例外その3!

 どぉおおおおん!


 また爆発が起こる。
 けれどもう何処へ逃げていいのか分からずフレイはイリアを抱いたままモルゲンレーテの工場区で立ち尽くしていた。



 時間は少し遡る。
 キラが教授の客を追いかけて工場区へ行ってしまった後、フレイ達も避難する為に階段を2F分降りた。
 そして更に降りようとした時に階段の踊り場で急にイリアが暴れ出したのだ。

「や! やーっ!!」
「どうしたのイリア!?」
「抱き方が不安定なんじゃないか?
 一回降ろしてやって。」
「うん。」

 フレイがイリアを床に降ろしてやった瞬間だった。
 また攻撃が近くであったのか衝撃が階段中に走り中腰になって不安定だったフレイは体勢を崩してしまった。
 一瞬だけイリアから目を離してしまった時、イリアはまだ2歳とは思えない速さで非常階段から続く工場区への通路へと走り出す。
 サイ達が気づいてすぐに追おうとするがまた揺れが彼等を襲い走り出せずその間にもイリアはてくてくと走っていく。

「イリア戻りなさい!」

 ミリアリアが叫んでもイリアは振り返らずに走っていく。
 爆発音が響く工場区へ確実に近づいていく小さな影を見てフレイは立ち上がりイリアの後を追う。
 所詮は幼い子供の足、すぐに追いつき抱き上げたが階段に続く通路が続いて起こった爆発で崩れてしまった。

《もう戻れない!》

 背筋を伝う汗を感じたが今は迷っている暇は無かった。
 フレイが決断した時、サイの声が響く。

「フレイ! 無事か!?」
「大丈夫、イリアも私も無事よ。
 皆は先に避難してて。私達は工場区のシェルターへ行くわ!」
「わかった。気をつけろよ!!!」

 サイの返事を待たずに既にフレイは走り出していた。
 キラの時よりも状況は悪い。
 返事を待っている間にも爆発は起こっているのだから。
 息を乱しながら走る中、胸に抱いたイリアが「ママ・・・ママ・・・」と泣きじゃくるのを見てフレイは『また胸が痛んだ』のだった。

《何で誰にでも優しいのよキラは!
 キラにとっての一番はいないの!?
 私が駄目でも・・・・・・せめて自分の娘を優先してくれたっていいじゃない!!!》

 何時だってキラの優しさはフレイにとって残酷だった。
 けれどその優しさが大好きだったからずっと傍にいたのだ。
 フレイはどうしようもなくキラに惹かれていたから・・・その笑顔が秘めた寂しさに気付いていた。

《キラの一番は他にいる。
 けど傍にいないから誰にでも優しいのね。》

 ちくりとまた胸が痛んだ。



 かっかっかっか・・・・・

 通路を走る音が反響して本来の音よりも大きく響く。
 その先に光を見てフレイはまたスピードを上げた。

 どおん! ダダッダダダダダダ・・・

 通路から出たフレイ達が見たのは立ち上がる火の手と絶え間なく響く銃声。
 そして冒頭に戻る。

 見ればトレーラーやコンテナの陰に隠れながら打ち合う作業服の集団と明らかに宇宙空間用のノーマルスーツに身を包んだ数人が打ち合っている。
 幸いフレイが出たところの直ぐ傍にコンテナがあり銃弾は届かないがその場の雰囲気を感じ取ったのかイリアがぐずり始めていた。

「ふぇっ・・・うええぇぇ・・・。」
「大丈夫、大丈夫よ。
 だから泣かないで。」

 思わず幼い子供をあやす為の嘘を口にする。
 もちろん大丈夫であるはずがない。
 銃弾は未だ飛び交い下手に飛び出せば撃たれる危険が高い。
 こんな状態でシェルターを探す事など出来はしない。

《どうしようどうしよう・・・。》

 答えが出せずに怯える体を必死に支えようと足に力を入れた。
 その時。

 ダァン・・・・・・ドサッ

 フレイのコンテナより然程離れていないところで赤いノーマルスーツを着たザフト軍と思われる兵士が倒れた。
 ヘルメットに罅が入っているところを見ると頭を撃たれたとわかる。

「ラスティ!」

 傍にいたザフト兵が逆上したのかその場から離れて敵に突っ込んで行く。
 そこまで見てフレイは遂に立っていられなくなりヘタリ込んでしまった。

《私・・・死ぬの? このままこの子と二人で死んでしまうの??
 駄目よ。せめてこの子だけでも安全な場所に連れて行かないと。
 まだ二歳になったばかりなのよ。
 誰か・・・・・・誰か助けてよ!》

 祈るような気持ちでイリアを抱き締めるフレイの傍で気配がした。
 驚いて仰ぎ見ると先程倒れたザフト兵が立っている。
 片手に持った銃が炎の光に照らされて不気味な輝きを放つ。
 恐ろしさの余り座った状態のまま後方へジリジリと下がりながらフレイは言った。

「嫌っ・・・殺さないで!」

 振り絞るような声に答えたのは意外にも少年の声だった。
 罅割れたヘルメットを脱ぎ捨てながらオレンジ色の髪が印象的な少年兵はフレイの目線に合わせるようにしゃがみ込みながら問う。

「子供・・・一般人か?
 何でこんなところにいるんだ。」
「ひっ!」
「落ち着け、とにかく危害を加えたりはしないから。
 どうしてこんなところにいるんだ。」
「・・・あ・・・・・・・・・爆発で通路が塞がれて・・・こっちに来るしか無かったから・・・。」
「工場の人間じゃないんだな。
 シェルターの位置はわかるか?」

 ふるふるっ

 勢い良く首を振るフレイに少年兵は苦い顔をする。
 考え込み始める少年のこめかみから流れる一筋の血。
 どうやらフレイが見た時に受けた銃弾はギリギリ逸れていたらしい。

 キュイン・・・・・・・・・・ガシャァァアアアアァア

 工場内に響く音に再び爆発かと思い少年兵とフレイは仰ぎ見るとそれまでは全容がわからなかった巨大な建造物が起き上がり始めていた。
 フレイにとってはニュースの中でしか見たことの無いソレは少年兵には馴染んだ存在。

「モビルスーツ!? 何でこんなところに!!」
「二体とも立ち上がってる・・・クソッ! 少なくとも片方は地球軍に取られたか!!
 来いっ! 此処はもう崩れる。直ぐに脱出するぞ!!!」
「出るってどうやって!?」
「あのトラックが大丈夫そうだ。
 完全に外への通路が塞がれる前に搬入口から出るぞ!」

 少年兵が指し示す先には資材搬入の為と思われる他のトレーラーより遥かに小さなトラックがあった。
 ドアには銃痕が見られるがエンジンやガソリンタンクに損傷は見当たらない。
 そしてそのトラックの先には先程のMSを運び出すためであろう搬入口が大きく開いている。

《助かる!》

 希望を見出してイリアを抱き締めたままフレイは走り出した。

 先にトラックに辿り着いた少年兵は既に乗り込みエンジンを確認して助手席のドアをを開きフレイを待ち構える。
 少し遅れて辿り着いたフレイが乗ったのを見計らって何処から持ってきたのか毛布をフレイの膝の上に放り投げる。

「何コレ?」
「生憎チャイルドシートは無いんでな。
 シートベルトをつけたら毛布ごと子供を抱き締めとけ。
 荒っぽい運転になるからな・・・行くぞ!」

 返事も待たずに発進させようとした、その時。
 チェンジギアに掛けた左手は微動だにしなかった。

「くそ・・・左手が痺れてやがる!」
「ちょっと!?」
「お前、ギアチェンジやれ。
 タイミングは俺が言う。」
「出来なかったら?」
「この場で死ぬだけだ。迷ってる暇は無いぞ。」
「やってやるわよ!」
「そんじゃ行くぜ!!」

 ブルンブルンブロロロォォォ

 漸くトラックは発進した。
 流れ行く風景など気にしていられない。
 フレイは必死に少年の言葉に意識を向ける。
 左手が使えず右手一本でのハンドル操作だと言うのに所々にある崩れた壁の破片を上手く避けてトラックは走っている。
 少々避けるタイミングが急過ぎて気持ち悪くなりそうだが脱出する事の方が大事。
 胸に顔を押し付けるようにして耐えているイリアを見てフレイはギアを握る手にまた力を入れるのだった。

「出口だ!」

 少年兵の言葉に顔を上げると光が見えた。
 暗めの通路を走り続けたせいで目が眩みそうだった。
 だから気付くのが遅れた。
 出口の直ぐ傍で倒れている木に気付いた時にはその距離は15mも無かった。


 ガシャアアアアアアァァァ

 ギリギリでハンドルと切ったおかげで正面衝突は避けられた。
 コーディネイターである少年兵の反射神経が無ければ恐らく大惨事になっていただろう。
 左に振って運転席側が下になる形で倒れ、車は止まった。

「直ぐに出るんだ。急げ!
 子供は俺が連れ出す!!」

 力任せに助手席のドアを押し開けて出ると先へと続く道の所々で破壊されたトレーラー等が火吹いていた。
 それらの傍で倒れているのはどう見ても人。
 流れる大量の血を見る限りではとても生きているようには思えない。
 倒れた車から離れる事も忘れて立ち尽くすフレイの手を少年兵は引っ張った。

「呆けてる場合か! 走れ!! このままじゃアイツ等の仲間入りだぞ!!?」

 引き摺られるようにして走る内に麻痺しそうだった思考が戻って来たフレイは捕まれた手を振り解いて自力で走りながら少年兵に怒鳴りつける。

「ちょっとこの後はどうするつもりよ! 例外その3!!」
「とにかく少しでもモルゲンレーテから離れるんだ。
 途中で無事な車があったらそれで移動する!
 ・・・って何だその『例外その3』って!!」
「コーディネイター嫌い克服中の私が認める3人目のコーディネイター!
 『例外その3』が嫌なら名前ぐらい名乗りなさいよ!!」
「変なヤツ・・・俺はラスティ・マッケンジーだ。」
「フレイ・アルスターよ。
 アンタが抱えているのは例外その2のイリア・ヤマト。」
「自己紹介が終わったところでいいお知らせだ。
 大丈夫そうな車が見えるぞ。先に行ってるから頑張って走って来い!」

 フレイのスピードに合わせていたのだろう。
 子供1人抱えているのに更にスピードを上げてラスティは先に走って行く。

「これだからコーディネイターって苦手なのよね・・・。」

 身体能力の差にフレイがちょっぴり愚痴ってしまうのも仕方が無いのかも知れない。



 乗り込んだ車のスピードは工場区の脱出時ほど速くは無いし運転も荒っぽくはなかった。
 それでもレンタルエレカでは絶対に出せないスピードであることを考えるとラスティはまだまだ焦っているように思えた。

 ガキン!

 大きな金属音に驚いて音のした方向へ目を向けるとザフトのMS・ジンと見慣れない型のMSが戦っていた。
 直ぐ傍には赤い色が派手なMSが立っている。

「あれアンタの仲間でしょ? あっちに行った方がいいんじゃないの??」
「MS同士の戦闘中にその傍に行くなんて自殺行為だ。
 踏み潰されるのが落ちだぜ。」
「じゃあ通信機で呼びかけたら?」
「・・・その手があったか。」

《どうせエマージェンシーコールをかけるつもりだったし、戦闘に参加してないって事はあの赤いMSに乗っているのはアスランだな。
 ならアイツに連れてってもらうか。》

 最近まではあまり表情を動かさなかった同僚の呆れ顔を浮かべながらノーマルスーツに仕込まれた通信機にスイッチを入れる。
 が、何の反応も無い。
 驚いてスイッチを何回も押すが通信機はうんともすんとも言わない。
 ラスティの様子を不審に思ったフレイは眉を顰めながら問いかける。

「どうしたのよ。」
「・・・・・・・・通信機、壊れてる。」
「えええええっっ!!?」
「しかもエマージェンシーコール出してみてるけどそっちの機能も働いてないみたいだ。」
「じゃあどうするのよ!」
「俺はダメモトで仲間のMSの所まで行けばいいけどお前等はな・・・。
 シェルターを探すぞ。」
「やっぱり状況良くなってない!」
「文句言ってる間にシェルター探せよ!!!」
「ふれー、あれ。」
「イリア?」
「どあがある。」
「チェックゲート近く・・・あれはシェルターの入り口か!
 でかしたぞイリア!」

 それまで大人しくフレイに抱かれていたイリアが指差す先には工場区への出入りには必須のチェックゲートがあった。
 確かによく見るとその脇にはシェルターへの入り口と見られるドアが見える。
 ゲートより10mほど距離をおいて車を止めるとラスティはイリアを抱き上げて、フレイは単独で入り口へと駆け寄る。

 ごががぁぁぁあああ

 MSの戦闘では無い。
 音の原因はモルゲンレーテから飛び出した白い戦艦。
 巨大な艦が障害物を薙ぎ払った時に起きた衝撃でまた地面が揺れる。

「きゃあ!」

 コーディネイターでありザフトでもエリートと呼ばれる赤服を着るラスティはその身体バランスの良さで堪える事は出来たがナチュラルの少女であるフレイには無理だった。
 衝撃に耐え切れずにバランスを崩して倒れてしまう。
 一旦衝撃が止んだ事を確認してラスティはフレイに駆け寄るが倒れた時に頭を打ったのだろう。
 フレイは完全に気絶していた。
 仕方なく片手にイリアを抱き、肩に担ぎ上げるようにしてフレイを抱き上げラスティはシェルターのインターホンに呼び掛ける。

「すいません! 女の子と小さな子供がまだいるんです。
 開けて下さい!!」
『まだいたのか!? 此処はまだ余裕がある。
 今開けるから入りなさい。』

 インターホンからの返事と共にドアが開く。
 気絶したままのフレイとイリアだけを押し込めるのは危ないのでラスティは【送り届けるつもり】でシェルターへと入った。
 高速で降りるエレベーターがシェルターに着いたと同時にドアが開く。

 ざわわわっ

 ラスティの姿を見てシェルター内にいた民間人は皆ざわめいた。

「ザフト!?」
「しかも若いわよ。ザフトはこんな子供が戦っているの?」
「どういう事だ。君はザフト兵だろう。
 何故ザフトの兵士が・・・。」

 先程のインターホンで返事をした人物だろう。
 声が同じだった。
 スーツを着た落ち着いた中年の男性が近づきながらラスティに問い掛ける。

「シェルターに入れず戦闘が行われている場所に迷い込んだ民間人を送り届けに来ただけです。
 直ぐに出て行きますのでこの子をお願いします。」

 そう言って肩に抱き上げているフレイを問い掛けてきた紳士に預けようとした時だった。

 [警報レベル9 このシェルターはロックされます。
  警報レベル9 このシェルターはロックされます。
  危険ですので入り口より離れて下さい。
  危険ですので入り口より離れて下さい。]

「なっ!?」

 慌てて振り向くとエレベータへ続くドアはシャッターが下りる瞬間だった。
 駆け寄ろうにもフレイとイリアを抱えたままのラスティには何も出来なかった。

 がしゃーん

 乾いた音が響きまた放送が流れる。

 [シェルターをロックしました。
  シェルターをロックしました。
  このシェルターは脱出ポットとして射出される可能性があります。
  指示があるまでシートに座ってお待ち下さい。
  このシェルターは脱出ポットとして射出される可能性があります。
  指示があるまでシートに座ってお待ち下さい。]

《うわぁ・・・どうしよ俺。》

 民間人を助けたまでは良かった。
 そこまでは良かったのだが・・・・・・・。
 「女の子をシェルターに送り届けたら自分も閉じ込められちゃいました。テヘッv」などと言って無罪放免になるわきゃない。
 オーブが何も言わなくてもプラントの・・・ザフト軍はそうは行かない。
 何しろ自分は作戦に失敗したのだ。
 その上での更なる失態。処罰は免れないだろう。

《折角頑張って一番人気のクルーゼ隊に滑り込めたって言うのにコレで今までの苦労が全部水の泡かよ〜〜〜!!!》

 ラスティの暗い表情に何かを感じ取ったのか同情するような目で先程の紳士が肩をぽんと叩く。

「君も色々あるようだね。
 警報が解除されるまで時間はあるだろうから話を聞こうか。」
「・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・・・・・・。」
「らすー?」

 状況が良く分かっていない幼子の声が今は運命の序曲に聞こえるラスティだった。



 中年紳士はとても優しかった。
 ちょっと愚痴混じりなラスティの説明にウンウンと頷いて聞いてくれた。
 それどころか「大変だったね。」「この子達を助けてくれて有難う。」「今はゆっくり休みなさい。」と労わりの言葉すら掛けてくれた。
 それに対して気絶から回復したフレイは・・・・・・・・

「はぁ!? ラスティ、アンタ本当にコーディネイター!!?
 すっごい間抜けよね。」
「間抜け言うな! 元々お前が気絶なんかしなかったらこんな事にはならなかったんだぞ!!?」
「私はか弱い女の子だもの! 頑丈なアンタと一緒にしないで!!」

 開口一番にコレである。
 大人なら聞き流して終わったかも知れないこの一言にいちいち反応する辺り、ラスティの若さが窺い知れる。
 イリアが眠いとぐずり始めなければ延々と続いていたかも知れない。
 念の為にと中年紳士はイリアに外傷が無いかを確認する。
 眠気が強かったのかその間にもフレイに抱えられるままイリアは眠ってしまった。
 一通り診終わった紳士がフレイに言う。

「診たところ怪我は無かったからただ単に疲れてしまったんだろう。
 しかしまさか君たちがこのシェルターに入ってくるとは思わなかったよ。」
「こちらこそ先生が一緒だと安心です。」
「・・・知り合いなのか?」
「患者と医者の関係だよ。
 私はヘリオポリス唯一のコーディネイター専門医だからね。」
「コーディネイター専門医!?」
「患者はイリアちゃんとイリアちゃんのお母さんだけどね。
 アルスターさんはその友達だ。よく付き添いで来ていたから顔見知りなんだ。
 ほら君も頭の傷を見せてごらん。大した医療器具は無いが消毒薬ぐらいは持っているよ。」
「あ、有難うございます。」

 治療を施してもらっている間、ラスティはフレイに抱えられたまま眠るイリアの顔を見つめる。

《似てる・・・・・・・・よな。》

 工場区で二人に会った時、イリアの深い紺色の髪と澄んだエメラルドの瞳からある人物を連想した。
 作戦行動を共にしていたルームメイトでもある人物。
 アカデミーでは寡黙と言うか何にも興味が無さそうな顔をしていたのに最近になって再会した友人達の影響か、今までのイメージをぶち壊すような間抜けな顔や情けない姿を見せるようになった同年代の少年。
 プラント最高評議会国防委員長の任に就く父親を持ちプラントのトップアイドルを婚約者に持つ。

 アスラン・ザラ

「やっぱ似てるな。」
「何が?」

 ぽつりと呟くラスティにフレイは不思議そうな顔で訊き返した。
 言葉にするつもりはなかったのに何時の間にか声に出た。
 そんな様子で治療してもらったこめかみを指で掻きながらラスティは答えた。

「イリアだよ。友達に似てるんだ。」
「プラントの友達? もしかしたら父親だったりしてね。」
「何だよ。父親生きてるのか?
 じゃあ何でお前の友達はプラントに移住しなかったんだ。」
「人には色々事情があるのよ!」
「そんなもんか?」
「そんなものよ。
 でもイリアのおじいちゃんはザフトに所属してるラスティなら知っているはずよ。」
「おじいちゃん?」
「プラント最高評議会国防委員長
パトリック・ザラ
 何度か手紙を出しているそうなんだけど連絡がつかないんですって。」

 ごげん!

《あああああああああああああああああああすらんのムスメ!?
 ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざらコクボウイインチョウのマゴ!!?
 やばいっ! 俺絶対やばい事聞いちゃったよ!! をいっっ!!!》


「な・・・なぁ、それ何かの間違いじゃないか?
 ザラ国防委員長に孫娘がいるなんて聞いたことないぞ??」

 ハンマーで頭を殴られたような精神的ショックを受けるラスティ。
 もはや殆ど願いに近い問いかけをするが・・・

「何よそれ! キラが嘘ついてるって言うの!?
 あの子はそんな嘘をつくような子じゃないわよ!!!」

 止めの一撃。

《イリアのファミリーネームがヤマト。
 イリアの母親の名前がキラ。
 祖父の名前がパトリック・ザラ。
 中立国オーブの資源衛星ヘリオポリス在住。
 そしてジョルディの言っていたアスランの恋人!》

 ・・・持てる情報を捻り出し結論を見出してしまった事に後悔する。
 こんな時、自分の[コーディネイターの理解力]を呪いたくなる。

《マズイ・・・ひじょーにマズイ!
 この事実がザラ国防委員長に知れて尚且つ俺がその情報を持っている事を知られたりしたら!》

 ラスティが思い浮かべるのはいつも厳つい顔をしたパトリック。
 あの強面の委員長がラスティ抹殺命令を出す様子が容易に想像出来てしまった。

 想像力は芸術面で非常に優れた結果を導き出す賞賛すべき能力だが、想像力が豊か過ぎてポーカーフェイスを保てない人間もいる。
 それは時として命取りになる。

「心当たりがあるみたいねラスティ?
 じっくり話してもらおうかしら。」

 爽やかな微笑を浮かべて言う少女は赤い髪と灰色の瞳が印象的な美少女。
 けれどその可愛らしい笑顔に重なるように般若の面が浮かんで見える。

「君、ポーカーフェイスが下手だね。」

 ラスティへの哀れみを滲ませた紳士の言葉にシェルター内にいた全員が頷く。
 気付けば、ラスティはヘリオポリスの避難民と馴染んでいた。



 さて一方キラはその頃、自らOSを改造したが為にナチュラルには扱えなくなってしまったストライクガンダムに乗っていた。
 生きるためにと強要されてアスランとミゲルが乗るMSと対峙するキラは既に半泣き状態だった。

「お願いだからこっち来ないでってばーーーっ!」

 タダでさえMSの戦闘などした事が無かったのに今日一日で二度目の搭乗。
 戦闘訓練なんて受けた事が無いからどうしたら良いのか全くわからない。
 指示をしてくれるはずの母艦は2機のジンに襲われて、フォロー入れるどころかキラに引きつけられているMS2機分負担が減ってそれに助けられているくらいだった。
 アスランはキラに無闇に攻撃を仕掛けて来る様子は無かったがミゲルはそうでは無かった。
 バンバン攻撃を仕掛けて来るジンに怯え、キラはソードストライクに装備されたビームブーメランを無我夢中で投げ付けた。
 が、悲しいかな。
 所詮は素人が投げた物。「黄昏の魔弾」を二つ名に持つミゲルは難無く避ける。

「貰ったぁ!」

 ビームブーメランをやり過ごし標準をストライクに定めて撃とうとするミゲルだが、MSには珍しい特殊な武器だったから忘れていた。
 目の前にいるのは地球軍の新型であるという事。
 今まで通常とされていた武器以外にも持っている可能性があると言う事。
 そして・・・自分が避けた武器がブーメラン・・・・・・・・つまりカーブを描いて舞い戻ってくる武器であると言う事を。
 避けてからまた直ぐに元の位置に戻ったミゲルの乗るジンはブーメランの格好の餌食だった。

 がしゃああああ

 胴体で無かっただけマシだったがジンの足の部分を破壊されたミゲルは尚も照準を合わせ直そうとストライクに銃を向けようとする。
 しかし、続いて起こった衝撃に邪魔された。

 それは白亜の戦艦アークエンジェルがジンと交戦している方向から。
 砲撃を受け、爆発寸前のジンが最後の一撃とばかりに放ったミサイルがヘリオポリスを支えるメインシャフトに直撃した為に起こった衝撃だった。
 修復不能な程に損傷を受けたメインシャフトが落ち、ヘリオポリス全体が崩れ始める。
 コロニー内にあった空気が宇宙空間へと流れ出し始め嵐が起こり始めていた。
 足に損傷を受けたミゲルは既に体制を保つだけで精一杯、しかしそんなミゲルをフォローせずにアスランはGの特別回線を使ってキラに話しかけていた。

『キラ! お前は本当にキラなのか!?』
『アスラン! やっぱりアスランなんだね!!』
『やはりキラ・・・お前なのか!
 コーディネイターであるお前が何故ソレに乗っているのかは言わなくてもいい。
 けれど抵抗は止せ。俺と一緒にザフトに来るんだ!!』
『出来ない・・・出来ないよ!!!』

《僕はイリアを探さなくてはいけない。
 あの時、あの子から離れてしまった・・・フレイと一緒だから大丈夫だってそう思い込んで!
 あの子とフレイを置き去りにしたままプラントへは行けないよ!!》

 あの時ストライクに乗り込んで工場区から抜け出し、ジンとの戦闘の後で出会ったゼミ仲間の中にフレイとイリアの姿は無かった。

【道が塞がれたせいでフレイ達とはぐれたんだ。
 工場区の方へ行くって言ってフレイはイリアを連れていったんだけど・・・キラは会わなかったのか?】

 サイに娘の場所を訊ねて返ってきた言葉にキラは衝撃を受けた。
 あの場所に娘が来ていたかもしれないと知って血の気が引く思いだった。

《生きてる・・・あの子はきっと生きてる!
 生きていればきっとイリアに会える!!》

 ただそれを信じてキラはストライクに乗ることを承知したのだ。
 友人を守るためでもあったかも知れない。
 けれど本当は娘を残して勝手に死ぬ事は出来なかったからだとキラは確信していた。

《僕だけでは・・・プラントに行く事は出来ないんだ!》

 ヘリオポリスの崩壊は激しさを増していた。
 空気の奔流に耐え切れずキラの乗るストライクとアスランの乗るイージスは逆方向へ流され始めていた。

 ごげん!

 近くで起きた衝撃音に思わずキラとアスランはお互いに向けていた視線を音の方向へと移した。
 見ると先ほどから放ってミゲルのジンが流されてきた建造物の一部にぶつかっていた。

『『あ。』』

 思わず声を上げる二人。
 最後の衝撃が止めだったのかミゲルの乗るジンは推力部の装置が止まってキラのいる方へと流されてきた。
 思わずジンを受け止めるキラ。

 ごごごっごっごおごごごおおおぉぉぉおおっぉおおおお

 空気の流れがまた強くなって終に耐え切れなくなったストライクとイージスはそれぞれの方向へと流されていった。
 流されながらキラはモニターで見ていた。
 ヘリオポリスが宇宙空間でばらばらになるその様を。
 いつも通っていたカレッジも研究室も、お気に入りのお店や母と父がいつも娘と出迎えてくれた自宅も。
 ・・・・・・・・・大事に宝物入れにしまっていた「アスランが作ってくれたエンゲージベール」も目には見えないが瓦解する建造物に紛れて流されているだろう事がわかってしまった。


 ヘリオポリス崩壊時に涙を流すキラを見る者は誰もいなかった。




 [警報レベル10を超えました。
  このシェルターは脱出ポットとして射出されます。
  警報レベル10を超えました。
  このシェルターは脱出ポットとして射出されます。]

《をいをい。ちょっと待てよ。
 ここまで酷い戦闘を仕掛けるとは聞いてないぞ!?》

 警報放送を聴いてラスティは冷や汗を流す。
 隣に目をやるとイリアを抱いたまま真っ直ぐに前を向いたままのフレイが言った。

「今視線が合ったらアンタにヤツ当たりするわよ。」

 表情が全く動いていないのがまた怖い。
 触らぬ神に祟りなしとばかりにラスティは俯く。

「ん!」

 突然声を上げてイリアが起き上がる。

「どうしたイリア。いきなり起きて。」
「心配しなくても大丈夫よ。寝てなさい。」

 警報を聞いて驚いたのかと思って声をかける。
 けれどイリアは答えずに虚ろな目で何も無い空間に見据えて言った。

「ママ・・・泣いてる。」

 [ポット射出。ポット射出。]

 放送と共に起きた衝撃音。
 再会まであと少し。


 続く



 長いね。うん、長いわ。
 ってな訳で更新頑張りました!
 旅行の支度をほっぽいてパソコンの前でカタカタとキーボードを打つ女。
 友達が知ったら嘆くな〜。
 何しろ旅行は今日からだからv

 2004.7.16 SOSOGU


 不幸の序曲へ

 NOVEL INDEX