誕生日?の悲劇
 CE.71.1.25

 この日、中立国オーブが所有する資源コロニー・ヘリオポリスの朝は平和だった。
 人口太陽が照らす光の下では人々が浮かべる笑顔が目立ち、外の世界では1年近くも続く戦争が行われているとは思えないほどの優しい空気が満ちていた。
 コロニー内でも緑が目立つ一角に工業カレッジのキャンパスはあった。

 日差しから逃れるように木陰になっているテラスでは1人の少女が懸命にキーボードを打っていた。
 左手に持ったレポートとハンディパソコンのモニターを何度も見比べながら右手は流れるようにキーボードを打って行く。
 その度に肩を越すくらいのセミロングの栗色の髪がさらさらと流れ視界を狭めるが彼女は全く気にしない。
 しかし時々右手を休めて自分の膝を枕代わりに眠る幼子が寝ぼけて跳ね除けてしまった毛布代わりの膝掛けを掛け直してやる。
 その暖かな眼差しは母親の物だった。
 少女の傍らに眠るのは深い紺色の髪をした女の子。
 先月2歳になったばかりだ。
 気持ち良さそうに眠る娘の頭を愛しげに撫でている少女に用があるのかオレンジのワンピースを着た同じくらいの年の少女を伴ったラフな白いシャツをジャケット代わりに着た少年が声を掛けて近寄ってきた。


「おーいキラ!」

 少年の言葉に顔を上げる。
 テラスにいた少女の名はキラ・ヤマト。
 特徴的なアメジストの瞳が光を受けて輝く。
 仄かに浮かぶ笑顔に答えるようにキラの友人であるトールとミリアリアが微笑みながら近づいて来た。

「こんなところに居たのか。
 教授が探してたぜ。」
「見つけたら直ぐに引っ張ってきてくれって。
 なぁに? またバイトか何か??」
「もう・・・昨日頼まれたのだってまだ終わってないのに。」
「どうせモルゲンレーテの仕事だろ。
 それよりちゃんとバイト代貰ってるのか?」
「前回と前々回の分がまだなんだ。
 今日貰う予定だったんだけど・・・困ったなぁ。」

 ガガッ こちらでは・・・

 電波の乱れた音に三人の視線がキラのパソコンモニターに向く。
 先程までキラがプログラムチェックをしている時に聞いていたニュースだった。
 直ぐに画面を拡大してみるとザフトのMS軍の戦闘が映し出されていた。
 その戦闘からさほど遠くないところでマイクを押さえながら現地情報を伝えるアナウンサーも映っている。
 乱れた電波がその状況の凄まじさを物語っていた。
 今行われているように見えるこの映像は実際には一週間前。
 では現在はどうなっているのか・・・。

「うわぁ・・・一週間前でこれじゃあもう落ちちゃってんじゃないか?」
「カオシュンなんて直ぐ近くじゃない。
 大丈夫かな、本国。」
「大っ丈夫! 近いったってうちは中立だぜ?
 オーブが戦場になるなんて事はまず無いって。」
「ならいいんだけど・・・・・・・・。」

 緊張感の無いトールの言葉が此処と戦線との大きな差を表していた。
 それに対しミリアリアはまだ少し不安を残していた。
 プラントと大西洋連邦を始めとした地球連合軍との戦争は既に11ヶ月にもなっていた。
 これほど戦闘が長引くなど誰が予想しただろう。
 数で勝る地球軍が物量で直ぐにプラントを制圧すると思われていたがプラントはその技術と身体能力を最大限に生かし、少数精鋭での戦いにより互角にまで持ち込んだ。
 長すぎる戦いの中、中立を保っている国々が本当に巻き込まれないと言い切れるか?

 そんなミリアリアの不安を感じ取りキラはアスランとの別れの時の事を思い出していた。
 今、キラにとって大切なものは三つある。
 一つはアスランから貰ったベール。
 一つはアスランがキラの為に作ってくれた鳥型ペットロボのトリィ。
 そして最後の一つは・・・。

「マ〜マ?」

 ニュースの音と三人の会話と気配がきっかけだろう。
 先程まで気持ち良さそうに眠っていた幼い子供。
 キラの娘、イリアが起きだした。
 アスランの特徴を色濃く受け継いだのか、父親似のその顔立ちは幼い頃のアスランにそっくりだった。
 眠っていた時には見えなかった瞳は澄んだエメラルドを思わせる透明の輝きを放っている。

「おっきしたの? ごめんね。うるさかった??」
「ううん、ママやくそく。」
「約束・・・?」
「ふれーとやくそく。」
「あ。」

 娘に指摘されキラは友人との約束の時間が差し迫っている事に漸く気付いた。
 青くなるキラに茶化すようにトールが訊く。

「何、フレイと約束してたのか?」
「じゃあ急がないとね。キラ、荷物持ってあげるから早く用意して。」
「ママだっこだっこ〜。」
「ちょっと待ってね。トリィおいで!」
『トリィ!』

 慌てて身支度を整えレンタルエレカのポート前へ急ぐ4人と1体。
 その光景はヘリオポリスでは日常的なものであった。
 その時は、まだ。



「やだ、そんなんじゃないってば。」
「何よ隠す事ないじゃない。」
「んもう〜〜〜。」

 同年代の少女達のじゃれ合い。
 ピンクのワンピースを着た赤い髪の少女は困ったような顔をしては何処か楽しんでいるようにまた笑う。
 その笑顔は明るく何の曇りも無かった。
 友人との話の途中、何かに気付いて嬉しそうに笑いながら待ち人へと声をかける。

「キラ! ミリアリア!!」
「はぁい。」
「ゴメンね、フレイ。待った?」
「3分遅刻。
 またプログラミングに夢中になってたんでしょ。
 しょうがないわねー。」
「ふれー。」
「1日振りねイリア。
 さあキラ、買い物に行くわよ!
 私達ずっと楽しみにしてたんだもんね〜。」
「ねー。」
「さ、時間が勿体無いわ。行くわよ!!」
「あ・・・それがフレイ。」
「キラはまた教授に呼び出されてんだよ。
 ついでにバイト代もまだ貰って無いんだとさ。
 でも仕事引き受ける代わりにちゃんと金も受け取る予定だし。」

 嬉しそうに顔を見合わせる娘と友人に申し訳なさそうに言いよどむキラに止めを刺すのはトール。
 しかし悪気は無いのかニコニコと笑いながらキラの肩を叩きながらお気楽に言う。
 自分の恋人の考えの無さにミリアリアは横で頭を抱える。

「な・ん・で・すって〜〜〜!!?」

 怒り爆発。
 イリアを抱えながらフレイはキラを睨みつける。
 その怒り具合にキラは怯えて身を竦ませた。

《こ〜わ〜い〜〜〜!!!》

「昨日の内にちゃんと取り立てとけって言っておいたでしょ!?」
「それが教授、僕の口座への振込忘れちゃったから今日現金で渡すって・・・。」
「前にもそうやって散々引き伸ばされたでしょ。
 今日は絶対に買い物に行くから呼び出されても断れるようにってアレほど言ったじゃないの!」
「大丈夫! 直ぐに貰って追いかけるから先に行ってて!!」
「あの教授が前科何犯だと思ってるのよ。
 これで7回目よーーー!!!!!」
「ママ、きょうイリアといっしょ。」
「イリア・・・。」

 普段は授業と課題で中々娘の傍にはいてやれないキラが『今日は一緒にいられる』と約束したのだ。
 けれど自分の都合で早々にその約束を破る事になってしまう。
 キラの心は痛んだ。

「仕方ないわねぇ・・・。
 ママの用事が済むまで私達と買い物しよう?」
「ママぁ。」
「・・・直ぐに研究室へ行って教授にバイト料を貰ってくるよ。
 フレイ、お願いイリアの事を頼める?」
「本当に直ぐに帰ってくるのよ。
 イリア、ママに内緒でいい物を食べようねv」
「フレイ!? やたら甘いものとか食べさせないでよ!!!」
「え〜? ママが直ぐに戻って来てくれなければ約束破りよね。
 それくらい良いと思わない??」
「いちごぱふぇ!」
「良いわね!!」
「私達も食べたい!!!」
「ジェシカ達も悪ノリしないでーーー!」

 落ち込んだイリアの機嫌を取る為とは言えあまり甘いものを食べさせたくないキラとしては慌てた。
 フレイがこっそりとキラを見て笑った。
 それを見てキラを慌てさせて約束を確実に守らせる為だろうとミリアリアは察した。

《それなら! 私はキラをとっとと研究室へと連れて行きましょ。》

「さあキラ。早く研究室へ行って教授との用事を済ませましょ。」
「そうそう。俺達も教授に言ってやるからさ!」
「フレイ! お願いだから!! お願いだから今夜の為に食べさせないで〜〜〜!!!」

 トールとミリアリアに引き摺られるように先にレンタルエレカ乗り込むキラ。
 そんな三人を見送った後にフレイ達もエレカに乗って街へと向かった。

 ヘリオポリスの平和な日常。
 それを見て嘆息するサングラスを掛けたすらりとしたスーツを来た女性がいた。
 キラ達の後から来た3人連れの内の1人。
 付き添うように後からついて来る黒いスーツを来た二人の男性は感情を動かさない。

「平和だな・・・。」
「は?」
「あのくらいの年頃で既に前線に出る者もいると言うのに。」

 乗ったエレカが動き出しステーションから離れてから彼女は言った。
 サングラスを外して初めて見えるその表情は軍人の顔だった。



 レンタルエレカが出せる最高速度で研究室へと辿り着いたキラ達を迎えたのは教授では無く、同じゼミ仲間のサイとカズイだった。

「お、来たな。」
「ちーっす。」

 預かってたデータだと言ってサイはキラにデータディスクを渡した。
 渡されたのはデータのみ。

「ちょっとコレだけ!?
 バイト代は預かってないの!!?」
「それは後で持って来るって。
 今、教授はちょっと出てるんだ。少し待っててくれってさ。」
「どぉしよう〜。イリアとフレイが待ってるのに。」
「大丈夫だって! ちょっと出てるだけって言っただろ。
 直ぐに戻ってくるさ。」

 あ〜あ。

 また教授の都合に付き合わされて溜息を吐くキラの目に見慣れない人物が映った。
 目深にかぶった帽子でその顔はよく見えないが、はみ出した金色の髪と帽子の影で光る強い目が印象的な少年だった。

「誰?」
「教授のお客さん。
 ここで待ってろって言われてんだってさ。」

 取り敢えずは自分には関係ないとキラは研究室にある椅子に深く座って頭を抱えた。

《どうしようどうしよう。
 また遅くなったらフレイが怒るだろうしイリアも泣くだろうし・・・。
 誕生日プレゼントにケーキを焼いてあげる約束だったのにこれじゃ時間が無くなっちゃうよ〜。》

 もんもんと考え込むキラに悪戯を企んでると言った顔でゼミ仲間の四人は何やら研究室の片隅に置いてあった白い布に包まれたデッカイ何かをキラの前に置いた。
 気配に気付いてキラが顔を上げると代表者なのかサイが満面の笑みで言った。

「キラ。俺達友達だよな。」
「へ? ・・・うん。」
「去年はフレイが凄い剣幕だったわよね〜。
 確かにイリアはクリスマスに生まれたけどクリスマスパーティーと誕生日のお祝いを一緒にするなんて言語道断よ!ってね。」
「うん、怖かった。」
「だから今年からは一月ずらして祝う様にする事になったんだよな。」
「そうだけど?」
「それに俺達を交ぜてはくれないのか。」
「え、だって・・・。」
「だってもクソもないだろ。
 今夜のパーティーは俺達も行くからな。
 これは俺達からイリアへの誕生日プレゼントだ。
 御馳走楽しみにしてるよ。」
「ええええええええええええーーーーーーーーーっ!!!」

 突然の友の言葉にキラは唖然とする。
 当たり前だった。
 キラとしては内輪だけのささやかなお祝いで済ませるつもりだったのだから。
 しかし、サイは言わなかったが彼等を誘ったのはフレイだった。

『イリアはとーっても可愛いのよ!
 独り占めにしたいけどそれすら勿体無いくらいにね!!』

《《《《あのフレイにそこまで言わせる子と今までまともに顔を合わせた事が無いのが悔しい!》》》》

 カトーゼミの学生は皆負けず嫌いだった。
 特にミリアリアとしてはまだ他の3人よりキラ達との接点がある。
 サークルでフレイと一緒なのでその関係でフレイがイリアの面倒を見るためにサークルをサボる度にフォローに回るのはミリアリアだったからだ。

《私だってあの子と遊びたい!》

 ・・・女の子に可愛いもの好きが多いと言うがご多分に漏れずミリアリアも該当していた。


 カタカタカタタタタ・・・・

「教授遅いなぁ・・・。」

 先立つものが無ければフレイ達と合流する事も出来ないキラはゼミの研究を4人に任せてアルバイトのプログラムチェックをしていた。
 愚痴りながらも手は止まっていない。
 後少しで昨日渡された分は終わりそうになった頃だった。

 シュン!

 研究室の扉が急に開いた。
 教授が帰ってきたのかと皆が振り返るとそこにはエメラルドグリーンのワンピースを着たイリアと大量の荷物を抱えて仁王立ちになったフレイがいる。
 もの凄い形相で出た一言は強烈だった。

「遅い!」
「ごごごっごごっごっごごごめん!」
「何時まで待たせるのよ。
 しょうがないから食材以外の買い物とっとと済ませて来てみたら案の定。
 またあの教授に待たされてるのね!?」
「フレイ・・・落ち着いて。」
「サイは黙って荷物を持って。
 ミリィはイリアの面倒をお願い。」
「は・・・はい。」

 そうして始まるお説教タイム。
 赤い髪の少女は遠慮が無かった。

「だから何時も言ってるでしょ。
 アンタはお人よし過ぎるのよ。
 あの教授の都合に無理に付き合ってあげる義理は無いんだから今日ぐらい自分の都合を優先しなさい!
 折角ブランド物の服を色々着せ替えてあげたくてもイリアは寂しそうな顔しているの。
 健気にママを待ってるイリアを見て私達の心はすっごく傷ついたんだから。
 そしてイリアの心の傷はもっと深いのよ。
 いちごパフェも食べなくていいからママに会いたいって言うイリアの為にこの私がわざわざモルゲンレーテのゲートで警備員を説き伏せて無理に入れてもらってここまで来てあげたの。
 わかる!?」
「・・・・・・・・・・・はい。」
「わかったら教授呼び出してバイト代貰ってとっとと買い物に出直すわよ。」
「あ・・・でも教授さっきからお客さん待たせて出ちゃってるくらいだから呼び出せるかどうか・・・。」

「呼・び・出・す・の! 返事は!!?」

「はいっ!!!」


 年下のフレイの圧力に負けて半泣きで内線電話を手にとるキラ。
 しかしその視線の先で今朝着ていた服とは違うエメラルドグリーンのワンピースを摘まんでミリアリアに自慢する娘の姿があった。
 先程まで怯えていたとは思えない様子でキラは受話器を手にしたままフレイに問う。

「ねぇ、フレイ。イリアが着てるあの服はどうしたの?」
「可愛いでしょーv 前からずーっと目をつけてたのvv
 絶対似合うと思って今日プレゼントに買ったのよvvv」
「あれってフレイお気に入りのブランド服じゃなかった?」
「流石でしょ! レースのデザインといい縫製の丁寧さといい、しかも汚れにも強いのよ!!」
「君はまたっ・・・!」

 ごごぉぉぉおおおっ!!!

 キラが叫んだ瞬間、部屋が揺れた。
 正確には部屋ではなくコロニー全体が揺れていた。
 宇宙に浮かぶヘリオポリスに地震は無い。

「何だ? 隕石か!?」

 サイの言葉ノ皆もその可能性を思ったが部屋の明かりが消えて非常灯が灯った瞬間、只の隕石の衝突では無いと気付く。
 客である金髪の少年も衝撃に驚いて辺りを見回すが放送は何も入らず微かな衝撃が更に続くのみ。
 これはただ事では無いとサイが非常口を確認すると既に避難を始めている人たちが居た。

「わからん! ザフトに攻撃されているんだ!!」

 この言葉に皆凍りついた。



「早く避難を! イリアおいで。」
「ママぁ!」
「サイ、この荷物持って。カズイ悪いけどこの袋運んで!」
「何で俺がぁ!」
「その中身を私が知らないわけ無いでしょ。
 落としたりしたら承知しないから!!」
「揉めてる場合かよ。とにかく急ぐぞ。」

 そんな会話を交わしながら皆が非常階段の踊り場へ出たところだった。
 客である少年が非常口から通じる工場区の方へ走り出した。
 しかし爆発は明らかに工場区の方で起こっている。
 キラは慌てて少年を連れ戻そうとイリアをフレイに預けて走り出した。

「キラ!」
「ママ!!」
「直ぐ連れ戻して来る! 先に避難してて!」

《大丈夫。フレイに任せておけば良い。》

 キラの中にある確かなフレイへの信頼。
 けれどお人よしのキラにフレイがまた胸を痛めていた事にキラは気付かなかった。


 途中でキラは少年に追いついた。
 キラを振り切ってでも工場区へ向かおうとする少年と揉み合いになり足が止まる。
 その瞬間近くで爆発が起こり爆風で『少年』が目深に被っていた帽子が吹き飛んだ。

 どおんっ!

 帽子から零れ落ちたショートと言うには長めの金色の髪、強い光を秘めた大きな瞳。
 何よりもその顔立ちは・・・。

「お、女の子!?」
「今まで何だと思ってたんだ!!
 とにかくお前は戻れ。私には確かめねばならない事がある。」
「そんな事言ったってもう戻れないよ!
 ・・・っ! こっちへ!!」

《迷ってる暇は無い。工場区に行けばきっと空いてるシェルターが残ってる!》

 只それを信じて少女の手を引きながら走ると暗い通路の先に四角い光が見えた。
 出口だと気付いてその光の中へと飛び込んだ二人が見たのは燃え上がる炎と銃声。
 途切れる事無く響く音と目の前の光景にキラは呆然となった。
 戦いの場となっているその中心にはヘリオポリスにはありえないものがあったからだった。

「これってMS!?」
「やっぱり・・・地球軍の新型機動兵器。
 お父様の裏切り者ぉ!!!」

 手摺りに凭れ掛かるようにして泣き叫ぶ少女の声に気付いた銃を持った女性がキラ達へとその銃口を向けた。
 いち早くその様子に気付いてキラは少女の手を引っ張った。

 チュン!

「冗談じゃない! 泣いてちゃ駄目だよ!!
 さあ走って!!!」

 間一髪で難を逃れた二人は再び走り出す。
 見えてきたシェルターへと続く扉。

《やった! 青色のランプって事は空きがある!!》


 ピピ!

「ほら、ここに避難してる人達がいる。」

 呼び出しボタンを押しながら少女を安心させようとキラは微笑みながら言うが少女の暗い顔はまだ晴れない。
 けれど慰めるより先に避難しなければならない。
 今は中の人たちに連絡をしなければとキラは再び呼び出しボタン前のマイクを凝視した。
 途端に返ってきた言葉は大人の男性の声だった。

【まだ誰かいるのか!?】
「僕と友達も入れて下さい。」
【二人!? 左の37ブロックまで走れないか?
 ここはもう一杯なんだ。】

《一杯!? でも空きのランプが・・・っ!
 空きは一人分だけ!!!》

 左の通路の先を見れば黒煙が蔓延する中、銃声が響いていた。
 普通の人間であればあの戦場の中でシェルターまで走り切ることは不可能に思える。
 けれどそれは普通の人間であればの事だ。
 意を決してキラは再び中にいる男性に呼びかけた。

「なら一人だけでも・・・女の子なんです!」
【わかった、すまん!】

 しゅんっ

 言葉と共に開け放たれたドアにキラは無理やり少女を押し込んだ。
 けれど少女は抵抗する。
 舌打ちしながらキラはコーディネイター特有の力で押さえ込みながら説得した。

「いいから入って! 僕はあっちのシェルターへ行く!!」
「待て! お前だって女の子だろ!!」

 その言葉を最後にドアは閉められた。
 間違いなく彼女がシェルターに入ったのを見届けてキラはまた走り出した。
 その姿に先ほどキラ達を撃ってきたオレンジ色の作業服を着た女性が叫ぶ。

「貴方まだここにいたの!?」
「左ブロックのシェルターへ行きます!
 お構いなく!!」
「あそこはもうドアしかない!」

 女性の言葉にキラは足を止めた。

《じゃあさっきのシェルターが最後!?》

 恐怖に身体が凍りつく。
 先ほどの少女に空きを譲ったのは生き残る可能性を信じたからだ。
 けれどその可能性が消えた。
 この戦火の中、避難場所に入る事が出来なければまず一般人であるキラは無事では済まない。

『ママ・・・』

 急に娘のイリアの笑顔が浮かんだ。

《僕は・・・死ぬの? ここで死んでしまうの?
 嫌だ。僕は死にたくない。あの子を残して死ねない。
 死んではいけない!》

「こっちへ!」

 女性の言葉にキラの意識は現実に戻った。
 一瞬考えた後に直ぐに手摺りから飛び降りた。
 少々着地に失敗してしまったがコーディネイターならではの運動能力のおかげで怪我は無かった。
 女性兵士の後を追い、キラは運命の再会への一歩を踏み出す。



 今、アスラン・ザラはザフトの兵士。
 ヘリオポリスで造られている新型機動兵器奪取の為、イザーク達とは別行動でラスティと共に工場区で銃撃戦を行っていた。
 人数は明らかに地球軍の方が多かったが射撃能力の差が確実に相手の数を減らしていく。
 けれど相手の弾が彼らを避けているわけでは無い。

 ぱりん!

 近くで起きた音に振り返ると共に戦っていたラスティのヘルメットに亀裂が入り倒れる瞬間を見た。

「ラスティ!!!」

 友人の倒れる姿に我を失ったかの様にアスランはそれまで保っていた距離を一気に詰めて相手を次々と倒していった。
 アスランに倒された兵士が知り合いだったのだろう。
 「ハマナ!」と叫んでアスランに銃口を向ける女性が視界に映る。
 けれど先に引き金を引いたのはアスランだった。
 肩に銃弾を受けて倒れる敵兵に更に銃弾を打ち込もうとしたが弾切れ。
 弾切れになった銃は邪魔とばかりに投げ捨て、止めを刺すためにアスランはナイフを取り出し右手に翳して迫っていく。
 そのアスランを阻むように飛び出した影があった。

 以前より長くなった髪は炎に煽られて靡いている。
 けれどその中心にある瞳の色と輝きは以前と変わらなかった。

「キラ・・・?」
「・・・アスラン?」

 アスランにとっては誰よりも愛しい少女、キラが目の前にいた。
 目の前のキラが一瞬信じられず駆け寄って確かめようとしたが視界の端に体制を立て直して銃を構える女性兵士が映りとっさにアスランは後退し距離を取った。
 対してキラは今見たアスランの姿に呆然となっているところを突き落とすかの様にして女性兵士に新型MSのコクピットの中へ押し込められる。
 その姿を見届けてアスランもキラ達が乗り込んだMSの隣にあったMSへと乗り込んだ。
 そして立ち上がるMS。
 モルゲンレーテの工場区は崩壊寸前だった。


 つづく


 あれ・・・予定ではフレイサイドを書く予定だったのに・・・。
 場面替えが必要なので一度切りました。
 ホント、とっとと続きを書かねば・・・・・・・・・・・。(滝汗)

 2004.7.9 SOSOGU


 例外その3!へ

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