新たな約束
「やぁああ! じめんがゆれるとママがいっちゃう!!」
「大丈夫。何処かに行ったりしないから手を離してベッドに入ろう?」
「やだやだ! いっしょにいるの!! やくそくしたの!!!
 でもママすぐにどこかいっちゃう。はなさないもん!」

 熱のせいか、それとも別の理由か。
 キラの服を掴んだまま放さず、引き剥がそうとすれば更に泣き出し熱が上がる。
 悪循環を続ける娘を必死にキラは宥めるが効果は無い。
 担当の医者も小児科に関してはこれから勉強といった状態だったので熱の原因が直ぐにはわからず当惑したまま医務室に保管されている薬の確認を続けていた。
 けれどイリアの言葉に引っかかるものを感じたのかラスティがキラに問い掛ける。

「なあ、約束って何の事だ?」
「ヘリオポリスが襲撃を受けた日の朝に約束したんだ。
 誕生日祝いの為、特別にイリアとずっと一緒に居るって。
 いつもはカレッジには連れて行かないけれど一年に一度のお祝いなので授業には連れて行かない約束で学校側にもお話ししてたんだけど・・・。」
「俺達の襲撃でそれどころじゃなくなったってか。」
「・・・・・・この艦に乗ってからもあまり一緒に居てあげられなくて。
 でもフレイが一緒だったし、イリアも普段から聞き分けのいい子だから僕もつい甘えちゃっていたのかもしれない。」

 ごごご・・・

 また艦が揺れた。
 途端にイリアが泣き出す。

「『地面が揺れる』・・・っそう言うことか!」

 薬のリストの確認をしていた医者が不意に顔を上げて叫んだ。
 熱の原因が全くわからず重苦しい空気の中で皆が頭を抱えていた時の叫びに急に空気が軽くなるの感じたキラが問い掛ける。

「先生?」
「何て情けないんだ私は。子供がこの状況に何も感じない訳が無いのに。」
「先生! 原因がわかったんですね!?」
「・・・恐らくストレスだろう。
 大人でもきついこの艦の状況・・・イリアちゃんはずっとストレスを溜め込んでいたんだ。
 ヤマトさんは何かというと直ぐに軍人に連れて行かれてしまうし、慣れた自宅で待っているならともかく突然知らないところに閉じ込められる。
 アルスターさん達が傍にいたから今まで君を心配させない為にも無理が出来たが耐えられなくなったんだ。
 さっきの『地面が揺れる』と言うのは攻撃を受けたりデブリベルトに漂う障害物にぶつかった時の衝撃の事。
 その後に君がいなくなるというパターンが続いただろう?」
「・・・・・・・確かにそうです。」
「多分『地面が揺れる』=『母親が居なくなる』と覚えこんでしまったんだ。
 これ以上の不安に耐えられないから君から離れたがらない。
 熱を出しているのも溜め込んだストレスで体力を消耗したせいだろう。」
「じゃあどうすればいいんですか!?
 いくら傍に居ると言ってもこの子は全く落ち着く様子が無いのに!!!」

 原因がわかっても自分に出来るのは傍に居る事だけ。
 実行に移せても娘は全く良くならない。
 不安に駆られキラは泣き叫んだ。
 
「私も精神科は専門ではないからはっきりと断言出来るわけじゃないが・・・まずは不安の原因である揺れを止める事だ。」
「戦闘を止めさせるって事か? 無茶な話だぞ。
 大体あっさり民間人の為に戦闘を止められるくらいならヘリオポリスが崩壊する前に投降してるはずだ。言ったところでアイツらが戦闘を止めるものか!
 ザフトもそんなにお優しい軍じゃないんだぞ!?」

 ミゲルが声を荒げる。
 諦めに似た空気が医務室を支配した時、静かな声が響く。

「ただの民間人の声でなければいいのではないですか?」

 驚いて一斉に振り向くとフレイと一緒に追加の氷を取りに行ったラクスが立っていた。
 手にした洗面器には大量の氷。机の上にソレを置いたところに少し遅れたのかフレイが新しいタオルを持って医務室に入ってくる。

「何? 何があったの??」

 状況がわからずきょとんとした顔で立ち尽くすフレイからタオルを取り上げ同じく机に置くとラクスはフレイの手を取って首を傾げ微笑む。

「イリアちゃんを助けたいですか?」
「当たり前じゃない。だから今手伝ってるんでしょ。」
「では地球軍の方に戦闘を止めるように言って頂けますか?」
「・・・・・・・え?」

 話について行けずにフレイが説明を求めるようにキラを見やる。
 戸惑うキラの代わりにラクスがやろうとしている事に気付いたラスティが答えた。

「イリアの熱の原因はこの艦の揺れにあるんだ。
 ずっとストレスになってたらしい。だからこれ以上イリアを不安にさせない為にも戦闘を止めさせないといけない。
 ザフトへはラクス嬢が言ってくれる。地球軍側はお前が戦闘を止めるよう言ってくれ。」
「そんなあっさり止めてくれるわけないじゃない!」
「この艦は異常な状態なんだ。
 民間人を抱えたまま追い詰められても降伏しようとはしない。
 今だって攻撃を受けているんだ。このままじゃこの艦ごと俺達も宇宙の藻屑になるのはわかりきってる。
 けれどラクス嬢が居る事を伝えればザフトは無闇に攻撃して来ない。
 そのままじゃラクス嬢は人質扱いになるからお前がそうならないように、あくまで地球軍は『お前の言葉を受け入れて戦闘を停止した』事になるように話を持っていくんだ。」
「そんなっ!」
「出来なければイリアの熱はこのまま下がらない。
 体力を消耗していくばかりだ。」

 ミゲルの言葉ときつい視線がフレイに突き刺さる。
 思わず視線をさ迷わせた先でキラがまた泣き出したイリアを宥めながら自分も泣いているのが見えた。

『私達にも手伝わせてよ!』

 キラがユニウス・セブンの調査に駆り出された時に自分が言った言葉を思い出し・・・フレイは決意した。

《ソレが私に出来る事!》

 しゅん!

 ラクスに掴まれていた手を逆に絡ませてフレイはラクスの手を引く形で医務室を出て行った。
 まだ揺れている艦に不安を覚えながらキラは祈りにも似た願いをフレイ達にかけた。

《お願い・・・この子を助けて!》



 医務室でのやり取りを知らずにジョルディと通信していたマリュー達は戦闘開始後にブリッジに飛び込んで来たフレイとラクスの姿に驚いた。
 ナタルはラクスの姿を見た時に現状況を打開する切り札を思い出し、実行に移そうとしたがそれを阻んだのはフレイの叫びだった。

「今すぐザフトとの回線を開いて!
 双方共に戦闘を停止するのよ!!」
「いきなり何を言い出すの!? 民間人はブリッジを出て!!」

 『ラクスを人質にする』という手を取ろうとしないマリューに舌打ちしながらナタルが無理やり回線を開いた瞬間、フレイの更なる叫びが響き渡る。

『ふざけんじゃないわよ! 子供が怖がって泣いてんのよ!?
 また熱が上がっちゃうから今すぐ戦闘を止めろって言ってるのよ!!!』

 全周波によるその通信はガモフは勿論、各MSにも届いていた。
 回線が開かれた事に気付きラクスが進み出てどんどんザフト側に事情を話し指示を出すだけ出してさっさとマリューの説得を続けるフレイに寄り添う。
 ラクスがザフト側に説明している間にも『フレイの説得』=『高周波攻撃』は続けられていた。
 ザフト側との話が終わった時には、『高周波攻撃』をまともに喰らったマリューが難聴に陥った時のダメージを思い出したのかフラフラと揺れる身体を必死に肘掛で支えている状態。
 ナタルも『音』による攻撃なので逃れられず、倒れそうな身体を座席にもたれかかる事で支えていた。
 他のブリッジにいるクルーも似たような状態だ。
 例外はフレイのヒステリーに慣れているカレッジ組。
 フレイの最初の一声を聞くと皆一斉に耳を塞いでにんまり笑う。
 フレイの声が一度途切れた瞬間、マリューがやっとの事で声を絞り出した。

「わ・・・わかったから・・・・・・一時休戦を申し入れるから・・・・・・・・・。」
「言っとくけどこの子を人質になんて話をしたら只じゃ置かないわよ。」
「大丈夫・・・それは無いから。」
「艦長、どうやって休戦を申し込むつもりです!」
「ラクス嬢は民間人。けれどラスティ君達は正式なザフトの軍人よ。」

 あまりに馴染み過ぎて失念していたがマリューの指摘で二人が軍人であった事を皆思い出す。

《《《ああそう言えばあの二人は捕虜なんだっけ。》》》

 マリューは青い顔のままモニターに向かいジョルディらザフト側に捕虜返還による休戦を申し入れた。
 ラクスの言葉もありヘリオポリスの民間人を乗せたアークエンジェルを攻撃出来なくなったガモフはすんなりと休戦を受け入れる。

「では捕虜の認識番号と現在の映像を送って下さい。
 確認した後に交渉成立です。」
『わかりました。映像についてですが今二人は医務室にいますのでそちらとの回線を繋ぎます。』

 ぴっ

 マリューがパネルを操作し医務室との回線を繋げる。

『マ〜マ〜! マ〜マ〜!!』
『大丈夫、もうグラグラしないでしょ? ママはここにいるから。』
『ほ〜らイリア。くまさんも一緒だぞ? ミゲルが歌も歌ってくれるってさ。』
『また【森のくまさん】か・・・。』
『子供優先。怪我が痛いだろうけど我慢して歌ってくれ。』

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 繋がった回線から聞こえてくるのはおよそ捕虜らしからぬ言葉。
 流石にジョルディも一瞬考えてマリューに問いかける。

『おたくらはいつも捕虜の扱いどうしてんの?』
「まぁ・・・今回は色々とこちらにも事情と言うか都合と言うか・・・。」

 明後日の方向を向いて答えるマリューのこめかみに確かに光る汗を見てガモフのブリッジに流れる沈黙は更に重くなる。

《《《随分暢気な捕虜だな、おい。》》》

 「死んだと思って痛めた心の治療費払え!」と言えたらさぞ面白かろうとジョルディは考えるがここは公式の場。
 ぐっと堪えてモニターに映る二人の姿から視線を逸らしてガモフの医務室とアークエンジェルの医務室との直接通信を申し入れる。
 医者同士の治療目的の交信にあっさり応じ、お互いに回線を繋げると正気に戻ったアスランが暴走を始めた。



「あの白い毛布の塊を抱えているのがキラだ! キラ!! キラーーー!!!
 返事をしてくれぇ!!!!!
『うぉっ!? 何だ!!?』
『先生、通信機から何か聞こえますけど回線は何処と繋がってるんですか?』
『ブリッジのはずだが・・・おや切り替わっているようだな。』
『『『アスラン!』』』

 モニターに映る藍色の髪とエメラルドの瞳にキラ、ジョルディ、ミゲルの三人が驚きの声を上げる。
 特にキラはアスランの姿を認めると怯えるように毛布を自分の身体で隠すように身構えた。

「キラ・・・娘って何のことだ?」
『誰から聞いたか知らないけど言葉通り僕の娘だよ。
 でもアスランには関係ないでしょ?』

 そう言った時、キラは無意識に身体を真正面に向けていた。
 その瞬間に毛布から覗いた子供の顔にガモフ側のブリッジは騒然となる。
 アスランの特徴である藍色の髪をした子供。幼さ故に多少の違いはあるものの明らかにアスランの遺伝子を受け継いでいると察せられる顔立ち。
 キラが母親だと名乗らなければ誰もが母子とは気付かない程に幼子はアスランに似ていた。
 けれどアスランから発せられた言葉は信じがたいものだった。

「そんな、俺と言うものが有りながら他の男と結婚するなんて!
 あの月での愛の日々を忘れてしまったのか!? キラ!!!」
「『「『「『貴様、鏡を見てもう一度言ってみろ!!!!!』」』」』」

 アークエンジェル側のマリューやナタル達はもちろん、ガモフのブリッジでも全員が一丸となって突っ込みを入れる。

「よく見てみろお前は! あんだけお前そっくりな顔した子供を見てどうしたらそんなセリフが出てくるんだ!!」

 結構世話好きなジョルディ。
 思わず補足説明をしてアスランに怒鳴りつける。
 対するアスランは怒鳴られた事よりも今告げられた事実に呆然とする。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺の子?」
「『「『「『気付けよ! っていうか分かれよ!!!』」』」』」



《もうこれだけの人に知られるとキラちゃん達の存在を隠すなんて無理よね・・・。》

 キラに似てないとは思っていた。
 けれどこれほどイリアが父親似だとはアスランを見るまで知らなかったマリューは緊急事態だったとは言え通信を繋げてしまった事を少し後悔した。

《って言うかあの艦のしかもブリッジにいるなんて予想つかなかったし仕方ないって言えばそうだけど。
 まあ・・・逆に知られているからこそザラ国防委員長が手を出せなくなるかもしれない。》

 どれほど強固な権力も民衆あってのもの。
 世間を味方につける事が出来れば安全と言う見方も出来る。
 マリューはその事に気付きアスランに告げる。

「キラちゃんとお話したいのかしら?」
『勿論だ!』
「キラちゃん、いっそこの場で決着つけとく?
 このまますんなりオーブに戻るのは無理そうだし、イリアちゃんの為にも遺恨を残さない方が良いと思うんだけど。」

 ちくちくちく

 傍にいたナタルはマリューの言葉から感じられる棘に気付く。
 甘い人間である彼女がアスランに強い怒りを感じながらも敢えてキラに判断を委ねようとするのはこの先の事を考えての事。
 どうせ通らなければならない道。
 自分達が助けられる時にという思いが言葉に棘を持たせていた。
 けれどキラとアスランとの会話が成り立つ前にガモフの通信士が声を上げた。

『接近する熱源あり! このコードは・・・ザラ国防委員長の艦です!!』

 ざわわっ

「御大将が出てきたわね・・・。」
「ご心配には及びませんわv 私はまだこちらにおります。」

 険しい顔をするフレイにラクスがぽやぽやした笑顔を浮かべながら意味深な言葉を述べる。
 問答無用で攻撃を仕掛けてくるか、それともまずは投降勧告か。
 アークエンジェルのクルーが身構えた時だった。
 全周波放送が流れた。

≪この宙域にいる地球軍及びザフト軍両軍に伝える。
 現在プラント最高評議会と大西洋連邦を中心としたプラント理事国家の間で停戦協定の締結に向けて双方合意の下、休戦が成立した。両軍共に戦闘を停止せよ。
 繰り返す、停戦協定の締結に向けて地球・プラント間での休戦条約が成立した。
 両軍共に戦闘を停止せよ。≫

 スピーカーから流れるのは少女の声。
 レーダーで再度確認するとザフト艦を追うようにやってくる艦は地球軍・ザフト軍のどちらでも無い艦。

≪こちらオーブ軍所属の艦クサナギ。
 私はオーブの代表首長ウズミ・ナラ・アスハの子。カガリ・ユラ・アスハだ!≫

 光学モニターに映し出された艦にフレイは目を輝かせる。

「オーブの艦・・・・・・・・・じゃあ私達を助けに来てくれたの?」
「役者が揃ったと言ったところでしょうか?
 ちょっと遅かったのが難ですけれど当面の問題は解決しましたわ。」

 オーブの民であるキラ達をオーブ軍の前で傷つける事は例えパトリックでも不可能。
 そして今の放送に寄れば現在、地球とプラントの間では休戦が成り立ったとなったという。
 どういう経緯によるものかは気になるが漸く張り詰めた空気から開放されてマリューは艦長席で安堵の溜息を吐いた。



 とりあえずは医者同士の連絡。
 繋げられた回線は役に立った。
 小児科は専門では無いといいながらガモフの軍医も『ストレスの可能性』を示唆した。
 揺れが止まり母親にずっと抱き締められていた為か少しずつではあるがイリアの様子が落ち着いてきた。
 もう少しすればちゃんとベッドに寝かせる事が出来るだろう。
 その頃にクサナギに移送する予定だ。
 今も避難民はクサナギへの移動の為にID確認を始めている。
 だがフレイを始めとしたカレッジ友達の皆はID確認を受けずに医務室前にいた。
 そしてその中にラクスとラスティが居た。
 ミゲルも心配していたが怪我が重いので早々にガモフへ移送されてしまった。
 それと入れ替わるように子供用に処方された解熱剤・栄養剤を抱えたアリシアがアークエンジェルへ来る。

「無理やり付いて来てもキラには会わせないわよ!」
「そんな事言わないでくれアリシア! キラは・・・キラは何処だぁ〜!!!」

 ぎん!!!

 通路を流れてくる1組の少年少女。
 少女は緑色の制服だがもう一人の少年は赤い制服。
 長い裾がまるでスカートの様にひらめいている。
 藍色の肩より上で揃えられている髪と迷いを感じさせる緑の瞳の煌きにドアの前に居る者達が殺気立つ。
 特に現在婚約者であるラクスが微笑みと共に進み出た。

「お待ちしておりましたわアリシア。直ぐに薬をお願いします。
 アスランはお話がありますわv」
「ラクス!? 今はキラに会わなければならないんです。
 後にして下さい。」
「会わせないわよ。キラを泣かせた奴を私達が通してあげるわけないでしょ。」

 フレイの言葉に皆が頷く。
 唯一例外はラスティ。苦笑しながらヒラヒラとアスランに向かって手を振る。

「ラスティ。本当に生きていたのか。」

 ぴくぴくっ

「まあな。生死確認せずにとっとと上に死亡報告してくれる薄情な友達のおかげではない事は確かだ。」

 とっても失礼なアスランの言葉にかなりご立腹のラスティ。
 この時最後の味方を失った事にアスランは気付かない。

「いいよ、皆。僕が話すから。」
「キラ!? イリアについてなくていいの?」
「大分落ち着いてる・・・今話さないといけない事だし、皆悪いけどイリアについててくれる?
 アリシアも・・・折角再会できたのにろくに挨拶も出来なくてごめん。あの子の事をお願い。」
「キラ・・・。」

「アスラン、話をしよう。」



 アークエンジェルの展望室に移動しキラはアスランに正面から向き合った。
 深い悲しみが浮かぶ瞳に気付かずアスランはキラに話しかける。

「キラ、プラントに行こう。」
「相変わらずだねアスラン。順序とかすっ飛ばして結果から言うんだから。
 答えは【行かない】・・・行けないよ。」
「何故だ!?」
「先に言っておく事があったね。婚約おめでとう。」

 ぐさささささっ

 一番好きな人に一番言われたくない言葉を言われアスランは胸に突き刺さる言葉と言う名の槍を感じる。

「キ・・・キラ。何処でそれを聞いたのかな?」
「そんなのどうでもいいじゃないv ラクスさんってとっても可愛らしい人だねvv
 幾ら停戦が成り立っても結婚式には行けないね。残念だなぁvvv」
「キラっ! 俺が結婚したいのはキラなんだ!!」
「でもラクスさんと婚約してるでしょ?」
「あれはあくまで仮のものだ。キラが望むなら今すぐにだって婚約破棄するから。」
「パトリック小父さんが納得しないよ。」
「黙らせる! 娘がいるんだ。納得させるから!!
 それに婚約の証として渡したヴェールがあるだろ!?」
「ああ、あれなら君達のおかげでヘリオポリスもろとも宇宙の藻屑だよ♪」
「え?」

 ニコニコと笑いながらとても棘のある言葉。
 キラから流れてくる冷たい空気にアスランは肌が粟立つの感じた。

《キラ・・・何か怖い。》

「自宅は勿論、父さんと母さんとの思い出でもあるアルバムも僕のお気に入りのパソコンもイリアの為にと友達が作ってくれた産着もノートに書き溜めた子供向けのレシピもベビーベッドにベビーチェア。
 思い出と名がつく物は全て綺麗さっぱり無くなってしまったよ。」
「キラ・・・でもアレは事故。」
「ザフトの攻撃は一般的な事故に相当するなんて聞いたことないよ。
 ヘリオポリスが崩壊した時は悲しかったなぁ〜。なんて言うか・・・絶縁状を叩きつけられたって感じ?」
「違う! あれはそんなんじゃないんだ!!」
「じゃあ何なの?」
「あ・・・・・・・・・だから軍からの指令・・・・・・・・・・・・・・・・かな?」
「そんな非情な軍に所属してるんだ。もうちょっと職場は選んだ方がいいと思うけど?
 ラクスさんが泣くよ??」
「あんのふてぶてしさ200%の女が泣くか!!!
 いやその前に、もしかしてキラ・・・俺の事を捨てるのか!?」
「捨てるも何も僕達何も無いでしょ☆」
「あの子は!? 俺の娘!!! それにラクスとの婚約だってキラとの間に子供がいるってわかってれば〜。」
「アスラン知らないの?
 例え妊娠しても法律上、母親である女性は父親に当たる男性に報告する義務は無いんだよ。
 『知っていれば』なんて言うけどそういう言葉で逃げるのは良くないねv」
「いやだぁ〜キラ〜〜〜!!!」

 泣いて縋って纏わり付いて。
 最早情けないの一言に尽きるアスランの顔を見て寂しげな笑顔を浮かべてキラは問いかけた。

「アスランは今でも僕の事を好き?」
「当たり前だ!」
「あの時と変わらず傍にいてくれる??」
「だから一緒にプラントに行こう!!」
「僕に父さんと母さんを捨てて来いって言うの。ヘリオポリスの友人を振り捨ててでも・・・。
 アスランは何も捨てずに全てを手に入れようって言うの!!?」
「キラ・・・。」
「誰だって失いたくなんかない。ずっと幸せでいたい。
 アスランはいなかったけどヘリオポリスで僕は確かに幸せだったんだ。
 優しい人達に囲まれて忙しくても家に帰ればイリアが笑顔で僕を迎えてくれる。
 休みの日は公園で親子で遊んで、その後は友達と一緒にイリアの服やおもちゃを選んだり今度の連休の旅行のプランを練ったりしてた。」
「・・・・・・・・・・。」
「プラントに行けばアリシア達がいる。皆が好きだから会えるのは嬉しい。
 でも父さんと母さんはプラントに移る事は出来ない。それが僕には辛いんだ。
 そして僕の娘・・・イリアからずっと一緒だったおじいちゃんとおばあちゃんを奪い取ってでもアスランと一緒にいろって言うの?
 僕は嫌だ! 誰もが平和を願いながら戦争を起こす事はよく知ってる。けど争いを続けた為に幸せだった人を不幸にして。
 それでもアスランは戦う為に軍にいる。」
「俺がザフトを辞めればいいのか!?」
「違う! 戦争を終わらせて欲しいんだ!!
 今回は停戦したけど終戦したわけじゃない。何時又砲火が放たれるか分からない状態だ。
 戦争が終われば両親を連れたプラントへの移住も不可能じゃないし、オーブに定住したままでもプラントへの行き来が出来る。
 僕はどちらかを選ぶ事が出来ない。だからどちらも選び取れる状況が欲しいんだ。
 君はソレを僕に与える事が出来るの?
 僕が好きだというなら、僕と一緒に居たいというのなら、その想いを戦争を終わらせる事で証明して見せて!」

 今までの悲しみを搾り出すようなキラの叫びにアスランは漸く悟る。
 ずっと不安と戦いながらそれでも母親であろうと踏ん張っていたキラに。
 幼い頃はいつも先の不安など感じた事が無いといったように笑っていて困った事があれば直ぐに自分を頼っていた甘ったれたキラが今までどれほど辛かったのか・・・思いやろうともせずに自分の望みを押し付けていた事に気付かされアスランは自分を情けなく思った。
 そして肩を微かに震わせるキラにそっと近づき抱き締める。

「ごめんな・・・。」
「っ!」
「少し時間がかかるかも知れないけど、きっと迎えに行くから。
 それまで待っていてくれるか? キラもあの子も、小父さんも小母さんも一緒に迎えに行くから。
 あの時の様に約束の証になるものは持ってないけど、あの子・・・イリアが僕の娘だと皆知っている。
 あの子とキラがいる限り俺は頑張れるから。」
「アスラン!」
「約束しよう?」




「その様子は仲直りしちゃったの?」
「ゴメン・・・フレイ。」

 アスランに肩を抱かれて医務室前に戻って来たキラを迎えたのはフレイ。
 二人の様子に全てを察してピシピシと髪から放電しそうなくらい怒りのオーラを漂わせている。
 隣にいるアリシアも同様。
 二人とも気が合ったらしく二人の持つ雰囲気が混ざり合いアスランは体中に棘のような痛みを感じている。
 痛い空気に晒されながらも娘の顔を一目見たいと医務室に来たものの何故かラクス以外は全員部屋を出ている。
 その様子のおかしさにキラがアリシアに訊ねた。

「どうしたの? 先生まで外にいるなんて。イリアは大丈夫なの??」
「熱は一旦収まってたんだけど・・・アレは地獄よね。またぶり返しちゃうわよ。」
「地獄って・・・何が!?」
「アスラン、責任持ってあのオヤジをどうにかして来い!!!」

 ぴしゅっ どかっ

 ドアを開けると同時にアリシアがアスランを医務室に蹴り入れる。
 突然の事態に対処出来ずまともに背中へ蹴りを食らって滑り込むようにアスランは部屋の中に入った。
 打った肘の痛みを堪えながら立ち上がると世にも珍しい光景が広がっていた。
 いや、珍しいというのは正しくない。
 本来珍しくも何ともないが他人に知られる事が無かっただけなのだからそう見えるだけのもの。

 アスランが見たのは・・・

「おうおう可愛いの〜〜〜vvv」
「いやああああ! こわいよママ〜〜〜!!!」
「ザラ国防委員長、イリアちゃんが怖がっているからもう止めて下さい。」
「怖いことなんか無いよ〜?
 ああ、イリアちゃんはお父さん似・・・いやレノアおばあちゃんに似たんだね〜v
 ほ〜らパトリックおじいちゃんでちゅよ〜〜〜♪ 笑って笑ってvvv」
「ママーーーママーーー!!!」

 自分の父親がまだ病状が落ち着いたばかりの幼い娘に無理やり頬擦りする様だった。

 ラクスが少しでもイリアから引き剥がそうとするしハロがパトリックの頭の上で跳ねているが全く効果なし。
 あまりの光景にアスランが呆然としていると開いたドアから娘の助けを求める声を聞いてキラが部屋へ飛び込んできた。

「イリア!」
「ママ〜!」


 最後の力を振り絞るように暴れたイリア。
 一瞬だけパトリックが掴んでいた手が緩まった隙に母親に向かって飛び出す。
 キラは自分の胸に飛び込んで来た娘をそっと抱き締めてパトリックに毅然として言い放った。

「ザラ国防委員長。お話したい事があります。
 場所を変えてお願いできますか?」


 続く


 今度こそ・・・今度こそ次で終わるはず!
 前回の振りと今までの伏線を次回で説明せなあかんのですから!!!

 2004.10.16 SOSOGU


 桜の花が咲く頃にへ

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