はじめのいっぽ 前編
 私は特に差別なんてするつもりはないけど、コーディネイターが嫌い。
 そう思ってしまうのはパパからの影響はあるかも知れない。
 でもやっぱり病気でも無いのに遺伝子弄って生まれてくるなんて不自然よ。
 間違ってるわ!
 だから私はいつも言うの。

「コーディネイターは嫌い。」

 そう言っておけば彼等が私に近づいて来ることは無いだろうし私も彼等に近づかない。
 お互いに距離を置いておけば傷つけずに済むもの。
 でもね、あの子とは何も知らずに出会ったの。


 ・・・傷付けてゴメン。



 暑い日だった。
 季節的には夏が終わろうとしていた頃。もう直ぐ新学期が始まるからと私は買い物に出た。
 基礎教育も今年で最後。
 私が希望する工業カレッジに入学する為に受験をしなければならない。今年が正念場だ。
 それでも気分転換はしたいもの。
 ジェシカ達と新しい服を見て足りなくなっていた化粧品を買って、もちろん新作や限定物のチェックも欠かさなかったわ。
 昼食は最近美味しいと評判のパスタ専門店であさりのクリーム和えを食べてお腹も一杯。
 用事があると言うジェシカ達と別れた後、人口太陽の日差しの心地良さに勿体無くて家に帰る前に公園で日向ぼっこする事にした。

「久し振りね、この時間に公園に来るのも。」

 ヘリオポリスで一番大きな公園は沢山の木々が植えられていて、その間を通り抜ける人口風が涼しさを感じさせる風となり芝生の上に立つ私に心地よい緑の匂いを届ける。
 最新のコロニーであるプラント程ではないかも知れないけれど私はヘリオポリスが好き。
 皆が笑っていてとても心地いい場所。
 地球も好きだけど戦争が囁かれて殺伐とした雰囲気に包まれている地上には今は行きたくない。
 戦争なんて・・・起こらなければいいのに。
 昨夜のヴィジフォンでパパが疲れているのがわかる無理に作った笑顔を浮かべていた。
 大西洋連邦の国防省で事務次官をしているパパは戦争を回避出来るか否かの最前線で働いている。

『フレイ、心配しなくてもいいんだよ。
 またそのうちヘリオポリスに行くから良い子で待っていなさい。
 それと・・・くれぐれもコーディネイターには近づかないようにね。
 お休みフレイ。愛しているよ。』

 何時だってパパはそう言う。
 コーディネイターには近づくなと言いながら、私を愛していると言いながら。
 それでも中立国であるオーブに国籍を置かせた。
 オーブはコーディネイターを差別しない。
 他国の争いに介入せず法と理念を守りさえすれば入国を拒む事はしない。
 地球で一番コーディネイターが多く住む国。

 なら何で私をこの国に住まわせるの?
 離れ離れになるってわかってて何故この国を選んだの?

 初めはママの祖国だからだと思ってた。
 でも多分違う。
 きっと戦争の回避が難しいから。
 日に日に高まる緊張に地球のプラント理事国家とプラントの開戦は明日かもしれないと皆怯えている。
 だから中立国の中でも一番力を持ったオーブの、それも一番戦争で攻撃対象になり難い宇宙に浮かぶ資源コロニーにやったのよ。真っ先に攻撃されるのは地球本土。中立国のオーブ本国が火の粉を被る事はあってもヘリオポリスならそれも有り得ない。
 私を確実に戦禍から守る為に、愛するママに生き写しのたった一人の娘を死なせない為に。
 そこに愛情が無いとは思わない。
 けれど時々寂しさと虚しさを感じる。
 私は本当にこのままパパの言う通りにしてていいのかしら。

 胸の中で燻る疑問に対して答えは出ない。
 今は考えない事にしよう。
 折角公園に来たんだし木陰のベンチにでも座ってゆっくり休もう。

 少し奥まったところにある広場の大きな木の下のベンチがいつも利用していた場所。
 見馴れた木製のベンチに近づくと誰かが座っている。
 回り込んで正面に出ると同じくらいの歳の女の子が気持ち良さそうに寝ていた。

「むぅ〜お腹いっぱい〜。」

 ぷぷっ

 夢の中でご馳走でも食べているのかしら?
 幸せそうな顔で寝ているこの子を起こすのが忍びなくてその場をそっと離れようとした。
 彼女に背を向けたその瞬間。

 ごんっ!

 ・・・今の軽快な音って・・・・・・・・・。
 振り向けばベンチの上で器用に横に倒れた彼女が頭をベンチに打ち付けていた。
 さすがに衝撃にびっくりしたのか頭を押さえながら起き上がる。
 瞳の色はアメジスト色。ちょっと幼さを感じさせる可愛らしい顔がまだ寝ぼけているのか少しばかり緩んでいる。
 焦点がまだあっていない目できょろきょろと周りを見回すその子の仕草に笑いが堪えられない。

「いたたた・・・何なの今の?」
「くく・・・・・・っ」
「え? あれぇ?
 ちょっとどうしたのお腹抱えて。痛いの?
 どうしようお医者さんは!?」

 あはははっはっははははは

 もう私は無理に笑い声を抑えるのを止めていた。



「もう酷いよそんなに笑う事無いのに!」
「ゴメン。あんまりさっきの仕草が間が抜けてて・・・っぷ。」
「また思い出し笑いしてる。」
「だからゴメンってば・・・・・・・・くくっ。」

 一頻り笑って漸く落ち着いた私は彼女がさっきまで独り占めしていたベンチに座った。
 もちろん傍らには寝ていた子も座っている。
 剥れた顔でそっぽを向いている彼女は『キラ・ヤマト』と名乗った。
 ヘリオポリスはそれなりに広いけれど幼年学校は一つしか無い。同じくらいの歳なのに見かけた事が無いので尋ねてみると月からヘリオポリスに移って4ヶ月程だと言う。

「やっぱり月の治安ってそんなに悪いの?」
「そうだね・・・一番怖いのはブルーコスモスのテロかな。
 特に僕が通っていた学校はナチュラルもコーディネイターも受け入れていたからナチュラルの子も何人か転校してた。僕が居る時期にテロは起こらなかったけど・・・。」
「キラの歳だと入る学校はやっぱりモルゲンレーテ直営の工業カレッジ?」
「あ・・・僕は事情があって1年休学するんだ。」
「入学試験はパスしたの? 初めから休むってわかってるなら試験も見送ればいいのに。
 それに1年も休む理由って何なの??」

 純粋な疑問。
 時々サイに怒られる。
 『訊かれたくない事だってあるんだから』ってよく皆にも言われる。
 だって疚しい事が無いんなら別にいいじゃない。
 私がそう反論すると『フレイはまだ子供だから』と溜息を吐いて話を止めてしまう。

 でも、キラは苦笑しながらも話してくれた。

「赤ちゃんが生まれるから。」
「・・・・・・へ。」
「今、僕のお腹の中に子供がいるんだ。」

 確かによく見るとキラのお腹が膨れて見えた。
 座っているとあまり目立たないが立つと結構目立つのだろう。
 でも・・・・・・。

「・・・・・・・・ねえ、キラって実は見かけよりずっと年上?」
「僕は今14歳だよ。」
「やっぱり私と一つしか違わないじゃない!
 相手は誰よ!! 父親は何処ーーーーーーーー!!!?」
「しーっしーっ!
 フレイ騒がないで落ち着いてよ、説明するから。」


 キラの話をまとめると父親である幼馴染は先に月から避難してしまってからは連絡が取れず、キラは家族揃ってオーブへ避難してきたと言う。
 でもその幼馴染ってのも無責任にも程があるわよ。
 連絡取れてキラがそいつを許すって言っても私がぶん殴ってやるんだから。
 思春期真っ盛りのこの時期にもう母親になって育児に忙殺されるのよ?
 父親も協力してくれるって言うならまだ考えないでもないけどキラが苦労しているとも知らずのほほんとしているかと思うと腹が立つわよ!
 何よりキラを見て思うこと。

 お人よし過ぎ
 のんびり過ぎ
 優し過ぎ

 相手がどんな奴かわからないから断定は出来ないけど全く連絡が取れないなんておかしいわ。もしかしたらキラは騙されているかもしれない。いいえ、弄ばれただけなのかも知れない。

 妊婦とは思えないくらい幼くのほほんとした笑顔を浮かべボーっとしているキラ。
 放って置けないわよ。
 危なっかしくってしょうがないわ。

「全く・・・・・・聞いちゃいられないわよ。
 って言うか見ててアンタ危なっかし過ぎ。」
「・・・・・・・僕、そんなに頼りない?」
「当たり前よ。」
「どうしよう。頼りないんじゃ赤ちゃん生む前からお母さん失格だよ、僕。」
「別に母親の資格なんて型に填まった定義で決められるものじゃないし今は気にする必要ないわよ。」
「でも。」
「しょうがないから私が手伝ってあげるわよ。
 まだヘリオポリスの事よく知らないんでしょ?
 安いショップとかマタニティグッズが可愛いブランドとか教えてあげるから。」

 情けない顔をするキラ。
 頼りない顔をするキラ。
 でも放って置けないくらい可愛らしさを感じさせるキラ。

 私が差し出した手を彼女は恐る恐る握り返した。

「改めまして、私はフレイ・アルスター。」
「僕はキラ・ヤマト。宜しくフレイ。」



 付き合い始めて分かった事。キラは見かけに因らず結構努力家だった。
 入学試験をパスしてはいても一年間も勉強から離れていては直ぐに置いて行かれてしまう。
 何よりも生まれてくる子供を養う力を早く手に入れたいと言ってはテキストをいつも持ち歩いていた。
 一番心強いのは月の幼年学校の先生がこのカレッジの教授に紹介状を書いてくれた事だと言う。
 先日その紹介状を見たカトウ教授が課題としてキラにレポート提出をするように伝えて来た。
 元々カレッジの一年目に教えている内容は幼年学校の復習が主。だからキラのこれまでの成績を考慮してレポートの内容によっては来年2学年生としてゼミに入れると教授は言った。
 チャンスだと言って一生懸命なキラを見てると此処のところあった心の蟠りが薄れていくような気がした。
 そう、確かに。

 私はキラに癒されていた。


 それから数ヶ月は優しく暖かな日々が続いた。

 『胎教にはクラッシックがいいのよ。』
 ジェシカに聞いてデータを手に入れてキラの家に行った。
 掛けてみたけど途中で眠くなって2人でソファの上でお昼寝タイムになってしまった。
 目が覚めると小母さんがかけてくれたのか、暖かな毛布に包まれていた。

 新しいベビーベッドが出たとカタログを手に入れてキラと話す。
 そのうちキラのお母さんも話に加わって互いに自分の好みを主張し合った。。
 最終的におじさんまでやって来てくじ引きになってしまった。

 母親になるのだからとキラに料理をさせてみた。
 ついでに私も参加してボールや包丁をひっくり返して大騒ぎ。
 ベビーフードを完全手作りで作れるようになるのはまだまだ先かしら?

 暖かかった。
 ママがいなかったから母親という存在を心で理解出来てなかったんだと思う。
 キラのお母さんと一緒にキラと色んな事にチャレンジしたり育児本を読んで話し合ったりする事がくすぐったく感じられた。
 でもそうする事で今まで埋められなかった心の空白が埋められて行く様で漠然と感じていた不安なんて消し飛んでしまったかのように幸せだった。


 冬に近づきだんだん肌寒くなって行くヘリオポリス。
 コロニーなのに何故常春じゃないの? と文句を言うとその度にキラが私を宥めて言う。

『でも冬が過ぎたら桜が見られるよ。』

 葉が枯れ始め寒々しさを感じさせる桜の木を見ながら言うキラはどこか遠くを見ているようだった。
 傍に私がいるのに私じゃない誰かに助けを求める様な・・・今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 何故私を見ないの?
 誰に助けを求めているの?
 傍にいるのは私なのに。

 結局キラに訊く事は無かった。
 何よりカレッジから来年度から2学年として迎えると確定通知が来たばかり。
 折角おめでたい日なのに困らせたくは無かったから。



「なぁフレイ。最近一体どうしたんだ?」
「何が?」

 今、私の婚約者候補として有力なサイ。
 パパがしきりに勧める理由はよくわからないけど昔馴染みのサイとは気心が知れていてほっとする。
 最近はキラと一緒にいる事が多いけどこうしてたまにサイと食事に出たりすることがある。
 今日もそんな食事会の日だった。
 メニューに目新しさは無いけれどシェフの腕の良さを看板にしている店だけあって運ばれて来た物は素材の味が十分に生かされた薄味仕立て。フルコースの料理でお腹も一杯になり食後のデザートを待ちながらお茶を啜っているとそれまで自分の近況について話してばかりだったサイが不意に質問して来た。
 でも質問の意味がわからない。だから私も聞き返した。
 するとサイは渋い顔をして言った。

「ジェシカ達から相談を受けたんだよ。
 最近フレイが付き合い悪いって。」
「あら、そんな事無いわよ。この間だって学校のサークルで会ったし買い物も一緒に行ってるし映画だって観に行ったわ。」
「平日はそうみたいだけど休日は必ずと言っていいほど予定が入ってるって言ってるみたいだな。
 そんな事今まで無かったじゃないか。」
「私だって付き合いがあるのは学校の友達だけじゃないもの。
 普段会える皆より会えない友達を休日に優先的に会うのは不思議な事じゃないでしょ。」
「平日も会う事あるんだろ?」
「全く無いとは言わないわ。でも、サイには関係ないじゃない。
 サイに私の交友関係に口出しする権利なんか無いわ。」
「別に文句を言うつもりはないけど、今まで新しく出来た友達なんて聞いたこと無いから心配してるんだよ。俺も他の皆も。
 変な奴じゃないなら話してくれてもいいだろ?」
「話す機会が無かっただけよ。
 それにその子も来年からカレッジに入学するからおどかしてみるのも良いと思ってただけ。」
「来年からってじゃあフレイと同じ歳なんだ。」
「違うわ。私より一つ年上。
 妊娠中で就学出来ないから一年遅らせてるのよ。」
「その子・・・名前は『キラ・ヤマト』?」
「知ってるの!?」
「知ってるも何も教授から聞いてるんだよ。
 俺はカトー教授のゼミに入ってるから。教授が来年からその子もゼミに入るって聞いててさ。
 事情があって休学してるって聞いてたんだけど・・・そっかそれじゃ学校休まざるを得ないよな。」
「そうよ。それが無かったら今ごろ入学してるはずだもの。
 そうしたら私、会えなかったかも知れないけどね。
 キラって凄いのよ。レポートの内容は見た?」
「見た見た。プログラム構築式の新しい見解には驚いたよ。今まで当たり前とされていた組み方を完全に無視してるんだからな。
 ま、あれはクセなのかも知れないけど。」
「そうかもね。」

 自然と笑みが零れる。
 サイがキラの力を認めてくれた。
 他人の事なのにその事が自分の事の様に誇らしく感じられた。
 だからショックだったの?
 それとも別の何かにショックを受けたの?
 自分でもわからない。
 けれど、サイが次に紡いだ言葉に衝撃を覚えたのは確かだった。

「確かにレポートは凄かったけど、それも遺伝子弄くったからそうなったもんなんだな。」

 かしゃん

 高い音を立てるカップソーサー。
 真っ白な染み一つ無い綺麗なソーサーに私が取り落としたティーカップが落ちる。
 衝撃で僅かに零れた紅茶が鮮やかな色を醸し出す。

 自分の手を見る。
 先程まで持っていたティーカップが無いのに指はカップを持っていた時のままの形だった。
 現実感が無い。
 呆然とする私に「何やってるんだ。」と言いながらサイが布巾を手にして近づいて来た。
 時間の感覚も麻痺している。
 テーブルを拭くサイの動きが酷くゆっくりしたものに見える。
 その間に考えた。

《今サイは『遺伝子弄くった』って言った。
 遺伝子操作って何の事よ。私、そんな事一度もキラから聞いたこと無い。
 キラはコーディネイターだったの?
 だってあの子とんでも無いドジなのに。
 ちょっと歩けば芝生に足を絡ませてこけそうになるし鳩にエサをやろうとすれば撒く前に手にしたエサを鳩に突かれるしタイピングが早いくせにお裁縫させると指に針を刺しまくるくらい不器用なのよ?
 あのキラがコーディネイター?
 ナチュラル(私達)よりずっと高い知識と能力を持つというアノ!?
 嘘よ、そんなはず無い! そんなはず無いわ!!》

 けれど私の想いにサイが止めを刺した。
 テーブルを拭き終わってふと思い出したように私に訊ねる。

「そう言えばフレイ。
 『キラ・ヤマト』と友達って、コーディネイター嫌いが治ったのか?」

 決定的だった。



 翌日、私はキラと出会った公園に来ていた。
 最近キラは産着作りに没頭していた。
 針に指を突き刺しすぎて左手の指は絆創膏で固められても「一枚くらいは」と言って作る事を未だ諦めていない。
 ガーゼ生地で作られるソレはミシンで縫う事は困難で縫い代が子供の指先に引っかからないように全て折り畳んで祭り縫いにしなければならない。一人一枚ずつ作ってみようと言うキラのお母さんの言葉に習って私も作ってみた。
 でもキラだけが縫い切る事が出来なくて悔しそうな顔をしていたのはまだ最近の事だから。

 だから、いつも待ち合わせ場所にしているあのベンチできっと縫っているのだろうと確信していた。

 葉が枯れ、枝ばかりになった木々の向こうにキラはいた。
 夏は葉っぱで遮られていた人口太陽の光が枝ばかりになった木から零れるように地面を照らしていた。
 そんな光の中でキラは白い布と格闘している。
 少し茶色い点々が見えるのは恐らくキラの血。
 薄汚れてしまった産着作りを止められなかったのはキラがあまりにも真剣に取り組んでいたから。

《でもそれは演技だったの?》

 私が認識しているコーディネイターは何でも出来るはずだった。
 私達ナチュラルと比べ、より多くの知識を持ち、より強い身体を持ち、より多くのモノを得られる存在・・・それがコーディネイター。
 そんなコーディネイターが縫い物一つに手間取っている。
 私にあっさり出来た事が出来なくて今も挑み続けている。

《でもそれが私を騙す為の嘘だったと言うの?》

 そう思ったら私の中にどす黒い感情が生まれた。


 ガサリ

 私は一歩キラへと向かい足を踏み出した。
 まるで敷き詰められたかの様に地面を多い尽くす枯れ葉が踏み付けられ乾いた音をたてる。
 その音で気付いたのだろう。手元に集中していたキラが顔を上げてこっちを見る。
 嬉しそうに私に笑顔を向ける。

《デモソレモ嘘ナンデショ?》

 ゆっくりとキラへ近づく度に怒りが込み上げる。

「フレイ! ねぇ見て見て♪ 今日やっとここまで出来たんだ。
 後は裾の部分の祭り縫いで完成だよv」

《ズイブント手間取ッタフリマデシテ?》

「良かった〜もしかしたら出来ないかもって何度も思ったけど・・・フレイが根気良く教えてくれたおかげだよ!」

《デキナイワケナイデショ。アンタハこーでぃねいたーナンダカラ。》

「早く生まれて来ないかな。
 ってコレが完成する前には困るけどね。」

《私ハ・・・こーでぃねいたーガ嫌イヨ!!!》



 そこからは良く覚えてない。
 何か酷くキラに怒鳴りつけたような・・・そんな気がする。
 ただ覚えているのは傷ついて泣き出しそうなキラの顔と寂しくなった木立の間を走る自分。

 あの日から1週間。キラとは会っていない。
 反比例するかのようにグッと増えたジェシカ達やサイとの交流。
 彼らに会う度に私は鏡の前でチェックする。

《大丈夫、私は幸せ。だから笑顔。》


 私の様子に違和感を感じる。
 初めにそう言い出したのはジェシカ。

「最近フレイって私と話してても楽しく無いんじゃないの?」
「そんな事無いわよ。」
「だって・・・確かに最近は付き合い良いけど覇気が感じられないって言うか何をしても上滑りって言うか・・・前のフレイの方がずっと生き生きとしてたよ。」
「そんな事無い・・・そんなはず無い!」
「『そんなはず無い』ってどういう事? やっぱり無理してるんじゃないの??」
「だって・・・だって今私が話しているのは一緒にいるのは!!!」
「フレイ。今自分がどんな顔をしているか分かってて言ってる?
 まるで張り付いた様な笑顔を浮かべているの。無理に顔の筋肉だけで笑っているような不自然さがはっきりとわかるのよ。
 私達は、そんなフレイの顔を見たくない。」


 次に言い出したのはサイだった。

「フレイ。一体何があったんだ?」
「何も無いわよ。ただ以前の私に戻っただけ。」
「だってこの間の食事をした後、君の様子変だったじゃないか。」
「何も無いって言ってるじゃない! 放っておいてよ!!」
「あの子と喧嘩したのか?」
「誰の事よ。私は誰とも喧嘩なんてして無いわ。」
「じゃあ『キラ』って子と何かあったのか?」
「何であの子が出てくるのよ! 何にも関係なんて無いわ。
 だってあの子はコーディネイターよ。だから私・・・あの子の事なんて大っ嫌いよ!!!」
「知らなかったんだな。あの子がコーディネイターだって。
 でもなフレイ。コーディネイターだからって無理に嫌うのは止めろ。
 こんなに泣きながら・・・君は誰よりも傷ついているように見えるよ。」

 確かに・・・サイの言う通り私はいつの間にか泣いてた。
 何で私は泣いてるの?



 12月に入った。
 第一日曜日。誰とも約束なんて無くてただ足りなくなった化粧水を買おうと出かけた。
 ただそれだだった。でもずっと何故か服を見れば新しいマタニティが気になって化粧品売り場でも片隅に置いてある赤ちゃん用の化粧水やパウダーが気になった。
 無理にそれらから視線を外してエリザリオの化粧水を買ってショップを出る。
 ただ真っ直ぐに自宅へ向かう為に通りを歩いていたらキラのお母さんと出会った。
 偶然はとても怖い。

「少しお茶していかない?」

 何故だろう。小母さんの言葉に従ってしまった。
 小さく頷く私に「若い人向けじゃないけど落ち着いた雰囲気が良いのよv」と言って木製の重いドアを押し開けて小さな喫茶店へ入って行く。続いて入ると小さい照明が店を照らしていた。
 窓際の席が空いていた。
 余り人に見られたくないと思った。するとまるで私の気持ちを見透かしたように小母さんが言った。

「ここはね。中が暗いから外の様子は見えるけど外から中の様子は見えないの。」

《私とキラの間に何があったかを知っているの?》

 けれど実際に問いかけはしない。
 断罪される事を恐れるようにその言葉は喉の奥で凍りつく。
 席に着き小母さんはコーヒーを私はアイスティーを注文した。
 真っ直ぐに目を見る事が出来ず目の前に置かれたお冷を見る。カランと氷が解ける音を立てた。
 緊張で乾いた喉を潤そうとお冷に手を伸ばすと遮るように小母さんが話し始める。

「フレイちゃんはコーディネイターが嫌いだったのね。」
「・・・・・・・・・っ!」
「ヤダ。そんな顔しないで? 怒っているわけじゃないわ。
 ただ知っていると思っていたの。あの子の事。」
「小母さんも・・・何ですか?」
「いいえ、私達はナチュラルよ。あの子は一世代目なの。」
「あの年で一世代目?」
「現在プラントでは二世代目に移行している・・・それを思うとおかしいかしら?」
「小母さんは何とも思わないんですか?
 病気でも無いのに遺伝子を・・・その、操作するって言う事に。」
「私にはコーディネイターの友人がいたしね。
 それに実際にコーディネイターの赤ん坊を前にすると抵抗が無いとか言う前に子育てに追われていつの間にか自然になっていたって感じかしら。
 ナチュラルとの能力差が顕著に表れ始めるのは少し育ってからだしね。
 確かに能力差はあるけどコーディネイターって言ってもピンキリなのよ。
 多分貴女が知ってるコーディネイターは彼らの中でも上位に入る人達の事だと思うわ。
 彼らの事は知っている?」
「確か頭が良くて身体能力も高くて・・・兎に角私達よりずっと凄い能力を持ってるんですよね。
 実際キラのプログラミング能力の高さは私達の遥か上を行ってます。」

 必死に抗弁する私ににっこり笑いながら小母さんは話を続ける。
 運ばれてきたコーヒーから香ばしい匂いが漂う。
 その匂いが醸し出す柔らかな雰囲気と小母さんの笑顔の深さに眩しさすら感じた。

「そうね〜でも、私の友人の子に言わせれば『プログラムを組むのは早いけど組み方がめちゃくちゃ』だそうよ。
 昔は課題をギリギリまでやらなくて先生に怒られてばっかり。出来た課題も幼馴染に手伝ってもらってやっと何とかなってた物だったし。特にマイクロユニットが苦手で提出日になっても手をつけてなくて締切り延ばしてもらって。」
「・・・・・・・・・。」
「ゲームが大好きで勉強大嫌い。
 不器用で要領悪くてドジばっかり。」
「・・・・・・・・・。」
「泣き虫で意地っ張りで・・・誰よりも甘えん坊。
 ナチュラルと変わりはないでしょう?」
「・・・・・・確かにキラはそうですけど。でも他はどうかなんてわからないじゃないですか!?」
「キラの幼馴染の男の子はとても優秀だったわ。
 成績はトップでスポーツ万能。全体的に見てその能力は秀でていた。
 多分フレイちゃんが思い浮かべるコーディネイターのイメージに一番近い子じゃないかしら。
 でも彼には決定的な弱点があった。」
「弱点?」
「キラにやたら甘いの。」
「はぁ!?」
「後、人付き合いも苦手で友達少なかったわね。
 キラを通じて知り合った子が多くて交友に関しては狭く深くって感じ。
 いつもキラの課題を手伝ったり好き嫌いを言うキラを叱ったりしててしっかりした子に見えるんだけど一度暴走し始めると周りの迷惑を顧みない視界の狭い子なのよ。」
「で、その狭さでキラに結婚迫ったと。」
「そうなのよ。ま、煽ったのは私達なんだけどv
 結構苦労したのよ? キラの友達にも協力してもらったし。」

《それってニコニコ笑って言う言葉じゃないと思う。》

 初めて、キラのお母さんが怖いと思った。

「世間的に見れば玉の輿よね〜♪
 お父さんはプラントの国防委員長だし家はお金持ちだしアスラン君美形だから☆」
「世間的に見ればって・・・・。」
「目的はレノアの息子と私の娘を結婚させる事であって家は関係無かったから。
 親友と家族になるのが夢だったのよvvv」

《こ・・・この人って。》

 確かに世の中いろんな人がいるわよ。
 悪人善人がいるように分かりやすい思考の持ち主や考えが読めない人。
 外見を裏切って平和主義者な強面の人やにこやかな笑顔を浮かべながらえげつない事言える人。
 例えを挙げたらキリが無い。
 そう、一杯いるのよ。ナチュラルにもコーディネイターにも。
 私はその内一人を知った。

「何となく、貴女を見ているとわかるのよ。
 多分貴女のご両親のどちらかもしくは二人ともがコーディネイターに嫌悪感を持っているのでしょう。
 小さい頃からコーディネイターに対して嫌悪感を持った人が傍にいると感化されやすいものだから・・・無意識のうちに嫌うようになってしまうのよ。
 でも貴女はまだ完全じゃない。
 フレイちゃんの様な年頃は凄く微妙でね。この年に受けた情報や心理的な変化は人格に多大な影響を与えるの。
 今はキラと出会った事で今までの価値観が崩れそうになっている。
 ・・・・・・・・・違う?」
「・・・・・・・・・そうなのかもしれません・・・けどっ!」
「少し私達から離れてコーディネイターについて調べてみるといいわ。
 決して人の考えを聞いてはダメ。
 あくまで純粋な情報を手に入れてそれについて自分がどう思うか。
 視界を広くする為にも色んな角度から情報を入手すると新たな事実が見えてくる。
 だからブルーコスモスの動き・プラントの動き・各国上層部の動きもネットで探してみなさい。
 私から今言えるのはそれだけよ。」
「私はキラを傷つけた・・・それを知っても小母さんはそう言うんですか?」
「私には貴女が一番傷ついているように見えるわ。
 本当にキラがコーディネイターだから嫌いになったの?」

 疑問を私に投げかけて置きながら答えを待つ事無く小母さんは席を立った。
 気付けば残されたのは冷めた紅茶と小母さんが飲んでいた空になったコーヒーカップ。
 そして・・・私に課せられた課題。


 後編に続く


 30000HIT記念の『萌えないゴミ』小説! ・・・前後編となりました。
 頑張ったけど思ったより長くなってしまって・・・フレイ嫌いの方には辛いお話でしょうか?(でも次で終わる予定です。)
 でも今後の展開を思うとヘリオポリス編を書く前にどうしても書いておきたいお話でもありました。
 作中の色んな角度から情報を手に入れて客観的に見るというのは私がいつも気にしている事です。
 実際にそれが出来ているのかは疑問ですがそうする事で世の中の事を理解していきたいと思っているので・・・今回のフレイは「フレイが嫌い」という方とは違う、私なりの視点で見ているフレイです。
 押し付けるつもりはありませんがこんな見方もあるんだと受け止めて頂けたら幸いです。

 2004.5.30 SOSOGU

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