黙り込んでいると先程のフレイの声が大きかったのか、目をしょぼしょぼさせながらイリアが起き出した。

「ママぁ・・・? ふれー・・・?」
「ゴメンネ。起こしちゃった?」
「むぅーーー。」

 半分閉じたままの目で周りを見回し、母親を見つけると嬉しそうに身体を摺り寄せてきた。
 しがみつく様にまたウトウトしだしたイリアにキラが困ったような顔をしているとロックの外れる音と共にムゥ達が入ってきた。

「よっ! 嬢ちゃんは起きたようだな。」
「フラガ大尉・・・何の用ですか?」
「自分の機体の整備くらいしろってマードック整備主任が怒ってたぞ。」
「僕の機体!?」
「今乗れるのが嬢ちゃんだけなんだから君の機体だろ。」
「僕にまたアレに乗れと!?」
「もう直ぐデブリベルトに着く。
 そこで補給をするんだ。まず戦闘にはならないけど一応さ。」
「補給って・・・そこに援軍が来ているんですか?」
「それは無いな。」

 フレイの疑問に答えたのはラスティだった。
 漸くいじけから浮上したらしくベッドから降りてきた。
 その目は厳しく、ムゥを追求する光を帯びている。

「あんなレーダーがまともに使えないところをランデブーポイントにする理由は無い。
 俺達の急襲に完全に不意を突かれていたのは今のこの艦の状況を見れば誰でもわかる。
 援軍はまだいない。最初からいたならヘリオポリスでの戦闘に参加しているはずだ。
 タイミング的に考えて月から援軍が来たにしても早過ぎる。
 それらを考慮に入れると・・・あんたら墓場泥棒でもする気だな?」
「察しがいいね〜。
 でも墓場泥棒って〜のはちょっと酷いな。
 俺達が生きる為に必要な物を分けてもらうだけさ。俺だって大喜びしているわけじゃない。」
「でもっ!」
「このままじゃ戦闘になる前に水が尽きる。」

 反論しようとしたキラの言葉を遮るようにムゥが声を抑えながら、だが強い口調で言い放つ。
 『水』という命を繋ぐキーワード。
 その一言でフレイは勿論、ミゲル達も押し黙る。

「俺達は生きている。生き続けなければならないんだ。」
「けど・・・。」
「目の前にある事を知りながら見過ごすのか?
 そこのお嬢ちゃんが喉の渇きを訴えても。腹が空いたと泣いても。」

 卑怯だ。
 それはムゥが一番自覚していた。
 今の言葉がどれほどキラを傷つけるか知っていても・・・キラ達に守りたいものがあるように、彼もこの艦を守ろうと必死だった。



 「わかりました。」と答えたキラにホッとしたのか、ムゥは僅かに安堵の溜息を吐く。
 そして今度はラスティに向き直って言い放った。

「そんなわけで今この艦は忙しい。
 ラスティ・マッケンジー。
 お前さんは怪我が軽いから悪いが独房に移動してもらう。」
「ダメよ!」
「「はぁ!?」」

 軍人としては当たり前な言葉に反論したのはフレイだった。
 腰に手を当ててふんぞり返りムゥに噛み付くように怒鳴りつける。

「ミゲルの怪我みてくれた先生は疲れて居住スペースで寝ちゃってるんだもん!
 私一人でイリアとコイツの面倒見ろって言うの!?
 アンタ達は忙しいって誰一人来ないで『民間人』にやらせるっていうのね!!」
「あ〜だから野放し状態だとお嬢ちゃんが危険だから・・・。」
「危険!? さっきまで私達を放って置いたくせに今更危険だって言うの!!」
「じゃ、お嬢ちゃんはどうしたいんだ。」
「看護の手伝いさせるからラスティは置いてきなさい!!!」
「「「をい。」」」

 無茶と言えばあまりに無茶なフレイの言葉に思わずムゥやラスティ達の突込みが入るがフレイは全く聞こうとしない。

「置いてけって言ったら置いてくのよ!
 じゃなきゃパパに言いつけてやるんだから!!」

 我侭お嬢様の説得は無駄と判断したムゥによってラスティの移動は無しとなった。
 その後キラはデブリベルト調査の為にムゥに連れて行かれる。
 既に起きていたイリアがキラを呼んで泣いていたがフレイはそれを必死に宥めながら見送った。
 ドアのロックされる音を聞いた後、不思議そうな顔をしたラスティとミゲルにフレイは笑いながら言ったのだ。

「親の権力や七光りはこういう時に使うのよ。
 私が守りたいのはキラだけじゃないのわ。」

《俺達は守られてるのか・・・?》

 しかし二人は知らない。
 まだグジグジと泣いたままのイリアを抱き締めるフレイによってこの部屋が医務室などではなく、保育室と化す事を。


 つづく


 やたら長くなりました〜。
 予定ではラクスがでるはずだったのに・・・本当に9月までに終わらせられるのか不安。

 2004.8.23 SOSOGU


 パパリンの暴走へ

 NOVEL INDEX