動き出す世界
 CE・71
 地球とプラントは1年にも及ぶ戦いで互いに消耗が激しかった。
 それでも互いに引く事が出来ず、ズルズルと続く戦争。
 地球軍は大西洋連邦を中心とした複合軍。
 プラントや宇宙で騒ぎが起きている頃、地球では更なる騒ぎが起きていた。

《くそっ・・・オーブの情報収集能力を甘く見ていたか。》

 オーブが発表した衝撃の事実に中立国は勿論プラント理事国の国民が一気にブルーコスモスの批判を始めたのだ。
 ブルーコスモス盟主として知られるムルタ・アズラエルが出資する研究所で行われた研究。
 研究員の殆どがブルーコスモスの構成員である事が公然の秘密となっていたその研究所では大西洋連邦の上層部でも一部の者にしか知らされていなかった秘密の研究があったのだ。
 犯罪者を実験体としたコーディネイターと同等の能力を持つ強化人間の創造。
 そして成功体によるMSパイロットの適正能力判定。
 しかしそんな事実よりも世の中を騒がせているのは使用した試薬の高い依存性と人格破壊である。

 γ-グリフェプタン

 それが問題になっている薬品。
 どこから手に入れたのかオーブの代表首長ウズミ・ナラ・アスハは確たる証拠としてかの薬品とその実験データ、実験に利用されたと思われる死刑にされたはずの犯罪者リストまで国連に提出したのだ。
 それは丁度ヘリオポリス崩壊事件の3日前の事。
 まずは調査という事になり、直ぐに派遣された調査隊。
 不意を突かれたブルーコスモス側が動く前に研究所は国連調査隊により封鎖された。
 異様に早い国連の対応に不審に思う者も多かったが後にそれがウズミが手配していたものだと知れた。
 確信を持った彼がどれほど用意周到にことを運んでいたか・・・ウズミの永世中立宣言はオーブの信念そのもの。
 『他国の争いに介入しない』という誓いに触れるのでは無いかとブルーコスモス側が訴えようとしてもその前に人権保護団体が『人体実験に利用された者の人権』を掲げて動き出し追い詰められて行くばかり。
 また彼らが動けない理由がもう一つあった。
 アズラエルが進めていたこの研究はブルーコスモスでもほんの一部の者しか知らないものであり、ブルーコスモスという団体の総意で進められていたものでは無かったという事。
 知らされていなかった末端の構成員達が各支部の幹部に詰め寄る光景がどの国でも見られるようになった。

「どういう事だ!? 我々は遺伝子操作のみを否定しているのではないんだぞ!!!
 あくまで自然であれ、青き清浄なる世界とはそういう意味だ。」
「薬の力を借りて奴等を超えてどうする。その果てにあるものは本当に私達が望む物なのか?」
「けど本人に選択肢の無い『遺伝子操作』と成長過程で選択出来る『薬』ならば決して我々の思想を否定するものじゃない!」
「アズラエル理事が進めていた薬の概要を知らないの!?
 一時的な神経発達と筋力強化と引き換えに次第に崩壊していく人格と強い薬への依存症。
 それの何処が自然だと言うのさ!!!」
「皆落ち着け、落ち着くんだ。
 まだ我々は何も知らない。上層部からの連絡も報告もまだ無い。
 今はコーディネイター排除活動を休止して動向を見守ろう。」
「落ち着いてられるか! 上層部への繋がる回線はどうなっている。」
「今、世界中からアクセスしているらしくて混乱状態だ。全く繋がらん。」
「もうっ! 一体何がどうなってしまったのよ!」

 ブルーコスモスと一括りにされてはいたが実際内部ではそれぞれ派閥があった。
 盟主たるアズラエルは彼らの活動を密かに支援していただけであり、根本的な思想である『コーディネイターの徹底排除』の下で集った過激な集団をブルーコスモスと言うのだ。
 彼が今まで上手くブルーコスモスを組織化し動かしていたが本来ならば新興宗教に近いものがある。
 故に彼らは彼らなりに信じるものの為に動き、時にはテロすら起こすのだ。
 そして今回の騒動でブルーコスモスは大きく揺れた。
 はっきり言って今まで組織として動いていたのが不思議なくらいに分裂を始めている。
 現在糾弾を受けているアズラエルに組織の分裂を止める事は出来なかった。

《折角、大西洋連邦の上層部に食い込んでいるというのにココで終わり?
 冗談じゃない!》

 だん!

 執務室で一人篭ったアズラエルは壁に腕を打ちつけ現状況の打開策をひたすら練っていた。
 彼にとってコーディネイターは憎むべき相手。
 遠い昔、自尊心を傷付けられた事は忘れない。

 傍から見ればただの私怨に過ぎない。
 でもそんな事は彼にとってどうでもいい事だった。

《奴等ももう直ぐ実践投入できるところまで出来上がったというのに・・・ここで引き下がって堪るか!!!》

 ぴぴっ ぴぴっ

 室外から呼び出しのコールが鳴る。

「誰が来ても呼ぶなと言っておいたのに。」

 苛立たしげにデスクにあるスイッチを押しコールに答える。

「何です?」
『それが・・・お客様がいらっしゃっています。』
「誰が来ても通すなと言っておいたはずでしょう。帰ってもらいなさい。」
『ですがっ・・・気になる物を預かりまして。』
「物? 全く何を考えているんです危険物の可能性があるでしょう。」
『勿論危険物探査機にかけました。問題の物は手紙です。』
「だったら開けて中を改めてからにしなさい。僕は忙しいんです!」
『「勝手に開ければアズラエル様に殺される。」と言われたのです!
 正直判断に迷いまして・・・危険物の可能性が無い事は確認しました。受け取って頂けないでしょうか?』

 困り顔の秘書にはぁっと溜息を吐いてアズラエルは漸く了承した。
 ロックが解除されたドアから秘書が入ってくる。
 恭しく捧げられた銀色のお盆には一通の手紙。封蝋されたままで空けた様子は無い。
 さっさと秘書を下がらせ部屋をロックしてから彼は問題の手紙を開封する。
 その15分後、真っ青になったアズラエルが待たせたままの客人との面談に応じたのは、かの秘書しか知らない事である。





 キラが娘の様子のおかしさに気付いたのはラスティから一通りの話を聞いてからだった。

 アスランの父親がプラントの要人である事は知っていたしずっと来ない返事を待ち続ける中、そう言った事態を想定していた。
 何よりフレイが怒るから黙っていたがキラはある人物からアスランの婚約を聞いていた。
 その人は大丈夫だと言っていたけれど目の前にいるラクスを見ると自信を失ってしまう。

「私は婚約破棄する事は全く構いませんわよv」

 何を考えているか読めない笑顔でラクスは言うが彼らの婚約が持つ意味を思えば無理な話である。
 アスランの父であるパトリックからすれば自分と娘が邪魔になる事はキラにも容易に想像できる事だった。

《ヘリオポリスと一緒にヴェールを失ったのは悲しかったけど良かったのかもしれない。
 僕には、僕にはこの子がいる。この子は僕の子。それだけで十分だから・・・。》

 自分の心に決着をつける為、眠り続ける娘をそっと見やる。

 がくんっ!

 不意に艦が揺れる。
 デブリベルトに漂う何かの残骸でも当たったのか小さな衝撃が断続的に襲って来た。

 がっ・・・ごご・・・・・・

「何だ? 移動でも始まったのか??」

 ラスティが衝撃に転びそうになるラクスとフレイを支えながらのんきに言っている。
 まだまだ安全ではない事を思い出しキラは腕の中のイリアをそっとベッドに移そうとした時、娘の手が自分の服を掴んで放さない事に気付いた。
 驚いて顔を覗き込むが起きた様子は無い。
 が、妙に顔が赤い事と握りこんだまま固まる娘の手に異様なものを感じ取り、イリアの額に手を当てた。

《熱い・・・発熱してる!?》

「フレイ! 先生を呼んで来て。直ぐに医務室に戻る!!」
「キラ!?」
「イリアが発熱してるんだ。原因がわかるまで下手な薬は使えない。
 先生を早く呼んで来て!」
「わかった!」
「私も御一緒しますわ。」
「俺も手伝うぜ。何をすればいい?」
「隣の部屋にある僕等の荷物を持ってきて。その後で食堂で氷とランドリーでタオルを一杯!」

 テヤンデー! テヤンデー!!

 フレイとラクスはハロを先頭に医者が休んでいるはずのヘリオポリスの避難民がいる部屋へ向かった。
 その後を追うように部屋を出たラスティが隣の部屋に飛び込むと丁度シフトの関係でブリッジに向かおうとしていたトール達とかち合った。

「うわっ!? 何だどうしたんだ?」
「イリアの様子がおかしいんだ。キラ達の荷物はどれだ?」
「えっ・・・・・・?」

 反応が早かったのはサイだった。
 直ぐにベッドに載せてあったイリアのリュックを掴んでラスティに差し出す。
 「さんきゅ!」と叫んで荷物を掴み走り出すラスティを見送るとその先にイリアを抱えたキラが流れるように医務室へ向かっているのが見えた。
 後姿だけでもキラがうろたえフラフラしているのがわかる。
 ミリアリアが後を追おうとするがトールとサイに止められてしまい思わず怒鳴った。

「皆は心配じゃないの!?」
「心配に決まってるさ。」
「じゃあ何で止めるのよ!」
「キラをイリアの傍に居させる為だ。」
「気持ちはわかる。けど俺達は俺達に出来る事をしようって決めただろ?」

 諭すように言うサイとトールに涙ぐみながらミリアリアが黙る。
 けれどその顔はまだ納得していないのは容易にわかった。
 ずっと黙っていたカズイが済まなそうな顔をしながら二人の言葉を更に後押しをする。

「イリアの事はフレイに任せるって皆で決めただろ?
 ラスティ達も手伝ってくれてるしキラが傍に居る。
 僕等が直接出来る事はもう無いよ。
 今はキラがイリアに付いていてあげられるように僕等はブリッジを手伝おう。」

 心配しているからこそ傍には居られない。
 そんな状況にもどかしさを覚えながらミリアリアは漸く頷いた。



「おーい。これどう思う?」
「どう思うって言われましても・・・あっさり見つかりましたね。足つき。」

 モニターに映るのはデブリベルトから出てきたばかりのアークエンジェルの姿。
 運命の糸によるものか、それとも疫病神の巡り会わせか。
 何にせよガモフはラクス捜索より優先すべきものが出来た。
 隊長席には虚ろな目をしたアスラン。
 頼りにならない捜索隊隊長にそれでも副官としてジョルディは声をかける。

「おーいザラ隊長? 目の前に標的である地球軍艦です。指示下さい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・きぃらぁああああああああっ!!!
「「うおおっ!?」」

 突然開眼したアスランがブリッジで奇声を上げた。
 が、それも一瞬の事。

 ずこーーーーん

「喧しい! ブリッジでは静かにしなさい!!!」

 アリシアの一球入魂。
 どこから取り出したのかネイビー色のハロを投げ付けアスランを気絶させる。
 指示を貰う前に(一応)隊長を撃沈されてしまい困り顔でジョルディはアリシアに訊ねる。

「どうすんだよ。まだ指示貰ってなかったのに気絶させて。」

《そういう問題か?》

 絶対に問題点がずれている。
 そう確信するガモフの艦長ゼルマンの心の叫びは二人には全く届かない。
 ジョルディの傍らにいるニコルは少々驚きながらぎこちない微笑みと共に提案した。

「では提案があります。僕とイザーク、ディアッカがGで出ましょう。
 イザークとディアッカ、そしてガモフは正面から足付きを攻めてデブリベルトに押し込んで下さい。」
「デブリベルトへ押し込む?」
「僕のブリッツにはちょっと面白い機能がついているんです。」
「ミラージュ・コロイドか。」

 整備士としてデータを少しだが見たことがあるジョルディは漸くニコルの言わんとしている事がわかった。
 正面から攻めるグループとそして・・・。
 ニコルは「後は頼みます。」と言い残して格納庫へ向かった。
 ニカっと笑ってニコルを見送るとジョルディは直ぐに指示を出す。

「よし、第一戦闘配備。各MSパイロットは機体内で待機。
 イザーク、ディアッカは直ぐに出られるか?」
「既にスタンバイしています。」
「ではニコルの用意が出来次第発進。
 ゼルマン艦長、少し時間を稼ぐ為に妨害電波及び攻撃の用意をお願いします。
 それとその前に足付きに通信を繋げて下さい。」
「何をする気だ?」
「時間稼ぎですよ。もう直ぐ国防委員長を乗せた艦が一隻こちらに来ます。
 ニコルの作戦は足付きの投降を促すものです。
 少しでも有利にする為に時間を引き伸ばした上で実行した方が良いでしょう。」
「わかった。では微速前進、足付きへの回線を開け。」

 ブリッジにゼルマンの声が響き渡った。



《ちょっとちょっとどうすんのよ〜〜〜!!!》

 漸くダメージから回復しブリッジに戻り月への航路を取ろうと指示を出したマリューはモニターに映る影に頭を抱えた。
 はっきり光学映像にてモニターに映し出されるのはヘリオポリスで襲って来たザフト軍の戦艦。
 
「あちゃ〜。よく見つけたな、あちらさんも。」
「何をお気楽な事言ってるんですか! 背後はデブリベルト、正面は敵。逃げ道が無いんですよ!!?
 総員第一戦闘配備!!!」

 マリューの一声でアラームが鳴り響いた。
 けれど実際慌てたところで状況が変わるわけでもなし。
 そう言った意味ではムゥの様にお気楽なセリフを言っても状況的問題はないかも知れないが気分の問題がある。
 ナタルも現状況に驚き打開策を考え始めるが直ぐには思いつかない。

「とにかくフラガ大尉はメビウス・ゼロにて待機。
 キラちゃんにもストライクで待機してもらわないと・・・。
 今はラクス嬢の部屋よね!?」

 慌ててコンソールパネルを操作して通信を繋げるが応答が無い。
 無理に繋げて部屋の中をモニターで映し出すが中はもぬけの殻だった。

「何で!?」
「クソっ! キラ・ヤマトは何処へ行った!!!」

 同じく部屋の様子を見たナタルが毒つくと通信担当のカズイが何を当たり前なと言いたげな様子で答えた。

「キラならまた医務室ですよ?」
「ラクス嬢もか!?」
「あの子は知りませんが・・・何かイリアの様子がおかしいって言って。
 キラもフラフラしてたからストライクに乗るのは無理じゃないかと・・・。
 あ〜あ、俺もイリアの様子見に行きたい。」
「俺も気になってるのに〜。」
「私も付いててあげたいわ。」
「俺、ノイマンさんいるしどうせサブだから離れてもいいっスか?」

 最初の気弱そうなカズイの声は現在絶望を知らせるものだった。
 それに続くように今が非常に拙い状況だとわかっていないのか日常会話のようにブリッジに縛り付けられている事への不満を洩らすカレッジ組。
 それとは対照的に他のクルー達は真っ青になって固まる。
 今まで戦闘を何とか避けられていたから無事だったものの現状況でフラガのみで艦を守り切るのは不可能だ。
 慌てて医務室に繋げるマリューだが、繋がった通信から漏れる音はドタバタと駆けずり回るフレイとラクスの足音、何やら泣いているキラの声とミゲルとラスティの怒鳴り声。
 通信に気付いたのかちょっとだけ出た医者は「それどころじゃない。」と言って通信を繋げたままマリューを放ってまたベッドに駆け寄る。
 はっきり言ってキラを呼び出そうとした日にはフレイと医者に怒鳴り返されるのが落ちの状況。
 ストライクが出れないという絶対絶命の危機に打ちひしがれるマリューの耳に飛び込んで来たのは意外な声だった。

 ぴぴーっ ぴぴーっ

「ん? 艦長。ザフト軍からの通信です!」
「はぁぁぁああっ!!?」

《《《この状況で?》》》

 思わずマリュー・ムゥ・ナタルの三人が顔を見合わせる。
 だが今は打開策を模索する為にも少しでも時間を稼ぎたかった。
 意を決してマリューは回線を開いた。

『どーもーご機嫌麗しゅう♪ こちらザフト軍所属の艦ガモフ。
 指揮官補佐兼整備士のジョルディ・キュッシュです。』
「ふざけるな貴様ーーー!!!」

 モニターに映ったのは明るい茶髪と赤みを帯びた琥珀色の瞳が特徴的な少年。
 年の頃は現在ブリッジを手伝っているヘリオポリスの学生達とそう変わらないように見えるが、明らかに軍属とわかる制服に身を包みながらおちゃらけた挨拶をかましてきた事にぶち切れたナタルが名乗りを上げるより先に怒鳴りつける。
 タダでさえ状況を考えるだけで頭が痛いというのに敵の考えを読むどころかおちゃらけたその挨拶に緊張感を壊され力が抜けてしまったマリューがこめかみに手を当てながら答えた。

「ナタル・・・気持ちはわかるけど今は黙ってて。
 部下が大変失礼を致しました。こちら地球軍所属アークエンジェル。
 私は艦長のマリュー・ラミアスです。」

 マリューは目をジョルディから逸らさずにモニターに映らない左手でナタルにそっと合図する。
 合図を見てナタルはハッとする。
 計器を見れば僅かずつではあるが確実にガモフとアークエンジェルの距離は縮まっていた。

《とにかく今はデブリベルトへ逃げるしかない。》

 そんなマリューの声が聞こえた気がした。
 ナタルは声には出さずブリッジ内のクルーに文書で指示を出す。
 モニターに映った指示に状況を把握したノイマンが微速後退を始めた。

『お姉さんが艦長ですか?』
「何か不満でもあるのかしら。」
『いや、厳ついおっさんより綺麗なお姉さんと話が出来て嬉しいだけですよ☆』
「貴方も随分な肩書きね。ブリッジ勤務に相応しくない肩書きがあったような気がしたけれど聞き間違いかしら?」
『ああ、整備士の事?
 聞き間違いじゃないですよ。俺は元々整備士ですから。』
「で、その元整備士君がわざわざこの艦に何の用かしら。」
『元じゃなくて現在も整備士です。
 ぶっちゃけた話、そちらに投降してもらいたいんです。』
「そんな事が出来るならヘリオポリスが崩壊する事態にはならなかったはずです。
 よって投降はありえません。」
『問答無用で攻撃仕掛けた方が良かったかな〜?』
「随分紳士的なんですね。けれど交渉の場を持てるようならば・・・。」

 どごっ!

 突然の衝撃に驚愕したのはマリューだけではない。
 ずっとレーダーを見張ってたナタルも目を見開いている。
 デブリベルトに漂う障害物による衝撃にしては大きすぎるソレにブリッジが騒然となる。
 そんな彼らを愉快そうに見やりながらまだ回線が開かれたままモニターに映る少年、ジョルディが言った。

『そうそう言い忘れてたけど、もうちょっと場所を考えて後退した方が良かったね。』
「「!??」」
『レーダーだけじゃなく人の目まで誤魔化せる機能を付けたMSが敵の手にあるんだからさ♪
 それじゃ次の通信は色よい返事待ってま〜すv』

 しゅんっ

 ブラックアウトしたモニター。
 最後に映っていた少年の含みのある笑顔と意味深な言葉から漸くマリューは理解した。
 そのこめかみには冷たい汗が伝っている。

「ブリッツが既に出撃していたのね・・・。」
「しかしまだ大丈夫です。取り付かれたわけではありません!」
「何の為に敵があんな通信をしてきたと思っているの!?
 時間稼ぎをしてブリッツをアークエンジェルの背後に回らせる為。
 そして少しずつ近づく事でアークエンジェルを確実に障害物の多いデブリベルトへ押し込む為。
 ブリッツのミラージュ・コロイドはレーダーだけでなく光学的にも不可視にする代物よ。
 勿論弱点はあるわ。ミラージュ・コロイド展開中はフェイズシフトを使えないから弾幕を張れば艦には近づけない。
 けど障害物の多いデブリベルトでは弾幕を張っても傍にある障害物に当たって艦に被害を与えるばかりだわ。
 ブリッツは大き目の障害物に隠れていれば被害は殆ど無い。完全にこちらが不利よ!!!」

 ザフト艦よりデュエルとバスターの発進を確認!

 ブリッジに響き渡ったのは更に悪くなる状況を報告するもの。
 間髪入れずにバスターの攻撃がアークエンジェルを襲う。

 ごがががあああっぁぁぁぁあああっ

 揺れるアークエンジェル。
 今の衝撃による損壊率を報告されるがマリュー達の耳に痛いだけ。

《どうする!? どうしたらいい!!?》

 脳裏を掠める投降の文字がマリューの胸を締め付けた。



 一方、通信をとっとと閉じたジョルディはご機嫌だった。
 整備士だからこそ分かるブリッツの怖さ。
 状況を考えればニコルから提示された作戦はこの上なく魅力的だった。
 交渉はした事の無いジョルディだがモニターに映ったマリューの若さに確信した。
 腹芸に慣れていない強い瞳。
 下手に話を引き伸ばそうと考えるよりも世間話気分で話し、相手に冷静な判断をさせなければ上手くいくと。
 あまりにも上手く行く作戦に落とし穴でもあるのではないかと疑いたくなったが今のところ大丈夫なので一息つこうと深呼吸した時、アスランが目覚めた。

「きら・・・・・・・・・?」
「お? 復活したかアスラン。でも多分出番はもうないぞ??」
「くっ・・・きらは・・・・・・・足付きはどうなった!!?」
「キラ・・・? 足付きは現在攻撃中だけど??」
「今すぐ攻撃を中止させろ!!!」
「何言ってんだよ。出来るわけ無いだろ!!?」
「あれにはキラが乗っているんだ。何故かはわからないがキラが乗っているんだ!」
「「何でそんな大事な事を最初に言わないんだ!」」

 突然のアスランの言葉にアリシアはもう一度ハロを投げ付けてやりたくなるがそれどころではない。

「全モビルスーツに通達! 絶対に艦本体を傷つけるな!! 砲門のみを狙え!!!」
『いきなり何言ってるんですか!?』
『落とす気満々だったんだぜ? 投降させるなら本体狙って脅した方がいいんじゃない??』
「足付きに民間人が乗っている可能性が出た!」
『何でそんなことわかるんだ!』

 突然の指示に当然反論してくるパイロット達。
 特にイザークの怒りは凄まじい。
 だがそれに対抗するようにアリシアが口を開いた途端、足付き・・・アークエンジェルからの通信が入った。



『ふざけんじゃないわよ! 子供が怖がって泣いてんのよ!? また熱が上がっちゃうから今すぐ戦闘を止めろって言ってるのよ!!!』

 開いた回線。それは各MSにも聞こえていた。
 モニターに映るのは燃えるように赤い髪を振り乱しマリュー達に詰め寄る少女。
 その傍らにはザフトが探していた人物、ラクス・クラインが厳しい目をしながらこちら見ていた。

『ザフト軍に告げます。今すぐ戦闘行為を止めて下さい。』
「ラクス様!」

 意外な人物からの言葉に艦長であるゼルマンが声を上げる。
 しかしラクスはそれに答えることなく言葉を続けた。

『ユニウス・セブンが直ぐ近くにあり、追悼慰霊団代表の私が居るこの場を戦場にするおつもりですか?
 そんな事は許しません。直ぐに戦闘行為を停止して下さい。』

 静かに響くその声には強い意志と怒りが込められていた。
 けれどだからと言ってあっさり引き下がれるわけが無い。

《大体何故ラクスがブリッジに居る?》

 民間人でありプラント最高評議会議長の娘であるラクスだ。
 もし保護したにしても何処かの部屋に軟禁されるのが当たり前。
 タイミング的に考えれば嫌な可能性が浮かぶ。

「卑怯な! 保護した民間人を人質にすると言うのか!?」

 アスランが声を荒げてマリューに詰問しようとするがそれを制したのはラクスだった。

『どうやらお耳が腐っているようですねアスランv 今すぐ耳鼻科に行かれる事をお薦めしますわvv
 誰も人質になどなっていません。私自身が戦闘を止めろと言ったのです。
 お解り戴けましたでしょうかvvv』
「せめて現状の説明を願えませんか?」

 ニッコリ笑って毒を含んだ答えをするラクスに今度はアリシアが問いかけた。
 そして彼らは今まで知らなかったアークエンジェルの内情を知る。
 ラクスの話は長かった。
 あまりの敵艦の状況にゼルマンなど開いた口が塞がらないと言った様子だった。
 ブリッジに詰める者達の戸惑いの表情に再びラクスは微笑みを浮かべて言う。

『ぶっちゃけた話。
 この艦には戦闘に巻き込まれたりポッドが壊れてたりしたヘリオポリスの民間人や助けられたザフトの方も乗っていて、現在戦闘下にある艦に乗っていたせいでストレスを溜め込んだ2歳になったばかりのコーディネイターの女の子が熱を出して倒れていますのv
 艦が揺れる度に具合が悪くなってますからもう戦闘は止めて下さいねvvv』
「確かに中立国の民間人が乗っていてしかも幼い同胞もいるのでしたら攻撃は一時中止させて頂きますが・・・。」
『あらまだ何か言いたい事がありそうですね♪』

 苦虫を噛み潰したような顔でラクスに答えたジョルディ。
 そんな彼に黒いオーラを放つラクス。
 回線を介して襲い来るオーラに負けるものかと自分を奮い立たせジョルディは言った。

「ですが「はいそうですか☆」とあっさり引けるわけでもありません!」
『うふふ・・・ではもっといい事を教えてあげましょう。
 現在熱を出している少女の名前を。
 イリア・ヤマトと言うのですよ。直ぐに医務室との連絡をお願いしますね、【アリシア】
 では★』

 がたん!

 ラクスはもう用は済んだとばかりにモニターから姿を消す。
 それに対しジョルディが当惑しているとアリシアが動いた。

「アリシア?」
「足付きとの回線を開いたままにしておいて、医務室で薬品の在庫確認をしてくるわ。
 それと先生に通信に出るように言っておくから医務室と足付きの医務室の通信回路を直結しておいて。」
「待てよアリシア。今のラクス嬢の言葉は何だ?」
「言ったでしょ? 倒れた女の子は【ヤマト】だって。」
「あ・・・・・・!」
「キラの娘よ。」

 それだけ言い残してアリシアはブリッジを出る。
 残されたのは男ばかり。特にアスランは目を見開いたまま固まっていた。

「キラの娘・・・・・・?」


 動き出した世界。
 けれどまだ戦場にいる彼らは世界の動きに気付いていなかった。


 続く


 やはりまとめ切れなかった・・・。
 出来れば明日UPを目指したいものです。

 2004.10.15 SOSOGU


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