旅立ちの時
 アスランがプラントへ引っ越してから既に2週間が経った。
 最初の頃は毎日の様に届いていたメールは3日前から途絶えている。
 原因はプラントの情報漏洩対策。一般市民の国外へのメールが一時制限されるようになったのだ。
 宇宙に漂う閉鎖空間であるプラントが恐れるのは爆破テロとサイバーテロ。
 プラントの生命維持装置や経済・生活に関するその殆どがコンピュータで管理されている為にプラント一基にそれぞれ備え付けられているマザーコンピュータはテロの対象には持って来いの存在である。
 また情報通信網がプラント中に張り巡らされている点を踏まえれば一つ強力なコンピュータウィルスが入り込めばそれは人々の命を脅かす物になる。例えウィルス対策の用意してあっても万が一という事もある。
 感染した場合、時間が経てば経つほど危険度は増してしまう。その可能性が最高評議会の議題として上がった日、満場一致で国外との電子メール等のデジタル通信を媒介とした連絡手段の一時制限を決定した。
 国外からの通信をチェックするサーバーコンピュータの早急な設置、システム構築が完了するまでは解除の見通しが立っていないかなり無茶なものだったが近年の地球のプラント理事国との関係悪化を考えれば用心に越した事は無い。
 もちろん翌日に布告された時に国民からの反発は非常に強かった。オーブとの取引が一時的な物とはいえ凍結状態にされてしまう可能性に各企業からの圧力も掛かってきた。しかしレトロではあるが紙を媒体とした連絡手段、手紙だけは爆発物や危険なバクテリアの付着が無いかを確認する検査機構が即時に結成され確保された。またもうひとつの手段として申請済みならばFAXでの受信も可能となったので騒ぎはギリギリのラインで押さえられた。
 

 さて、それは別として国防委員長という肩書きを持つ父親を持ったアスラン。
 国民の模範となるために頻繁に送っていたメールを自粛させられたのだった。
 最後のメールに書かれていた事情は月でも報道されていた為、キラは理解していた。
 けれど頭で理解する事と心で理解するのとでは大きく違う。
 机の脇に新たに用意されたコート掛け。
 その天頂にあるクッションから垂れだがる真っ白なベールを見やりキラは必死に自分を慰める。

 それは『あの日』アスランの机の上にあった白い箱の中身。
 全てが終わった翌朝にキラに殴られながらも嬉しそうに笑ったアスランが『頑張るその前に』と箱を差し出しながら言った言葉が蘇った。


『ごめんね。本当はウェディングドレスや指輪まで用意したかったんだけど1日でどうにかなるような物じゃなかったしウェディングベールもデザインの問題があって買えなかったんだ。
 だからこれは俺の手作り。本物を買うまでの間に合わせで悪いけれど婚約の証に受け取ってくれる?』

 散々好き放題しておいて今更結婚の約束も何もあったものではないという突っ込みもあるが、あんまり幸せそうに笑うアスランを見てキラは怒れなくなってしまった。
 遅くはあったが自分もアスランが好きだと自覚した後でのエンゲージリングならぬエンゲージベール。
 少々苦笑混じりではあったが微笑と共にキラは受け取ったのだった。


 普通に売られているカチューシャに手芸店で売られている模造真珠を取り付けた物。そこから流れ落ちるレースは羽の様に軽く、光に当てると仄かに輝いて見える。
 受け取った時はどんな宝石よりも美しく輝いて見えたのに、今はその輝きは失せ寂しさばかりが募る。

 はあああ・・・・

 また一つ溜息。
 今キラは手紙を送ろうかどうか迷っていた。
 ずっとずっと気になっていたいた問題が彼女の心の中で重さを増しつつあったからだ。

「アレがもう2週間以上遅れてるんだよね・・・・・・・・・。」

 毎月訪れる女の子独特の痛み。キラはその痛みが訪れる兆候が無い事から一つの可能性を考えていた。

 ジョルディから見せられた刺激的なアダルト雑誌に感化され手順や段階を無視して暴走したアスラン・ザラに『家族計画』という文字はなかった。というよりその行為の本来の目的を完全に忘れていたのだ。
 コーディネイターの成人年齢は13歳。
 キラは現在13歳である為、法律上は問題無い様ではあるが・・・法律と世間体は全く別物だったりする。

「さすがにこの歳でもうお母さんって言うのはショックかな・・・・・・・しかもまだ結婚してないし。」

 恐らく・・・いや確実にこの事実をアスランに知らせれば大喜びしてキラを抱えて役所に飛び込むだろう。だがアスランはともかくとしてキラにはまだその覚悟が無い。

 はふううううぅぅぅぅ・・・・・・・・・

 キラの悩みは尽きない。


 さて一方問題の人物アスラン・ザラは親子喧嘩の真っ最中だった。
 2週間前にプラントの自宅に戻ると9年ぶりの父との対面が待っていた。
 ずっと会いたくても会えなかった家族との再会にその日の夕飯も今までの事を話すだけで精一杯でパトリックもアスランも父子という感覚が戻って来ない。
 アスランにとっては無理も無い話である。何しろ物心がつく頃に月へ母親と共に避難させられたのだからメールのやり取りでしか父の事を知らないのだから。
 そんな状況に最近の忙しさもあって焦ったパトリックが切り札としてもう暫く取っておくつもりだった話をしてしまった。

「と・・・ところでだな、アスラン。お前にとってもいい話があるんだ。」
「え? ええそう言えば僕も父上にお話しなければならないことがあるんでしたっけ。」
「ああ、ならまずお前の話から聞こうか。」
「いえ父上の方からどうぞ。」
「何を親子で遠慮し合っているの。パトリック、貴方父親なんだからそんな息子に遠慮なんてしないで頂戴。これからずっと一緒なのにそんな調子じゃ困るわ。」

 レノアの言葉も最もだと思ったパトリックは何やら雑誌を取り出しテーブルの上に載せた。
 その表紙を飾っているのはピンク色の長く美しい髪をたなびかせて微笑む美少女だった。
 プラントの住民なら誰もが知っているこの少女を残念ながらずっと月に居たアスランとレノアは知らなかった。
 そして一番気になるのはこれが芸能雑誌であると言う事。堅物なパトリックがとても買うような雑誌では無い。
 あまりの異様さにレノアが怪訝そうな顔で伺うと対するパトリックは緩みきった笑顔で答える。

「こちらのお嬢さんはラクス・クライン。私の友人でありプラント最高評議会議長を務めているシーゲル・クラインのご令嬢だ。現在歌手として活動してプラントでの評価は非常に高い。そしてお前の婚約者でもある。」

 ぴききききっ

「父上・・・申し訳ありません。たった今難聴になったようでよく聞き取れませんでした。
 もう一度、大きな声で、はっきりとお願いします。」

 小刻みに身体を震わせながら答えるアスランに全く気付かず悦に入ったパトリックは口の端を上げて背後に花でも散っていそうな幸せオーラを放ちながら再び告げた。

「ラクス嬢はお前の婚約者だ。人気ナンバーワンアイドルを妻に持てるなんてお前は幸せ者だぞアスランvvv」

 どがしゃあああああん

 ばきぃぃぃいいっ!!


 次の瞬間、パトリックの顔面にテーブルが激突していた。
 ちゃぶ台返しならぬテーブル返しをかましたのはアスランとレノアだった。
 見事な母子の連係プレーを見せる二人に痛みも忘れて呆然とするパトリックに更に追い討ちをかける様にひっくり返したテーブルに足をかけレノアが決して目だけは笑っていない聖母の微笑を浮かべながら言い放った。

「パトリック、そんな話は初耳ですけど?」
「そ・・・そりゃ今初めて言ったから。」
「息子や妻に断りも無く話を進めるとはどういう事ですか父上!」
「だって二人をびっくりさせようと思って・・・きっと喜んでもらえると思ったし。」
「ええ確かにびっくりしたわ。でも喜ぶどころか勝手な判断で話を進めた貴方への怒りしか湧いてきませんよ。」
「な、何でそんなに怒るんだーーーーー!!!」

 喚くパトリックにレノアは肌身離さず持っているパスケースから一枚の写真を取り出し突きつけた。
 それにはキラとアスランがバスケットボールを片手に汗を流しながら笑っている様子が写っている。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・当たり前だがキラの服装はTシャツに短パンである。

「こ、これが何だと言うんだ? 映っているのはアスランとその友達のキラ君だろう?」
「僕の伴侶となるのはその写真に写っているキラ・ヤマトです!
 ついでに言えば僕らはもう一線を越えました!!!」
なにいいいぃぃぃぃぃぃいっっっ!!!?

 突然の息子の告白に絶叫するパトリック・ザラ。
 その姿はとてもプラント、いやザフトのトップたる人物とは思えないほど間抜けである。
 しかし今はそんなことは関係ない。ただ今家族の修羅場真っ最中。
 更に言ってしまうと下手すれば家庭崩壊に繋がりかねない。
 何よりも今のパトリックの頭に浮かんだ文字は大いなる誤解によるものだった。

「アスラン! お前はホモだったのか!!?」
「何て失礼な事を! って違います!! 僕が好きなのは女の子です!!!」
「だって今お前キラ君を好きだと!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・重ねて更に失礼な事を!! キラは女の子ですよ!?
 こんなに可愛い彼女を捕まえて何を馬鹿な事ほざいてんですか貴方は!!!」
「そんな馬鹿な!!?」

 改めて写真を凝視するパトリックを見て妻であるレノアは溜息を吐く代わりに突っ込みたかった一言を呑み込む。

《似たもの親子め・・・。》

 アスランが自分の血を受け継ぐという事を敢えて記憶の彼方へ押しやったコメントは二人に知られる事は無い。
 さて一方パトリックはアスランの言葉に驚き改めて写真を凝視する。
 確かに男の子にしては可愛らしく身体の線も細いのは認めるがそれにしたって女の子らしい格好をしなさ過ぎだと結論付けた。

「認めん! 認めんぞ!! わしの義理の娘となるのはレースをこよなく愛する昔話のお姫様のようなふわふわした可愛い可愛い女の子なのだーーーーーーーー!!!
更にレノア似ならばなおグッド!!!!!
「何を勝手な事言ってるんですか。そこに僕の意思は皆無ですか!?
 もっともっと言わせて頂ければキラを貶すような発言は止めて下さい。
 貴方が知らないだけでキラは言葉では言い表せないほどに可愛いくって可愛くって。
 もう直ぐプラントに来てくれるとわかっていても
離れている今がこんなに辛い程に彼女の愛してるんです!!!
「ダメだーーーーー!! 絶対にラクス嬢と婚約するんだ!!!」
「こんの分からず屋のへっぽこ親父ーーーー!!!!!」
「父に向かってその言葉は何だーーーーーーーーーー!!!!!」

 ふん!


 低レベルな言い争いの果て互いにそっぽを向いてしまったザラ父子。
 その後ずっと冷戦状態が続くようになった。

「父上が謝って婚約解消するまで許す気はありません。」

 二人の間にはマリアナ海溝よりも深く月と地球の距離並みの広さの溝があるようだ。


 さて更に2週間後、遂にキラの家も引っ越す事になった。
 アスランの避難から二週間経ったあの日。溜息を吐き過ぎた為にカリダに妊娠がばれ、大喜びの母親と複雑な面持ちの父親に連れられて行った産婦人科で母子手帳を渡された。

「出産予定日は12月25日ですね。例えコーディネイターと言えどもお嬢さんの年齢を考えると体への負担はかなりのものでしょう。ご家族皆で助けてあげて下さいね。」

 にこやかに笑いながら言った産婦人科医はコーディネイターの女性ではキラが最後の患者になるだろうからとヤマト家の予定に合わせギリギリまで月に残ると言ってくれた。
 年齢や家庭事情から突込みどころは多かっただろうに敢えて何も聞かずに診察してくれた女医にキラは感謝した。
 となると次にしなければならない事はアスランへの連絡。
 キラはずっと手紙を出し続けていたのだが全く返事が来ない。
 他にもジョルディやアリシア達にも出していたのだが彼等からは手紙での返事があった事。また配達記録付き郵便で出したので届いている事は確認済みである事。この二点が引っかかりアリシアへの最後の手紙でキラは相談をしてみた。
 彼女の行動は早かった。


「引越しの当日に来るとは思わなかったよ。」
「まだギリギリ大丈夫かと思って親を無理やり説得したのよ。半分以上脅しつけたけどね。」
「さすがはアリシアちゃんね〜vvv」

 引越し当日に手伝いも兼ねてとやってきたのはアリシアだった。
 話を聞くとアリシアもアスランにメールを送っているのだが連絡が取れなくて不審に思っていたところだと言う。ジョルディ達に連絡したところ彼らは最初の頃こそ連絡取れたのだがここ最近は全く返事が来ないと心配していた。まあ、国防委員長の息子に何かあればメディアが何かしら騒ぐはずなので相当拙い事にはなっていないだろうと今は静観しているのだが。
 だからせめてレノアだけでも連絡取れないかとアリシアは奔走しているのだがどうにもならない。
 そろそろ直接家に行ってみようかと考えているのだがそれはキラには秘密である。

「にしても荷物が少ないわね。これだけで大丈夫なの?」
「行く場所がオーブの資源衛星ヘリオポリスだからね。
 大事なもの以外は服とか家具なんかの家財道具は持って行けないよ。」
「だから持ち出すのは一部だけ。後は業者に頼んで処分してもらう事になっているのよ♪
 どうせマタニティグッズを買わないといけないから丁度いいし・・・ね? キラvvv」
「母さんそうやってからかうの止めてよ〜!!」

 三人寄れば賑やかになるのは確かにそうだが仕事ははかどらない。
 殆ど手が動いていない三人の代わりにハルマは必死にダンボールを運び出す。
 それも30分ほどで終わりキラ達は一息つく為に運送会社に荷物を預けファミリーレストランへと場所を移動した。


「じゃあ未だにアスラン君とは連絡が取れてないのね。」

 おごって貰ったナスときのこのミートスパゲッティをフォークを突きながら問うアリシアに複雑そうな顔をしてキラが頷いた。その傍らでハマナが渋い顔をして海鮮丼に乗っているマグロを取る。しかし箸で取ったまま口に運ぼうとしない。
 そんな夫を見守るように微笑みグラタンを掬い頬張るのはカリダ。
 異様な食卓を囲む4人に恐れをなしたウェイトレスは出来るだけ近寄らない様に通り過ぎる時も心なしか足が速まっている。
 しかし雰囲気を全く無視して冷めた声でアリシアはコメントする。

「結局キラは産む気なのよね?」
「だって・・・普通そうでしょう?」
「そうでもないわよ。人生設計狂いまくりだし年齢や経済性を考えてもう一つの選択をする人の方が多いんじゃないかしら。」
「例えキラがもう一つの選択を提示しても私が止めるわv」
「カリダ、キラの人生なんだぞ?」
「だって私とレノアの孫なのよ!」
「その前に小父さんの孫でもあるってわかってますか?」

 夫の言葉にぷんぷんと怒りながら反論するカリダを諌める様にアリシアは言う。
 念の為に言うならばカリダは30代、アリシアはキラと同じ13歳。この差は如何に。
 妻の言い分にカチンときたのか、ハルマが先ほどから箸に挟んだままにしていたマグロが力の入れすぎで真っ二つになってどんぶりに落ちた。
 思えば彼は初めから怒っていた。
 手塩にかけて育てた可愛い娘が気がついたら息子の様に思っていた少年に取られており尚且つ彼が引っ越した後に発覚したキラの妊娠。

《無責任にも程がないか?》

 少なくともこの一ヶ月娘の表情に陰りが見えていた。
 最後に何の曇りも無い笑顔をみたのは何時だったか・・・それを思うと怒りが込み上げる。
 だからハルマはいっそのこのままアスランと連絡など取れなくても良いと思っていた。

《自分はまだ若いしもう一人子供が増えたと思えば良い。
 何より孫と接する機会が増えるし、キラはまだ幼く可愛いからやり直しはいくらでもきく。
 今度は妻に良い様にさせないように気をつけて自分が選んだ人物をキラに引き合わせよう。》

 そんな事を考えていたのでアリシアの訪問はキラに多少の笑顔を齎してくれた点には感謝はしつつも正直迷惑していた。

「カリダ・・・とにかく今はヘリオポリスへの移住を最優先にしなければキラやお腹の子に障る。
 アリシアちゃんも無理はしなくていい。
 ザラさんには情勢が落ち着いてから私達から連絡しよう。」
「でもここ最近の緊張を見ると何年先になるかわからないじゃないですか。」
「そうなのよね〜。だから思い切ってプラントに移住するっていうのどうかしらって言ったんだけど。」
「プラントにはモルゲンレーテ社の支部がないからダメ!」

 胸を張って言い切るハルマにカリダは更に剥れた。
 二人の様子にハルマの父親としての複雑な感情を察知したアリシアはキラに改めて問い掛ける。

「キラはプラントに来る気は無いの?」
「アスランにも会いたいけれど父さん達と離れたくないし・・・何より返事が無いからもしかしてアスランはもう僕の事どうでもいいのかなって思うと怖くて。」

 あのアスラン・ザラに限ってそんな事は絶対にありえない!

 思わず言い切りたくなるがハルマの視線を感じてアリシアはその言葉を寸前で飲み込んだ。

《小父さん結構怖いのね。》

 アリシアは本当に怖がっているのかわからないような冷めた感想を心に浮かべ、話を変える事にした。
 一番の問題はこれから先の連絡方法。情勢の悪化が更に進み国外への連絡が今まで以上に困難になってきた。今は手紙と言う方法を許可されてきたが緊張が高まって来た事。やはりタイムラグが大きすぎる事。そしてずっと急がれていた対国外用サーバーコンピュータが試験的ではあるが始動している事等を理由に廃止が囁かれ始めたのだ。
 プラント国内であればメールのやり取りも簡単だが、オーブとのメールは特別許可を申請しなければ無理である。緊急連絡は電報扱いで受け付けられるがこうしたプライベートなメールは現時点ではまず許可が下りる事はない。

「今はまだ手紙が許可されているけれどそろそろそれも廃止されそうだし。私は一般市民でしかないから多分キラ達へのメール許可は下りないわ。
 だからアスラン君、もしくはレノアさんと連絡が取れたらそちらから連絡してもらうから。
 電報に関しては私の住所を通知すれば問題ないわ。ヘリオポリスに行ったら新しい住所を電報で連絡してね。」
「ごめんねアリシア・・・有難う。」
「私に感謝する前にもう少しアスラン君を信じて笑いなさいよ。」
「・・・・・・・・・・・アリシア。」

 僅かな沈黙の後、キラはアリシアを見つめた。
 キラの瞳の中で揺れる何かに気付きカリダとハルマに目をやった。
 少し悲しそうな顔をして頷く二人に礼をしてアリシアはまだ残っている皿にフォークを置き、キラの手を引っ張って店を出た。
 5分程歩いた先にある小さな公園はお昼時のせいか子供達はおらず、静かだった。
 公園内に設置されているベンチに腰掛けアリシアは右隣に座ったキラの額を自分の肩に押し付けるように抱え込む。

「無理するんじゃないの。」

 主語の無いその言葉は何を指しての事か。
 ・・・アリシアは先ほどのキラの瞳を見るまで忘れていた。

 キラがまだ自分と同じ13歳の少女だという事を。

 少しずつ震えだしたキラの身体を軽く労わる様に叩いて落ち着かせる。
 嗚咽交じりに吐き出すようにしてキラは言う。

「怖いの・・・・・・赤ちゃん産むの怖いの・・・・・・・・・・・。
 普通は皆産むと思ったから・・・だからそうやって自分を無理やり納得させてたの。
 でも少しずつ変化していく自分の身体が怖い。
 歩いている先にぽっかりと底の見えない穴が開いているみたいでまだ引き返せるって思うと自分が自分で無くなる様な感覚に襲われてどうしたら良いかわからなくって。
 だからアスランに助けて欲しくて何度も手紙を出したけど。」
「返事が来なくて更に不安は募るばかりってわけね。そして私にも手紙を出した。」
「ごめんねアリシア。ごめんね・・・・。」
「謝ってどうすんの。言うなら『来てくれて有難う。』でしょ?」
「・・・有難う、有難うアリシア。」
「全く、小父さんや小母さんにも言わなかったのね。二人とも気付いていたわよ。
 キラが不安に押し潰されそうになってる事にね。」

 穏やかな微笑みを浮かべて言うアリシア。
 一週間前に届いた手紙を思い出す。
 差出人はヤマト夫妻。
 初めはアリシアの両親も無理にプラントから出ようとする娘に激怒した。
 けれどその手紙を読み、娘の意思の固さを知って渋々送り出したのだ。

「キラ、本当に赤ちゃんを産む覚悟があるの? 育てていく覚悟が出来てるの?」
「・・・・・わからない、わからないよ。」
「出来ていないのなら止めなさい。」
「だってこの子はアスランの!」
「キラの子でしょ?」

 強い視線に射抜かれてキラは固まった。
 『アスランの子』だからと無理やり自分を納得させていただけだったから、それを指摘され尚且つ『自分の子』だと諭され、事実から眼を背けていた自分自身が情けなかった。

「キラ、もう一度聞くけど産む気はあるの?」

 年齢は関係ない。

 アリシアがそう言っている様に思えたキラはアスランの笑顔を思い出す。

《そもそも何でアスランの行動を許したんだろう?》

 突然押し倒されて大事な言葉は全てが終わった後。
 それでも最終的にはキラはそれを受け入れ赦した。

《・・・・・・・・・・・・・・僕が、アスランを好きだから。》

 たった一言で現される感情。
 けれどその重みは計り知れない程だ。

 こくん

 漸く思い出した思いを胸に改めてキラは肯定した。
 頷いた途端にあふれ出す涙を拭おうともせずにただキラは泣いた。
 そんなキラの顔を隠すように自分の胸に抱え込みアリシアは言う。

「今のうちに泣いておきなさい。
 子供が生まれたらそんな簡単に泣けなくなるから。」

 うっく ひっく う・・・・・・

 アリシアの言葉に背中を押されたのかキラは号泣した。
 今まで抱えていた不安を吐き出すように何かから漸く開放されたかのように・・・・・・・・・。



「すっきりした?」
「うん!」

 ひとしきり泣いた後、浮かんだ笑顔は晴れやかなものに変わっていた。
 月での役目を終えたと悟ったアリシアは逸らした視線の先にいるカリダ達に気付く。公園の入り口近くで立っている二人に笑顔で頷くと二人は深々とお辞儀をして返し、アリシアもキラに悟られないようにこっそりと頭を垂れてから囁きかける。
 迎えに来た両親に気付き満面の笑顔を浮かべ走り寄るキラ。

「キラ! 走るんじゃない!!」
「転んだらどうするの? 貴女だけの身体じゃないんだから。」
「ゴメンナサ〜イ♪」

 そんな親子の会話を聞いてアリシアは一瞬だけ柔らかな笑みを浮かべたが誰の目にも留まらなかった。

 同じエアポートでひたすら感謝するキラ達を見送りアリシアはプラント行きのシャトルに乗った。

「一辺アスラン君の家に直接行ってみますか。」

 アリシアの手にあるシャトルのチケットにはプラントの12の市の一つディセンベル市行きと記されていた。



 同時刻、ザラ家で暗い笑みを浮かべたパトリックが書斎のパソコンに向かってひたすらキーボードを打っていた。

 くっくくくっくっくくくくく・・・・・・・

 ふふっふふふふっふふうふふふふ・・・・・・・・・

 はーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!

 突然高笑いを上げるパトリック。
 その画面に映るのはアスランとレノアのメールボックス。

「ふふふ・・・・自宅サーバーが操作されているなど気付くまい。
 アスラン宛の女性からのメールアドレスは99%アドレスチェックをし削除、次は月時代の友人と思われる者達のメールを完全にシャットアウト。念の為にレノア宛のメールもブラックリストに入っているアドレスからの物を全て破棄!!
 手紙も執事に指示をして私の新しい手紙専用の金庫の中に保管するようにしてあるし・・・これでキラ・ヤマトからの接触は皆無!
 アスラン、その内お前も何が一番幸せかわかるさ。
 少しくらいの反抗なんて私は怒らないからゆっくり考え直しなさいv」

 本人には決して言わないパトリックの本音。
 しかし彼がやっていることは間違いなく犯罪。
 例え家族であっても犯罪に当たる事なのだ。
 それを一番知っているはずの政治家兼軍部司令官パトリック・ザラ。
 彼は静かなる暴走を始めていた。


「ああもう〜ユニウスセブンへ緊急異動だなんて!
 忙しすぎてアスランのフォローに回れない〜〜〜!!!」


 ・・・唯一パトリックを止められるレノア・ザラは自分の事で手一杯だった。


 幼年期編 END


 ああ5月2日になってしまいました。
 とりあえず難産だった旅立ちの時UPですv
 次はちょこっとヘリオポリス編に入る前の幕間的話を書いてすぐにあの運命の日を書きたいと思います。
 待っていて下さった方へ・・・お待たせして申し訳ありませんでした!
 出来たらまた次のお話もお付き合い頂けると嬉しいです☆

 2004.5.2 SOSOGU

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